第一章 出会い
初めまして、名無之直人です。
弱っちいゴブリン達を主人公にしたお話を書き始めてみました。
ぼちぼち更新していきますので、感想等頂けたら嬉しいです。
<初投稿なので、改行/スペース挿入は随時試してみます>
第一章 出会い
元マリガン商王国領の南西外れにある森の一角で、二匹のゴブリンと一頭の猪が対峙していた。
ゴブリンといえば最低最弱にランクされる魔物の一種だったが、ゴブリンの一匹は緑色の肌に引き締まった体つきをしており、身を包んだ革の鎧も全体が白い金属製のハンマーも魔物というよりは小柄な冒険者に見えた。もう片方はゴブリンには珍しく紫色の肌をしており、人間の子供が着るようなチュニックとズボンを身に付け、腰のベルトには何が入っているか分からない小袋をたくさんと吹き矢を下げていた。こちらも肌の色と額の小さな角を除けば人間の塾にでもいそうな優等生といった雰囲気だった。
緑色のゴブリンが手にした小さなハンマーを猪へと掲げて宣言した。
「光栄に思え、お前は俺たちの晩飯だ!」
猪は、ゴブリンの言葉など耳に入らぬ様子で、その牙を向けて蹄で地面を掘り返し、突進の準備を終えた。
紫色のゴブリンは、緑色のゴブリンの背後の木の幹の後ろに隠れながら呼びかけた。
「やめようよ~、ザギ。死んじゃうよ~。あ、でもザギが死んだら毒薬の実験台にさせてもらうけど」
ザギと呼ばれたゴブリンは振り向いて答えた。
「死んだら実験台にはならねぇんじゃねぇの、ビブ?」
「あ、そか。そしたら瀕死くらいで生き延びて」
「半殺しにもされねぇよ。これが初めてのイノシシ戦でもねぇしな!」
そのザギの言葉を聞き咎めたように猪は突進を開始。5メートルほどの距離はあっという間に詰められ、
「危ない!」
というビブの警告も間に合わないかに見えた。
しかし背後に地響きを感じたザギは寸前で股を開きながら跳躍。股下を通り過ぎる猪の頭に向けてハンマー頭部の片側、尖った先端:ピックを思い切り振り下ろした。
「てぇぇぇいっ!」
ずがっ!という手応えと共に、猪の鮮血と絶叫が迸った。猪は勢いのままにザギが背にしていた木の幹にまで激突し、猪の背に跨ったザギはここぞとばかりにハンマーを打ちつけた。
「ぶもおおぉっ!」
猪は雄叫びを上げ、木の幹に背中をすりつけるようにしてザギを背から振り落とし、森の空き地の逆側へと距離を取った。
「ちくしょー、やっぱ頑丈だなあんにゃろめ」
ザギはハンマーのピック部分についた猪の血糊をぺろりと舐めてさらに挑発した。
「おら来いよ、トドメ刺してやっから!」
「ザギ、こないだみたいに油断して大けがしないでね。したらまた薬の実験台にしてあげるけど!」
「おめーのは薬か毒か使ってみないとわかんねー代物だろーに。こないだのはたまたま助かったけどよ」
「危なくなったら、毒、使うからね?」
「ぎりぎりまで手出すなよ。お前の吹き矢、どこ飛んでくかわからねぇし、助けられるより殺されかけたことのが多いし、猪に当たったら食い物にならなくなるし」
「スリングとかネット使えばいいのに」
「ばーろー。安易な道具に頼ってっと強くなれねーだろーが!」
「せっかくトウイッチからもらってるのに。言いつけるよ?」
「あー、好きにしろよ。無事に生き延びてあいつの作る飲み物だのガラクタだのの実験台になってるうちは文句は言わせねぇ」
「ほら、また来たよ!」
用心した猪は、左右にフェイントを入れながらザギを狙う。
「顔の両側にある牙のどっちかで俺をひっかけられればお前の勝ちってのはそうかも知れねぇけど」
ジグザグに跳ねてくる猪の、右、左、右、というタイミングを呼んで、ザギは半身を開きつつ右に飛び、すれ違い様にピックを猪の左目に叩き込む。
ピックが猪の左目を潰す感触と引き替えに、ザギの上着が牙にひっかけられ、ザギの身体は宙に舞い何回転もして地面に叩きつけられた。
「げ、ほ・・・。やってくれっじゃねぇか!」
