第十六章 長い一日の終り
「でも、<管理者>を止める手立ては無いって。通常の武器とか魔法は一切通じないんじゃなかったの?」
エミリーの質問にトウイッチは曖昧に答えた。
「だからこその実験なんだよ。楽しみじゃないかい、ザギ、ビブ?」
「楽しみじゃないと言えば嘘になるけどさ、体の中とかいじくられて改造が終わったらそうなってるとかだったら俺はイヤだ。そんなの、すごいのは俺じゃなくてトウイッチだけじゃん」
「言いたい事は分かるよ、ザギ。だったら最初から無生物の機械か何か創って用を足せば良いだけだけど、そうはいかない何かがあるんだよね、トウイッチ?」
「そーゆう事!さて、森の修復作業も手を着けるのは翌朝からにしよう。フーメルのお葬式もあるし、ビブを次の段階に進ませなくちゃいけないし、いろいろ準備もあるから今夜はもう寝よう!」
「次の段階って、具体的には何がどうなるの?」
「ビブ、君には、この世界を構成する元素の取り扱いを覚えてもらう事になる。いずれザギにも同じ修練を行ってもらう事にはなるけど、この扱いが出来ないと、<最悪の災厄>どころかその契約者のグリラにすら勝てないからね」
「勝てると何がどうなるの?」
「ビブはまだその段階にいないんだから心配するだけ無駄だよ。後片付けは頼んだ。ぼくはもう寝るから」
「ちょっと待ってくれ、トウイッチ。親指だけ、何とかしといてくれないか。いろいろと不便だし」
「テューイ、君は<穀潰し>を身につけてれば重力の操作が出来るんだからそう不便でも無いだろうに。ま、いいか。両手を出して」
テューイが親指のかけた両手を揃えてトウイッチの前に差し出すと、犬と人間の中間的な、しかしはっきりと人間の物のように器用な作業など一切出来ないようなトウイッチの両手が輝きに包まれた。
「同じ手を食わない為にも、生体じゃない方が良いよね」
「それ言ったら全身造り変えなきゃいけないだろうが、そりゃ願い下げだ。とりあえず親指だけ着けてくれれば良い」
「ほーい」
トウイッチの掌が触れたテューイの親指の付け根も輝きに包まれたかと思うと、親指の輪郭に半透明の光が浮き上がり、その外縁に沿って湾曲した金属版が出現し外表部や関節部を形成し、腱や神経は材質の良く分からない極細の線に接続され、間接部を通され、筋肉の代わりを務める繊維の束が関節と関節の間をつなぎ、
「出来たっと」
失われていた親指は瞬く間に復元されていた。
テューイが意図した通りに動くかどうか掌を開け閉めして確かめ、さらに<穀潰し>を本来の重さで構えたり振り上げ振り下ろしても元の感覚と遜色無い事を確かめて言った。
「ありがとう、トウイッチ。また借りが出来てしまったかな」
「気にしなくても良いよ。契約者として君に果たしてもらう仕事はまだまだ発生するだろうし、ザギの教練にも君が普段通りに動けないとだしね」
あっと言う間に不可能を可能にしてしまったトウイッチの手腕に舌を巻いていたエミリーは、思わず尋ねた。
「ね、もしかしてだけど、フーメルさんの体も修復出来るんじゃないの?」
「んー、それはね、修復ってのが蘇生って意味じゃ無ければ可能さ」
「どう違うの?」
「人や生き物は、肉体だけの存在じゃないんだよ。いったん肉体が完全に破壊されて死亡してしまうと、例え肉体を完全に復元したとしてもその内側に宿っていた存在は再現されない。いわゆる、魂とかって言われる存在だよ」
「それはトウイッチでもどうにもならないの?」
「ならない。ちなみに、<管理者>であっても、それは行えない行為だ」
ビブは聞いた瞬間に一つの疑問を覚えたが、この場では口にしなかった。
