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第二章 エミリーの過去の夢と、ザギの将来の夢

 エミリーは、夢を見た。

 世界一の豪商として商王を名乗っていたモーマニーの金満宮が焼け落ちていく。商王が暗殺され、国民の大半を占める商奴達が反乱を起こし、マリガン商王国をモーマニーと統治していた他の九人の豪商達はそれぞれの雇った傭兵団に守られながら脱出していった。

 炎に包まれた金満宮の玉座の間で、モーマニーの後継者に指名されていた一人娘サラは、父親の仇と対峙していた。

「逃げて!」

 エミリーがそう何度叫んでも、

「逃げなさい。あなたの役目はもう終わったの」

 そう言ってサラは魔法を唱え、商王を殺した相手に挑み、彼女もまた殺されてしまった。

 商王とその後継者を殺した者は、エミリーとテューイに告げた。

「依頼を受けたのはこの二人だけだ。逃げるなら追わない」

「ありがたいお話だ。そうさせてもらうぜ」

「テューイ!?」

「エミリー。俺でもこいつには敵わない。俺は無駄に死にたくない」

「でも、あなたはモーマニーに恩があったんじゃないの?」

「もう何度も命の危機を救ってやって帳尻は合わせてる筈だけど、殺されちまった相手の死体には、恩なんて残って無いよ。さ、怖いお方の気が変わる前に逃げるべ」

 金満宮に入り込んだ暴徒の声があちこちから迫ってきていた。エミリーは、サラに最期のお別れをしたかったが、テューイに強引に手を引かれて叶わなかった。

 その代わりに何度も振り返り、姉妹の様に接してくれていたサラの仇の姿を記憶に刻み込んで、そして、目が覚めた。


 エミリーは瞳を開き、天井に太い木の根が何本も這っている異様な光景を見ても混乱はしなかった。何がどうなってこんな所で眠ってたんだっけと、昨晩寝るまでの経緯を思い出すまでに多少の時間は要したけれども。

 テューイと二人で素性を隠しながら旅してる間は、二晩として同じ場所では眠らなかった。エミリーの素性を知る者は金満宮にも多くはいなかったが、テューイはエミリーをリーと呼び、エミリーはテューイを穀潰しと呼び捨て、目立ちすぎる彼の獲物は布でくるんでエミリーが背負って運んだ。そんな二人の旅はトウイッチの森の入り口で終わり、テューイは<穀潰し>をエミリーに託して別れ、二昼夜の放浪の果てにエミリーはトウイッチとつながりを持つ二匹のゴブリン達と巡り合えた事を思い出した。


 眠る前にかけておいた警戒の魔法は発動されないまま解除された。エミリーは、涙の跡を乱暴にこすって消し、着衣に乱れはないか、持ち物は奪われてないか、そして<穀潰し>が手の中にある事を確かめて、起きあがった。


 ぐるりと見渡してみたが、ザギもビブもいなかった。頭上へ通ずる縄梯子はかかったままだったので昇り、床面のドアから頭を出して、二人の名前を呼んでみた。

「ザギ、ビブ、いないの?」

 すると頭上の幹の壁に設えられたドアが開き、ビブが顔を出した。

「あれ、起きたんだ。おはよ、リー」

「おはよう、ビブ。君は早起きだね」

「そうでもないよ。ザギはもっと早くから朝食の材料採りに出かけてるしね」

「ふぅん。それじゃ、材料を調理するのはビブ君なのかな?」

「うん。朝食出来てるよ。食べる?」

「もちろん!でもどこで食べるの?地下?それとも外?」

「ここだよ」

「ここって、今ビブ君がいる所?」

「昨日外から見たでしょ。あそこ」

「入ってだいじょうぶなの?」

「こっからならね。外から上がろうとしたり入り込もうとすると罠にかかるだけ。さっさと上がってきて」

 ビブが顔を引っ込めてしまうと、エミリーは階段とは決して呼べない机や棚の端々に手や足をかけて幹の内側を昇っていき、ビブが顔を出していた扉にたどり着いて中をのぞき込んだ。

