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04|襲う。

 ソレは再びダンジョンを進み出した。

 ゆっくりとだが、それは最初の頃のようにただ漫然と進んでいた頃とは違っていた。ソレは周囲への警戒を緩めず、何があろうともすぐさま動けるようにと思考しながら移動をしていた。


 ソレも、もう気付いてはいるのだ。自分は『食べる』側の存在なのではなく『食べられる』側の存在であることも。あるいは『殺される』側の存在であることも。


 気が付けば、元の場所に戻ろうという意識は消えていた。

 苔を食う生活には戻れない。だから元の場所に戻っても飢えて死ぬだけだと理解している。拡大した自身の体積と共に、ソレの知性も徐々に肥大化しつつあった。


 そして通路を進んでいくとソレは動く何かを見た。

 ダンジョンの壁。その少し上のわずかに空いている透き間に、先ほどゴブリンを食べていた大ネズミと同じ姿があったことを。


 ソレは喜びを感じた。さきほどのゴブリンほどのボリュームではないが肉である。ソレはゆっくりと壁を上り、その崩れた隙間に近付いた。その気配を察して大ネズミは隙間の奥へと消えていったが、ソレはズルズルと自分の身体を伸ばして隙間の中を詰めるように入っていく。そのまま、奥へ奥へと進むとそこには大ネズミが3匹隠れていた。

 そしてそこは袋小路のようである。ソレはさらに自身を伸ばす。逃がさぬように道を全身で塞ぎながら進んでいく。

 対して大ネズミもこのままでは食われるだけだと気付いたのであろう。3匹が飛び出してソレに噛みつき始めた。

 そのことにソレは痛みを覚えたが、だがそれもわずかだ。このまま押しつぶして食ってしまえば良いと、ソレは自身の身を隙間の奥まで埋め続けた。

 そして、大ネズミたちにはもう逃げる場所などなかった。ゆっくりと確実にソレに包まれていく恐怖を感じながら必死に抗い悶えるが、その行為こそがソレにとって無上の喜びでもあった。自身の内側で動かれることがソレにとっては堪らなく嬉しく感じる。

 やがて大ネズミは三匹ともソレに完全に包みこまれた。その肉の量は当然ゴブリンよりも少なく、味も落ちるがソレの体内でもがく大ネズミの様子にはソレも大きく満足していた。


 しばらくして、大ネズミをすべて捕食し終わると、それはまた別の場所に向かおうと隙間から出ようとした。だが、外の様子がおかしいと感じた。何かの気配があることにソレは気付いたのだ。


 故にそのまま外には出ず、様子を見ようと隙間から少し自分の肉体の一部を出して周囲を窺ってみた。すると、そこには先ほどのゴブリンを倒した探索者たちの姿があったのである。

 彼らは大きく疲労しているようで、ソレにも探索者たちが疲れているということが理解できた。先ほどのゴブリン相手の戦いでは余裕が見られたのだが、今のその姿はボロボロで見窄らしく変わっていて、ソレには以前よりも小さく見えていた。


 またソレにとって運が良かったのは、あの恐ろしい炎を出す者がソレの潜っている隙間の真下にいたことだった。


 ソレは悩んだ。このまま見過ごすか、或いは喰らうか。

 だがソレは食欲を優先した。炎を出す者以外にも探索者は2名いた。ソレがそのふたりに勝てるかと言えば、まともに闘ったこともないソレには分からなかった。だがソレは炎を出す者を食うことは出来ると考えると止まらなかった。それが魔物というもののさがでもある。


 ソレは考える。このまま、ただ近付いただけでは気付かれるだろうと。ゆっくりと身体を伸ばして取り込もうとしてもおそらくは逃げられる。ならばどうするか。必要なのは速度だった。そして捕らえるにはより身体を大きくする必要があった。


 また速度についてはソレは思い当たることがあった。かつて転がり落ちたときのアレだ。恐怖は経験となりソレの糧となっていた。そしてソレはゆっくりと壁に張り付いて、天井へと進み始める。


 身体は増やせないが伸ばすことは出来る。壁に張り付けながら、自身を薄く広げてゆく。ゆっくりとゆっくりと進み、そして炎を出す者がようやく疲れが多少とれたのか、立ち上がったときにソレは落下した。


 逃がさぬと思ったのだ。


 それ故に思考する間もなく一気に全身を天井から離して落下した。そして、その行為は正解だった。ソレは炎を出す者の頭部から胸あたりまでに完全に覆い被さった。

 炎を出す者は最初何が起きたのか分からなかっただろう。瞬時に目の前が真っ暗になり、全身が重くなり、そして肌がひりひりと灼けるように感じたのだ。さらには口、鼻、目、耳へと何かが入り込むのを感じ、転がり暴れた。

 他の探索者たちはその様子に悲鳴を上げた。だが、剣を振り上げようとして留まった。炎を出す者を傷つけることを嫌ったのだろう。その躊躇が、その判断の遅さが致命的なまでに間違いだった。

 立ちすくむ探索者たちの前で、炎を出す者は暴れ狂うが、ソレはその内側、胃や肺、脳や様々な場所へと入り込み、徐々に溶かしつつあった。炎を出す者はもはや手遅れだった。

 いつしか炎を出す者も動くことなく、その場で丸まったまま死に絶えた。そして探索者たちはその最期を見ることもなく、その場から逃げ出していた。先ほどまで強力な魔物と戦い、逃げて、身も心も疲弊していたのだ。すでに彼らは戦闘が出来る状態ではなかった。


 そして静かになった通路で、ソレはゴブリンと同じくゆっくりと炎を出す者の全身を包みながら溶かしていった。


 そこで大きく二つの変化がソレに起こった。


 いままでソレは、内側に留まっていた漠然とした何かを感覚的に認識してはいたのだが、炎を出す者の肉を吸収したことでその何かを明確に把握することが出来るようになっていた。そして、その何かを自身の肉体と同じとまではいかないが、操れるようになっていることに気が付いたのだ。


 それが『魔力』と呼ばれるものであることは勿論ソレには分からなかったが、炎を出す者の、その出していた炎の元であることは感覚として理解出来ていた。


 もうひとつは、炎を出す者が身につけていた指輪を手に入れたことである。その指輪につけられた朱い鉱石は炎の媒介となる火精石と呼ばれるものであった。その石に触れたとき、ソレの魔力との接触で炎が飛び出たのだ。

 ソレはいきなり発生した炎に怯えたが、その炎が自身が発したもので、自分の意志で発せられることに気付くと、その石を自身の内側に取り入れた。


 それはゴブリンを容易に焼き殺せる手段。食事をするためには必要になるものだとソレは考えた。獲物を狩る手段をソレは手に入れたのだった。

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