梅雨明け前の夕暮れに 第35話
「今日はどうもありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。また、いつでも、いらしてください」
玄関口で翼とあかりが挨拶をかわした。
「大石さん、みなさんをちゃんとお送りしてくださいね」
恭しく、大石は無言で頭を垂れた。彼が扉を開け、翼、志摩子、蘭の三人が帰ろうとすると、
「あ、あの、みなさん。また明日、学校で……」
さみしげな貌でさゆりがいった。
「司書室でお待ちしてますよ、さゆりさん」
「さゆり、また、明日ね」
「おやすみなさい、さゆりさん。また、明日」
三者三様のことばをかけ三人は車に乗り込んだ。
ゆっくりと走り出す車。
車が見えなくなるまで、さゆりが名残惜しそうに立っていると、
「ほら、さゆり。そんな貌をしないの。明日また会えるでしょ?」
元気づけるように、あかりは彼女の肩に手をおいた。
「はい……」
「さあ、戻りましょう」
肩を抱いて戻るよううながす。
「さゆり」
歩き出した彼女に道貴は声をかけた。
「もしかしたら彼は……蘭くんは……」
いいよどむ道貴を、さゆりは不思議そうに見つめる。
「……いや、その……。お父さんも、蘭くんのことが好きになったよ! うん! もちろん、翼くんや志摩子さんもお父さんは好きだなあ! いい友人ができてよかったな、さゆり!」
「はい! ほんとうに、みなさんやさしい方たちで……お友達になれてよかったです」
「よかったわね、さゆり。これからは道貴さん公認で、いつでも蘭くんを連れて来られるわよ」
「お、お母さま、わ、わた、わたしはべつに!」
「うふふ。ホント、わかりやすい娘ねえ」
「――知りません! わたしは部屋にもどります!」
足早に部屋へ向かう。
「あら、怒っちゃったの? やーね。もっと蘭くんのことを聞きたかったのに」
「あかりさん……」
「……どうかなさって、道貴さん?」
静かな声で尋ねる。
「蘭くんはもしかしたら……もしかしたら蘭くんは――」
「もし、なんていいだしたら切りがないですよ。大丈夫。蘭くんには翼さんや志摩子さん、それにさゆりもそばにいるのですもの。あなたが考えているようなことにはなりませんよ」
「……そうだね」
ちがうんだ、ということばを飲み込み、道貴はかなしげにほほ笑んだ。