片目を潰されて激昂した猪は、痛みに構うよりもザギを倒す事を優先し、鼻面を低く下げて倒れたままのザギに向かって突進した。
隠れていたビブが飛び出して吹き矢を構えるより早く、ザギは
「吹くな!」
とビブを制止。目前に迫った猪の左側、死角へと、頭を地面につけてブリッジ姿勢から両足で地面を蹴りあげた。ザギの背中を猪の牙がかすめて通り過ぎていき、ザギは倒立状態から両足で立ち上がると、猪の背を追って駆けだした。
猪は急停止するがすぐには方向転換出来ない。慌ててザギへと振り向こうとするが、
「遅えっ!」
両腕でハンマーを振りかぶったザギが飛び込んできて、猪の眉間にピックを深々と突き刺した。
猪は断末魔も上げる暇なく、ぐらぐらと体を揺らしたかと思うと、その場に崩れ落ちて息絶えた。
「ぃよっしゃああぁっ!勝った、また勝ったぁぁっ!」
ザギはぴくぴくと痙攣する猪の躯を前に勝利の雄叫びを上げたが、ビブは安堵のため息をつきながら水を差した。
「これで三勝一敗、ていっても、勝った最初の一頭はもっとずっと小さな子供だったし、二頭目は調子こいて直撃食らって動けなくなって倒したのはぼくの毒だったし、だからまともに勝てたのはこれが初めてでしょ?」
「あーはいはいそーですよそーだとしても勝ちは勝ち!今までの経験も無駄になってねーってばよ!これでトウイッチにも自慢出来るぜ!」
「いずれ乗りこなす戦猪に育て上げるんじゃなかったっけ?殺しちゃってるしダメなんじゃないの?」
「いーのいーの。もっと腕上げてもっと強くなってからもっとデカイの乗りこなすんだから!これは晩飯にするって最初から言ってたし!」
「はいはい。それじゃどうする?この場で生で食う?それとも血抜きして持って帰る?木の枝に吊すの大変そうだけど」
「頭は記念と証拠に切り飛ばして持って帰る!腹の中身出して足切り離せばけっこー軽くなるべ!」
「んじゃ、前足はおやつ代わりにそのまま食べよー。お腹空いたし」
「ういよ。そんじゃ早速頼むぜ、調理担当!」
「切るのは任せるよ、切断担当」
ビブは背中の道具袋の中から片手斧を取り出すとザギに手渡し、ザギはさくさくと猪の躯を解体していった。
猪の頭部と四本の足が切り離され、内蔵もかき出されると、二人して猪の体を縄でくくり木の枝に吊り下げて血抜きし、生の前足をかじりながら火を起こして、皮を剥いだ後ろ足を炙った。
「生でも美味しいけど、焼いて味付けした方がもっと美味しいよね~」
「ま、どっちでもうめぇけど、トウイッチがせっかく教えてくれたし」
「貴重な調味料も使わせてくれてるしね。ほら、もう焼けたんじゃないかな」
人間からするとまだまだ生焼けの猪の後ろ足に、前足を食べ終えたゴブリン二匹がかじりつこうとした時だった。
ぐーーーっと、お腹が鳴る音が響いた。
ゴブリン二匹は互いに顔を見合わせて、
「ザギってば、前足一本食べてまだ腹ぺこなの?」
「うるせ。鳴ったのはお前の腹じゃねーのか?」
「違うよ、ザギのだよ!」
「いーや、ビブのだよ!」
なんて言い合いながら、骨だけになった前足を片手に、生焼けのままの後ろ足を二匹がもう片手に持ってちゃんばらを始めようとした時、がさっと音がして、森の空き地の片隅から、人間の少女が短剣を構えながら姿を現した。
「あ、あなた達、ゴブリンなのに人の言葉が話せるの?私はリー。この森にいる筈の魔法使いのトウイッチに用があって来たんだけど」
ザギもビブも、人間は見た事はあったが、
「お、あいつ、女?胸がでけーし、体がほせーぞ。初めて見た!」
「ぼくもだよ。でも言うほどでっかくはないよ。男の人のよりは膨らんでるかなってくらいで」
「悪かったわね!それで、トウイッチはいるの?あなた達トウイッチの名前出して話してたわよね?関係者じゃないの?」
二人は顔を見合わせて、ビブが話した。
「お師匠、旅に出てていない。それに魔法使いと違う。錬金術師と本人は言ってる」
