幕間3 ガルドゥムと、クルトとミミシュ
ザギというゴブリンと、グリラとのじゃれあいがエミリーの登場で打ち切りになった頃、ガルドゥムは背後に張って置いた警戒魔法に反応を感じ、グリラ達のいる森の空き地から離れ、元来た道を逆戻りして、予想した通りの相手が姿を現すのを待ちかまえ、やがて対峙した。
雨に濡れそぼったクルトとミミシュは共に武器を構えていたが、クルトの第一声は少なくとも敵対的では無かった。
「ガルドゥム。両手は治ったようだな」
ガルドゥムは新しく付け換えられた腕先を見せびらかしながら答えた。
「新しい雇い主というかリーダーのお陰でね、元リーダー」
「ギルドの建物を燃やしたのはお前だとして、ギルマス達を殺したのは、その新しいリーダーって奴か。誰なんだいったい?」
「知ってどうするんです?」
「復讐するに決まってるだろうが!」
「ふむ。冷静に客観的に言って、もしここでぼくが邪魔をしなかったとしても、無理だと思いますよ」
「誰だというんだ?」
「グリラ。知ってますよね?噂では、あのテューイやガーポですら勝てなかった相手に、あなた達が、例え手勢を集めていたとしても、勝てると思いますか?」
クルトは、焼け跡に残されたばらばらに刻まれた死体の山をミミシュと検証し、それが一方的な殺戮であった事、ガルドゥムらしき死体が見つからなかった事で彼は連れ去られた事までは予測していたが、グリラという名前が出てくる事までは予測していなかった。
「なぜ、グリラはお前を?」
「ぼくが最適なお手伝いだと、そう言ってました。詳しくはあまり教えてもらってませんが、邪魔が入りそうなら止めろと。それで請け負いました」
「下種が・・・」
「女。お前は後だ。こいつをぼくは始末して、その後に相手をしてやる」
「勝てるつもりでいるらしいが、お前を相手にするかも知れないと分かっていて、その用意をしてきていないと思うのか?」
「当然、思ってますよ。遠慮せずにかかってきたらどうです?この雨ですから火薬は使えないでしょうけど、他の何かを用意してきているんでしょう?少しくらいは楽しませて下さいよ、元リーダー!」
ガルドゥムはその二つ名ともなっている炎の灼円を展開し、クルトは盾の裏側に握り込んだ物の所在を今一度確かめて降伏を促した。
「お前が仇でないなら、ここで無駄に戦う必要は無い。退がれ」
「おやおや、これは意外に弱気ですね。ぼくはギルドの他の誰も殺すつもりはありませんでしたけど、あなただけは例外だと気付いているものと思ってましたけれど」
「黙れ、下郎が!」
ミミシュが放った矢を、ガルドゥムは炎の縄では受け止めずに体を動かす事でかわした。
「下郎?世間的に誉められたものでもない事をしてるのは、ぼくじゃなくて、女、お前の方じゃないのか?この元リーダーとな!」
「ガキがいきがるな!」
「ミミシュ、落ち着け。今ここでガルドゥムと全力でぶつかって消耗するのは望ましくない。相手がグリラなら我々二人が万全の状態で不意を突けたとしても勝てるか怪しい相手だ」
「だから無理だって言ってるじゃないですか。ぼくもあなた達を逃がすつもりありませんし」
ガルドゥムは小さな火球を生成し、クルトの盾に向かって放った。クルトは盾に当てずにかわそうとしたが、続け様に放たれてかわし切れずに盾で防ぎ、ガルドゥムは見たかった物を確認した。
「炎の魔法を無効化する結石でも握り込んでる感じですかね。女がつがえてる矢の中には、炸薬を仕込んだ鏃の物を混ぜてある。あなた達が準備してきた策はそれくらいですかね」
「さてどうだろうな。私としてはお前と無理に戦うつもりは無いのだが、退いてはくれないのだな?」
「言った筈です。あなただけは殺すと」
「やれやれ。男の嫉妬がみっともない物だと言いはしないが」
クルトは盾を前面に押し出し、その陰で腰に下げた袋から煙玉を取り出し、火口を擦ってガルドゥムの足下へと転がした。
「これは予想外」
ガルドゥムは楽しそうに言い、視界が煙に埋め尽くされていくのをしかし呆然と見守るのではなく、背後の幹に体を預け、その裏へとダイブした。
予想した通り、かつ、という幹に矢が当たる音と共に幹が中程から弾け飛んだ。
ガルドゥムは慌てずに地面に仰向きに両肘をつき、ぬかるんだ地面を飛び込んでくる足音に合わせて、炎の縄を地面すれすれへと配置した。
「終わりだ、ガルドゥム!」
