素晴らしき世界
建物勤め40年。
来る日も来る日も、雨にさらされ風にさらされ、壁にしがみつく日陰者。
彼は鉄パイプだった。
長さは67cm……彼は、何時までも建物にしがみつくだけの己のパイプ生に嘆き悲しんだ。
そんな彼に転機が訪れた。
地震だ。
地震により建物は倒壊。
350人の重軽傷者と15人の死者を出した悲劇だったが、その地震によって彼は世界に解き放たれた。
彼は決めた。
「この世界を旅しよう」
鉄パイプは世界を旅して回った。
青く広がる海、鬱蒼と覆い茂る森、厳しく険しい山、伝統の街並みを残す都市にも行ったし、近未来的な予感をさせる都市にも行った。
初めて見る世界に、彼の空洞はときめいた。
彼が旅にでてはや三年。
だが、彼の体はすでに錆びてボロボロだった。
死期が近いことを悟る彼は、だが、後悔は無かった。
「こんな素晴らしい世界を目にできた」
そんな思いが空洞一杯に満たされていたからだ。
「でも、最期に一つだけ……」
彼は言った。
「最期に、スパに行きたい……」
彼はスパに行った。
鉄パイプ。
享年47歳。
スパの浴槽の中で、今までのパイプ生に思いを馳せながら死亡。
彼の遺体は、遺言に従い地中海に沈められた。