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15|増える。

 後世の歴史家が評価する……という言葉は、後世が存在するからこそ意味がある言葉だ。しかし、私の書き綴ったモノを評価する者が地上に残るとも思えないし、この日記も恐らくは残りはしないだろう。


 もはや、運命は確定している。


 或いは何かしらの理由で滅びが回避できればその可能性もあるかも知れないが、奇跡が起きる兆しは今のところ何ひとつなかった。


 ともあれだ。我々が直面している脅威。それは恐らくは二ヶ月前に起きた、あの事件がすべての原因だったのだろう。


 バイセ遺跡という古代より存在している遺跡が、このオーベル大陸の遙か北の地には存在している。

 それはかつて星々を渡って天より現れた、今の世で言う魔王なる者の心臓を、炎の結界によって封じた遺跡であると伝えられている。


 その遺跡は、森が存在する巨大な洞窟の中に作られているそうだ。

 正確に言えば、洞窟の中に森が出来たのではなく森ごと遺跡を封じ込めた結果らしいということだった。そのため、バイセ遺跡は外から見れば半分に切られた球体のような形をしているのだという。

 そんな、今では想像もつかないような大規模な魔術が発動されたのは千年も昔の大魔術文明時代のことだ。そうした魔術が今の時代にも残っていればとも思うが、すべてはもう手遅れだ。


 そして、そこには魔王の魂の臭いに惹かれた魔物たちが集まり、或いは発生し、いずれはその奥地にある魔王の心臓を喰らおうと、互いを殺し合い、喰らいあい、力を溜め続けている人外魔境なのだということだった。

 また、その森には探索者と呼ばれる人間たちも多く潜り込んでいたそうだ。その多くは魔物から穫れる貴重な素材を目当てに潜っている者がほとんどだが、魔王が復活する前にその心臓を破壊しようと勇者候補を名乗る若者たちが送り込まれたりもしていると聞いていた。


 そのバイセ遺跡の奥から、二ヶ月前に恐ろしい力を持った存在が出てきた。それは赤く巨大な、そう、とても大きなスライムだったという。

 そのスライムは、遺跡の奥地から現れると、遺跡内の、そして洞窟内のあらゆる魔物を、植物を、探索者たちを喰らい尽くしていった。スライムが出ていった遺跡に調査に行った者たちの報告によれば、遺跡の内部には何も残っていなかったそうである。あったのは無機物の岩や石のみ。生命の宿る存在はもうなにひとつとして残っていなかったということだった。


 その巨大なスライムは遺跡を出ると地上を移動し始めた。


 遺跡から逃げ帰っていた勇者候補の護衛官はそれが勇者を殺したスライムに違いないと口にしたという。もっとも護衛官が遭遇した時には、まだ人より若干大きかった程度だったということだった。どうやらそのスライムは僅かな期間に急激な成長を遂げ、恐らくは魔王の心臓を喰らって地上に出たのだ。


 そして、その知らせは飛竜使いの伝達によりすぐさま各国に届けられた。


 遙か南にある我がモース王国にまで一週間で知らせが入ったほどなのだから、送った方も相当の脅威と想定していたのだろう。しかし、今から考えれば、どれだけ早く知らせが届いても事態はどうにもならなかったのではないかと私は思う。


 そのスライムはダンジョンを出ると周辺の森そのものを最初に喰らい始めた。


 何を望んでいるのかは分からない。そのスライムはひたすらに周囲の喰えるものをすべて喰らい尽くしていった。

 やがてそのスライムの侵攻は人の集落にも及んでいく。わずかな間に村が喰われ、街が喰われ、バイセ遺跡のあるクーマ王国の王都もわずか一夜にしてまるごとスライムの餌食となった。


 それでスライムの侵攻は止まるということはなかった。

 続けて隣国も喰らい、その隣国も喰らい、さらには周辺国すべてを喰らっていった。あらゆるものを捕食し、あらゆるものを吸収していった。


 そのスライムの侵攻を危惧し、北大陸最大の勢力である北域連合と竜王ドゥーラの名の下に集った真竜たちが同盟を結び、抵抗を開始した。しかし、青き炎の剣がスライムの海から飛び出し、或いは爆発して蹴散らされ、同盟は三日と経たずに文字通り消滅した。生き残った者は一人もいなかったという。

 私の知る限りではそれこそが人類最大の戦力であった筈だが、その勢力がスライムに太刀打ちできなかったのだ。その結果がすべてを決したとも言えるだろう。


 また、古代の禁忌の兵器の封印を解いて使用した国もあったが、その数十倍という恐るべき炎の柱が王都を襲って壊滅したとの報告が後に届けられていた。もう戦う手段は何もなかった。


 そして、逃げる人々は南を目指した。だが人の歩みは遅い。彼らに出来たのはわずかに喰われるまでの時間を延ばすことだけだった。


 どうにもならない。


 それだけはもう誰の目にも明らかで、このモース王国内でもここ二ヶ月は様々なことがあった。

 人々の心は乱れ、暴力が起こり、逃げるために海に出た者たちも多くいた。

 しかし、人々すべてを乗せられる数の船などある筈もなく、港には人が溢れ、海に人々は投げ出されて多くが死んだと聞いた。

 新たに船を造ろうとしても、それを嗅ぎ付けた人々の間で奪い合いと殺し合いが起こり、さらに海は赤く染められたそうだ。

 ラーア神の御許に殉教しようという声も高まり、集団で自決する者たちも相次いでいった。娘夫婦が自決したのは三日前のことだ。家内はソレを聞いてショックで倒れて、今も寝込んでいる。


 私はといえば、こうして誰の目にも触れられることのない日記を書き続けている。特に何もすることはない。街にいる者は皆、諦めている者ばかりだ。南に行けば、多少は喰われる時間を遅らせられるだろうが、今の家内を連れて殺し合いの続く南の港に向かう気力は私にはなかった。


 そして、窓を開ければすぐそこまで見えている。地平線を覆い尽くす赤い粘体の海が。


 あれがすべてスライムだとは到底信じがたい。だが、それが現実だ。


 なるほど、と娘夫婦のことを考える。あれを見ずに死ねたのなら、それはそれで幸せな結末だったのではないかと。少なくとも今生きている我々よりも、娘たちの死に顔は安らかであるように感じられた。


 だが、私もまだ遅くはないだろう。今も家内が私を呼んでいる。

 また泣いているのだろう。娘に会いたいと。化け物に喰われたくないと。


 もうじき、すべては終わる。


 その前に私は、妻の望みを叶えようと思う。そして今ではそれが私の願いでもある。


 ああ、そうだ。


 アレに喰われて終わる人生など、私はゴメンだ。

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