梅雨明け前の夕暮れに 第18話
授業と授業の間にある、短い休み時間がもうすぐ終わろうとしていた。だが、教室のなかにはまだ、ざわめきが残っている。テストが近いためだろう、多くの生徒が友人同士で問題を出し合っている。そんななか、さきほど蘭とトイレに行っていた男子生徒が、
「小日向のやつ遅っせえなー。なにやってんだ?」
後ろに坐る男子生徒にいった。
「アイツどうかしたのか?」
「いや、トイレの帰りにどっか行っちゃってさー」
問題を出し合いながら彼らが話していると、教室のドアが開き蘭とさゆりがはいってきた。
「お、やっと戻ってきたか、とおもったら一条といっしょかよ。なにやってんのおまえ?」
「さゆりさんのお手伝いー」
「は? マジで?」
「マジマジ、大マジ。さゆりさんがひとりでこれを運んでいるのが見えたからさ。女の子一人じゃ大変でしょ」
「ありがとうぞんじます、蘭くん。おかげで助かりました」
「どういたしまして。これ、教卓の上に置いとけばいいんだよね?」
返事を待たずに蘭は荷物を教卓へ運ぶ。
「……なあ、一条。おまえらってホントに、つきあってねえの?」
「つ、つきあっておりません……」
蘭以外の男子生徒にはまだ慣れていないのか、怯えるような小さな声で彼女は答えた。
「ふーん。でも、小日向はおまえのこと好みのタイプだっていってたぞ?」
「え?!」
「告白されても、つきあう気はねえの?」
「そ、それは、その……あの……」
慌てふためき答えに窮する。彼と恋人なることなど彼女は考えたことがなかった。そのようなことは自分にとってまだまだ先のことだとおもっていた。
……でも……もし、蘭くんに告白されたら……わたしは、どうするのでしょう……。
わからない。だが、考えただけでも彼女の鼓動は速くなった。
「なに卑猥な話してるの?」
「してねーよ! 一条がおまえに告白されたらどうするかって話をしてただけだ」
また、その手の話題か、と蘭はおもったが口には出さない。
「アハハ。ぼくなんかじゃさゆりさんと釣り合わないよ。告白しても振られて終わり」
苦笑し、そんなことどうでもいいだろう? と胸の内で嘆息を吐く。
「そうかあ? 一条はまんざらでもなさそうだぜ?」
「そうなの、さゆりさん?」
「へ?! え、えっと、あの……!」
「隊長! あっさり振られました! 責任とって慰めてください!」
「バ、バカ、やめろ! 抱きついてくんな!」
「ふっふっふ。もう遅い! これで貴様も一生童貞だ!」
「一生?!」
最悪だー! と男子生徒がおおげさに叫んだ。
「バッカじゃないの! 小日向っていつもあんなことばかりいって、ほんっと最低!!」
怒気をふくんだ声。
その声に教室の騒ぎが一瞬止む。
声の方を見るとクラスメイトの東堂・美夏が睨むような眸で蘭を視ていた。
「ちょっと美夏ちゃん、止めなよ……」
いっしょにいる女子生徒が小声で美夏を諌める。が、彼女は止めない。
「ちょっと女子に人気があるからって調子にのってるんじゃない? みんな、こんな奴のどこがいいのかしら? ほんと理解に苦しむわ。小日向なんていつもヘラヘラしてるだけじゃない!」
それに、と蘭を視て、
「嘘くさいのよ! アンタの笑い方……!」
いい捨て、顔をそむけた。
見破られている?! と蘭はおもった。が、彼はお調子者の演技をつづける。たとえ彼女に自分の演技が見破られていようとも、そのようなことは関係なかった。クラスの者たちは彼のこを、お調子者だとおもっている。それは、彼が彼らに与えた最初の印象が、与えつづけた印象が、お調子者だからだ。たまに素の自分を晒してしまっても、見られてしまったとしても、植えつけられた印象が変わることは少ない。彼にも、そんな時があるのだろう程度にしかおもわれない。故に、彼は道化芝居をつづける。いや、どうしようもなく道化を演じてしまう。
「嘘くさいって、酷いいわれようだなー。それより、ぼくが女子に人気があるってホント? ぜんぜん知らなかった」
隊長! といって、彼は抱きついていた男子生徒から離れ、敬礼して見せる。
「自分はもしかしたら童貞を捨てられるかもしれません! いまから手当たりしだい、女子に告白してみようとおもいます!」
「誰でもいいのか?! っていうか、おまえだけにいいおもいはさせねえ! 絶対、邪魔してやる!」
今度は男子生徒が蘭にしがみついた。
「放して下さい、隊長!」
「うおー! 放すもんかー!」
ふたりがそのようなやり取りをしていると、
「なに騒いでいるんだ、おまえら?」
時間より遅れて男性教師がやってきた。
「……おまえたち、いくら女子にモテないからといって同性に走るのはどうかとおもうぞ?」
「先生、それはちがいます。ぼくたちは初めから同性にしか興味がありません」
「俺はちがう!」
「もういいじゃないか。みんなにぼくたちのことを知ってもらおうよ。ぼくはもう嘘をつきたくないんだ……。みんな! ぼくたち、実はつきあってるんだ!」
「いってるそばから噓をつくな!」
「あー、もうわかったから、ふたりとも席に着けー」
はーい、と返事をしてふたりは席に戻る。
その途中、
「……アンタ見てるとイライラするわ……!」
席に戻ろうとしていた蘭に、美夏がいった。
「……」
ごめんね、と蘭は口だけを動かし席へと戻っていった。




