第十一章 予期された再会
グリラはトウイッチの森の正面入口でガルドゥムと落ち合うと、無造作に森の中へと踏み入った。
「警戒しないで良いのですか?」
「相手にはコボルトがいるんでしょ?ちゃんと準備はしてきてるわ」
グリラは半纏の大きく開いた袖口から小さな巾着を取り出すと、その口を開いて無造作に投げ捨てたが、途端に立ち上った強烈な臭いにガルドゥムは鼻をつまんで抗議した。
「な、なんですかそれは?」
「見ての、というか嗅いでの通り、臭い袋よ。鼻の効く動物相手の、これは特に強めのコボルト避けってやつね」
「そんなものを撒かなくても簡単に殺せるでしょうに」
「単に嫌がらせるだけじゃなくて、他にも役立つ筈なんだけど、気付かないならそれでも構わないわ」
グリラは時折立ち止まって辺りの気配を探っては一定間隔で臭い袋を取り出しては投げ捨て続けた。
「もしかして迷った時の道しるべ代わりに?」
「あら、気がつけたのね。トウイッチの森はここだけじゃないけど、いろんな趣向が凝らされてたりするから。方向性見失わせたりとか、いつの間にか空間転移させたりとか」
「他のトウイッチの森にも入ったことがあるのですか?」
「あるわよ。トウイッチ本人に会えたことは無いけど」
グリラは気の向いた方向へと足を向け、臭い袋を撒きながら、やがて森が開けた一角の手前で立ち止まった。
「ガルドゥム、あなたは下がってなさい。見つからないようにね」
「わかりました」
グリラは、開けた空間の外縁をゆっくりと辿りながら、一匹のゴブリンと太った人間の戦士が雨の中で訓練している様子を伺い見た。
グリラからすれば目をつぶっていても両方を一息に殺せそうな程度の腕前だが、ゴブリンの手にしているハンマーにグリラは目を留めた。
あれは、もしかして・・・?
グリラは風上の少し離れた藪の中に特別製の臭い袋を投げ入れ、二人の訓練の様子を見に戻り、ゴブリンの方が人間の戦士よりも上手なのに、何かを狙って防戦一方な事に気が付いた。
「ザギ様、いーかげん休みましょうって言ってるでしょ!もー歯ががちがち言ってますよ風邪引くの確定ですよこれもうどうしてくれるんですか!?」
太った人間の戦士は不平を並べながらもフェイントを混ぜつつゴブリンの頭部や腹や手を突いたり打ちつけようとしたが、ザギと呼ばれたゴブリンは最小限にハンマーを振るって剣先を打ち払った。
「そー言うんだったら、さっさと一本取れよ!そしたら今日はもうオシマイにしてやるって言ってるじゃん。それにさっきから攻めがちまちまとしてきてるぞ。そんなんで一本取れるのかよ?」
「ザギ様が大きいのを重みを乗せ換えて打ち払おうとしてるの知ってますしね!」
「そうさせてくれないから長引いてるんだけどな、ファボ!」
「だったらとっとと狙い成功させて休ませて下さいよも~っ!」
言いながらファボは最速の突きをザギの喉元へと突き込んだ。ザギはハンマーを振り上げず、打ち下ろして受け止めた。
「しまっ・・」
「うおりゃぁぁっ!」
ザギがハンマーを回してピックにひっかけ跳ね上げた剣は、重みを失ったように宙をくるくると舞い、グリラがその背後に佇んでいた幹の脇まで飛んできたので、グリラは鞘を被ったままの剣を受け止め、驚いている二人の前に姿を現した。
「こんにちは。初めまして。ザギ君と、ファボ君」
狙いを成功させて歓声を上げようとしていたザギは、グリラに向き直ってハンマーを構えた。
「お前、誰だ?どうしてここにいる?」
「私の名はグリラ。あなた達と一緒にいる筈のエミリーに会いに来たの」
「エミリーって誰だ?」
「あら、こんなゴブリンに対しても本当の名前は伝えてなかったのね。<穀潰し>を持って来た人間の女の子がいたでしょう?」
「リーの事か?お前達、どんな知り合いなんだ?」
「あの子が元々はモーマニー商王の金満宮にいた事は聞いた?あの子がモーマニーの娘のサラ王女の身代わりだった事とか」
「ああ」
グリラはゆっくりとザギ達に近づいた。手にはファボの鞘剣を手にしているだけで何も威嚇するようなそぶりは見せていなかったが、それでもザギは体が後じさるのを止められなかった。グリラはそんなザギの様子を見て、優しい微笑を浮かべたが、