煙の中から盾で体を隠しながら剣を突き込んできたクルトに、ガルドゥムは炎の縄でクルトの足下を巻き込んで一瞬で焼き切った。
「ぐぅああああっ!?」
「煙幕なんて小細工を弄しなければ気付けたかも知れませんね」
「旦那様!?」
標的ではなく情人の苦痛の絶叫を聞きつけてミミシュは駆けつけようとしたが、クルトは止めた。
「逃げるんだ、ミミシュ!」
「なぁに恰好つけてるんですかこんな時まで?そんな気障な人にはお仕置きしないと」
ガルドゥムは炎の縄を操り、クルトの左右の二の腕を焼き切った。
「ぐうううぉおおっっ!」
「止血まで済んでるからそのままでも生きていける筈ですよね。後で殺しますけど」
ミミシュは弓矢を構えたまま二人の姿を見れる位置にまで接近したが、クルトが両足の踝の下と、両腕の二の腕から先を失っている姿を見て、弦を引き絞って言った。
「旦那様をそれ以上傷付けてみろ。お前を殺せなくても、私は死んでやる!」
「止めろ、逃げるんだミミシュ!そして家族や仲間に伝えるんだ!」
「何を、ですかぁ?何でそんな残酷な役をこの女に任せようとするんですかぁっ?!」
ガルドゥムは地面に倒れ伏したクルトの体を抱え起こし、その背後に自分の体を隠しながらミミシュに尋ねた。
「どうしてこんな最低男の為に尽くし続ける?ほら、お前を利用するだけ利用してきた男は最期までお前を利用しようとしているぞ?トドメを刺す役くらい譲ってやってもいいぞ?」
「私が誰に懸想しようが誰と寝ようが私の勝手だ。その対価を私は常に受け取ってきた。それがお前に購える類のナニかではない事は、お前も知っての通りだ。退け。両手両足を失わせて、もう気は済んだだろう?」
「バカな。そんな訳も無い。この男はここで殺す」
「お前が旦那様を殺しても、私はお前の物には決してならない!」
ミミシュが射た矢は、クルトの頭の後ろからミミシュを見ていたガルドゥムの片目の位置に正確に射られたが、ガルドゥムはクルトの頭の背後にひょいと頭を隠すと同時に、ほんの少しクルトの頭の位置を動かして、ミミシュの矢でクルトの右耳を削り取らせた。
「う、ぐおおぉぉっ、た、頼む、ミミシュ、逃げてくれ!ガルドゥムに復讐するにもお前一人では厳しい。そしてギルドの仲間達を葬ったのがグリラだという情報をお前は持ち帰られねばならない!逃げるんだ、ここは!そして仇を取ってくれ!」
「そんな美談にはさせませんよ。女、武器を捨てろ。装備も含めて、全てだ」
ガルドゥムは炎の細糸をクルトの首の周囲に巻き付けて脅迫した。
「殺してみろ。お前を殺して、私も死ぬ」
弓を脇に投げ捨て、おそらく炸薬を仕込んだ鏃の矢を両手に持ち、ミミシュはクルトとガルドゥムへと駆け寄った。
「やれやれ、正攻法の脅しはやっぱりダメだったか」
ガルドゥムは、こんな事もあろうかと用意しておいた麻痺魔法を封じ込んだ魔法石を目前に迫っていたミミシュの顔の前で発動させた。
「く、ぉ・・・?!」
ガルドゥムの首筋の寸前まで鏃を打ち込みかけていたミミシュの体は地面へと崩れ落ち、ガルドゥムに受け止められた。
「ギルドの仲間達が集めてくれたアイテムだものね。ギルドメンバーの為に使うのが供養にもなるよね」
「この、獣めが!」
「んー、耳に心地よいねぇ、負け犬の遠吠えは!」
ガルドゥムは麻痺魔法の魔法石をクルトにも発動させ、身体の自由を奪ってから首筋に這わせていた炎の細糸を外し、麻痺している二人に声をかけた。
「さて、これでいろいろ試せる状態になったね。だいじょうぶ、元リーダーはまだ殺さないよ。グリラさんがね、首を切った状態でもしばらくは生かしておけるって言ってたから、その状態でぼく達の初めての愛の営みを見守ってもらおうよ。心配はいらないよ。ぼくは彼ほどじゃないかも知れないけれど、グリラさんはいろんな薬物にも通じていてね。事情を話したら薬を何種類も分けてくれたんだ。どんな物かは使ってみてのお楽しみだよ、女」
ようやっと、初めて想い人をその名で呼べた感動にガルドゥムは打ち震えた。逆に、両手を後ろ手に縛られ、ガルドゥムがグリラから渡されたいくつもの薬瓶を見せられたミミシュは、見知った物と見知らぬ物の効果の両方に恐怖して震えたが、言葉にする事は出来なかった。
ガルドゥム君、とりあえず生き延びましたw
彼とミミシュとクルトとの在り様はその内過去エピソードとして書くかも知れません。
彼は純情で、潔癖症なのです・・・。




