3話 ストリングスター
一本の糸は天までの希望に
か細い糸は人の心の表れに
屈強な糸は生と死の分れ目に
唯一の糸は星のシンボルに
天空の星 ストリングスター
☆★☆★☆★
隊長と別れ、小春と弥ちゃんは買い物のためにストリングスターに来ていた。ライトスターとは異なり、統治者、つまり長が星を治めているために、入国するには審査を受けないといけない。入国審査といっても簡単で、身分証明書と目的を言えば大体通過できるらしい。
小春達は宇宙船つばめ号を降りて、審査官の前に立った。
「身分証の提示をお願いします」
前もって用意していた身分証明書を審査官に渡す。
「リンクスターの一番隊さんがこの星にどんなご用で?」
一番隊とやけに強調する審査官は、不審者でも発見したかのように小春達の様子を見据えた。
「買い物ッス。ちょっと部品の調達ッス」
弥ちゃんは面倒くさそうに答えた。
「そちらのお嬢さんは?」
小春を指された。
小春は別に用という用はないけど、審査官は何だか警戒している雰囲気だったので、弥ちゃんに合せれば問題ないと思い、
「右に同じでーす」
そう答えた。
「問題事は勘弁してくれよ」
審査官に入国許可書を二枚貰い、審査が完了した。
小春達はゲートを通過し審査官が離れたところで、弥ちゃんに疑問を聞いてみる。
「小春達が問題児みたいな口振りはどうして?」
思いの口を弥ちゃんにぶつけた。
「小春は問題児ッスけど、一番隊に限った話じゃないッス」
爆弾発言を言う弥ちゃんには毎回胸を衝かれるよ。小春が問題児って冗談にしては笑えない。
小春は自分の頬を膨らませ弥ちゃんに訴えてみるも、
「一番隊に限った話じゃないのは」
スルーして続ける。
「強大な星ほど警戒の目が険しくなるんス」
無視されたことに無視し小春は言う。
「どういうこと?」
「強大な星が動くっていうことは、何か問題があるのか? 事件か? って危機感を持つもんス。例えば、とても偉い人が辺鄙な土地に訪問すると何かあるのかって思わないッスか?」
「思う」
「同じ事が起きているッス。リンクスターも強大な部類に入るというか、トップクラスの星ッス。宇宙を支える柱と言われているぐらいッスからね」
「柱って何か凄いね」
小春の感想に弥ちゃんは肩をすくめて言う。
「ちょっと時代を遡るッスが、最初の戦争のことを知っているッスか?」
最初の戦争って人が星を求めて争った大規模な戦争だったと思う。この前の授業で弥ちゃんが教えてくれたところだ。名前は確か、
「第一次宇宙戦争?」
自信がないので疑問で返した。
「そうッス。第一次戦争は星の力に魅せられた人々が起こした始発戦争とも言うッス。この戦争には終着点がなく、次の戦争の着火剤になったことからそう言われたッスね。じゃー小春。次の戦争を説明するッス」
「うーん」
小春は脳みそをほじくり回して考える。
「第二次宇宙戦争。別名を持続戦争だった気がする。内容は分かりません。ごめん弥ちゃん」
考えてもダメだった。
「元々、星の力に魅せられて起こった戦争だったんスが、次第に目的が変わっていったッス。戦争で優位に立つための、絶対的な力を発揮する道具としての認識に変わったんスね。だから力を求めて星を奪い合った。この二つの戦争は同じようで戦争の意味合いが大きく違うッス。そして、被害も。この戦争で初めて姿を表したのがクリスタルなんスが、欠片と比べものにならない力は戦争を拡大させていった。それが今も続いているってことッス」
「あれ? でも持続戦争は終わったよね?」
弥ちゃんの説明だと悲惨な戦争が続いている口前だ。
「微妙なとこッス」
「現に今は戦争らしい戦争は起きてないじゃん」
昔と比べ平和になったと隊長が言っていたことがある。
「戦争が起きてないのは停戦状態になったからッス。それを終わりと言っても間違いじゃないッスが」
「停戦状態?」
「リンクスターのような星達が強星と認知されて各星が動けなくなったんスよ。負けると分かっている喧嘩はしないのが普通ッスよね? それが次々に起こったッス。詳しい話は長くなるんで省略するッスが、強星達の力が今の宇宙の絶妙なバランスを保って平和にしているッス」
それで弥ちゃんはリンクスターを柱と言ったのね。
「強星と認知されているリンクスターの中で一番隊はエリート集団って感じッスからねぇ。審査官も注目せざるを得ないッスよ」
エリートって小春もエリートなんだね。ウフフフフ。
エリートらしく顔を作ろうとするも、勝手に口が緩んでくる。
「小春が入ってエリートの枠組みも崩壊しているッスけど」
「それって、小春がエリートじゃないと否定しているよね?」
弥ちゃんは可哀想な人を見る目で鼻で笑った。
「何で笑った?」
「バカだなぁーって」
この人やっぱり最低だ。小春だけ一番隊の例外物件とでも言いたいのか!!
