梅雨明け前の夕暮れに 第48話
教室の窓辺にひとりの少女が立っていた。こちらを向いて、夢のように美しく、ほほ笑んでいる。他には誰もいない。動くものはなにもない。物音ひとつ、しなかった。
蘭は廊下に立ち、教室の扉(後ろの扉)に手をかけたまま、その少女を視ていた。彼は教室のなかにはいろうとはせず、ただ、少女の姿を視ている。彼がどれぐらいの時間、そうしているのかはわからない。まだ、ほんの数秒かもしれないし、もっと長い時間そうしていたのかもしれない。わかることといえば、この教室は彼が通っている学校のものではないということと、彼には少女の顔に見覚えがない、といことだけだ。
ふたりが互いに言葉を交わすことなく見つめ合っていると、ふいに、少女が動いた。
くるり、と少女がその場でほほ笑みながら踊るように回った。長く美しい黒髪が少女とたわむれるように宙を舞う。沈みゆく太陽のひかりが髪の上を流れ、少女を身体をあわくつつみこんだ。
少女がふたたび、こちらに笑みを向ける。
蘭はその笑顔を視ると、扉を閉め、歩き出した。
廊下を歩きながら、彼女はしあわせなのだな、と蘭はおもった。
だが、まだ十全ではない。どうすれば彼女のしあわせは十全なものになるだろうか?
答えはすぐに出た。
その答えに蘭は妙になっとくした。いっさいの疑問を感じることはなかった。そうすることがあたりまえなのだと、そうすることが一番いいのだ、と。
ゆえに、蘭は迷うことなく目的の場所へ向かった。
「……」
ふと、目が覚めて時計をみる。
午前五時三十六分。
この日の朝、蘭はいつもより早く目をさました。




