第二十一章 初めての遠征
アビエト達の来訪から約一ヶ月後のある日、ザギとビブ、エミリーとファボ、そしてウルベの5人は、元モーマニー商王国の東の沼沢地に来ていた。
視界の大半は丈の長い葦に覆われ、進み入ると黒ずみぬかるんだ地面と見分けのつかない沼とが点在し、
「ぷぎゃああ!?」
とこの日何度目かわからないファボの悲鳴が響いた。
「だーかーらー、無理してついてくんなって言ったのに」
「ざ、ザギ様達の初の遠征ですから、ついていかないわけないじゃないですかっていうか沈む沈む沈んでます早く助けて~!」
沈んだといっても片足が股近くまで埋まり込んでいるだけで、
「ファボ、あなた、わざとやってない?」
というエミリーの冷たい声にファボは首を激しく左右に振って否定した。
ビブはエミリーに提案した。
「ファボが自分の力で進みたいって言うから浮遊の魔法を使ってもらってなかったけど、このままだと相手に一方的に奇襲を受けかねないね」
「ちょっとやせたくらいじゃ効果無いくらい良い的だしな~」
「みなさんヒドいですよ!毎日訓練して前よりずっと量食べたいのに我慢して体重を絞ってるのに!その成果を示したかっただけなのにヒドイ!」
「まぁでも、こんな出だしでいきなり襲われて真っ先に死にたくないだろ?リー、頼む」
「はいはい」
エミリーが自分にもかけてある浮遊の魔法をファボにもかけると、エミリー二人分くらいはありそうな体が泥の中から同じ高さまで浮かんできた。
「しょぼ~ん・・・」
「ファボ、元気出して。本番はこれからなんだから」
「ビブ様優しいっ!もう一生ついてきますから!」
「いらない」
「ビブ様が冷たいっ!?」
「お前達浮かれすぎだ。そろそろ気を引き締めないと本当に待ち伏せされて誰か殺されかねないぞ?」
イージャからザギ達の護衛を頼まれたウルベが一行をたしなめ、湾曲刀を背負い、片手に丸盾、もう片手には拾ってきた木の枝で前方を探りながら、前進を再開した。
グリラ達の強襲と、アビエト達の来訪から一ヶ月以上が過ぎていた。各人がそれぞれに修練を積み、その成果を試す為に今回の遠征が組まれたのだが、中でもザギの伸びは著しかった。
ウルベの背後で、エミリーの浮遊の魔法の補助も受けずに、泥沼の表面すれずれを足跡を残さずに進んでいた。ザギ単独でもこの沼沢地の踏破はたやすかっただろう。しかしそれでは今回の目的は果たせなかったし、集団行動で他の誰かを守りながら戦うという訓練の一環も兼ねていた。
テューイにはまだ遠く及ばず、<親指潰し>の重力制御の力を借りない純粋な戦闘であればウルベはまだザギに勝てていたが、それもいつまで続くかわからないところまで来ていた。
だからこそ、ウルベからこの遠征に同行を志願し、イージャとテューイ達に帯同を許可してもらったのだった。
未来のゴブリンの王の父となる奴を無為に殺させるわけにはいかないと、淡泊そうなトウイッチよりも、今ではゴブリン達の方がよほどザギやビブの安否に気遣うようになっていた。
ファボが泥沼にはまらなくなって一行は隠密性を保持したまま速度を上げ、頭上の太陽が中天に届く前に目的地としていたオーク達の小さな集落を発見した。
ウルベは、葦の襖の隙間から集落を観察し、少し後ろにとって返して一行に状況を報告した。
「現在見えるだけで、オークの数は十ほどだ。大人のメスが3、子供が6、大人のオスが1といったところだ」
「目的としてた奴が、その大人のオス?」
「そうだな。いかにもシャーマンといった装いをしてたから間違いなかろう。しかし他に複数のオスが外に狩りに出かけていたり、どこかに隠れて見張っているかも知れん。さて、ここからどうする、ザギ?」
「俺らは別に殺し合いに来たわけじゃないからさ、正面から乗り込む」
「相手が襲いかかってきたら?」
「倒すさ。でも殺さないし、大きな怪我もさせない」
「シャーマンならある程度のヒールも出来る筈だがな」
「でも、得意じゃないかも知れないだろ。だいじょぶ、うまくいくって!」
「根拠など無いくせに」
「まー、行ってみよ。すんなり教えてくれればいいんだけどね」