「小春怒っているッスか?」
「超が付くほど怒っている」
小春だって一番隊なんだからきっとエリートなんだ。百歩譲っても見込み有りぐらいはあるはずだと信じたい。
「どうでもいいッスけどね」
「怒っていることに対して? エリートに対してのどうでもいい?」
声が高鳴る。
「どっちもッス」
「弥ちゃんは悪魔の子供だよ。リトルデビルだよ」
「小を悪魔の前に置くと、よく聞こえるのは弥だけッスか?」
「弥ちゃんだけだよ」
「悪女的な意味で好感もてないッスか?」
「最低じゃん」
「まぁ、そうッスね」
小春達は審査場の建物内を抜け、「ストリングスターようこそ」というゲートを通過すると、小春を圧倒させた。そこには、真緑の山々が囲い自然の生簀を作っていた。生簀の水は鏡のように山の色を映し出し美しい緑色になっている。自然の芸術がここにあった。しかし、自然の芸術を人間のアートに転換させる事象がある。自然の生簀、湖があってその中央には、
「すっげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
雲を突き抜ける塔が水の上に浮かんでいた。
弥ちゃんの会話がどうでもよくなるぐらいの感銘を受けた。
「ねぇねぇ、あれ」
弥ちゃんを叩く手は小刻みに震えて、小さな雫が降ってくる。
小春は泣いているの?
「ストリングタワーで、この星のシンボルッス」
「ライトスターとのギャップで感動の反動がでかいよ。小春はこういう星を待っていた」
「うわっ、鼻水きたな。こっちに来るなッス」
「弥ちゃん早くストリングタワーに行こうよ」
「いいから顔と鼻を拭くッス。ひどい顔になっているッス」
鼻下に水滴が当たる感触。鼻水が垂れている。小春はショルダーバッグに手を突っ込みハンカチを探す。
あれ? どこにあるんだろう・・・・・・。
ノートや筆入れと財布の感触はあるけどハンカチの手触りがどこにもない。これは一回カバンの中身を出さないと見つからない現象が起きている。
手で探すのを諦め鞄を下ろそうとすると、鼻が異様にムズムズしてきた。
「ハッハッハッハッハ、ハックチュン」
タラーン
鼻水がさらに下に垂れる。
「おっと」
女の子なのにクシャミとははしたない。早く鼻水を拭かないと。
「小春がビツクリ人間になっているッス」
弥ちゃんは鼻をピクピクさせ笑いそうになっている。
「はい?」
ちょっと鼻水が固い気もするなぁ。
おそるおそる小春の鼻水を触ってみる。
「こ・・こ・・・・これは、鼻からヒモが」
鏡を取り出し見ると、両鼻の穴からヒモが伸び無精髭みたいになっていた。山奥に住んでいるインチキ臭い仙人のように白い髭が。
「プププ」
弥ちゃんは小春を見て笑いを堪えていた。
「弥ちゃん笑いを堪えている場合じゃないよ。どどどどどどうしよー」
鼻から出ているヒモを引っ張るも、伸びるばっかりで一向に切れる気配がない。
「ププッ。落ち着いて深呼吸ップ。いくップよ。はい吸って。吐いて。プププププププ」
「スーハスーハって笑わないでよ。小春にとっては一大事なんだってば。しかも、語尾がスからプになってるよ。キャラ守ってよ」
「小春が動揺するほど逆効果なんプから、まずは、ププププ」
「無理矢理語尾をプにするからおかしくなってるし」
鼻からヒモって恥ずかしくて歩けないじゃん。ちょっと息も吸いにくいし、鼻に異物が入っている感じで異様にムズムズするんだよなぁ。
おぉ、くしゃみがまたくる。
「ハッハッハッハッハ、ハックチュン」
小春がくしゃみをすると、スポンっと抜ける音がして鼻がスースした。
この感覚は、
「取れた。取れたよ、弥ちゃん」
下には小春の鼻から取れたヒモが落ちていた。
「一人コントでもしているッスか?」
「星の力を油断してた」
「人混みが多いとこでは勘弁ッス。注目を浴びちゃうと弥はずかしーん」
弥ちゃんは色気のないポーズをするも、出るとこ出てないし・・・・・・。
「失礼なこと考えたッスよね? いま!」
「ううん、考えてないよ。それよりこの星って」
「小春のくせに生意気ッス。プーンだ」
ちょっと不機嫌になった弥ちゃんは小春を置いて歩きだした。
「小春を置いて行かないでよ。弥ちゃんどこに行くの?」
「ストリングタワーに行くために船に乗るッス。小春なんか勝手に付いてくればいいじゃないッスか」
一応説明してくれる弥ちゃんの言動は刺だらけだった。怒った弥ちゃんの後ろを歩き、ストリングタワーに向かうべく船乗り場に並ぶ。
「怒らないでさ~、おあいこでいいじゃん」
「怒ってないッス」
「ふーん、フフフフフ」
「笑うなッス」
「笑ってないよ。微笑んだの」
「同じッス」
並ぶとすぐに船が到着して、列を並ぶ小春たちは中へ誘導された。
それから三十分ぐらい船に揺られると、目の前に立つストリングタワーが小春を驚愕させた。
「目の前にすると一段とすっげぇぇぇぇぇぇ」
船を降りストリングタワーの目の前に立つ。
間近で見るストリングタワーは高さもさることながら、奥行きも常軌を逸している。タワーの一階一階が軽い町の広さになっており、それが何重にも積み重なって雲を超えている。ワンフロアだけでも端から端に行くのには時間が掛かりそうだ。そして、タワーには枝木のように所々に長い鉄板が刺さっている。
足場に見えるけど何だろう?