「あ、あああぁ<暗器のグリラ>!?」
というファボの戦慄く声に眉を潜めた。
「そういう呼び名もあるわね。私はグリラ。モーマニー商王の戦士団<金では動かぬ者達>の三枚看板の一人で、サラ王女やエミリーとも親しくさせてもらってたの」
ザギは、グリラから目を離さずにファボに尋ねた。
「それ、本当なのか、ファボ?」
「ええ、ええ、本当だと思いますよ!こんな美しくて禍禍しくて近寄りたいのに近寄りたくない女性なんてそうはいませんから!」
「あら、そんなに誉めてくれるなんてうれしいわね」
グリラから差し出された鞘剣を震える手で受け取って、ファボは付け加えた。
「誉めたくないけど美人は美人で、こんな近くで見ると、世界で一番美女が集まってると言われてたモーマニー商王の金満宮でサラ王女と一、二を争うって評判だったのが分かりますが、<首狩り狂い><最凶の癒し手><拷問姫>なんて呼ばれてたのが伊達じゃないって分かりますとも!」
「嫌ねぇ。モーマニーやサラ王女やエミリー達を狙って懲りもせず送られてくる暗殺者達を一人残らず返り討ちにしてたあげてただけなのに。テューイだってそんな慈悲深い殺し方をしてた訳じゃないのに不公平だわ」
「おい、おばちゃんてば、テューイの知り合いなのか!?」
「おば・・・?!」
「違うのか?」
「いいこと、ゴブリンのぼうや。死にたくなければお姉さんと呼びなさい」
微笑を浮かべたまま目から怒気を放ったグリラに圧されて、ザギは引き下がった。
「そんなのどっちでもいいけど、テューイのおっさんとは知り合いなのか?」
「ええそうよ。彼とはモーマニーの戦士団の中でも一番古い顔馴染みだったし戦友でもあったわ」
「すっげー!俺さ、テューイのおっさんに憧れてんだ!このハンマーも<穀潰し>と同じ機能持ってるらしいし、俺はいつかテューイと同じくらいか、あいつより強くなりたいんだ!」
「へぇ・・・、そうなんだ。目標を高く持つのは良い事よ。ところで、エミリー、あなた達にはリーって名乗ってるみたいだけど、彼女はどこにいるの?」
「ビブと沼に薬草採り行って、その内戻って来る筈だけど」
「そう。それじゃエミリーが戻ってくるまでの間、テューイの戦友の私が、ザギ君の練習相手になってあげようか?」
「おお、本当か?そしたら俺もっと強くなれるか?!」
「ええ、本当よ。そしてあなたはもっと強くなれると思うわ。あなたのその武器もトウイッチに作ってもらった物ならね」
「ザギ様、止めておいた方が」
「なんだよ。俺にもっと強くなられると、ぱしりのまま解放されないからか?」
「そんなケチな理由の筈ありませんし、ぱしりの間はリー様ていうかエミリー様っていうんですかそっちの方が愛らしい名前だから今後はそっちで呼ぶ事にしますけどエミリー様のお側にもいられるんでしょうから自分から離れたいわけありませんがそんな話とは無関係に、グリラにはいろんな噂話もあってその中には」
「童貞殺し、みたいな?あれは根も葉も無い風評被害だわ」
「いやぜひ今からでもすぐそこの扉の奥で全身全霊で筆卸お願いします!」
「下品だけど素直な子は嫌いじゃないわ。でも今はザギ君のお願いのが先ね」
「当然だ!」
「そんなぁぁぁ。でもじゃあザギ様との練習が終わったら!?」
「気が向いたらね」
「それってデートの約束が、機会があったら是非って断るのと同じじゃあ?!」
「そうだけどそれが何か?」
ファボが泥水に覆われた地面に顔から突っ伏して慟哭してもグリラは無視して、ザギに言った。
「ザギ君。あなたさっき、相手の重みを奪って剣を弾き飛ばしてそうとして苦労してたでしょう?」
「そうだけど、良く分かったな!?」
「テューイの戦友だから。それで、彼から聞いた話なんだけど、重みって、自分と相手の物だけじゃないのよ」
「どういう事だ?」
「物を上に放り投げると、必ず落ちて来るのはどうして?」
「どうしてって言われても、分からねぇよ」
「分からないと、テューイには勝てないわよ。永遠に」
「どうすれば分かるんだ?」