ビブの言葉には一行の大半がうなずいた。
オークの集落の長、バルローは、オーク族の特徴でもあるその豚鼻ではなく、集落の周囲に張っておいた警戒魔法によって接近しつつある侵入者達の数を把握していた。
妙な一団じゃ。
風下から近づいてきた侵入者達に、集落の外側に伏せておいた見張り達はまだ気付いていない。狩りに出している若長達も、帰ってくるまでにまだ間がありそうだった。
侵入者達が一気に襲いかかってくる様子を見せず、逆に年若いゴブリンを先頭に堂々と正面入り口の前方から姿を見せて歩いてくる姿を見て、バルローも覚悟を決め、ザギ達一行を迎えるべく進みながら、メス達に子供達を家に隠し、武装して自分についてくるよう指示した。
ゴブリンの青年が2、大人が1、人間の戦士が1、魔法使いが1か。奇妙な組み合わせだ。年若い女魔法使いに使役されている可能性も考えたが、そんな上下関係が有りそうにも見受けられなかった。
バルローは入り口の門の前にどっかりと腰を据え、ザギ達を待ち受けた。
緑色の肌の年若いゴブリンがバルローの目の前まで来て、同じように地面にあぐらをかいて座り、名乗った。
「俺は、ザギ。見ての通りのゴブリンだ。今日は、あんたに用があってやってきた」
「ほう。こんな老いぼれオークに何の用が?」
「あんた、シャーマンだろ。呪術とか使う」
「そうさな。しかし、お前さんは魔法使いには見えんがの。呪術使いに会ってどうするつもりじゃ?」
「教わりに来た」
「ほっ!ほっほっほ。笑わせてくれるの、若いゴブリンよ。お前の後ろにいる紫色のゴブリンの方がまだ物覚えは良さそうに見えるが?」
「初めまして。ぼくはビブ。ちなみに、人間の男の方がファボで、女の方がリー。もう一人のゴブリンがウルベです。ぼく達にあなた達を襲うつもりはありません」
「じゃろうの。仕掛けるつもりならとっくにそうしておったろう」
「でよ、じっちゃん。教えてくれるのか、教えてくれねぇのか、どっちなんだよ?」
「それが誰かに物を頼む態度かえ。それになぜわしが見知らぬゴブリンに呪術の手ほどきをせねばならん?」
「俺が強くなりてぇから」
「ふぉ、ふぉーふぉっふぉ!この年寄りを笑い死にさせる気か?」
「ザギってば。それじゃ伝わらないって。えーとですね、バルローさん。呪術は、他の魔法と違って、対象となる相手の魂に直接作用する魔法だと聞きましたが、間違いありませんか?」
「もしそれが本当なら、オークや呪術が世界を支配している筈じゃが?」
「ですね。でも、本当にただのいんちきなら、そんな物が生き残ってきたとも思えないんです」
ふむ、とバルローは目の前の紫肌のゴブリンを見直した。これは、並のゴブリンではないと。ではもう一方のザギというゴブリンも、取り立てて目立つ特徴は無いようにも見えたが、人間の男女にかかっている浮遊の魔法がかかっているようには見えないのに、目の前で組んだ足には泥水が付いている形跡は無かった。
「お主達、どこから来た?」
ゴブリン達は顔を見合わせ、
「トゥ・・」
「ザギってば!言うなって言われてるでしょ。えーと、ここからずっと西の方です」
「西、というと、モーマニー商王国があった辺りか?」
「そこからさらに西に行った方ですけどね」
バルローの地理知識はさして広い物ではなく、人間達が荒れ地の空白地帯に入り込んで築いた国の話は滅んだことも含めて噂に聞いていたが、そこからさらに先のことなど知らなかった。
しかし、
「言うなと言われているということは、お前達は誰かに仕えているのか?」
「んー、まぁ、だいたいはそんな感じだよ。で、教えてくれんのか?」
バルローは、目の前の二人のゴブリンの邪気の無さに、警戒心を少し緩めた。
「なぜ、呪術を教わりたいのだ?教わってどうする?シャーマンになるつもりがあるとは思えんが」
「ああ、無いな」
「ザギってばもー!」
バルローはまたひとしきり笑ってから、ザギに尋ねた。
「確かに、呪いは、離れたところにいる相手にも、その魂に直接働きかける作用を持つ物もある。しかし、期待した効果が発揮されるかどうかは、正直運頼みじゃ。お主は見たところ戦士向きに身体を鍛えておろう?なぜ呪術を必要とする?」
