12|超える。
洞窟の森の中心。
そこにある石造りの何かの正体は太古に建造された遺跡であった。
その間近にソレはようやくたどり着いた。遺跡の奥から美味しそうな、それでいて恐ろしそうな気配が漂ってくるのをソレは感じた。
だがその手前、遺跡の入り口に何かがいるようだった。
その正体は一つ目の巨大な猿だ。サイクロプスエイプと呼ばれる獰猛で恐るべき腕力を持つ魔物が、遺跡の入り口で食事にありついていた。
食事の対象はどうやら探索者のようではあったが、だからといってソレが通るのを黙って見逃してくれるとも思えなかった。
基本的に魔物は群れの同族以外は敵であることが普通だ。特に親子関係のないソレなどのような種族はよけいに仲間意識というものがない。そもそも違う種族であるサイクロプスエイプがソレに同族意識を持っている可能性は皆無であろう。
そしてソレは、あの遺跡の中へと入る意志を固めていた。その先にある何かに惹かれていた。故にソレはサイクロプスエイプへと攻撃を仕掛けようと動き出した。
だが、ソレの行動よりも早く、サイクロプスエイプはソレの気配に気付いていた。サイクロプスエイプの鼻は優秀で、血臭漂うソレが近づいたことをすぐさま嗅ぎ取っていたのである。
そしてソレが殺意を持って自身を見ていることもサイクロプスエイプには把握できていた。だから、サイクロプスエイプは手に持っていた探索者の千切れた下半身をソレに対して思いっきり投げつけた。
その下半身をソレは瞬時に盾で受け止めた。だが、その直後に上から影が現れたのである。その正体はサイクロプスエイプだ。凄まじい脚力により一気にソレに襲いかかってきたサイクロプスエイプにソレは爆破粘体を投げつけた。
そして遺跡の前で爆発音が無数に木霊し、続けての叫びはサイクロプスエイプのものだった。それと同時にサイクロプスエイプの右手が炎に包まれながら地面に落ちた。炎の魔剣によって切り裂かれたのだ。
爆発だけではサイクロプスエイプの勢いは落ちないと判断したソレが、爆発の中から突進してきたサイクロプスエイプへのカウンターを狙って魔剣を振るっていたのだ。そして、その目論見は成功した。だが、サイクロプスエイプの残された左手はソレをガッチリと掴んでいた。
真っ赤になった一つ目が怒りと痛みで充血している。このまま握りつぶそうとサイクロプスエイプは叫んだ。だがソレは掴まれた部分をその場で切り離す。
ごっそりと自分の一部を持っていかれたが、命には代えられない。そのままソレは盾を前に出して、他の武器を構えて下がりながら『切り離した部位を爆破』させた。
そしてソレが普段投げつけている爆破粘体の10倍以上の量が一気に爆発する。その膨大な熱量と衝撃にソレも巻き込まれ、吹き飛ばされた。
そのまま遺跡の手前の森までソレは吹き飛んだが、ダメージ自体はそれほどでもない。吹き飛ばされて落下しても持ち前の粘体を転がして衝撃を抑えた。対して直接ダメージを受けたサイクロプスエイプはといえば、まだ死んではいなかった。
とはいえ、斬り飛ばされた右腕だけではなく、左腕から胸部の一部までもが吹き飛ばされ、サイクロプスエイプの全身は炎に包まれている。何故まだ生きているのか分からないくらいにその巨大なひとつ目猿は傷ついていた。
しかし、その獰猛な視線はソレに向けられたままだ。自身の死を悟っているのだろう。そして生涯最後の怒りを込めてサイクロプスエイプは走り出した。ソレを喰い殺すために。
だが、ソレも恐れずにサイクロプスエイプに対して突き進んだ。両手が潰されてもまだ攻撃をしかけようというのであれば、次に来るのは牙だろうとソレは考えた。そして、予想通りに飛び込んできたサイクロプスエイプの噛みつきに対して、ソレはカウンターで魔剣を突き立てた。魔剣はサイクロプスエイプの口から首裏までを貫通し、ソレは己の魔力を一気に注いでその頭部を吹き飛ばしたのだった。
そして、ひとつ目猿の巨大な肉体がようやく崩れ落ちる。
その猿はソレにとってはここに至るまでに遭遇した中でももっとも恐るべき相手であった。しかし、全身が爆薬のようなソレに肉弾戦で勝つことは難しい。今やこの森の中でソレを殺せる魔物はほとんどいないと言っても良かった。
ともあれ闘いはソレの勝利となった。そうして、ようやく物言わぬ死骸となったサイクロプスエイプをソレは包み込み、溶かし始めた。その味は今まで口にした中でもっとも極上の味だった。
食事の後、ソレはまたひとつ何かが上昇したという感覚を得た。サイクロプスエイプを吸収することで、随分と減った体積をソレはある程度戻したが、より圧縮し強靱な粘体を生み出せるようになったソレには物足りなくもあった。
故に現状のままではソレはこのまま遺跡に入ることに不安があると感じ、やむなくソレは周辺の森に一旦戻って、他の魔物たちの狩りを行うことにした。
この周辺の魔物でもっとも多いのはオーガと呼ばれる鬼である。岩場で遭遇した巨人族に比べて単体としての能力は低いが、オーガは群れで動き、そして好戦的だ。
ソレは二体ほどのオーガを見つけて攻撃を仕掛けたのだが、二体の断末魔の悲鳴が間近にあった集落から二十体近くの応援を呼び寄せてしまった。相手は腕力を頼みに攻撃してくるタイプで、爆破などでもその勢いは止まり辛い。
なので、ソレは基本的には武器、爆破や火炎放射などで牽制し魔剣で止めを刺すことを心がけた。
わずかに下がりながら一体一体を着実に殺していく。ソレは魔剣や他の武器も単純に振るうのではなく、武器同士の連携や上中下段や左右からの切り込みなどの変化も意識して行うようになった。
いかに効率よく殺せるか、エネルギーを使わずに仕留められるか、そうしたことを考えながらソレはひたすらに狩り続けた。
そしてオーガの集落を襲い、喰らい、その体も以前以上に増し、さらには圧縮して強化し、ソレはようやく満足して遺跡の中へと入っていったのだった。