第九章 クルト再訪
ザギは襲撃から三日目には外部装甲を着たまま歩けるようになり、四日目には走ったり、体を傾けたり、拳を振るったりという事がある程度出来るようになった。
そして五日目の昼下がりまでには少しずつ意図して外部装甲の腕を自分の腕と同じ様に動かしたり、違う様に動かしたりといった複雑な操作も覚え始めていた。
並行して外部装甲を装着していない状態で重みの移動の訓練をファボと模擬戦の中で行っていたが、止まっている状態からならともかく、相手の剣を受け止めて自分の重みを乗せようとするとそのままハンマーが手から落ちて自分の顔や足をつぶしかける有様だった。
そんな五日目の午後、森にグーゴルル達の吠え声が響いてしばらくすると、フーメルがザギ達を訪れて伝えた。
「森の入り口に、こないだの人間の冒険者のクルトとミミシュの二人が来ているわ。あなたに約束通りお礼を言いにって」
「やった!稽古つけてもらえるぜ!外部装甲も着て行くぞ!」
ビブは思案顔で尋ねた。
「ザギ、クルトはいい人かも知れないけれど、この先また命をかけて戦うかも知れない相手なんだよ?手の内を見せちゃっていいの?」
「かまわねぇよ。今みたいな中途半端な状態なら、どっちにしろ負けるだけだ」
「ま、ザギがそう言うならいいけどさ。リーとファボはどうする?」
「ファボは行かせない」
エミリーは即座に言い切り、ファボは驚いたもののおどけてみせた。
「リー様、そんなにこのぼくと離れたがらないなんていつのまにデレててくれたんですかさあそれではぼくと二人きりで外の世界を閉め出して二人の愛を確かめ」
「そんなの存在しないけど」
「ぐはぁぁっ!」
ばったりと胸を抑えて倒れてみせたファボに苦笑しながら、エミリーは言った。
「あなたも知っての通り、私はあまり人と会いたくないの。素性を知られると面倒に巻き込まれるだろうし。それに、森の入り口から来たのと別の場所から他の人達が侵入してきたら、ザギ達が駆けつけるまで誰かが時間を稼がなきゃいけないでしょ」
「分かりましたやりましょういや二人の愛の前に不可能は無い筈!」
がばっと力強く起きあがって宣言したファボは無視して、エミリーはフーメルに頼んだ。
「だから、フーメルさんは冒険者達が来たのと逆側を警戒して、何かあったら私達に知らせに来て下さい」
「分かりました。そうしましょう」
「んー、でもあのクルトのおっさん達、そんなこすい事しないと思うぞ?」
「そうね。あの人自身はそうかも知れなくても、それを知って利用する他の人がいるかも知れないでしょ?」
「そりゃそうだけどさ。俺は心配してないよ。じゃ、家寄って外部装甲着けておっさんに会いに行ってくるぜ」
「気を付けてね」
「気を付ける事なんてねぇよ」
そうしてザギはビブと家に寄り、外部装甲を装着してから、森の正面入り口でクルトとミミシュと再会した。
「よく来てくれたな、クルトのおっさん!」
クルトは、外部装甲を装着したザギの姿に驚き、少し苦い顔で言った。
「やあ、約束した通りあの時のお礼を言いに来た。それは、トウイッチの手による物かい?」
「そうだ。最近よーやっと着たまま動けるようになってきたんだぜ!この状態で一本稽古つけてくれよ」
「まぁ、構わないが、恐らく、それを脱いだ状態で稽古した方が効果的だと私は思うね」
「どうしてだよ?」
「ふむ。おそらく、君もそういった装備の利点と欠点は知っていたからこそ、先日の戦いで着込んではいなかった筈。要点だけ伝えよう。まずはミミシュ、ザギ君の顔に向けて矢を射てみよ」
「よろしいのですか?」
「本気で射る必要は無い。そうだな。頭上から山なりに当たる軌道で射よ」