「そりゃ、殴って勝てる相手になら必要無いさ。生きてるかどうか分からない奴を相手にしなきゃいけないから、じっちゃんみたいな本物のシャーマンに会いに来たんだよ」
「殴れない相手。つまり、実体を持たぬ敵か?」
「まぁ、そんな感じだよ」
「お前は教わりに来たのじゃろう?もう少し詳しく教えれ」
「んー、それは、避けたいかな。じっちゃん、この群の長だろ?じっちゃん達を危ない目には会わせたくないからさ」
「ふぉっふぉ!ゴブリンに心配されたオークか。これはまた希な体験をさせてくれるの」
「これからもっと希な体験させてやれるぜ?なんてったって、俺はこれから世界一強いゴブリンになるんだからな!」
「ゴブリンの間で、という意味か?」
「いんや、人間よりも、オーガよりも、他の誰よりもだ!」
今度こそ息が苦しくなるくらいバルローは激しく笑ったが、ザギの背後にいる他の者達が誰もザギを笑っていないのを見て取って、認識を改めた。
「本気か?」
「あぁ、本気も本気だぜ!なんたって俺は人間で世界で一番強い奴に勝たなきゃいけないだけじゃなくて、その先でもっとヤバイ奴に勝たなきゃ、ここにいる全員が死ぬのが決まってるんだよ。だからさ、俺に呪術を教えてくれよ、オークのじっちゃん!」
「バルローじゃ。ザギとやら。バルローと呼ぶがいい。お主に呪術をかいま見せることは出来るが、それでお主が何かを会得出来るかどうかまでは保証できんが、それでいいかの?」
「あぁ、俺もシャーマンになるつもりは無いしな!」
「しかし、呪術は身につけたいと?」
「呪術っていうか、相手の魂を感じ取って、そいつに触れたり攻撃できるようになれれば一番良いんだけどさ。どんくらいかかる?」
「そうさな・・・」
バルローは、ザギ達のずっと背後の方から、狩りに出ていた若長のゲリド達が警戒魔法の範囲内にまで駆け戻って来ているのを感知しつつ、立ち上がって言った。
「十年、いや、二十年くらいか」
「そんなにかかんのかよ!一ヶ月くらいで何とかなんねぇの?」
「わしが先代の長からシャーマンの、呪術の手ほどきを受けて、最初の簡単な術を身につけるだけで三ヶ月はかかった。お主が求めているような離れた場所にいる相手の魂に働きかけるような術は、どんなに才がある者が臨んでも数年はかかるじゃろうの」
「それじゃ間に合わないんだよ!そんなにかかってたら俺達全員殺されちまってるよ!」
「ふむ・・・」
今ではもうゲリド達の姿は見えていた。リーという女の魔法使いとウルベというゴブリンの戦士が彼らに気が付き、背後に警戒態勢を敷いた。
バルローは、ゲリド達が狩りにも使う銛を投擲する前に、声を張り上げた。
「続きはゲリド達を迎え入れてからにしよう。ゲリド、この者達は客人じゃ。戦うでない!」
銛を振りかぶり今にも投擲しようとしていたゲリドという一際逞しい体躯のオークは、残念そうに武器を下ろし、長に問いかけた。
「長、説明を」
自分達の長も、その背後に控えるメス達も、家の戸口から来訪者達をのぞき見ている子供達にも、攻撃を受けた様子は無かったことから、ゲリドは自分の背後に控えるオス達にも武器を下ろすよう命じ、ウルベとエミリー達の間を押し退けるように集落の内側へと戻り、バルローの正面に座ったままでいるザギに言った。
「なぜゴブリンと人間が共にいる?こんな所に何の用だ?」
「オークのじっちゃんに呪術教わりに来たんだってばよ」
「というわけじゃ、ゲリド。この者達に害意は無い。面白い連中じゃよ」
「長は、こいつらを信用するのか?」
「ああ。人間よりもオーガよりも誰よりも強くなるとかほざくゴブリンの若造を誰も笑わなんだ。おかしな連中じゃろう?」
ゲリドも、その背後に続いていたオークのオス達も、これは最高の冗談だろうとザギを指さしながら笑ったが、バルローはもう笑わなかったし、ザギは笑われていても気にするそぶりを見せなかった。
「長、こいつに呪術教える気か?」