「小春、あそこの店からストリングガンという名前の物を買ってくるッス」
小春に指示する弥ちゃんの機嫌は直っていた。
「ストリングガン?」
「行けば分かるッス。あぁ、お金ッスね」
「お金はいいや。使う暇なくて結構貯まってんだ」
「そうスっか。じゃー、いってらーッス」
うん、と返事し早速弥ちゃんが言う店に行く。
「どれどれ」
路上販売されている品を覗き込む。
こっちは、この星の欠片だ。欠片も販売されているんだね。
欠片はヒモで輪っかを作った形をしている。ミサンガだっけ? それによく似ている。
隣にはストリングガンと書かれた札がある。
「このオモチャっぽい銃がストリングガン?」
一つ手に取ってみた。
「お嬢ちゃんお目が高い。お嬢ちゃんが手に持っているストリングガンは、今流行りのモデルなんだ」
店のおっちゃんだ。
手に持つ銃は片手で持てるハンドガンタイプで、全体が赤にコーティングされていること以外はオモチャの銃と変わりない。
「可愛いお嬢ちゃんには赤のストリングガンがお似合いだね」
フフフ、騙されないぜ。可愛いと言っとけば喜ぶと思ったのか?
これも店のおっちゃんの営業トークで、高い方を買わせるための策略だ。赤のストリングガンはシンプルな物と比べ値が張る。
「今は可愛いお嬢ちゃんだが、もう少し大人になれば別嬪さんになるねこりゃー。そんな大人の女性になった時のために、こちらのストリングガンも用意しといたほうがいいね。このモデルは薄い桜色で大人の女性に大人気なんだよ。この星では、女性の嗜みに桜色のストリングガンを持つのも流行りになってきているんだ」
「おっちゃん。それとこれの二つ下さい」
「へい、毎度」
お金を渡し商品のストリングガン二つと交換。
少し高かったけど大人の女性の嗜みらしいから、必要経費と考えていいよね。弥ちゃんに言われた通りに買えたし戻って自慢しよう。
小春は二つのストリングガンを両手に抱え弥ちゃんの待つ場所に帰る。
「買ってきたよ」
弥ちゃんに二つのストリングガンを見せる。赤と桜色のコラボレーションは小春から見てもカッコイイし可愛い。
「めんどくさがらずに弥も一緒に行けば良かったッス。機能なんて殆ど変わらないッスから、シンプルな安いのを買えばいいのに」
「チッチッチ。大人の女性の嗜みだって」
「大人の女性はそんなダサイおもちゃみたいな銃を恥ずかしがるもんだと思うッスけどね。しかもストリングスター以外では使わないッス。本当にガラクタになるッスよ?」
「騙された!」
小春の肩がガックリと落ち、膝が地についた。
「騙されてはないッス。ちゃんと機能するッスから」
「うん」
「二つもいらないッスけど」
「うん」
弥ちゃんの言葉がグサグサと心臓に突き刺さる。
「片方貸してみるッス、説明するッスから」
弥ちゃんは落ち込む小春の手からストリングガンを取った。
「このストリングガンは、ストリングタワーを登るためにあるんス」
「この銃で?」
小春は気を取り直して聞く。
「このマガジンの部分にストリングスターの欠片をセットするんスけど、小春はいらないので聞き流していいッス」
取り外すマガジンは、確かに欠片を入れる容器になっている。
「ストリングガンのトリガーを引くと、星の力で発射口からロープが出てくるッス。さっきの小春のようにッス。そのロープを上の枝のように飛び出ている、突起物のフックに掛けるッス」
弥ちゃんが上を指すと、長い鉄板の足場の裏側にフックが多数見える。
「後は、横に付いているボタンを押すだけで巻き上げてくれる仕組みッス」
「それで木みたいな枝が幾つもあるのね」
要するに、五階に行きたかったら六階以上の足場のフックにロープを引っ掛けて、上に巻き上げてもらい五階の足場に着陸すればいいのだろう。
足場は不規則に並んでいると思いきや、足場の上にはフックを引っ掛けるためにちゃんと足場が設置されている。
「これだけ高いと、エレベーターやエスカレーターでは間に合わないッスから」
遠くでは発射ポイントと書かれている場所で、皆ストリングガンを上に向けロープを発射している。
「ワクワクしてきた」
「注意事項なんスけど、ケガ人が多いので無茶はしないようにッス」
「分かった」
そうだね、落ちたらひとたまりもないもんね。十分に気を付けるよ。
落ちた時の恐怖を考えると足が震えてくるも、
早くあれをやりたい。
「弥ちゃん早く早く」
ワクワク感が小春の口を喋らせた。
弥ちゃんは小春が買ったストリングガンを返してくると、発射ポイントとは別の方向を向いた。
「そっちは違うよ、あっちだよ」
「弥は星の欠片自体使えないッスから、安全なエレベーターで行くッス」
「使えない? 初耳だ。その話はクリスタルだけじゃないの?」
クリスタルなら聞いたことがある。使用できる人間はほんの一握りであると。星一つ分の力を一人の人間が使うのだから、選ばれた人しか扱えないとかなんとか。
「星の力はッスね、才能の類で使える人もいれば使えない人もいるッス。いくら欠片と言えど、星の力に変わりないッス。練習して使える代物ではないッスよ」
「そうなんだ」
運動神経がまるっきりダメなのは分かっていたが、こっちの才能もまるっきりなかったんだ。