「あなたのその前向きさ、好ましいわね。それはともかく、エミリーの魔法もそうなんだけど、重力って力が世界に働いているせいなの。ものすごく乱暴な言い方をするなら、あなたも私もこの森も大地も全て、空に舞い上がっていかないのは、その重力があるせいなの」
「えーとえーと、何となくだけどわかったぞ!つまり相手と自分の重みの操作だけじゃなくて、そこら中にあるっていう重力の重みまで操作できるようになれば、俺もテューイくらいには強くなれるって事か!?」
「あなたにそれだけの資質があって、テューイと同じくらい経験を積めば、なれるかも知れないわね」
「そっかー。テューイっておっさんがオーガの肩よりも高く飛び上がって頭叩き潰してたのは、そんな秘密もあったのかー!くっそー、燃えてきたーーー!」
「うふふ、あなたにもそこまで出来るようになるかは分からないけど、私も期待して待ってるわ。あなたが強くなってくれるのを」
「なぁ、グリラって、あんまりそうは見えないけどテューイくらい強いんだろ?だったら俺に稽古つけてくれよ」
「ザギ君。稽古をつけてあげていいけど、あなたは間違った事を言ってるわ。テューイより私の方が強いの。彼は確かに強いけど、私に勝った事は無いのよ」
ザギは衝撃に口をぽかんと開けて呆然としたが、答えを求めるように振り向かれたファボも首を左右に振った。
「知らないですよ、ザギ様。モーマニー商王戦士団の三枚看板はどれも規格外でしたから。その中の誰が一番強いかは巷でも良く話の種にはなりましたけど、身内で殺し会う事はもちろん商王が禁じてましたからね」
「そうね。確かに戦場では、テューイやガーポの方が目立った活躍をしてたし、身内で公に闘った事は無いから優劣はつけ難かったでしょうけど、普段から一番多くの敵を殺してたのは私なのにね」
「お前、テューイよりずっと背が低くて、体も小さいのに」
「あら、彼を直接見た事があるのね?そうよ。その意味では、あなただってテューイよりも強くなれる可能性は十分にあるわ」
「俺が、テューイよりも、オーガよりも!?」
「私以上になれるかは、あなたか、トウイッチ次第でしょうね。さ、稽古を付けて欲しいのなら、邪魔が入らない内にかかってらっしゃい」
「いいのか?本気で行くぞ?」
「本気でかかって来ないなら、殺してあげる」
グリラは武器を手にしていなかったのに、ザギはグリラが本気だと感じた。
「う、ぉ、おおおおっ!」
穏やかな殺気に後込みしそうになる自分を咆哮する事で奮い立たせ、ザギはグリラの足下へと飛び込み、すれ違い様にハンマーをグリラの臑へと打ち付けた。どうせかわされるだろうと思いきや、グリラはハンマーを臑で受け止め、衝撃で弾かれた左足を後ろに振り上げて、立ち止まっていたザギの鳩尾へと爪先を蹴り込んだ。
「ぐぼぉっ!」
ザギの体はグリラの頭よりも高く浮かされ、落ちてきた所を喉に手をかけられて吊された。
「な、何でお前、平気なん、だ?」
「それなりに痛かったけれどね。言ったでしょう、本気で来なさいと」
「俺は、本気だった!」
「あらそう?少なくともあなたの全体重が乗った一撃では無かったと思うわ」
グリラは空いている片手で撃たれた臑に触れ、
「ヒール」
と唱えて軽い痣になっていた傷を消した。
「お、お前、癒し手なのか!?」
「戦士より誰よりも強い癒し手がいたっていいじゃない?」
「ザギ様!そいつは、敵の首を切り落として、その頭部をしばらく生かしておいて体をなぶり殺す様を見せつけるとかする相手です!本当の本気でいかないと!」
「おしゃべりな男は嫌いよ。それが醜男なら特に」
とすっ、と音がしたかと思うと、グリラの空いた手に握られていた紐の先に結わえられた刺突武器がファボの舌先に突き刺さって穴を開け、吹き出した血に塗れる前に半纏の袖口の中に引き戻されていた。
「血、血ぃぃぃっ!死ぬしにゅしにゅこのままじゅああ、助けてザギ様ぁぁっ!?」
「ファ、ファボ、お前、何しやがる?!」
グリラはザギの喉にかけていた手を離して言った。
「その子を殺したくなければ、私を殺す気でかかってきなさい。チャンスは一度しかあげないわ」
「じゅう、ぶんだっ!」