「教えても良いかと思っておる。覚えられるかどうかは別の話じゃからな」
「ま、そりゃ仕方ないけど、教えられるだけは教えてくれよな!」
「ほっほっほ。ゴブリンに呪術を教えるオークなど、わしが初めてじゃろうて。これは愉快な冥土の土産話が出来たものじゃ」
「長!その呪術は我々一族の長に代々受け継がれてきた大切なもの!ゴブリンに教えるなぞ許されない!」
「そうだ、そうだ!ゴブリンなんてやっちまえ!食ってしまえ!人間もうまそうだ!」
騒ぎ立てるゲリドとオスのオーク達を見て、ザギはバルローに提案した。
「なぁ、こいつらうるさくて邪魔だから、黙らせていいか?」
「やれるもんならやってみい。ただし」
「殺しゃしねぇよ」
「このクソ生意気なチビが何をいきがってやがる?!」
座っているザギの首根っこをつかまえてつりあげようとしたオスオークの一人が、その姿勢のまま宙にふわりと浮き上がったかと思うと、集落の脇の沼へと放り込まれて盛大な水しぶきを上げた。
「おのれ、そこの魔法使いの仕業か!?」
ゲリド達はエミリーに向かって武器を構えたが、
「何にもしてないわよ」
そう一言で否定され、長も追証した。
「そこの人間の女は何もしとらん。やったのは、ここに座ったままでいるゴブリンの若僧じゃ」
「お前、魔法使いなのか!?」
「んー、違うっちゃ違うんだけどな。で、どうする?やるってんなら、ゲリドっての、俺とやってみる?俺もテューイにはぼっこぼこにされ続けてるから、今一自信が持てて無ぇーんだよな」
「ふざけるな!」
「若長が出るまでもない!」
ゲリドの背後にいた別のオスオーク二人が、ザギの左右から掴みかかろうとした。ザギは腰裏に装着していた<親指潰し>を抜くと、左右に向かってひょいひょいと軽くふるってみせた。
ゲリドの目には、人間の金槌ほどの貧弱な武器が二人のオークの身体に触れたようには見えなかったが、つかみかかったはずのオーク達は見えない何かに弾かれたように宙を飛び、集落の脇の沼地へと叩き込まれた。
「それは、魔法の武器か!?」
「そ。見せないでおくのも卑怯だと思ったから見せてやったけど、別に今みたいなの使わなくてもお前には勝てると思うぞ?」
「ぬかせ!」
「止めるんじゃゲリド!」
しかしゲリドは腰に下げていた短剣を至近距離からザギに投げつけ、無造作に振るわれたハンマーにやはり弾かれた軌跡を避け、長い銛をザギに向かって横なぎに振るった。
オーク同士の立ち会いであっても、当たれば相手のわき腹の肋骨を何本もへし折ったろう一撃は、銛よりも低く背を屈めてかわされた。
逆に足下に飛び込んできたゴブリンがゲリドの親指を痛打し、ゲリドは立っていられなくなって尻餅をつき、ゴブリンがピックになっている側のハンマーをゲリドの額に振り下ろして寸止めする事で戦いにケリはついた。
「ま、まいった・・・」
「あいよ。相手してくれてあんがと。いやー、やっぱ勝つって気持ちいーよなー!おれ、ザギ。ゲリドっていったか?よろしくな!」
ザギが武器を納め、ゲリドが地面にあぐらをかき、沼に落とされたオス達がバルローの元に戻ってくると、バルローは宣言した。
「これでもう挨拶は済んだな?このゴブリンのザギ達はわしら集落の客人となった。これ以降余計な手出しは無用じゃ。わかったな?」
しぶしぶとだが、ゲリド達は首を縦に振り、それと入れ替えに家々から飛び出してきたオークの子供達にザギは取り囲まれてしまった。
「おい、ゴブリン、お前強いの、その武器のお陰だろ?」
「俺に貸してみ?お前倒してやるから!」
ザギと同じくらいかより逞しい体格の子供もいて、
「あー、だから見せたくなかったんだよなー、おら、お前らどかないと沼に落とすぞ?!」
「どかない!そのハンマーよこせ!そしたらお前らみんな俺達で倒してやる!」
半ば本気以上でザギのハンマーを奪おうとザギに掴みかかってきたので、ザギは仕方なく彼らを沼へと弾き飛ばした。
泳ぎ戻ってきた子供達をメスオーク達が叱りつけて再びの騒ぎは繰り返されず、ザギ達は長であるバルローの家へと案内された。
エミリーとビブは、とりあえず最初の段階が無傷で済んだ事を視線を交わす事で確認しあった。