「そんな目で同情しなくていいッス。仮に使えたとしても弥は落ちる自信があるので、やっぱりエレベーターで行くッス」
「後で、感想文送るよ」
「いらねぇッス」
弥ちゃんはトボトボとエレベータに向かい歩きだした。
「言い忘れてたッス。ここのエレベーターは混むッスから、三十分後に五八階のフロアで待ち合わせッス」
途中で振り返りこちらに叫んだ。
「五八階ね。了解したよー」
弥ちゃんと別れ、抑えきれない気持ちを発射ポイントに発砲した。弾丸の如く走ったのだ。
発射台に着くと、何人かの人達が慣れた手つきでストリングガンを使い上に登って行く。
「五八階は高いねぇー」
上方を見るとストリングタワーに五八階の札が貼ってある。
一気にあそこはキツイので、
「五階辺りから攻めていこう」
目印の五階札を見つけ、赤いストリングガンをレッドガンと略し、星の力をレッドガンに集中する。
体に吸収されたストリングスターの星の力に意識を集め、目を見開く。
「おりゃぁぁぁぁあああああああおえ!?」
小春の口からヒモがヒュルヒュルと飛び出した。
「あぁぁぁ、失敗しちゃった」
細かいコントロールが非常に難しい。星の力が頭で想像した違う場所で勝手に漏れ出してしまう。
「もう一度」
心を落ち着かせ、体を流れる星の力を静止させる。ふぅ、と空気を肺から吐き出しもう一度集中する。
レッドガンを見つめ、
「ここだ」
トリガーを引く。
シュルシュルと銃口から弱々しくヒモが地面に垂れ落ちた。
うまくいった。長さも勢いも足りないけど、鼻や口からでなくて第一段階クリアだ。
「コツを掴めてきた」
リンクスターではいつものように触れてきた星の力は生活の一部になっていたが、外の世界の星では個性でもあるように扱い方が違う。
何事も実践は大切だ。本当に外の星に来ることができて良かった。
「次こそは成功させてみせる」
心に強く決心をし、俄然やる気を出す。
小春はレッドガンを五階上のフックに照準を合わせる。トリガーに指を掛け、雑念を捨てた。
「応えろ、ストリングスター」
ドヒューン
銃口からは小春の思いに応えた星の力が具現化し、ヒモを形成して狙いのフックに勢いよく伸びていく。
そして、フックに巻き付いた。
「パーフェクト」
確認の為にレッドガンを引っ張ると、しっかりと巻き付いてくれていた。小春はレッドガンの巻き付きボタンを押すと、内部でモーターが回転する音が聞こえる。
瞬間にレッドガンが上に引っ張られ、小春も上に引っ張られる。足が地を離れ、またたく間に目標地点の五階に到着した。押していたボタンを離すと内部のモーターが止まり、小春は足場に足を置いた。
「・・・・・・」
レッドガンを再び構え、今度は適当なフックに狙い打つ。
ヒモがフックに巻き付いたのを確認し、助走をつけて五階の足場からジャンプしボタンを押す。
「ひゃほぉぉぉぉぉぉぉぉ」
レッドガンは小春の体を空に巻き上げてくれる。心地よい風が体に強く当たり、気持ちいい。
小春に翼が生えたみたいだ。もう、人も豆粒ぐらいの大きさになっているよ。
あっという間に地上を小さくさせ、十階一五階を通過する。
「まだまだ」
桜色のストリングガンは、大人の一歩と込めて、アダルトガンと呼ぶ。レッドガンが巻き付く前にアダルトガンでさらに上のフックを狙えばスピードを殺さずいける。
いけるぞ小春。
「燃え滾る気持ちは誰にも止められないぜ」
小春はアダルトガンをフックに打ち、ボタンを押す。
「ブラボォォォォォォ」
その繰り返しで弥ちゃんと約束した五八階までひとっ飛び。
隊長が楽しいと言った意味が分かった。
「最高の星だぜ」
☆★☆★☆★
現在フロア七五階
「ついつい調子に乗ってしまった」
楽しすぎて五八階を軽くオーバーしていた。燃え滾る気持ちを止められなかったのだ。災難なことに、八十階付近から落ちて頭も打った。
恐る恐る頭を触ると、
「タンコブができているよ」
空中でアダルトガンが壊れた時はヒヤっとした。大人の階段を段飛ばし以上の、階飛ばしで登ったしわ寄せがきたんだ。結局、小春には大人になるには早過ぎたんだね。また一つ勉強になりました。
「弥ちゃんとの待ち合わせもあるし五八階に行かないと」
ストリングガンは巻き戻したロープを低速で噴射する機能も付いている。これで楽チンに降りれる仕組みになっているも、階段で降りようと思っている。はしゃぎすぎて疲れたよ。
足場のすぐそばには階段があり、探す手間も省けた。
「地に足がついているのはいいもんだ」
生きていることを実感し、一段一段丁寧に降りていく。
階段を降りる分には落ちることもなく、安心して目標地点の五八階までに行くことができた。
五八階に着き弥ちゃんを探すため、フロア内を徘徊しようとする。
その時、小春のこと? 声を掛けられる。
「ねぇねぇ君」
視線が重なった。
呼び止めた人は、メガネを頭に掛け、耳にはペンを挟み、スラっとした大人の女性。派手な服の着こなしはよく似合っている。ただ、派手な服からは不釣合いなメモ帳を手に持っている。使い古された、年季が入っているといってもいいメモ張を開きこちらを見ている。
「リンクスターの一番隊の新人さんですよね?」
誰?
