07|狩る。
血の跡が続いている。
床に残っているのはゴブリンシャーマンの群れの方の逃げたゴブリンの血の跡だった。
ゴブリンシャーマンたちを喰らい尽くしたソレは、続いて逃げたゴブリンたちを追うことにしたのだった。すでに殺意は落ち着いていたが、ソレの食欲は未だ限度というものを知らない。それに圧縮という能力を覚えてより強靱な肉体を得たソレはさらなる栄養を欲していた。なので獲物がいるのであれば、追うのは当然のことだった。
そしてソレが先に進んでいくと、石壁に覆われた薄暗い通路はなくなり、開けた場所に出た。
そこには土があった。木々があった。そこは巨大な洞窟の中のようであるにも拘わらず、森が広がっていた。
その光景はソレが初めて見たものだった。日照条件の悪い場所ではあるが、ソレは初めて生命に満ちあふれた場所に出た。
ソレは興奮した。木々や草、それらと共に生えている苔すらもソレの知らぬ種類のものだった。もっともそうした植物をソレは吸収も出来るとは感じたが、美味いものだとは思えなかった。
故に新しい世界への興味も早々に薄れていき、やはりあのゴブリンたちを追って喰らうことの方がソレの優先となった。
そして、しばらく進んだ先に目的地はあった。ゴブリンの集落である。
ゴブリンシャーマンの群れは、ダンジョンの回廊の入り口のすぐ近くに集落を作っていたようだった。ダンジョンの中に生息している魔物は総じて弱く、ゴブリンシャーマンの実力があれば退けられる。そのため、何かあればダンジョンの中に避難することを考えて、そこに集落を作っていたのだ。
ソレは、その集落から美味しそうな気配が漂ってくるのを感じて興奮していた。食欲が湧き上がり、その歩みが速まるのがソレ自身にも自覚できていた。まさにソレは心躍る気持ちだった。
そんなソレが集落に近付いてくるのを、見張り番をしていたゴブリンは見ていた。集落より僅かに離れた小さな丘の上に立っていた見張り番はダンジョンの入り口の方を警戒していたのだ。
ソレの大きさはゴブリンの倍以上はあった。その外見は淡く輝く赤黒い粘体の化け物で、見張りには体内の中心部に髑髏が入っているのも見えていた。また身体から生えた7本の触手にそれぞれ槍を持たせているようだった。
ソレが淡く輝くのは火精石を取り込んだ影響だが、赤黒いのは短期間にゴブリンたちを取り込み続けて血の色が染み着いた結果である。その姿は人の言葉で『赤種』と呼ばれる、短期に急成長を遂げた魔物に多く見られる特徴として知られていた。見張り番のゴブリンも言語として知っていたわけではないが、ゴブリン同士の情報伝達によりそうした魔物が出ることを知っていた。当然己一人では勝てる相手でもないだろうということも理解していた。
そんな化け物が村に向かって進んできていたのだ。それも村の戦士たちがリーダーを見捨てて怯えながら逃げ帰った直後にである。正確に言えばその認識は事実ではないが、見張り番はそう理解していた。
であれば見張り番の中で導き出される答えはそう多くはない。そして、見張り番は逃げ帰った戦士たちに殺意を覚えた。彼らを追ってソレがやってきたのだろうと見張り番は考え、激怒していた。しかし今はそれを咎めに集落の戦士たちの元に向かう時ではない。目の前の驚異に対して現実的な対処が必要だと見張り番は考えた。
仲間を呼んで狩るか。或いは逃げるか。ゴブリンシャーマンはもうおらず、戦士たちも当てにはならない。答えを出すのは自分だと見張り番は考えた。考えて、結局答えを出せぬままその場に崩れ落ちた。
見張り番は不思議に思う。自分が崩れ落ちたことも、胸に突き刺さった木の槍のことも、こぼれ落ちる血液も、貫かれて肺に血が流れ声が出せないことも不思議だった。そして見張り番はゴポゴポと血の泡を吐き出しながら、土の上で溺死した。
そしてソレは土の盛り上がった小さな丘の上にいたゴブリンの場所まで進んでいくと投擲した槍を抜いた。ゴブリンの群れが放った矢のようにと思って投げた槍は思いの外、正確に命中した。ソレは目の前の戦果に満足しながらも一応念のために倒れているゴブリンに再度槍を突き刺した。ゴブリンは動かなかった。さらに深く突いたがやはり動かない。
であれば問題はないと、目の前のゴブリンが死んでいることをソレは理解すると、その死骸を放置してそのまま村の方へと進んでいくことにした。
食事はすべての始末が終わってからだ。でなければ集落にいるゴブリンたちも、先ほどのように逃げられてしまうとソレは考えていた。
そうしてソレが集落に近付いていくと、集落のゴブリンたちもようやくその姿に気付いて騒ぎ始めた。
その様子をソレは観察しながら、集落の中に小さいゴブリンや、妙に胸部が膨らんだゴブリンもいることに気付いた。その特徴を持つものが子供、女と呼ばれる個体であることを当然ソレは知らない。性別も老若もソレには分からないことだ。
ただ、その肉は軟らかそうで美味そうだった。
そうソレが感じていると、集落の奥から先ほど逃げた戦士のゴブリンたちがやってきた。集落を守るのが彼らの役割だ。例え逃げ帰ってきたとしてもそれは変わらない。しかし彼らはソレを見ると悲鳴を上げた。ソレがさきほど自分たちの群れのリーダーを殺した相手であることに気付いたのだ。
しかし、ソレも彼らの次の動きを待ってやる気はなかった。
七本の槍が一斉に放たれた。その投擲で8人いた戦士たちの3人に槍が突き刺さり、その場で崩れ落ちたのだ。そしてもうひとつ。何かが投げられた。
仲間がいきなり槍で刺されてパニックになっていた戦士のゴブリンたちはそのことに気付かない。それは戦士たちの足下に転がり、その場で爆発し、全員を吹き飛ばした。
己の一部を投げ、炎の魔法を暴発させて爆破する。
ソレは新たに確立した攻撃の成功に満足すると、そのまま速度を速めて集落へと進んでいく。見張り番も戦士もリーダーのシャーマンすら、もはやいない。集落のゴブリンたちにはもう逃げるという選択肢しか残されていなかった。