今回、彼らがシャーマンに接触した理由はいくつかあった。
呪術が、実体を持たない<最悪の災厄>相手にも使えそうかどか見極めること。
もしその戦闘に使えそうでなくとも、ミミシュや、囚われているテューイの家族達の居場所を突き止める手段として使えそうかどうか見極めること。
そしてビブには、他の魔法とは違い、直接に手をかけたり魔法を使わずに、つまり元素の働きの手助けをおそらく借りずに、魂の行方を左右してしまう術の働きを観察するという目的もあった。
それらの目的は全て、修行を開始した直後辺りで、グリラのドレインに対抗するには、やはり何らかの元素を操作して自分を防御しなくてはならないとアビエトから聞かされたザギが、では何の元素の扱いを覚えるかという話になって口にした疑問に端を発していた。
「俺、覚えるなら、魂がいい」
「魂は、元素の一種じゃないわよ」
「でもよ、全部の元素の扱えたサラだって<最悪の災厄>には手も足も出なかったんだろ?」
「それはそうだけど、今はその前のグリラを倒せないと仕方ないじゃないの」
「グリラを倒せるようになっても、<最悪の災厄>に負けちまうならグリラに勝つ意味なんて無いだろ。ていうかさ、今ふと思ったんだけど、<最悪の災厄>って生きてるのか?魂持ってるのかよ?殺せないなら倒しようが無いじゃん?」
という質問が核心を突いていたからだ。
そしてその場にいない筈のトウイッチは、ザギ達の様子は見守っていたらしく、声だけで指示を伝えてきた。
「はは、その疑問に至るのはビブのが先だと思ってたんだけどね。いいよ。とりあえずその疑問の答えが得られるかどうかはわからないけど、シャーマンの呪術は直接間接に魂に働きかけられる希有な存在だ。君の教師役になってくれそうな相手捜しておくから、それまでは普通に修行しておくんだね」
そんな風に始まり、そして約一月かけてトウイッチが見つけたという相手を彼らは訪れ、その家に招き入れられたのだった。
「でも、ぼくの名前を出すのは禁止。それは<管理者>にも伝わってしまうからね。それからテューイやアビエトやラヌカルの同行も禁止。修行の一環にならないから」
「<親指潰し>は使っていいのか?」
「かまわないけど、それをぼくからもらったとか言うのも禁止だ。それからもちろん、勝手に殺されるのも禁止」
そんなやり取りをたまたま訪れて聞いていたウルベも同行を志願して受け入れられ、その間はテューイがイージャ達の巣の周辺を警戒する事になり、アビエト達も教団への報告に一度戻る事になった。
ザギ達の一行が全員バルローの土間に入り込むとそれだけでほとんど空いているスペースは無くなり、薬棚や釜などがひしめく壁際の一角にある寝台に座ったバルローは、入り口でこちらを伺っているゲリド達に手を振って扉を閉めさせた。
「さて、ザギとやら」
「おう、早速呪術を教えてくれよ!」
「教えるとは言った。じゃが、無理じゃろうの」
「何でだよ?」
「お主はこれから死ぬからじゃ」
がたたっ!とウルベやエミリーが立ち上がって反応し、物音を聞きつけたゲリドが再び扉を開けたが、正面から相対するバルローとザギは落ち着き払っていた。
「落ち着けよ。このじっちゃんが何か悪いことするわけじゃないって」
「ゲリド、お主らも落ち着け。扉から少し離れておれ。この者達がわしをどうにかするつもりなら、とっくにそうしておる」
「しかし、長・・・」
「ゲリド、誰が長じゃ?」
「あなたです」
ゲリド達は扉を閉め、その足音が少し遠ざかると、バルローは改めて言い直した。
「さて、少し不穏な言い方になったが、内容は変わらんじゃろう。一ヶ月で呪術を身につけるなど不可能。覚えるつもりも無いのなら、その身で、魂で味わってみるしかあるまい?」
エミリーやビブは反論しようとしたが、
「だよな!俺もそー思ってたぜ!さっさとやってみてくれよ!」
などとザギは彼らの心配を全く気にする様子を見せなかった。
2015/12/13 サブ(章)タイトルと一部記述変更
2016/1/8 誤字等修正