「いえいえ、怪しい者じゃなくてですね、はいっ」
渡してきた物は長方形の小さい厚紙。名前らしきものが書かれている。
これは名刺だね。えーと、
「宇宙コスモ社のーー」
「はい、新作追々(しんさくおいおい)と申します。新聞記者でーす」
陽気に話す記者さんは半ば強引に自己紹介してきた。
「一番に入隊された小春さんですよね? 間違いありません。あなたは桃井小春さんです」
この人言い切ったよ。
「ここで会ったのも星の運命です。じゃー取材しますね」
決定事項なの?
いや、これはダメなやつだ。弥ちゃんはいつか情報の大切さを熱演してた時があった。情報を他人に話すべからずと。取材っていうと情報漏洩の宝庫だね。小春にはどの情報が良くて悪いかの区別が怪しい。
なら、立ち去るべきだ。
「すいません。事務所を通してもらわないと」
手で顔を隠し通り過ぎようとすると、
「お若いのに謙遜なさらずに」
腕をホールドされた。
「私共の会社はですね、宇宙では有名なんですよ。コスモ新聞に記事が載ることは素晴らしい事です。あらら、その顔はコスモ新聞をご存知ない顔ですね。結構有名なんですけど仕方ないです。知らないなら知らないで構いませんが、お暇な時にでも目を通していただけると恐縮です。無駄話はこの辺にして取材といきましょうか」
マシンガントークがとまらねぇー。小春の拒否る余地がない。
「一番隊に入隊されたあなた、すみません、小春さんですね。超難関の入隊試験、実は一番隊設立以後は合格者がなしと話題の隊ですが、ずばり合格の決定打とは何だったとお考えでしょうか?」
逃げる術を考えているうちに、取材が始まってるし。決定打と言われても小春なんかが分かる訳ないよ~。
取り敢えず、その場しのぎにさっき弥ちゃんと話している内容を、
「エリートだから?」
「どの辺りがエリートか詳しく」
墓穴を掘った。小春もどの辺りがエリートか知りたいのに。
「えーと、その、それは」
「それは?」
記者さんの顔が小春の顔に迫ってくる。
逃げられん。適当な反応はかえって相手の懐に深く入ることになるので、いい加減な発言は控えないと。う~ん・・・・・・。
次の言葉を探していると、
「探したッス。もう待ち合わせ時間なんスからしっかりするッス」
今回ばかりは神の手弥ちゃんが、小春の腕を掴みこの場から離れようとする。
ナイスタイミング弥ちゃん。
「これは今日は運がいいです」
弥ちゃんも、あっさり記者さんに捕まった。
「天才発明家の弥さんもご一緒に取材を」
「小春、喉が乾いたっす。あっちにーー」
「飲み物ぐらい私が奢りますよ。ささ、あちらに行きましょうか」
「と思ったら、飲み物なら持ってたの思い出したッス」
「では、この場で取材に入りますね。ぶっちゃけ、小春さんを一番隊に入隊させたポイントとは何でしょう?」
軽くあしらわれても引き下がらない図々しさはプロ魂を感じるも、取材される側になるとすこぶる困る。
弥ちゃんも必死に掴まれた腕を解こうとしているけど、非力な腕じゃ振り切ることはできないだろう。
「もう、本当鬱陶しいッス。小春のことはあることないこと書いていいッスから手を離すッス。弥達は忙しいッス」
今まで無視を突き通してきた弥ちゃんがキレた。
てか、記事に載るのは小春自身なんだからないことはダメでしょ。
「記事の内容は、桃井小春、実はただの雑用係りと読者の期待を裏切る。一番隊のイメージアップのためにマスコットキャラとして導入したが、成果が得られずリンクスターでは不満の声が続出した。今や、マスコットキャラのポジションを捨て雑用係としてひっそりと暮らしている。で、どうでしょう?」
「どうでしょうってダメに決まってるよ。尾ひれどころか原形とどめてないよ」
「大体合ってるのでそれ採用ッス」
「合ってない。ダメダメ却下」
そんなデマ流されたら外にも出歩けなくなる。
「私も真実を追求するのが仕事なので、嘘を書くのは罪悪感にかられます。よければ真実をお聞かせ下さい」
記者さんがでたらめな記事を書くのはよくないけど、これでまた振り出しに戻ってしまった。記者さんは絶えず笑っているけど、目が笑ってない。捕まえた獲物は逃がさないって目だ。
「話すことはないッス」
