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幕間2 ガルドゥムとグリラ

 ガルドゥムが一度目に目覚めた時、両腕の先は炭化したままで、側にはクルトとミミシュ、そして彼らの所属するギルド<黄金の猫>のギルドマスター、金髪金眼の女性冒険者ケーハンが控えていた。

「ガルドゥム、少し、話せるか?」

「む・・・ぅ、ギルマス? ぼくたちは、しくじったのですか?」

「いいや。主目標メインディッシュは平らげた。副目標デザートまで欲張って返り討ちにあっただけさ」

「そうですか。良く生きて帰れましたね」

「そこは君のパーティーリーダーに礼を言うべきだな」

「お陰様で両腕の先を失いましたとでも?」

「皮肉を言うな。君は今回のゴブリン女王クイーン討伐で最大級の功績を上げ、女王候補プリンセスを追いつめるという功績も果たした。君がこれまでギルドに対して果たした功績も鑑みて、君の腕の治療については、こちらで相応の負担をしよう」

「再生でも、着け換えでも?」

「再生は、相当凄腕の治療師に頼んでも難しいだろう。着け換えは、機構式の物であればギルドで全額負担しよう。生体式の物は奴隷などを必要とするからね。君に合う物が見つかるかどうかも分からないし、こちらなら半額ほど負担しよう」

「どっちでも構わないですよ、ギルマス。それより、ぼくをこんな目に逢わせてくれた相手について教えて下さい」

「復讐の為であれば教えられない」

「そう言うと思いました。いいですよ、勝手にやりますから」

「トウイッチの森を焼き払うつもりなら、許可できるわけもない。君はどの道治療と休養が必要な身だ。気が変わるまで拘束させてもらうよ」

「いやだなぁ、冗談に決まってるじゃないですか。機構式で構いませんので、付け換えておいて下さいね」

「分かった。ガルドゥム、君の一日も早い戦列復帰を私は願っているよ」

「ぼくもそう願ってます・・・」


 ケーハンの掌がまぶたにかざされたかと思うと、ガルドゥムは強烈な眠気を感じて瞳を閉じ、眠りの海へと引き戻されていった。

 眠りに落ちる間際、ケーハンとクルト達の会話が聞こえてきた。

「これからまた、トウイッチの森へと戻るのか?」

「すぐにではありませんが。家にも帰らないと妻に怒られますし」

「やれやれ。ご馳走様な事だ。なぁ、ミミシュ?」

「そうですね・・・」

 閉じた瞳には映らなかったが、ガルドゥムはミミシュの浮かない表情を想像できた。


 次に目覚めた時、見知らぬ黒髪の女性がベッドの傍らに腰掛けていた。

「目が覚めたかな、ガルドゥム君?」

「お前は、誰だ?ギルドが寄越してくれた治療師か?」

「うーん、もっといいものかな。君の腕、勝手に治しちゃったし。気に入ってくれると嬉しいかな」

 ガルドゥムは、自分の両腕の先を眼前に掲げてみて、機構式の義手ではなく、かつて生えていたような腕の先が、微妙な肌合いの色の差はあるものの、復元されていた。指先を折り曲げる事も、力を込めて握りしめる事も、自由に出来た。

「驚いたな。ギルマスが奮発してくれたのか?」

「まぁそうかもね。気に入らなければ、君に合いそうな腕の持ち主を探してくれば、何度でも付け換えてあげよう」

 ガルドゥムはベッドから上体を起こし、傍らにいる女性の姿を改めて見つめ直した。黒い切れ長の瞳、長い黒髪はいくつもの髪飾りで奇天烈きてれつな形に留められ、まとっているのがだぶだぶの黒い半纏ときて、ガルドゥムは一人の名にたどり着いた。

「<暗器のグリラ>がぼくに何のご用で?」

「んー、トウイッチの森での野暮用をちょっと手伝ってもらいたくてね。あちこちで情報集めながらここにたどり着いて、君がちょうど都合の良いお手伝いさんかなって」

「光栄なお申し出ですけど、ギルマスの許可は取って頂かないと」

「そんなの、必要?」

 小首を傾げてみせたグリラは薄く笑った。

 ぞっとしたガルドゥムはつぶやいた。

「まさか」

「君は、自分の復讐を義理よりも優先する人だと思ったけど、違ったかな?<灼円フレイムサークルのガルドゥム>」

「いえ。やるならいずれ自分でやるつもりでしたけどね」

「ふふ、そうこなくちゃ。細かい説明は必要かな?」

「それは追々で構いませんけど、ぼくを負かした相手をもらえるのであれば」

「すぐには、無理だね。あれは予約済みなの。君に選択権は無い」

 ぴり、とガルドゥムが怒気を発するよりも早く、グリラが奇妙な形の髪留めの一つを抜いてガルドゥムの口の中に押し込む方が早かった。ガルドゥムは自分の口の中で蠢く何かの感触に耐えられず、口を塞ぐグリラの手をふりほどこうとしたが、グリラはもう片方の手をガルドゥムの頭の後ろに回してガルドゥムの抵抗をまるで受け付けなかった。