「んー、今から寝るまでにもう一人の戦士の両手足を復元してあげてもいいんだけど、そしたらすぐにでもグリラ達の後追って行きそうだよね。すぐ殺されるだろうし無駄骨になるだろうから、明日制約かけてから処置しよう。て事でイージャさん達、それまで短い間だろうけど世話を頼むよ」
「それは問題無い。しかしトウイッチ様、折り入ってご相談したい事が!」
「何となく想像がつくけど、たぶん邪魔はしないよ?」
「いえ、では、少し離れたところで内密にお話しを」
「あー、まぁ、その方が良いかもね。構わないよ」
「かたじけない。では、こちらで」
イージャとトウイッチは、他の者から盗み聞きされない程度の距離を置いて、ほんの一、二分ほど言葉を交わすと、特にイージャは満足げな顔をして戻ってきた。
その間イージャの視線は主にザギに注がれていたし、トウイッチもザギを振り返ったりもしたので、何となく自分が話題になっているのだろうとザギにも分かったが、
「よう、何話してたんだよ、トウイッチ?」
と尋ねても、
「んふふ、まだ知る必要は無いよ。楽しみにしておいで」
トウイッチにはそうはぐらかされ、イージャに説明を求めようと視線を向けると、イージャは目を合わせようとはせず、
「さ、さて、そろそろ戻るか。残してきた者達も心配しておるじゃろう。ザギ、ビブ、そしてトウイッチ殿、これからもよろしくお願い申す」
イージャはそれ以上のザギからの追求を避けるようにエルベに抱き上げさせ、そそくさと去ってしまった。
「ウルベ、あんたは何か知ってないのか?」
「おおよその想像はつくだろうし、焦らなくてもその内知る事になるだろう。トウイッチ殿、テューイ殿、ザギの修練に、もし邪魔にならぬようであれば俺も参加させてもらえないか?」
「邪魔だから却下。そんなのはもう一人の戦士にでも付き合ってもらいな」
「くっ、仕方あるまい。それでは明日、クルト殿の手当よろしくお願いする」
ウルベが頭を下げて引き下がり、イージャ達の後を追っていなくなると、トウイッチはあくびをして宣言した。
「じゃ、お休み!」
ぽん、という音を立てた訳では無いがトウイッチが忽然と姿を消すと、ビブがその場を仕切った。
「片付けはぼくとザギがやるから、テューイは中からテント出して組み立てて、ファボと一緒にそこで寝て。じゃ、行動開始」
十人近くが飲み食いした場がてきぱきと片付けられていくと、エミリーも、
「じゃ、私は洗い物手伝うわ」
と樹の内側へと向かおうとしたが、その前にテューイの視線に気が付いて言った。
「あなたの事、まだ、父親だなんて認めてあげないから」
「わかった・・・」
「お休み・・・」
「おぉぉお休みなさいませ、エミリー様!」
「ファボもお休み」
そうしてそれぞれがそれぞれの役割を果たし、エミリーは地下スペースの自室へと引きこもり、テューイとファボはぎこちない雰囲気の中テントの天井を見つめていたのと同じ頃、ビブはすぐにでも寝入ろうとしていたザギに尋ねた。
「ね、ザギは、トウイッチの実験が済んでも自分のままでいられると思う?」
「わかんねーよ、そんなの。そのままじゃいたくねーから実験台なんて物にされてるんだけど、別の誰かにはされねーだろ。もう寝ようぜ。明日もいろいろありそうだし」
「そうだね、お休み、ザギ」
「ああ、お休み、ビブ」
そうしてこてんと眠りに落ちてしまったザギの横顔を見ながら、ビブは今日新たに接した大量の情報を整理し、その中でも特に気になる事項について自分の中で考察を進めてから、やがて眠りに落ちていった。
2015/10/17 トウイッチがどんな風に奇跡を生じているかはお伝え出来たかなと。
2015/12/24 誤字修正