着地と同時にザギはグリラの両足に両腕を広げて飛びかかり、両足の臑を抱え込むと同時にその体重を奪って地面へと引き倒した。
「あら、工夫したわね」
両足をとられて引きずり倒され、腹の上にザギが飛び乗りハンマーを振りかぶって、眉間へ一撃を加えようとしてきても、グリラは焦らなかった。
「及第点はあげるわ」
片手でザギのハンマーの柄を握って止め、もう片手に髪から抜いた簪をザギのこめかみに浅く突き立てて止めた。
「私を押し倒して腹の上に乗った男なんてずいぶん久しぶり。ほら、どきなさい。舌に穴を開けられたファボ君を助けたいのなら」
ザギは上半身の重みを全てハンマーに注ぎ込んでいる筈なのに、細い片手一本で受け止めているグリラにさらに押し込む事は何故か出来なかった。
「ザギ、何してるの!?その人は誰?ファボはどうしたの?!」
エミリーの声が聞こえてくると、グリラは簡単にザギの体をはねのけて立ち上がり、ファボの舌にヒールをかけて傷を完全に治し、エミリーに向き合って言った。
「お久しぶりです、エミリー様」
「グリラ・・・!」
エミリーの他にも、紫色の肌をしたゴブリンと、先ほどゴブリン女王の巣で向かい合ったゴブリンもいたが、グリラは怯んだ様子は見せずに付け加えた。
「テューイと落ち延びたとは聞いておりましたが、ご無事で何よりです」
「あなたがそんな殊勝な事をわざわざ言いに来た訳も無いでしょうね」
「あら、そんな事を言われるとは心外ですね。王宮では仲良くさせて頂いてたと思っていたのに」
「それも目的があってそうしていたのでしょう?」
「なるほど。テューイに有る事無い事吹き込まれてしまったのですね」
「そうよ。あなたが私に会いに来ても、決して<穀潰し>を渡してはいけないとも言われてるわ」
「どうしてです?」
「詳しくは言えないって教えてもらえなかったから分からないけど。あなたには、他にもいろいろ聞きたい事があるのよ。真相とかね」
「何の真相です?」
「とぼけないで。モーマニー様やサラ王女が殺された事に、あなたが何か関わってたんじゃないかってテューイは疑ってたわ」
「そうですか。彼は何か根拠を提示しましたか?」
「いいえ。それは、無かったけど・・・」
「つまり、エミリー様は、根拠無く吹き込まれた噂話で有罪か無罪かを判断してしまうと、そう仰っているのですか?」
「もちろん、そうしたくなんてないし、根拠は説明出来ないって言ってたテューイはとても苦しそうだった。つらそうだった。あの人が理由も無く誰かを悪く言う事なんて私には想像出来ない。だから、ごめんなさい。私はあなたよりもテューイを信じるわ」
「残念です。あなたと築いてきた信頼がこれほどまで脆かったなんて」
「答えて。あなたはモーマニー様やサラ王女の暗殺に関わったの?」
「あなたは私よりもテューイを信じると言ったばかりなのに、ここで私がどちらかの答えを口にしても、その片方しか信じないのではありませんか?それは公平とは言えないのでは?」
「それでも、あなたの口から答えを聞きたいの。それで判断するわ」
「ではこうしましょう。私は真相を語る。もちろん今ここで語れる内容に限定されますが、テューイとの間の取り決めに触れないものであれば問題無いでしょう。あなたはその代わり<穀潰し>を私に渡す。それで公平さは得られるでしょう」
「ちょ、ちょっと待って!あなたとテューイの間の取り決めって何よ?」
「あなたがそれについて知るのは今ではありません。ここで今問いかけられているのは、モーマニーとサラ様の死についてでしたね。私はその真相について語る。あなたは<穀潰し>を私に渡す。一対一の平等な取引です」
「く・・、確かにあなたがモーマニー様やサラ様の暗殺の真相を知ってるなら、私にとってそれ以上に大切な情報なんてちょっと思いつかないけど、でもテューイから託された<穀潰し>はトウイッチに渡すように言われてたから」
「あなたがサラ様達の仇を討ちたかったからでしょう?その手助けを得る為に、テューイとの絆の深さを示す為に、あなたは<穀潰し>を託された。違いますか?」
「違わない、けど」