 もがいている内に口の中で蠢く何かは、何か固い物、たぶん卵を生み出し、舌で押し戻せる筈も無く、口の中で蠢く何かの触手で喉奥へと押し込まれ、卵は喉下されていき、胃の府まで落ちてその壁に吸着してしまったのがガルドゥムに感じられた。

 産みつけられたものが禄でもない何かなのは説明されずとも分かったガルドゥムは、掌の先を炎に包んでグリラに叩き込もうとしたが、グリラの肌に触れる前に炎はかき消されてしまった。

「な、なじぇ・・・!?」

「いい子にしてれば殺しはしない。産みつけられた卵はギルディスって寄生生物の物でね。一週間後に孵化して、その後に何が起こるかは説明されないでも想像がつくだろう。私の要求を満たせば、その前に卵を溶かし去る溶液をあげよう。それで君はこの悪夢から解放される」

 そこまで言ってようやくグリラはギルディスとかいうおぞましい生き物をガルドゥムの口から引き抜き、かんざしを刺して動きを止めると、それをそのまま再び髪に挿してめた。

「こんな事をしなくても」

「逆らわなかった?いいや、私は君をそれほど甘い存在とは思っていなかったからね。君の元同僚達を私がどんな目に逢わせたかを知って、少しくらい逆上してくる可能性もあった訳だし」

 グリラが部屋のドアを開けて出て行ってしまうと、ガルドゥムは咳込みながら彼女の後を追い、漂ってきた濃厚な血の臭いに手で鼻を覆った。

 二階の階段脇のテラスからは、血の海に浸った一階ホールの惨状が一望できた。

 ギルマスのケーハンを含む十人分以上の死体が、ばらばらに切り刻まれて散らばっていた。ガルドゥムは眠りに落ちる寸前のやり取りを思い出して、彼女はここにはいない筈と自分に言い聞かせながら、床に転がっている生首のどれもが、彼女と、その情人の様相には合致せず、胸を撫で下ろした。

「どうしてここまで?」

 ガルドゥムにとって、偶然にしろ大切な人も恨みに思う人もこの場にはいなかったが、かといってここまでむごたらしく殺してやりたいと思ったことの無い相手ばかりでもあった。

「どうしてって、あなたに合う腕を探してたら、結果的にね。でも、今付いてるの、ぴったりきてるでしょ?」

「それは、まぁ・・・」

「よし、じゃあ行くよー!君のリベンジを兼ねてね」

「知っているのですか?相手が誰か?」

「もちろん。私一人でもちょっとやりにくい相手だからね。君というお手伝いさんを選んだの」

「しかし、炎の魔法は、空気の魔法に相性が良くありませんが、それでも?」

「物とバカは使いようって言うでしょ?心配しないでいいよ。君一人でも勝てない相手だからね。助け合いって事だよ」

「持ち物を、取ってきます」

「ん、じゃあ入り口で待ってるよ」

 グリラは階段を降りると、死体の欠片を踏み石にして、血の海には靴を浸さずに外へと出てしまった。誰かを殺す事に関して良心の呵責を覚えた事の無いガルドゥムからしても、切り刻んだ死体を軽やかに楽しそうに踏みつけていくグリラの姿には違和感以上の物を感じた。

 ガルドゥムは自室で予備の装備を身に付け、ついでに荒らされていなかったギルド倉庫でめぼしい金品やアイテムなどをいくつか見繕って荷物袋に収めた。

 そこに蓄えられた品々を集めるまでにガルドゥム自身もそれなりに骨を折り、仲間達とそれなりに危ない橋を渡った思い出がいくつも蘇った。ガルドゥムは小さな火種を思い出の品々にふり撒いてから倉庫を出て階段を降り、グリラを真似て死体の断片を踏み台にして、よろめきつつギルドホールの出口にまでたどり着いた。

「準備は出来たかな?」

「はい。行きましょうか」

 グリラは、階段の奥の方から煙と火の手が舞い上がり始めたのを見ても何も言わなかったが、ガルドゥムが地面にブーツの踵で書いた文字については一言挟んだ。

「誰かに追ってきて欲しいのかな?」

「そんなところです。あなたとぼくなら、苦もなく退けられる相手ですが」

「ふぅん。それが君の殺したい相手で、奪いたい相手でもあるんだね」

「そんなところです。予約済みの相手には手を出さない代わりに、ぼくの欲しい相手には手を出さないと約束して下さい」

「私、手が早いから、どっちを殺していいのか先に教えておいてね」

「殺していいのは、男。戦士の方です。出来れば自分で殺してやりたいですけど、どちらでも構いません。奪いたいのは、その男を旦那様と呼んでいる女の狩人。こちらには手出し無用で願います」

「君が殺されそうになっても?」

「なってもです」

「ん、分かった。約束するよ」


 二人が去った<黄金の猫毛亭>は炎に包まれつつ、ガルドゥムが地面に刻んだ"トウイッチの森へ"という文字を明るく照らし出していた。


2015/9/28 ガルドゥムは、ミミシュとクルトが惨劇に巻き込まれていない事を知ってないといけないのに記述から漏れていたので記述追加。その他にも何か所か記述を微修正。

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