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梅雨明け前の夕暮れに   作者: 伊達と酔狂
32/50

梅雨明け前の夕暮れに 第32話

 公園の中央にある噴水から水がいきおいよく吹きあがった。

 爽やかな風が、生き生きと輝く草花をやさしくゆらす。


 ――いい風。


 快い風を肌に感じながら、美夏は波打つ光景に眸を細めた。

 今日は湿度が低く、過ごしやすい。出かけるにはちょうどよい一日だった。


 ――今頃あいつはなにをしているのかしらね?


 広い遊歩道を歩きながら美夏は蘭のことをおもう。


 ――こんないい日でも部屋で本でも読んでいるのかしら。


 もったいない、とおもいながら、そのうちどこかに連れ出してやろうとおもった。

 一緒に出かけるところを考えるだけで、こころが浮足立つ。

 だが、そのとき彼は笑ってくれるだろうか?


「……」


 せつなさと、かなしみが胸にこみ上げてくる。

 いまのままでは無理だろう。だが、いつの日か、必ず彼をこころから笑わせてみせる。彼のこころからの笑顔をみるためにはどうすればいいだろうか? もっと彼に近づかなければならないだろう。一緒にいる時間をふやし、彼のことをもっと知らなければならない。彼との時間をふやすためには行動あるのみだ。そして、いつの日か、必ず、彼の笑顔を、彼に笑顔を……。


「?!」


 一瞬、さゆりの姿が頭をよぎった。足がとまる。

 だが、すぐにとまった足を前へと動かし、


 ――それができるのは、私だけよ。


 彼女には負けない、とおもいながら歩みをすすめてゆく。

 そのまま怒ったような貌で彼女が歩いてゆくと、前から二人組の男女がこちらにやってくるのがみえた。少年に話しかける、少女の明るい声が聞こえてくる。その声に、彼女は聞きおぼえがあった。

 声をかけるか迷っていると、向こうもこちら気づいたらしく、彼女の姿をみて、


「あー、美夏ちゃんだー。おーい!」

 

 肩下で右手をふり、左足を庇うようにして、少女がこちらに駆け寄ってきた。


「美夏ちゃーん!」

 

 飛びつくように抱きつく。


「こんにちは。四葉先輩」


 抱きつかれた美夏は、やれやれ、とやさしげに苦笑をこぼし、二年生の瀬名せな四葉よつばの身体をやさしく抱き返した。四葉がこうして抱きついてくるのは、いつものことだ。彼女は自分より頭一つ分低い四葉を抱きとめたまま、


「今日はデートですか、奏先輩?」

 

 不機嫌そうにベースを背負って歩いてくる二年生のさかきかなでに尋ねた。

 彼が背負っているものがベースだと、いまの美夏にはわかるが、彼に出逢ったころはわからなかった。

 ギターですか、といったら彼に苦笑され、そのあとベースについて説明された。楽器を弾かない者にとってはギターもベースもたいしてかわらないのかもしれない。


「そんなわけねーだろ。俺はいまからスタジオ。四葉はかってにつきまとってるだけだ」

 

 そうだよー! という四葉の声を無視して奏がいうと、


「だって、奏くんといっしょにいたいんだもん」


 美夏からはなれ、彼女は彼の腕に抱きついた。


「はなれろ、四葉。暑苦しい……」

「いやー」


 抱きつく彼女を彼は振りほどこうとする。が、すぐにあきらめて嘆息をこぼした。


「美夏はこれからどこか行くのか?」

「はい。ちょっと買うものがあって」

「そっか。スタジオに入るまで、まだ時間あるし、暇なら一緒に喫茶店にでも行こうかとおもったんだけどな」

「美夏ちゃん、いっしょに行けないの?」


 残念そうに、四葉は美夏をみあげた。

 大きく、奇麗な瞳からは、まっすぐに向けられる好意が感じられた。


「ふふ。いいですよ。そんなに急いでいるわけではありませんから」

「わーい! 美夏ちゃんいっしょに行くって!」

「無理につきあわなくても、いいんだぞ?」

「無理はしていません」

「……よし。じゃあ、三人で行くか」

 

 美夏の笑顔をみつめ、無理をしていないか判断してから、奏はいった。


「よかったな、四葉」

 

 ぽん、と彼女の頭に手をのせる。それはとても自然な行為にみえた。が、彼はそのあとすぐに、しまった、という貌をした。頭からはなした手を握りしめる。


「うん! 大好きな奏くんと美夏ちゃんといっしょにいられて、わたしはしあわせだよ!」

 

 えへへ、と日射しにかすむような笑みをこぼし、


「奏くん、わたしスペシャルイチゴパフェとメロンソーダー!」

「先輩、私は桃のショートケーキとスパークリングティーをお願いします」

「誰もおごるなんていってねえぞ?!」


 四葉がふたりの手をぎゅっとつかみ、歩き出す。

 響く笑い声。

 爽やかな風が三人のあいだを吹き抜け、梢をゆらした。




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