リーと名乗った少女はその場にへたり込んで嘆いた。
「あーくっそ、留守か~。いつ帰ってくるのか分かる?」
「わっかんねーよ。あいつってば、気の向くまま風の向くまま究極の寝場所を求めてさすらってるらしーし」
「究極の寝場所って何よ。じゃ、帰って来ないの?」
「ここは気に入ってる寝場所らしいから、たぶん帰って来るんじゃないかな?で、お師匠に会いたいってどうして?」
「どうしてって、それは」
リーのお腹が再び、ぐぎゅるぅぅぅっと鳴り、頬を朱に染めた少女は短剣でまだかじられてない後ろ足を指して言った。
「私はね、あんたがお師匠って呼んでる人の、そう、お客様なの。だから、そのお肉、どっちか片方でいいから分けてもらえないかしら?」
ザギとビブは顔を見合わせると、ザギは何も言う前に自分の手にしていた後ろ足に何口もかぶりついてしまったので、ビブはため息をつきながら、後ろ足を半分にした片方をリーに差し出した。
腰のベルトに下げた小さな袋の一つを一緒に渡し、
「これかけて食べると美味しいらしいよ?」
と声をかけながら。
「死にたくねぇなら信用すんなよ」
ザギの助言を耳にしつつ、リーはビブから後ろ足の片方だけ、生焼けの足に短剣を突き刺して受け取り、火に炙り直した。
「あんた達が猪倒すところから見てたからね。ビブ君からの調味料はまだ試せないかな」
「そんな~。それは痺れ薬の筈だから死にはしないよ~」
「舌を痺れさせる調味料ってうまい事言ってるつもりかこのゴブリンは!?」
リーは生焼けだった後ろ足を火に炙りつつ少しずつかじって空腹を慰めた。ザギは、そんな彼女が背中にくくりつけている、布に巻かれた長い棒を見て問いかけた。
「お前、背中のそれ、魔法使いの杖なのか?」
リーは肉にかぶりつきながら答えた。
「だったら、はふ、良かったんだけどねぇ。ああウマっ!ゴブリンが狩ってくれた猪肉だけどウマっ!」
ザギがよく見てみると、その長い棒の先端はザギが使っているハンマーと同じようにT字型になっているのに気がついた。
「お前、それ、ハンマーじゃないのか?!」
「・・・だったら、どうなの?」
「見せて、くれっ!」
「見せるだけならいいけど、あげられない。これはトウイッチへの、贈り物というか、代金にする物だから」
「弟子入りする為の?」
「そ、ビブ君は賢いわね。あなたも弟子なの?」
「トウイッチは、弟子取らない。ビブが習ってるの、薬と毒の調合だけ。それ以上は無理言われた」
「トウイッチは犬の獣人よね。どうしてあなた達を飼ってるの?使い魔ってわけじゃないわよね?」
「俺らは拾われたんだよ」
「トウイッチに?あの人がそんな慈善者なんて初めて聞いたわ」
「ぼくとザギのいたゴブリンの村、オーガの群れに奴隷にされてたけど、ある時攻めてきた人間達にまとめて滅ぼされた。二人して逃げて、逃げ延びて、この森まで迷い込んできて、トウイッチの実験台になる約束で、住まわせてもらってるの」
「実験台って、危なくないの?」
「命に関わるような事に使われるの、そうないよ。もう3年くらい一緒にいるけど、死にかけたらちゃんと治してくれるし」
「オーガやゴブリン達と一緒にいるよりはずっと安全だよな~?」
「うんうん。それ間違いない」
「ゴブリンも、いろいろ大変なのね・・・」
リーは、後ろ足の肉をかじり尽くすと、残りを火の中に放り込んでハンカチで口の周りを拭い、二匹のゴブリンに言った。
「さ、今はいなくても、トウイッチの家まで案内してくれない?野宿よりはまともな環境で眠れるだろうし」
「ま、いいけど」
ゴブリン二匹は木に吊していた猪の胴体を降ろすと、ロープをリーに渡した。
「何これ?」
「お前、肉食った。ただ食い許さない。働け」
リーは抗議しようとしたが、左右から挟まれて睨みつけられた彼女は諦めてロープをたすきがけに肩にかけた。
結局、一人では力がまったく足りずに森の空き地から出る前にへばってしまったので、ザギがロープの片方を持ってくれて、猪の胴体は進み始めた。それでも、