キッパリと拒む弥ちゃんはどこか頼もしかった。
「それじゃー、質問の形式を変えましょう」
記者さんも諦める気配がない。
「先程、小春さんがストリングガンで階を登っているのを拝借させてもらいましたが、この星は初めてですか?」
このぐらいなら答えても問題ないと思うし、無回答はかえって記者さんのプロ魂に火を付ける。逃げれないなら、目立たない回答を言うしかないね。
「はい」
「やっぱり、とても初心者っぽく見えたので。途中でストリングガンを壊すし、星の欠片を使用するのは普段からあまり得意ではないですか?」
欠片とは違うけど、扱いは苦手になるのかぁ? 星の力は小春にとって唯一の長所だと思うんだ。しかし、慣れるまで時間がかかるのは不得意に入るのかもしれない。
小春は考えをまとめ答える。
「不得意かも」
「そうですか。逆に得意なジャンルは? 肉弾戦が得意、頭脳戦が得意とかありませんか?」
「肉弾戦に限らず、戦闘全般は隊長の足元にも及ばないし、頭も弥ちゃんと比べられると」
自分自身でバカとは言いたくなかったので、言葉を濁した。
もちろん、バカではない。弥ちゃんと比べれば誰だってバカになる。だから、小春も頭は普通か・・・・・・、お茶目なバカぐらいかな。現代風に言うと、隊を明るくするムードメーカーだ。意味は知らないけど。
記者さんはメモ帳を開けるもペンを走らせることはなく、そのまましまった。
「今日は二人の都合が悪かったというこで日を改めます」
「随分と都合を滅茶苦茶にされたんスですけど」
「もういいのですか?」
強引な取材があっさり終わるものだから、つい聞いちゃった。
「今日は十分です。お時間を取らせてすみませんでした」
記者さんは礼儀正しくお辞儀をして、「またいずれ」と挨拶をしたらこの場をそそくさと去っていった。
「嵐のような人だったね」
「記事にならないと分かり興味が薄れたんスね」
「記事にならないって、小春の?」
「想像以上にビツクリ人間じゃなかったってことッス。よくできましたッス」
弥ちゃんはニシシシと笑い先に行った。
「それって褒めてんの?」
小春も弥ちゃんに追い付くために早足になる。
「誘導尋問を使ってきた時はいつ小春の口を塞ごうとハラハラしてたッスけど、小春が小春でよかったッス」
「だから、褒めてんの?」
「褒め称えているッス」
よく分からないけど褒められているならいいや。
えへへへへ、と頭を掻きながら、目的の買い物を済ませに五八階フロア内に出発した。
☆★☆★☆★
五八階フロアには小春には無縁の品々が並ぶ店がいくつもあった。リンクスターにも大型デパートはあるが、一フロアに大型デパートがそのまま入るぐらいの広さがある。このフロア内の内容は、機械類と大まかに線を引けた。いかにもって感じだ。弥ちゃんの好きそうな物がフロア内を埋め尽くし、興味がない小春にしてみれば退屈な場所。
名前の知らない部品や、奇抜な形をした機械に車、家電製品。店先には客寄せのためか、知らないロボ声の歌に、小春には理解しがたい絵もチラホラ。
カルチャーショックだわ。
「ストリングタワーは宇宙で一、二を争う巨大デパートになっているッス。宇宙中の星から数々の品がここに集まるッス。もちろん、ストリングタワー全部がデパートじゃないッス。百階から上が居住スペースになっているッス」
「へぇ」
説明をしてくれる本人はさっきから視点が定まってない。右を見たり、左を見たり、時折立ち止まり子供のように四方から商品を観察し、極めつけがテンションが高い。
「ストリングタワーは、マニア向けの品が多いので弥は好きッスね。五八階は特に弥にとって天国ッス。因みに一、二を争うって言ったスがこの星と競争しているもう一つの星のデパートは一般受けの店が多いッス」
なら、小春は一般受けの星に行きたかったよ。
いつも怠そうに歩く弥ちゃんの足は爽快なリズムを踏んでいた。
「まぁいっか」
「何がいいッスか」
「こっちの話し」
楽しそうな弥ちゃんを見ていると、悪い気はしない。むしろ、小春まで楽しくなってくる。
こういうのっていいなぁ。
とても新鮮だ。小春がリンクスターに来てからは誰かと買い物に行くことはなかったしな。
一番隊に入隊するまでは、訓練校で訓練に励んでいたから・・・・・・。