 そこには子供用と言って良い高さの食卓と、見合った高さの椅子が三脚並べられていた。食卓には今朝出来たばかりなのだろう燻製肉を切り分けた物や、森の中で採ってきたのだろう葉物や果物、驚いた事にパンまでが並べられていた。

「このパンは、ビブ君が焼いたの?」

「今日のは上手く焼けた。成功と失敗半分ずつくらいだけど」

「失礼な事言うけど、ゴブリンがテーブルに食材並べて食事するとか、その献立が蛇とか鼠とか蛙とかじゃないって驚きなんだけど」

「面倒な時はそーゆうの捕まえてそのまま食べたりもするよ。だけど、ちゃんと材料揃えて料理した物をこうやって食べるようにするのも、トウイッチがぼく達に約束させた決まり事の一つなの」

「どうして?トウイッチがいる時に、トウイッチの分だけで済ませた方がずっと楽じゃないの?」

「良く分からないけど、人間がやるような事は出来るようになれって言われてる。だから言葉だけじゃなくて、文字とかも勉強させられてる。ザギは覚える気無いけど」

「ゴブリンに、人間の文字教え込むって・・・、可能なの?」

「うん。トウイッチの持ってる本、ほとんど人間の言葉の文字で書かれてる。ぼく、だいたい読めるようになった」

 エミリーは考え込み、尋ねた。

「トウイッチはあなた達を実験台にしてるって言ってたわね。彼はあなた達をどうしようとしてるのかしら?」

「知らない。聞いたことも無いよ」

「ザギも?」

「ザギは人間になりたいんだって。オーガも倒せる、人間の戦士に」

「トウイッチは無理だって言わなかったの?」

「ううん。トウイッチの実験に付き合ってれば、なれるかも知れないって言ってる」

 エミリーはトウイッチの思惑に困惑したが、答えが出そうになかったので話題を変えた。

「どういうつもりなのか分からないから、とりあえず朝食にしましょ。ザギはどこ?」

「外で訓練してるから、呼んでみて」

 エミリーはビブから指された窓を開け、両端に大きな石の重りを付けた鉄棒を持ち上げようと踏ん張っているザギを見つけて声をかけた。

「おはよー、ザギ。いきなり自分と同じくらいの大きさの石を持ち上げようとしても無理なんじゃない?」

「うっせおはよーリー。これっくらい持ち上げらんねぇと、あの<穀潰し>も持ち上げらんねぇんだよ!」

「当分無理だと思うけどね。朝ごはん一緒に食べよ。早く上がっておいで。下で手も洗ってからね」

「一回持ち上げられるまで行かない!がんばる!」

「そんな事したらあんた飢え死にしちゃうわよ。ザギ、ぱしりなら命令に従いなさい」

「くっそー、命令か。ザギ、いつまでリーのぱしりなんだ?」

「そうね。あんたがあの<穀潰し>で私に勝てるまでかな」

「そしたら<穀潰し>くれるのか?」

「さあね。あれはトウイッチの持ち物になるだろうから、彼があなたにくれるって言うならそうなるかもよ?」

「じゃあトウイッチ帰ってくるまではザギはリーのぱしりか。命令には従う」

 しぶしぶとだが、ザギは鉄棒から手を放して、家の中へと戻り、地下で手などを洗ってから食卓までやってきた。

「驚き。トウイッチは本気であんたを人間にしようとしてるの?」

「ビブから聞いたのか?俺、人間になる。トウイッチ、俺を人間にする手助けするって約束した」

 ビブとザギは、

「いただきます」

 と言ってから食事を始め、パンはともかくとして、燻製肉と葉物と果物のサラダはきちんとフォークとナイフを使って食べている姿に、エミリーはさらに驚かされた。

「あんた達。ここ来てから三年って言ってたわね。言葉覚えたり、こんな風に食事できるまでにどれくらいかかったの?」

「ビブは一年もかからなかったよ。ザギはその倍くらいかかったけど」

「出来るようになれば俺は気にしない。食ったらまた訓練する」

「ビブ君はなかなか上手だけど、ザギのは覚えの悪い子供のみたいね」