「お前もちゃんと力入れて運べ!ずるは許さない!」
と言われてさぼる事は許されなかったが。
えっちらおっちら二匹のゴブリンにせき立てられたリーが子供の秘密基地のような樹上の掘ったて小屋にたどり着いたのは、それから30分後くらいの事だった。
夕闇が落ち始めた森の中で仄かな灯りを目にして、リーは最後の力を振り絞って猪の胴体をひきずって小屋の下までたどり着くと、その場にへたり込んだ。
「つ、か、れ、た~!」
「半分以上ずるしてたのに何言ってやがる」
「そーそー。お前が食べた肉の分、支払い終わってないぞ?」
「あのね~、私はか弱い女の子なの。男が二人してこんな重荷を背負わせて恥ずかしくないの?」
ザギはふんと鼻を鳴らしてリーの背中の長い棒を指さして言った。
「それ、重いんじゃないのか?それ背負って来てた奴がか弱いとか笑う」
「な、こ、こいつ、チビのくせに生意気!」
「ゴブリン、人間よか背低い。でも、俺はお前より強い」
「あらそう、言うじゃないの。そこまで言うなら、勝負してみる?あんたが使うのは、私が背負ってる物。それ使って私に一発入れられたら、あんたの勝ちで、そのデカイ物もあんたにあげるわ」
「やる、俺やる!それ貸せ!俺使う、お前倒す!」
「待ってよザギ。リー、お前勝ったらどうなる?」
「ビブ君は賢いわね。本当にゴブリンなの?」
「ビブ、ゴブリン。トウイッチにいろいろいじられてるけど、まだゴブリンの筈」
「まだって、そうね。ザギ。あんた、負けたら私のぱしりになりなさい!」
「ぱしりってなんだ?」
「使い走り。召使いみたいなものよ。トウイッチの命令が特に無い時は、私の命令を聞くの。どう?それでもやる?」
「やる、俺やる!そのデカイの早くくれ!」
「ザギ、そのデカイの、ザギの背丈くらいあるのに振れるの?負けるよ絶対」
「ザギ君はもうやるって言ったもんね。決闘の約束は成立。それじゃ見せてあげるわ」
リーは立ち上がり、背負っていた長い得物の包みを解いていった。それは美しい装飾が施された両手用ハンマー。その頭部の片側は槌、反対側は鋭いピックで、使い込まれた重みと磨き上げられた輝きを放っていた。
自分の30センチほどの得物の三倍以上の大きさの両手用ハンマーに、ザギは飛びついた。
「俺、これ、見た事ある!これ、俺達の村滅ぼした人間の戦士達の頭が使ってた!お前がどうしてこれ持ってる?お前みたいな女があの戦士倒したのか?!」
「私に勝ったら教えてあげるわ、ザギ君」
リーは両手用ハンマーの頭を軽くザギの方に押しやり手を放した。
「う、お、おぉぉっ!?」
「ザギっ!?」
両手でハンマーを抱えて踏みとどまろうとしたザギだが、
「お、これ、頭、重っ!死・・」
ビブも加勢に入ろうとしたが、その前に両手用ハンマーはザギを地面に押し倒し、その頭部の横腹がザギの頭をしたたかに打ちつけた。
「そんくらいで死にゃしないわよ」
リーは、目元の定まらない状態のザギを、体の上に乗ったハンマーごと踏みつけ、腰から抜いた短剣をザギの首もとの地面に突き刺して宣言した。
「はいこれで私の勝ち。あんたは私のぱしり決定!」
「足を放せ!ザギを殺すな!」
吹き矢を構えたビブを見て、リーはあっさりと短剣を鞘に納め、何事がぼそぼそと唱えて両手用ハンマーの柄に触れると、ひょいと担ぎ上げて、ザギを慰めた。
「まー、使ってた人は皮肉を込めて<穀潰し>なんて呼んでたけど、人間の戦士でもまともに扱えるのはあの戦士団長くらいだったからね。ザギ君は落ち込まなくていいよ」
ザギは起き上がりながら言った。
「お前、何か言ってそいつに触れた時、それ、すごく軽くなった。お前、魔法使いか?」
「せーぜー見習いって程度だよ。使えないわけじゃないけど、間違っても魔法使いだなんて威張れやしない」
「だから、トウイッチに魔法習いに来た?」
