14|進む。
問題なのはドラゴンは空を飛ぶということだった。
それ故にこちらから仕掛けるのが難しく、またドラゴンは決して油断によるミスなどないだろうと考える。ならばとソレはドラゴンからの攻撃を待ち、後の先を狙おうと考えていた。
そして案の定、ドラゴンはソレを見ると翼を広げて飛び立った。まずは空中から吐き出すブレスによって相手を弱めて、その後は足の爪などでなぶって、最後に食らいついて殺す……というのがドラゴンの常套手段である。
そのドラゴンのブレスは強力だが、しかし射程距離が長いわけではない。そこにソレは勝機を見ていた。そして飛び立ったドラゴンに、ソレはいくつもの触手を絡めて、牽制にと岩石を投げつける。
牽制とはいえ、そのひとつでも当たればオーガを挽き肉に出来るほどの威力はある岩石の投擲である。しかしドラゴンとてそんな攻撃を受けるほど遅くはない。
迫り来る岩石を身体を反らして避けきり、ドラゴンはソレに向かって一気に降下してきた。そしてソレとの距離を縮めてくる。確かに現時点ではドラゴンは無傷だ。しかし、時間がかかればかかるほどに次には当たるかもしれないという焦りがドラゴンにもあった。
そしてドラゴンはソレの一歩手前の上空まで近づくと、喉袋に溜めていたブレスを吐き出した。
それはあらゆる存在を焼き尽くす高温のガスだ。
例え炎に耐性があろうとその圧倒的熱量の前にはすべて焼き尽くされる宿命だ。このドラゴンのブレスとはそういう類のものだった。だが、ブレスがソレに当たる前にドラゴンの目の前で大爆発が起きたのだ。
ドラゴンが悲鳴を上げた。
何が起きたのかドラゴンには分からない。しかし唐突な爆発はドラゴンの顔を歪ませる。ソレが仕掛けた罠にドラゴンはまんまと引っかかったのだ。
ドラゴンが仕掛ける前に、ソレは己が手にした新たに得た力をその場に撒いていたのだ。その撒かれたものの正体は己が肉体を粉状にして纏めた爆破粉末体である。その粉末体をソレはドラゴンがブレスを吐くのを狙って空中に散布していた。そしてブレスが接触することで連鎖爆破が起きて、その結果ドラゴンを巻き込んだ大爆発が起きたのだ。
そして、爆発による衝撃を受けたドラゴンは弾き飛ばされ、そのまま地面へと激突する。今までにない衝撃にドラゴンが苦痛の咆哮をあげた。
その好機をソレが見逃すはずもない。
触手で爆破粉末体の球を投げてドラゴンの前で破裂させ、併せて投げつけた爆破粘体を起爆剤とした炎の連鎖反応がドラゴンの周囲で発生する。さきほどのものよりもさらに巨大な大爆発が起きた。
一方向からの衝撃ではない。粉末化したソレの一部はそれぞれが連鎖的に爆破し、ドラゴンに対して全方位からの衝撃を与えていく。
その威力に空気は震え、土砂がまき散らされ、轟音は洞窟全体に響きわたった。
しかし、それで終わりではなかった。白き世界の護り手はその爆発の中でも死んではいなかった。そして、爆炎の中から炎の塊が飛び出した。燃えさかりながらもドラゴンは生きていたのだ。
もはや動けているのが不思議なほどの損傷を受けてはいたが、ダンジョンの食物連鎖の頂点にいる存在である。化け物であるのは当然であった。
そしてドラゴンはソレに向かって顎を広げて襲いかかる。
ソレはドラゴンはあの爆発で死ぬとは考えていた。だがここまで磨き上げてきたソレは、同時に決して油断もしていなかった。
触手を束ね、ソレに喰らいつこうとしたドラゴンの口の中にぶち込み、そのまま青い炎の剣を一斉に放出した。ドラゴンの口の中で、炎が荒れ狂い、頭部の裏から青い炎がいくつも突き出る。だが、ドラゴンはそれでも力一杯にソレに対して喰らいついた。
そしてドラゴンは触手を食い千切ったのだ。
ソレは同時に食いちぎられた触手を爆破させた。
その爆発でドラゴンの頭部は完全に爆散したが、それでもドラゴンは死んではいなかった。それどころか吹き飛んだ頭部もすぐさま再生しつつあった。恐るべき再生能力である。
さすがにその光景には驚いたソレだったが、今この場において退くという選択肢はなかった。ここで仕留めるべく、ソレは足の触手からも青の炎の剣を出してドラゴンに斬りかかる。ドラゴンもその両腕の爪と再生させた顎と牙、そして尻尾を振るってソレと対峙する。巨大な魔物同士が互いと互いをぶつけ合わせ、殺し合う。
相手が再生し続けるのであればソレに勝機はない……というわけではない。
どだい、無限の再生などあり得ない。その証拠にドラゴンの再生力は徐々に落ち始めていた。回復に必要な魔力が枯渇しつつあるのだ。
対してソレも余裕があるわけではなかった。スライムとドラゴンとでは直接ぶつかれば分が悪いのは当然のこと。削り取られ続けてソレも今や虫の息となっていた。
だがついにドラゴンの再生能力が途絶える時がくる。わずかな傷口すらも治らない時がついにやってきた。そして、その様子を見たソレは己の力を振り絞って最後の勝負に出ることにした。
触手の一つを延ばし、細く鋭くして、炎を宿らせた。
その姿は炎の魔剣そのものだ。炎紅玉の力を魔剣から自身の触手へと媒介を変えて、ソレは一気にドラゴンに振り下ろした。
ドラゴンの咆哮が響き渡る。
その一撃でドラゴンはその胴体をまっぷたつに切り裂かれた。触手も炭化して燃え尽きたが、斬られたドラゴンも同時に崩れ落ちた。
再生はもうされなかった。
そうして戦いの決着が付いた。
しかし、ソレもこの戦いで大きく傷付いた。故に己の肉体を癒すためにソレはドラゴンの死骸に覆い被さり、その身を消化し、己が力としていく。その行為こそがソレが生きる意味そのものだった。
その肉がドラゴンだったから……というだけではないのだろう。ドラゴンはずっとあの場所を護り、強き存在を喰らい続けてきた。故にその身は強者の結晶のようなものだった。
その結晶をソレは喰らう。
膨大な力の奔流がソレの内側に到達し、ソレの体が肥大化していく。そしてソレは赤く燃えさかる粘体の塊となった。
その炎はこの先の白き世界を超えるために必要なものだと、喰らったドラゴンの肉からソレは知った。そしてドラゴンを食らいつくし、そのすべてを吸収し終えたソレは先へと歩み始める。
白き世界。
極寒の、命の宿らぬ世界。
赤い溶岩の川によってその浸食を止められてはいるが、その先に白き世界を生み出している何かがあるのはソレにも理解できていた。
そしてソレは突き進む。
炎を纏った身で先へと進む。
積もる雪を溶かしながら、ダイアモンドダストの混じる風を受けながら、ソレは進んでいく。
途中で巨大な何かの骨がいくつもそこら中に転がっていた。
恐らくは先にある何かを求めてここまでたどり着いた強者なのだろう。
だが、ここで力尽きた。
あのドラゴンもここに挑戦するために、あの場で力を蓄えていたのだろう。それらを乗り越えて、ソレは先へと進んでいく。
ソレは進み続ける。
先へ、先へ……
白銀の地獄を越えて、更なる先へ……
そして、たどり着いた。