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13|磨く。

 遺跡の中に入るとソレは周囲が妙に熱いと感じた。どうにも石造りの通路全体が熱を帯びているようなのだ。そのことをソレは不審に感じたが、しかしだからどうするというわけでもないので、そのまま先へと突き進んだ。そして、周囲の熱の正体は進んだ先にあった。


 通路を越えた先にあったもの。遺跡全体が熱を帯びているその理由。それは赤々とした灼熱の溶岩が流れる川が原因であったのだ。


 その川が一体どのような理屈でもって生み出されて、そこを流れているのかはソレには理解出来なかったが、何を目的にしているのかは明らかであった。

 轟々と燃えさかるその川の先にあるのは白い世界だった。遺跡を越えて、さらにその先の先には白い世界が広がっていた。そこに炎の川が流れついて、ぶつかり、煙を上げていた。


 白い世界を赤い川が抑えつけている……と、ソレはそう感じた。


 またソレの感じる美味しそうで、同時に恐ろしそうな気配は白い世界の先にあるようだった。つまりはソレの目標は赤い川を過ぎて、その先の白き世界の、さらに先にあるということのようだ。

 目標を確認できたソレは、そのまま目の前の光景に怯むことなく進み続ける。そうして遺跡の石造りの通路を越えると、赤い川に沿ってソレは進んでいった。


 その場所は、ソレがここまで通ってきた森のあった洞窟と同じか、それ以上に大きい空間のようだった。そして、赤い川から若干離れた場所には、さきほどまでの洞窟の森とは種類が違う樹木が生えた森林があった。

 その場所に生えていた木々は南国の植物などに近いものであったが、当然ソレが植物の種類を知っているはずもなく、特に気にも留めずに森の中を進んでいった。

 もっとも気にせざるを得ないものも存在する。魔物だ。

 さらにいえば、ここにいる魔物は体躯が大きい個体が多いようだった。


 例えば、今ソレの目の前にいる、探索者たちからはクロノゲーターと呼ばれているワニの化け物などがそうである。

 全長5メートルはあり、堅い鱗に覆われたその怪物はソレと遭遇してすぐさま襲いかかってきた。しかしソレは慌てることなく、触手から出した青い炎でクロノゲーターの顎を焼き切ったのだ。

 その青い炎は自身の身体と同じように炎を圧縮することにより発生させたものだった。出力を上げることで青くなった炎は、触手の先からまるで剣のように放出されている。今までに比べて魔力の消費が激しいのは当然のことながら、使いどころを誤らなければ爆破粘体よりも威力はあり、自身を切って投げる必要もない。

 そして他に持つ槍や斧で切り裂き、暴れるクロノゲーターを盾で押さえつけながら、その頭部を魔剣で切り裂いてソレはこの森で初めての獲物を殺した。

 サイズこそ大きいが、遺跡の入り口の前にいたサイクロプスエイプよりも弱いようだとソレは感じた。もっともその味はサイクロプスエイプほどではないが、外の魔物よりも美味ではあるようだった。


 しかし、とソレは考える。


 この森に生息している魔物がクロノゲーターだけということは当然ない筈である。また、遺跡に入る前の森ではサイクロプスエイプを見かけなかった以上、元々あのひとつ目猿はこちら側の魔物であった可能性が高い。あのサイクロプスエイプが群れでやってきた場合、今の己で抗しきれるかどうか……そんなことを考えていたソレの上を一瞬影がよぎった。


 ブワッと風が吹き荒れる。


 上空を何かが通り過ぎたのだ。そしてソレが見たのは巨大な翼の生えた生き物だった。それはクロノゲーターをスマートにしたような顔をした巨大な何かだった。


 ドラゴン。


 そう呼ばれる魔物がこの先の白い世界の方へと飛んでいくのをソレは目撃したのだ。


 その姿を見て、ソレは久方ぶりに恐怖という感情を思い出した。


 ソレは理解した。今のままではアレを喰らうことは出来ない。強くならなければ喰われるのはソレの方だと。そしてアレを殺せる力がなければ先に進めないとソレは認識し、再びクロノゲーターの消化を続けた。

 力を付けなければならない。ソレはもっと、もっと、強く、大きく、さらに大きくならなければ生き残れない。そう理解したのだ。



 そして、森での狩りは続いていく。



 森の中にはラフレシアスという巨大な食虫花がいた。


 美味しそうな臭いにつられて入った洞窟は、その魔物の腹の中であった。ソレは慌てて体内から魔剣と青い炎の刃で切り裂いて脱出した。外に出てからも蔓による締め付けが強力でソレは身体の三分の一を切り離して爆破することで切り抜けた。



 先に進むとサイクロプスエイプの群れが襲ってきた。


 遺跡の入り口の個体とほぼ同様の強さの巨大な一つ目猿の群れがソレに襲いかかってきたのだ。ソレはすぐさま逃げながら、一体一体を個別に撃破した。恐ろしいのはその怪力と生命力だ。ソレはサイクロプスエイプの両手足を切り裂くことでその動きを封じることを覚えた。群れのすべてを殺しきるのに一日を費やした。そして殺したサイクロプスエイプたちを吸収しきるのにさらに一日が必要だった。



 数日後にソレを追ってきたらしい探索者たちの集団と交戦に入った。


 戦士と魔術師、他にも弓使いなどの100名ほどの編成でソレを取り囲んで襲いかかってきた。ソレは探索者を迎撃しながらもクロノゲーターの集落へと誘い出し、混戦させることで対処した。逃げまどう探索者たちを喰らいながら、クロノゲーターたちをも殺し尽くした。最後に残ったのはソレだけだった。



 他にもこの森で生き抜く中で、ソレは死の恐怖に怯えるような体験を幾度となく経験してきた。だが、そのすべての状況の中でソレは生き残った。赤い川の森においてもいつしかソレの敵はいなくなり、ついには白き世界と赤き川の交差する地へとソレはたどり着いていた。


 この森に入った頃に比べて、ソレの体積は今や5倍は増していた。圧縮し続けたことで、深く暗い赤へとソレの表面は染まっていた。

 そして成長する過程で、持っていた武器は不要となり、攻撃手段は青い炎の刃と、すでに自身と一体化している炎の魔剣に、粉末状に散らして連鎖爆破させる爆破粉末体をソレは使うようになっていた。

 

 そして、ソレの目の前にいるのは巨大なドラゴンだ。


 ソレがこの赤い川の森に来て最初の日に見た、恐ろしいと感じたドラゴンだった。しかし、ソレの中にドラゴンに対しての恐れはもう消えていた。


 ソレは恐怖の象徴であったドラゴンへとゆっくりと進み始める。

 そうして進んでくる赤い粘体を、ドラゴンは身構えながら観察している。


 この場に居座るドラゴンが、ここから先を護るための番人なのか、もしくはただ強き個体を喰らうためだけにこの場所にいるのか。ソレは知らない。またソレも知る必要は感じなかった。ソレの中にあるのは喰らい、強く、大きくなろうという意志のみだ。


 実のところ、ソレの知性は、かつて生まれたときよりも遙かに肥大化し、高度な思考を持つようになった。しかし、その事実は人に近づくこととは同義ではない。

 ソレは人とは違い、仲間というものを必要とはしなかった。ソレはただの一個体として完成されつつあった。コミュニケーションを必要とせず、仲間もいないのだから言語も社会性も芽生えない。ソレは個として生き、個として磨き、個として進化する。

 ソレはただ己を拡大するために、あらゆるものを欲する。そして、これまでと同じようにソレは己が欲を満たすためにドラゴンへと駆け出したのだ。

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