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03|恐れる。

 しばらくしてゴブリンの死骸を平らげ尽くしたソレは、ともあれ元の場所に戻ることを目標に動き出すことにした。

 気がつけば世界は少し狭くなっていた。正しくはソレが大きくなっただけではあるのだが、ソレにはそうであることを理解する知性はまだない。また比較対象も存在しないので自身の成長を客観的に把握することも出来なかった。


 そして、ソレは小さくなったと感じる世界を歩み始めた。


 ズルズルと通路を進みながらソレは周囲を見渡した。わずかばかりだが壁から光が発せられているのだ。ソレは、その光が壁や天井に生えている苔から出ていることに気が付いた。

 もっともソレはもう苔に対しての興味も薄れつつあったために光る苔の存在を気にすることもなく、先へと進み続けた。

 かつては美味いと感じて食べていた緑と白い苔の味は、ソレにはもう思い出すことは出来なかった。それほどまでに先ほど食べたゴブリンの死骸の肉の味は素晴らしかったのだ。それ故にソレの食欲は以前に比べて、より貪欲に、大きくなっていた。


 それに動けばエネルギーを消費する。動かねばエネルギーを得られない。大きくなったソレは、その分摂取しなければならない量も増えていた。


 だが問題は何を食べるかだ。


 ソレの意識にあったのは当然、ゴブリンの肉だ。苔を食べてノソノソと生きる時期はとっくに過ぎていたのだ。より強力な味をソレは忘れられなかった。もう昔に戻ることは出来ない。

 しかし、ソレは知らなかった。あのゴブリンの死骸の肉が、ゴブリンという魔物が死んだものであることを。

 ソレは理解していないのだ。ゴブリンの肉を食べるにはゴブリンを殺さなければならないということを。

 だからソレは、さきほどの肉がそこらに転がっていないかと探しながら進んでいた。


 その道中にソレは以前に自身を喰らおうとした巨大なゼラチン状の塊に似た何かを見つけた。

 実のところ、その何かこそが以前にソレを喰らおうとした巨大な塊そのものであったのだが、成長し大きくなったソレがその事実に気付くことはなかった。

 すでに体積はソレの方が大きい。そしてソレは道を進んだ分だけエネルギーを消費し、栄養の補充を望んでいた。故にソレは包み込むように目の前の巨大な塊に似たものを喰らう。完全に包み込んで喰らい、ソレの時のように逃がすような真似もしなかった。そしてソレは、自身の内側でうごめく塊の動きをこそばゆく感じながら、その戦果に大いに自身を満足させていた。


 無様に逃げ出した恐怖はもうソレの中から薄れていた。


 だが、その塊の味は先ほどの死骸ほどのモノではなかった。量も少ないし、味も薄いと感じた。

 なので、ソレは別の獲物を求めて、さらに通路を進んでいった。


 それから、どれほど先まで進んだろうか。

 

 ソレは音を聞いた。器官が存在していないのに聞こえたというのも妙な話ではあるが、ともあれソレはそのように感じた。けたたましく荒々しい、通路全体に響き渡る音にソレはわずかな怯えを宿したが、しかしその興味を抑えきれず、ゆっくりと音の方へと進んでいった。


 そこでソレは見たのだ。


 さきほどソレが食べた肉と同じ形をしたものがそこで動いていた。それはつまり生きているゴブリンがその場にいたということなのだが、そのゴブリンは複数いて、別の何かと争っていた。それはゴブリンに近い形でありながらゴブリンよりも大きく強そうな何かであった。


 その正体をソレは当然知らない。彼らが扱う武器というものもソレは理解していない。

 ゴブリンの持つ赤錆まみれの手斧と、ゴブリンに似た何かが振るう鋼製の剣がぶつかり合う様を見て、その音の大きさに恐ろしいとソレは感じたが、ソレにとっての最大の恐怖はまた別に存在していた。


 ゴブリンより大きい何かは複数いた。

 そしてその何かが、突然赤く光る何かを出したのだ。


 それは呪文による火炎放射であった。炎がゴブリンを包み込み、そのままゴブリンは燃えながら悶えて転がって、やがて動かなくなった。その炎の熱を離れた位置にいるソレも感じ取っていた。


 あれはマズいものだ……と、ソレは理解した。


 そしてソレが縮こまって見ていると、そのゴブリンより大きい何か、つまりは人間の、それも探索者と呼ばれる者たちは瞬く間にゴブリンたちを駆逐していった。まったく危なげない勝利のようだった。

 そして探索者たちはゴブリンの持っていた武器や鎧を剥ぐと死体はそのままにして、その場を後にしたのだ。


 それからしばらくソレは動かなかった。恐怖と、また彼らが戻ってくるのではないかという警戒心から動くことが出来なかった。そしてソレが動き出したのは、ゴブリンたちの死骸に小さな毛の生えた何かが近づいてきたからであった。

 今のソレの四分の一くらいの大きさであるその生き物は、大ネズミと呼ばれるものだった。


 その小動物がゴブリンの死骸に近づき噛みついたのを見て、ソレも慌てて動き出した。肉を横取りされてはたまらないとソレは思ったのだ。

 そして大ネズミもソレの存在に気付いた。大ネズミはソレを警戒しつつも、転がり死んでいるゴブリンを食べ始める。


 ソレは大ネズミの行為を不快に感じたが、しかし目の前の肉の魅力には抗えない。のそりと大ネズミとは別のゴブリンの死骸へと近付き、取り付いて消化し始めた。


 ソレは自身を伸ばし、ゴブリンを包み込んでいく。最初に遭遇したゴブリンの死骸の消化には数時間かかっていたが、今のソレの体積はゴブリンをすっぽり覆うことが出来るほどに肥大化していた。

 故にそう時間もかからずにゴブリンの一体を平らげていく。そして続けて二体目を……と思ったが、そこまでは出来なかった。


 悲鳴が響いたのだ。


 それは大ネズミの悲鳴だった。そして悲鳴の原因は一匹の犬だった。

 ソレはその犬がネズミと同じように4つの棒で歩く生き物だとは把握したが、その犬から発せられる気配には恐怖も感じていた。

 ソレに目はないが犬と視線があったとソレは感じた。本能が危険だと発していた。

 もっとも犬の方もソレに対してはどこか警戒するように視線を向けていた。今のソレは、この辺りに生息しているソレの同族よりも若干大きい。犬としてもイレギュラーの相手をするよりはゆっくりと食事に有り付きたかった。そして吠えて追い出そうとし始めた。


 対してソレは本能的にではあるが、その犬の行為を察してその場から立ち去った。

 ひとまず食事はとれた。今はそれで良しとしようとソレは思考し、さらに先へと進み始めた。

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