「いいでしょう。一つ、教えてあげます。あなたから<穀潰し>を受け取っても、私はそれをテューイに届けるだけです。彼がまたあなたに渡そうとするなら、それは実現するでしょうね」
「どうして?どうしてテューイが私に託した<穀潰し>をあなたはテューイに返そうとするの?その後でまたテューイが私に返そうとするならそれは構わないって、訳が分からないわ!」
「でしょうね。私とテューイの間の取り決めに関わる事ですから。それで、どうしますか?取引に応じますか?」
「応じなければ、真相は教えてもらえないのね?」
「ええ、たぶん、二度とは提示されない取引でしょうね。ちなみに、テューイから真相が語られる事もまた、ありません」
「あなたとテューイの間の取り決めがあるからと、あなたは言うのね。その内容もまた語れないと」
ざぁぁぁ、と雨が再び降る勢いを増す中、グリラはうなずいた。
エミリーは迷い、答えを求めるようにビブとザギを見つめた。ビブは黙っていたが、ザギは違った。
「リー、ていうかエミリーって名前だったのか?どっちでもいいけど、俺ともう約束したじゃんか。<穀潰し>をトウイッチに渡した後、あいつが俺にくれるって言えば俺の物になるって」
「ザギ・・・」
「エミリー、やっぱ俺はリーってのが呼びやすいからそっちで呼ぶけど、リーが渡したくないなら渡すなよ。そいつはリーが知らない情報を知ってるかもしれないけど、リーが知りたい情報を教えてくれないかもしれないだろ」
エミリーが横目でグリラの表情を伺うと、余計な事を言うなと苛立っているのが伝わってきた。
「それと、付け加えるなら、リーが知る必要がある事は教えてくれない可能性もある。一度<穀潰し>を渡しちゃうと、たぶん、リーの側には交渉材料は残らない。ぼくやザギを人質に取られて脅迫の材料に使われる事はあるかも知れなくとも、リーにそんな事は出来ないし意味無いしね」
「ビブ君・・・。相変わらずすごいわね」
やれやれとグリラはかぶりをふり、
「何とも小賢しいゴブリン達というか、トウイッチの手が加わってるならこの程度は当たり前という事なのかしら。いいでしょう。あなた達が私を信頼できないというなら、その形を提供するわ」
グリラはファボが取り落としていた剣を拾い上げ、鞘から引き抜くと、半纏の袖口から右腕を肩近くまでさらけ出して、無造作に剣で切断した。
「な、何を!?」
グリラは冷静に左手から剣を放り出し、右腕を空中で受け止めると切断面にヒールをかけて塞ぎ、続いて肩口の傷も塞ぐと、エミリーに自分の右腕を放り投げて言った。
「大切に取り扱って下さいね。あと三十分もあれば、あなたが<穀潰し>を置いてある場所には着けるでしょう?」
右腕を受け取ったエミリーはわたわたとしながら答えた。
「え、ええ。それはそうだけどでも」
「私は約束を違えない。違えてきたのはいつも私じゃなくて、相手の方だった。だから、エミリー様は私を裏切らないで下さいね」
「グリラ・・・」
その時、森の入り口の方から、ずずぅうんという爆発音が響いた。
「もしかして、あの炎の魔法使いが来たの?」
「今は、心配しないでも大丈夫ですよ」
「どうしてあなたがそう言い切れるの?」
「私が連れてきたからです。大丈夫、手綱はつけてありますから。今は邪魔者が入るのを足止めしてくれているのでしょう。さ、急ぎましょう。私も片腕を失いたくはありませんから」
「私もこんな物をずっと持っていたくはないけど、でも」
「エミリー様。あまり駄々をこねないで下さい。私はもう決断し、信頼を得る為の証を差し出しました。それでも信じてもらえないというのなら、私はもう何をしでかすか分かりませんよ?」
エミリーにも、グリラが意味する所は正確に分かった。例えこの場にいる全員でかかっても、片腕になったグリラを倒せないどころか、エミリー以外は全員殺されてしまう事を。
「分かったわ。行きましょう。ザギとビブは、ファボを反省部屋に入れておいてあげて」
「決心して下さった事、決して後悔させません」
グリラは笑顔でそう請け合ったが、違う意味で裏切られるとはその時のエミリーに想像出来る筈も無かった。
2015/10/5 誤字などを修正