「わかりました。ザギ殿、よろしいですか?」
「ああ、かまわないぜ」
ミミシュが射た矢は、空高く射られ、ザギの頭部めがけて落ちてきたが、頭上に掲げられた丸盾の一枚に防がれて地面に落ちた。
「やはりそうか」
「矢でも他の攻撃でも勝手に防いでくれちまうんだぜ」
「なるほど」
そう言ったクルトは、枯れ枝を何本か拾い、剣を鞘ごと腰から外して言った。
「ではこれも防いでみるがいい」
「おう、来い!」
クルトは拾った枯れ枝をザギの頭上へとばらまいた。
ザギの外部装甲の盾や腕が頭上へ前面へと繰り出され、枯れ枝は一本残らず払い落とされたが、外部装甲の腕が止まりザギが気が付いた時には、クルトの鞘剣の先が外部装甲の盾や腕の合間を縫うようにしてザギの首もとに突きつけられていた。
「言いたいことは伝わったかな?」
「ああ。あんたの姿も剣の動きも、外部装甲の盾や腕の陰になって見えなかった」
「別にその外部装甲に限った話ではなく、盾を持って戦う戦士に共通する話だ。盾は確かにほとんどの相手の攻撃を受け止め防いでくれるものの、見えない視野を増やす。自分の腕に装着していればその加減も身に付くだろうが、その外部装甲の腕や盾は良くわからぬ理屈で勝手に動いている様子。仮に自分の意思で、自らの腕と、その外部装甲の腕と盾、計六本もの腕や盾を操れたとしても、それは非常に困難な鍛錬と意識の集中を必要とする割に、今のような簡単な誘いにも引っかかって、相手の致命的な一撃を呼び込んでしまう」
「くっそー、やっぱダメなのか」
「使いこなせば、あるいはな。しかし道筋としては先ず元々からある二本の腕と武器とで鍛えるべき。そこで上達の極みに達してから、その武装を鍛錬すればよいのでは?」
「わかってはいるんだけどさ、いたんだけどさ・・・。ビブ、脱ぐの手伝ってくれ」
「うん、いいよ」
ザギは外部装甲を脱ぐと<親指潰し>を手に、肩をぐるぐると回して言った。
「隠し玉はもう一つあるんだ」
「ほう。隠しておかなくていいのか?」
「隠したままで上達出来るんならそうすっけどよ、俺はまだまだだからな。いくぜ!」
ザギはハンマーを片手に飛び出し、クルトが盾を構える左手側へと回り込もうとした。
クルトは何も言わずに体の正面でザギを捉えるよう身体を左へと向けた。
ザギは、クルトが身体の向きを変えるタイミングを狙って、クルトの右半身側へと踏み込んだ。
逆をつかれたクルトだが慌てずに右足を後ろに引き、盾をザギの顔正面にぶつけるように押し出した。
クルトよりも頭一つ以上低いザギは、盾の縁でクルトとの視線が途切れたのを確認してから、ハンマーで思い切り盾の表面を叩いた。
クルトは余裕でザギの攻撃を受け止め、さらに盾でザギを押そうとした時に異変に気が付いた。ザギのハンマーのピックが盾の上部に引っ掛けられたかと思うと、子供一人が盾に乗ったかのような重みが左手にかかり、反射的に左足を踏ん張ろうとしたが、その力みがなぜか足には伝わらず、全てピックが引っかけられた盾にかかって、クルトは盾を装着した左腕から地面に引き倒された。
気が付けば、盾にピックを引っかけていたザギも一緒に倒れ込んでいたが、ザギは
「やった!初めてうまくいった!」
とはしゃいでいた。
「ザギ君、今のはいったい?」
「へっへー、言ったじゃん。もう一つの隠し玉って」
「あの重みのかかり方は・・・。そうか。君のそのハンマーピックもトウイッチの手による物だとしたら、<穀潰し>と同じ機能を持っていてもおかしくないのか」
「ちぇー。もう種明かしまで済んじまってるとか、驚かした甲斐がねぇーじゃん」