ひたすら隊に入隊するために毎日を訓練に費やしていた。一番隊に入るため、訓練以外は食事と睡眠、少しの移動時間だけの毎日。周りの人達は、訓練校の終わりに友達同士でどっかに出掛けたり楽しそうにしていた。
でも、羨ましいとは思わなかった。小春は隊長の隊、一番隊にどうしても入りたかったので遊ぶ時間も全てを努力に使った。理由は自分自身も単純だと思っている。小春がリンクスターにいられるのは全て隊長のおかげだった。だから、隊長に恩返しをしたい、助けになりたいと思ったのだ。そのためには、一番隊に入隊するのが一番の近道だった。まぁ、今は迷惑かけてばかりだけど、いつかは。
動機は単純でも、やると決めたらとことんやる、小春のモットーにしている。隊長の受け売りでもあるが。なので、努力をしたんだ。人一倍の努力を。
隊の入隊試験では一回目は落ち、二回目も落ち、諦めずに三回目の試験を受けやっと合格した。ずっと憧れていた一番隊に合格し努力が報われたと喜んだ。
その日のうちに隊長の賛辞を聞きたくて隊長の元に寄ったところ、頑張ったな、今は喜びを身に刻むがいいさ。隊に入隊するまでの少ない時間は自由に過ごせ。とは言ってくれませんでした。代わりに、たるんでるな、鍛え直してやる、と酷評を授かりました。
それからは、夢に向かい走る青春の日々が地獄の日々に変わった。訓練、ミーティング、訓練、勉強、訓練。隊長が殺しにかかってきた。怒られた数は数千を超えるだろう。
そして今に至る。
誰かとの買い物なんて初めてで楽しい。弥ちゃんも楽しげに両手いっぱいの買い物袋を持ち、にこやかにこちらに歩いて来る。失われた青春が今ここに戻ってきているようだ。
今日という日に感謝を込めよう。
「弥ちゃんありがとう」
満面の笑を作り感謝を言った。
「はい、これッス」
いっぱいに入った袋四つを小春に差し出した。
「まさか?」
「そのまさかッス」
「一時でも楽しいと思った小春の感情を返せ」
声を張り上げた。
「買い物が終わったらパフェをご馳走するッス」
「本当?」
等価交換なら仕方なし。いや、小春の中ではパフェのほうが勝っているので得をする。荷物持ちぐらいお安い御用さ。
「弥ちゃんも人を乗せるのが上手いねぇ。このこの」
「天才ッスから、このくらい当然ッス」
自分を天才と呼ぶ弥ちゃんには頭が上がらないよ。
「次の店に行くッス」
荷物を小春に託し、弥ちゃんは次の行く店を見定めている。
渡された荷物はずい分と重い。中身は知らない部品の数々、
「鉄の塊じゃん」
そりゃー重いよ。
「鉄の塊とは違うッス。原石の塊と呼んでほしいッス。そのパーツなしでは初まらないっスよ」
食材を買いすぎて袋いっぱいとは訳が違う。一つ一つの部品が金属類で重さがどっしりあるのに加え、袋いっぱいの四つ。
弥ちゃんが持ち運べたことに感心するよ。火事場の何とかっていうのが発動したのか?
「こんな場所で力を発揮しなくていいからさー、別の時に力を発揮してってば」
小春の声も虚しく、もうこの場所にはいなかった。
弥ちゃんは店の中でまた買い物を始めていた。小春は外から弥ちゃんの様子を観察してると、カゴの中に商品を大量に放り投げている。数分後にはカゴの中は山盛りになって、レジに通す。
胸騒ぎがする。あの荷物は弥ちゃんが持つよね。小春の手は両手に花だし。
弥ちゃんは買い物が終わり、小春に歩み寄る。
「よろしくッス」
「小春の手に隙間はない」
「腕で丸を作ってみるッス」
「いいけど」
言われたので腕で丸を作ると、その上にポンッと買った物を乗せてきた。
「天才にぬかりはないッス」
「重い重い。天才の頭には小春の体力は考慮されてないの?」
小春の声が踏ん張る。
「頑張るッス」
「くっそぉぉぉぉ、腕がちぎれる」
「小春、こっちッス」
買い物袋を両手で持ち上げる形となって、よく前が見えない。
弥ちゃんの声を頼りに前に進むが、何人かの人の肩にぶつかり、その度「すみません」と謝る。
「ここで最後にするッスから、ちょっと待つッス」
「えー、最後の荷物は弥ちゃんが持ってよね」
「えー、小春お願いッス」
「お願いされても嫌すぎるよ」
「うん、行ってくるッス」
うんって何? 会話をするつもりないよね?