「そんな感じ。じゃ、約束は約束。ぱしりとなったザギ君に命令一号を与えよう。トウイッチのベッドまで案内しなさい」
「してもいいけど、お前、大きい。きっとそこで眠れない」
「トウイッチって獣人よね?そんな小さいの?」
ザギとビブはぷっと吹き出し、けらけら笑いながら言った。
「あいつ、俺達より小さいぞ」
「そーそ。ぼく達の目元くらいまでしかないよ」
リーは目をぱちくりさせて疑った。
「あんた達はあたしの胸元くらいまでしかないじゃない。そのあんた達の目元って、<穀潰し>くらいって事?」
「そーそ。ベッド、見せてあげるからついてきて」
ビブが樹上の掘ったて小屋への階段を上らずに、木の裏手にある植え込みの中に這っていく姿にリーは思わず抗議した。
「ね、どうして階段使わないの?」
ザギは再び布にくるまれてリーの背中に収まった<穀潰し>を未練がましく眺めながら言った。
「お前がどうしてその、ご、<穀潰し>持ってるのか、あいつ倒したのか、教えてくれれば教えてやるぞ?」
「ザギ君は私に負けたんだから教えてあげない。命令よ。どうして階段使わないのか教えなさい」
「あれ、罠。泥棒とか、バカな連中ひっかける為のもの。俺達もトウイッチも、そんな強くない。だから罠必要」
「ふ~ん。素直に教えてくれてありがと。それじゃビブ君についていこか」
「さっさと行け。あの穴一度に一人しか通れない」
リーが植え込みをかき分けてみると、確かにリーでもぎりぎりくらいの大きさの穴が空いていたので、ハンマーを背中から外して先に穴の向こうへと押しやってから、何とか穴の向こうへとくぐり這い抜けた。
「ぺっぺ。口に土入った。なんであんな面倒な真似をしてるの?」
「面倒じゃない。トウイッチも俺達も楽に通り抜けられるし」
自分の後ろからあっさりとくぐってきたザギの姿に、リーは納得するしかなかった。
「それよりも・・・」
木の幹の中は、外からは想像できない光景が広がってというか詰め込まれていた。直径3メートルも無い幹の内側には、所狭しと薬品棚やフラスコケース、ガラス管、煮窯や本棚、ねじ回しや鋸などの工具類や得体の知れないがらくたが山と乗せられた机などが半円形に段違いに積み重ねられていて、とてもではないけれども、人一人が生活できるスペースがあるようには見えなかった。
「えーと、トウイッチのベッドってどこよ?」
「上、一番上に吊り下がってる」
リーが見上げると、木の幹の空洞が狭くなっている一番上の辺りにハンモックがかけられていて、それは確かに<穀潰し>をかけられるかどうかくらいの長さしかなかった。
「それじゃあんた達はどこで寝てるの?まさか外で?」
「そうする事もあるし、別にそれでもいいんだけど」
「お師匠様偉いから、ザギとビブに、地下は好きにしていいって言ってくれた。根っこは切ったらダメって言われたけど、他は好きにしろって。だから二人でがんばって掘った」
「な、なんか嫌な予感しかしないんだけど」
「だいじょーぶ。リーが寝れるくらいの隙間はあっから!」
「む。ザギ、あんたは私のぱしりになったの。だから敬語使いなさい。リー様って呼ぶのよ」
「トウイッチも呼び捨てにしてる。だからお前もリーって呼び捨てにする。ザギ間違ってない」
「そうだね。リーもトウイッチのぱしりになるなら、トウイッチより偉くはないもんね。ザギ気づいたの偉い、賢い!」
「えへん」
「ほら、ぱしりはぱしりらしく、さっさとその地下スペースとやらに案内なさい」
「ほいよ」
ザギは幹内部の床中央にしつらえられた扉を開き、そこに運んできておいた猪の胴体をロープで吊って下ろすと、縄はしごを使って降りていった。
ビブも続いてさっさと降りてしまい、リーが下をのぞき込むと、そこには頭上よりもよほど広いスペースが広がっているのがわかった。
「この梯子、私が乗っても大丈夫よね?」
「そんなに重くなければ切れない筈。でも、ハンマー、<穀潰し>と一緒ならわからない」