「いやいや、十分驚いている。テューイはモーマニー商王国第一の戦士だったし、その武器の<穀潰し>の銘も機能もまた戦士達の間には漏れ伝わっていたからな。あの人間離れした戦い方を見れば、誰だってそのからくりを不思議に思い、その理屈を解き明かそうとするさ」
「どういうことなのですか、旦那様」
「重みの操作。言ってしまえばそれだけだが、それだけに応用の幅は広いし、こと武器などで直接打ち合う攻防ではこれほど厄介な機能も無い。なにせ使い手の体重だけでなく、攻撃を受けたり触れあったりしてる敵の体重や攻撃の重みまで操作し任意の場所に移し替えることが出来るのだから」
「そーゆーことだけどよ、使い方は口で言うほど簡単じゃねぇんだ。自分の体重全部をハンマーに乗っけちまったら、そもそも持ってられないし、相手の剣を受け止めて重みを相手に返そうとしても、タイミングとかが外れれば剣にまっふたつにされるか、自分と相手の体重の重みを持ったハンマーに顔をつぶされることとかになりかねねーんだから」
「そういうことだな。過信はせず、修練を続けるがいい。ところで、ゴブリンの女王候補はその後どうしてる?」
「さあ。どっかに逃げたらしいけど。あの後挨拶にも来てないし」
「ふむ・・・」
クルトはちらりとミミシュを見た。女王の臭いがザギ達から感じられなかったミミシュは首を横に振り、それでクルトに答えは伝わった。
「そうか。ザギ君、ビブ君。トウイッチの森に住まう者達を私たちは積極的に害するつもりはない。けれど、ゴブリンの女王は、我々にとって、討つべき存在だというのを忘れないでおいてくれ」
「あいつらを放っておいてくれって、俺からお願いしたとしても?」
「難しいな。君たちへの恩返しは、先日彼女らを見逃し、今もその後を追ってないことで果たしている筈だからな」
その後、ザギ達と別れたクルトとミミシュは、トウイッチの森の外周を警戒しつつ探り、そう苦労もせずにイージャ達が根城にしている洞窟を遠目から発見して苦笑した。
「まだ近くにいるかも知れないとは思ったが、ここまでとはな」
「ええ、露骨過ぎます。私達や他の人間達が攻めてきたら、即座に女王候補はトウイッチの森へと避難し、ザギさん達に保護を求めるつもりでしょう」
「ふむ。地上からは森の際で食い止めるよう哨戒させる事も可能だが、もしも地下道を掘られたりしていると厄介だな。一つずつ探して潰している間に逃げきられてしまうだろう」
「仰るとおりです、旦那様」
「幸い、群の規模はまだ先日の状態から変わっていないようだ。変に手を出して警戒されるよりは、定期的に見回り、いざという時は一気に攻めたてて滅ぼそう」
「女王を取り逃がしたとしても?」
「女王も単体では何も出来まい」
「ザギさんやビブさんとつがって群を成す可能性は?」
「もちろんあるが、ザギ君もビブ君も女王の香りに耐性があるのは明らかだ。トウイッチに飼われている者として、何らかの手が加わっているとすれば、ゴブリンとしての繁殖活動に手を貸すかどうか、どちらとも言えまい」
「しかしもしトウイッチが命じれば二匹とも協力するのでは?」
「もしそうしたとしたら、生まれてくるのはやはり普通のゴブリンではあるまい。悪い意味では無くな。もし賽の目が悪い方に出たとしても、ゴブリンはゴブリンだ。例え王が生じたとしても、対処のしようはいくらでもある。特に女王の所在さえ押さえておけば、事態が悪化する前に食い止める事も難しくはないだろう」
「仰せのままに。旦那様」
「それでは、ギルドに戻ろうか。ガルドゥムの様子も確かめなくてはならないからね」
「はい」
そうして二人は、ガルドゥムを置いてきた近くの都市、タロザにある彼らの所属するギルドホール猫毛亭へと帰って行った。