荷物を持つ小春の横目に、弥ちゃんが店の商品を物色する光景が入る。
「うわぁ、またあんなに買って」
☆★☆★☆★
六十階フードフロア内の店中で、小春達は休憩している。席に着く小春の後ろには買い物袋が六つ。ここまで全部持つはめになって、手と腕がヒリヒリと痛む。
「タワーパフェを御注文のお客様は?」
小春達の席に、店のウェイトレスさんが注文していたパフェを持ってきた。
「はいはいはぁい」
手を挙げウェイトレスさんにアピールすると、小春の前にそれが置かれた。
「では、ごゆっくりと」
それは、ストリングスターのシンボルのストリングタワーを想像させるパフェであった。ガラス容器からはみ出した十人兄弟のアイスが「こんにちわ」と元気に顔を出している。
「こんにちわ、では、いただきまーす」
スプーンにアイスを乗せ口に運ぶ。
パクッ
「美味しィィィィ」
「パフェ一口で今までの苦労も吹っ飛んだッスね」
「小春の疲労は健在です。すごい疲れた」
「気持ちの持ちようッス」
弥ちゃんは、頼んだコーヒーを優雅に飲んでいる。喋りながらも、目線は下を向いていた。
「さっきから何読んでいるの?」
「これッスか?」
「うん、そのチラシ」
チラシを小春に見えるように近づけてくれる。
「ほしくだきの・・・・るい」
これは! ライトスターで耳にした名前だ。チラシには大きく、星砕きの留衣大暴れと書いてある。
「宇宙で話題の人物ッス」
「星を襲っているんでしょ?」
「よく小春が知っているッスね。雑誌や新聞にも大きく取り上げられているから、知っててもおかしくはないッスけど。まぁ、情報に過敏になることはいいことッス」
「雑誌や新聞じゃないけど、ライトスターでご飯食べた店あったじゃん。そこの店主に聞いたんだよ。近くで出たからお客が減って大変だって」
バシッ
「いったぁぁ」
弥ちゃんは小春にチョップを食らわしてきた。
「報告する義務ッス」
「しようと思ってたの。でも自分でちゃんと調べてからと」
「ちゃんと新聞ぐらい読め」
弥ちゃんはちょっと真面目顔をして言った。
「ごめんごめん。次からは読むから」
「そこは期待してないのでいいッス」
「もっと期待を持ってよ」
小春だって頑張っているのだから期待ぐらいしてもいいと思う。
「それで」
弥ちゃんは言う。
「ライトスター近くで出没していたなんて・・・・。もっと地元民の声を聞いとくべきだったッス。小春の情報が確かだとすると、最新情報ッス」
最新情報を持ってきた小春はお手柄ではないのかと一人思う。
これを口に出したらさっきのことを掘り返されるので黙っておくが。
「警戒はしといたほうがいいッスね」
弥ちゃんの独り言が聞こえてくる。手に顎を置き目は天井を見ていて、考え事をしている様子だった。
アイスクリームが溶け始めていたのでパフェに手をつける。食べながらも弥ちゃんが置いたチラシを読む。
正体不明の化物。
「正体不明って?」
弥ちゃんに聞いた。
「目撃者が殆どいないッス。星が壊滅状態になったという結果だけしか残っていないッスよ。ただ、運よく逃げれた人の証言で、自分を留衣と呼んでいたと言っていたッス」
「星を何個も襲っているんでしょ?」
「そうッス。いつも突然現れ暴れる。だから、星砕きの情報にもこれから目を向けないといけないッス」
これからは新聞をきちんと読んで留衣についての情報を頭にインプットしないとだね。
小春は弥ちゃんに頷く。
「分かってないようなので説明するッス。これから行くイリュージョンスターとライトスターは宇宙では近い部類に入るッス」
「ご近所さん?」
「そんな感じッス。接触する恐れがあるってこと」
なるほど。接触は避けたいね。聞き伝えの話しでも、小春の中で警戒信号を出している。
「それで、警戒する必要があるッス」
「今の任務でも大事になりそうなのにね、星砕きの留衣が出た日には大変な事態になるよ」
話が終える頃には、小春のパフェは空になった。
丁度頃合いなので、小春達は店を出ようと席を立つ。
「出会っても隊長なら勝てるよね?」
「隊長と互角に戦える猛者は、宇宙にもそういないッス」
「だよね~、アハハハハ」
小春の隊長認識は確かだった。弥ちゃんの太鼓判が安心させてくれる。
「隊長は人の子だけど、鬼の子だと思っているッス」
「小春も鬼の子を押すよ」
「隊長がいたら怒られるッスね。ん?」
「え? どうしたの? もしやお決まりのパターン?」
弥ちゃんは急に目を瞑り、
「ちょっと静かに」
小春を黙らせる。息を殺して、感覚を研ぎ澄ませている様子だ。
「五八階でタイムセール?」
は? 弥ちゃんは低い声で喋る。
「やべーッス。タイムセールのアナウンスが入っているッス」
全然やばくないよ。鬼でも出たと思って鳥肌が立ってしまった。
「あまり小春をビツクリさせないでほしい」
「ちょっと五八階に行って来るッス」
耳を澄ますと、「五八階タイムセール」とアナウンスが微弱に聞こえる。
どんな地獄耳だよ。
「小春はどうするッスか?」
「荷物があるし、先につばめ号に戻っているよ」
本当の本当にこれ以上の荷物は無理だ。パフェも食べたし逃げるのが得策だと思う。
「弥もすぐに戻るから気を付けてッス」
「じゃーあとでね。弥ちゃん」
この荷物を持つことを考えるだけで憂鬱になる。道のりは長いな。
「帰りはエレベーターでゆっくり行こう」
買い物の付き添いがこんなに大変だとは思ってもいなかった。弥ちゃんの買い物が特別なのかもしれないが。
「誰かと買い物は当分いいや」
小春は帰りのエレベーターに並んだ。
弥ちゃんがつばめ号に戻ってきた時間は、小春と別れてから二四時間後だった。