「ま、軽くしてあるから大丈夫かな」
<穀潰し>を背負ったままだとぎりぎりの扉穴をくぐり、揺れる縄梯子を恐々と床下まで降りて、ぐるりと見回した素直な感想をリーは口にした。
「広い。これを二人だけで?」
「もっとほめていいぞ?2年以上もかかったからな」
「ザギが体鍛える為に掘りまくって、ビブがあちこち整えていった。家具とかはトウイッチにも手伝ってもらったけど、二人でも作った。ぼく達、偉い、賢い!」
「うんうん、二人ともすごいよ!かまどや流しつきのキッチンに井戸まであるし、たぶんこっちはザギ君の訓練場かな。それと反対側の怪しげな色の試験管とかフラスコとかヤバそうな色の湯気吐いてる煮窯が並んでるのはビブ君のスペースだね。て、二人ともどこに寝てるの?」
「床だけど?」
「地面に?」
「何か変?」
「いや、そーいやあなた達ゴブリンだったわね。そしたら私はキッチンの方の床貸してもらうわ。寝てる間に近づいたら痛めつけるからね!」
「どうして近づく?俺達お前に用事無いのに」
「・・・だったらいいわ。まだ小さなお子様だしね」
「む、それ違う。ザギもビブももう十歳!ゴブリンだともう十分に大人!繁殖も出来るってトウイッチ言ってた!」
「・・・・・・近づかない事。いいわね?」
「寝る前に猪の胴体薫製器にかける。長持ちするようになる」
「トウイッチは、ぼく達が焼いたのより薫製にしたお肉の方が好きだしね」
「薫製って、ここ地下室よ?幹の内側を煙突が走ってるようには見えなかったけど?」
「トウイッチの発明。カマドみたいな所に入れて蓋閉めて次の朝まで置いとけば出来上がり!」
ザギは猪の胴体の皮を剥いでいくつかに切り分け、ビブはキッチンの脇にしつらえられた釜の蓋を開けた。ザギが内部に渡された何本かの鉄棒の上に肉塊を並べ終えると、ビブは蓋を閉め、備え付けられたレバーを引いてスイッチを押し込み、薫製器とやらはごうごうと音を立て始めた。
「これ、中で何が起こってるの?」
「詳しい事、トウイッチしか知らない。でも、起こってる事は単純。あっためられて、煙がぐるぐるしてるだけみたい」
「みたい、って何よ?」
「一度、ザギが言いつけ守らずに動かし始めた薫製器の蓋開けて中確かめた。中からあっつーい空気と煙がごうごうと吹き出してきてすぐに蓋閉めた。煙抜くの大変だったし、トウイッチにも怒られた。すごく」
ビブが恨めしそうにザギを見つめると、ザギは弁解した。
「あの一回だけだし、お前の薬だか毒だかの実験台にもなってやってケリついた話じゃん。もう許せよ」
「ビブ、その時は毒飲ませたんじゃないの?」
「毒じゃなかった。あの後すっげー調子良くて、なかなか眠れない日が何日も続いたし。あれなら何度飲んでもいいかも」
「それ危ない薬なんじゃ?」
「あれは失敗だった。本当は逆の効果を狙ってたのに。リー、飲まない?」
「飲むわけないでしょ!ほら、用事終わったのなら離れる。私疲れてるんだからさっさと寝たいの」
二匹はあっさりと従ってリーから離れたが、まだ不安だったリーは付け加えた。
「ザギ、命令。あたしが寝てる間は近づかない事。ビブが近づこうとしたら止める事。いいわね?」
「わかった。他に無ければ、俺達も寝る。おやすみ」
「リー、おやすみ。また明日の朝おはよ」
「はいはい、おやすみ。ってあいさつまでしっかりしているのは、やっぱりトウイッチの躾がよかったのかしらね」
「ぐう・・・」
「すう・・・」
「寝付きよすぎじゃ?!って私も寝るけどさ・・・」
二匹のゴブリンは、土の床に藁を敷くでもなく、本当にごろりと寝転がった途端に寝息を立て始めた。
リーは腰脇に下げていた鞄の一つを枕代わりの位置に据えると、まとっていたフード付きのマントを体に巻き付け、ふわぁ、と一つ大きなあくびをした。そのまま眠りに落ちたかったのだが、その前に、自分の体の周りに警戒の魔法をかけてから、リーもまたことんと一瞬で眠りに落ちた。