「いーの。ザギがなりたいのは人間の戦士なんだから!」

 あっという間に燻製肉サラダもパンも食べ終えてしまったザギはすぐに駈け出そうとしたが、ビブが引き留めた。

「今日の片付け当番はザギだからまだ行っちゃダメ。それに何か忘れてるよ」

「ごちそうさまでした。お前ら早く食べ終われよ」

「丁寧なんだか乱暴なんだか良くわからない子ね。ゴブリンだけど」

 落ち着かない様子で椅子に座り直したザギを見て、エミリーは問いかけた。

「ね、ザギはどうして人間になりたいの?」

「ゴブリン、弱い。人間にも、オーガにも勝てない。人間、オーガにも勝てる。強い。だからなりたい!」

「殺された同じゴブリンの一族のみんなの敵討ちでもしたいの?」

「それは別に気にしてない」

「そうなの!?」

「そうだよ。弱い奴、負ける。殺されなくても、奴隷にされる。それ当たり前。だからザギは強くなりたい」

「殺されないために?」

「そうだけど、オーガ達やっつけた人間の戦士がかっこよかった。ザギはあんな風になりたい」

「だから<穀潰し>も使えるようになりたいのね」

「そうそう!だからくれ!ザギはきっと使えるようになるから」

「私はあげられないし、それに」

 エミリーはテューイの強さも、<穀潰し>がどれだけ多くの難敵を退けてきたかも知っていたけれども、サラを殺した仇と戦おうとしなかった事を許せていなかった。

「あの<穀潰し>を使っていた戦士でも敵わない相手もいるのよ?」

 叶う筈も無い夢に瞳を輝かせている少年もといゴブリンは、失望するかと思いきや、その瞳は少しも陰らなかった。

「リー、変な事言ってる。それは、ザギがその戦士より強くなって、その相手よりも強くなれば済むこと」

「ザギの言ってる事、間違ってない。ザギ、偉い、賢い!」

「えへん!」

「あんた達の前向きさには驚かされてばっかりだわ」

「ザギ、ライバルもいる。一緒に強くなる為に訓練もしてる!」

「今日は約束してる日だよね。片付け終えたら一緒に行こう。リーもね」

「ライバルって、他にゴブリン達でもいるの?それに片付けって、手で持って下まで降りるの?というかどうやって下から料理持って上がってきたの?」

「リー、気が付くの遅い」

 ビブに指摘されザギに笑われたエミリーは頬を膨らませた。ザギは手際よく食器をまとめて、幹の壁の内側にあるくぼみの中に乗せ、台の脇にあるスイッチを押すと乗せられていた食器類の姿がまとめて消えた。

「魔法?何よ今のは?!」

 エミリーがくぼみの内側を覗き込んで見ても、地下スペースへの縦穴が続いている訳でもなく、回転扉のような仕掛けで落とされた訳でも無さそうで、訳が分からないといった様子のエミリーにザギが言った。

「ついてこいよ、リー。きっと驚くから」

 さっさと地下へ降りていくザギについていくと、キッチンの流し台の脇に、先ほど姿を消した食器類がそっくりそのまま移って来ていた。

「まさか、これって転移装置なの?!」

「そう。トウイッチはいろんな物作る。役に立つのも立たないのも。これは役に立つ方」

 ビブはあっさりと答え、ザギはキッチンの井戸端で洗い物をさっと済ませて言った。

「ビブ、出かけるぞ!あいつらきっともう待ってる!」

「分かった。リー、<穀潰し>は置いていかないでね」

「お留守番するって選択肢は無いのね。もっといろいろこの家の中調べたいんだけど」

「それたぶん危ない。何か触ってどうかなっても、ビブとザギだとどうにもならない事多い」

「仕方ないわね。それであいつらって、ライバルって誰なの?」

「トウイッチの森にいるコボルト一家の三兄妹。その一番上のお兄さんのグルルだよ」



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