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パニック☆スター  作者: モエLOW
パニック☆スター3
18/26

2話 インクリボンスター

 言えない思い

 伝えたい気持ち

 届けたい言葉

 形に残しましょう

 表現の星 インクリボンスター


挿絵(By みてみん)


 ここインクリボンスターは夜の暗闇に照らされることはなく、代わりに赤く染まった熱い光に照らされていました。私は動くことなく同じ場所に立ち、じっと見つめています。見つめるものは、目の前で燃える建物。広大な敷地にそびえ立つビルです。

 ビルが燃え始めてだいぶ時間が経っているのでしょう。ビルの上からは、そのビルのシンボルであるロゴが無惨にも崩れ落ちてきました。


 ネプチューン社


 円形の縁をネプチューンの文字で飾り、中心にはトリアイナと呼ばれる武器を持った老人が描かれているロゴ。ロゴは地面に落ちるとバラバラに砕け散り、それを合図に建物が徐々に崩れ始める。


 「いったい何が起こっているのでしょうか」


 インクリボンスターの中心であり、象徴である「ネプチューン社」。長い時間と共に歴史ある象徴として民と、そして星と一緒に文明を歩んできたと聞きます。変わりゆく歴史に、変わらない歴史がネプチューン社でありました。そのネプチューン社が今まさに、あっけなく歴史の幕を閉じようとしています。


 「やはり私も行った方がよかったのかもしれません」


 と、考える。

 燃える滾るビルの正面入口からは、崩れようとしている建物内から避難する人々が走って来る。私達によって誘導されてーー

 私達と言うのは、私を長とするサイエンススターの皆さんです。私、創造利奈そうぞうりなの指示によって動いてくれる皆さんが、ネプチューン社の皆さんを誘導しています。

 今、私達はたまたま鉢合わせたネプチューン社の災害の現場に、予定を変更しての救助活動に専念しています。予定通りにことが進んでいれば、今回のネプチューン社の記事の真意を問いただしているところでした。しかし、それは出来そうにありませんね。ネプチューン社の記事の真意より、人の命の方が大切だからです。

 だから、私も救助のお手伝いをと思いました。後どれくらいもつか分からないネプチューン社ビルです。人は一人でも多い方がいいでしょう。

 私はそう思っていましたが、


 「皆を信じましょう」


 皆の指揮官としてここにいるのも私の役目。皆さんにここにいて指揮を、と言われましたし。

 何が起こっているのか分からない現場に、指揮を取る者の不在は致命的です。不足の事態を対処するには、私はここから動かない方がいいでしょうから。

 分かってはいます。分かってはいますが、皆さんが一生懸命に動いているのに、ここで突っ立ているのはなんだか罪悪感にかられます。


 「どうか無事で」


 祈ることしか出来ません。その時でした。何やら私に近付いてくる足音が聞こえてきました。サイエンススターの皆さんではなさそうですね。ゆっくりと忍び寄るような物静かな足音。

 誰でしょうか?

 その足音は私の隣で止まる。


 「その気品ある顔立ちに、綺麗なエメラルドグリーンの長く伸びた髪。サイエンススターの長、創造利奈さんではないですか!」


 わざとらしい第一声。遠くから聞こえた足音は、私と判断して近付いてきた。一定の間隔で歩く足音には迷いがなかったから。

 私は目線だけを動かして、話を掛けてきた人物を確かめる。

 初めて聞く声に、初めて見る顔。グレーのスーツを着用している女性。スーツは所々が焼け焦げている。


 「会長さん?」


 今度は長を会長と変えて再び呼ぶ。

 会長。サイエンススターではそう呼ばれることが普通になっていました。そして、他の星でも私を会長と呼びます。

 サイエンススターは六つの委員会を軸に星を回しています。それを委員会連合と言い、美化委員会、図書委員会、保健委員会、総務委員会、風紀委員会、体育委員会の六つの委員会が存在しています。それぞれの委員会には、まとめ役として委員長がその委員会の指揮を取っています。俗に言う委員長がサイエンススターの幹部と言うポジションでしょうか。そして、委員長達の上に立つ存在として副会長と私がいます。委員会連合を設立した時に、組織上の名前として会長と言う名前が付けられました。それがいつの間にか浸透してしまったのでしょうか。

 メンバーは、

 会長   創造利奈そうぞうりな

 副会長  百鬼有真ひゃっきゆま

 図書長  寺宮都てらみやと

 美化長  変貌五十鈴へんぼういすず

 保健長  白羽佳己しらはかみ

 総務長  帯電雷一たいでんらいち

 風紀長  大地洋子だいちようこ

 体育長  空和子そらかずこ


 と、こんな感じになっています。

 昔は会長と言う呼び名に少し違和感がありましたが、今はさほど気にもならなくなってきました。それよりか、急に長と呼び掛けられるよりも会長と言って頂いた方が反応が早いほどです。

 私は答えます。


 「何か?」


 呑気に世間話をする状況でもないので簡素に答える。


 「何用でこの星にいらっしゃったのですか? まさか人命救助が目的とか言わないですよね?」


 んー。この女性は私に反して、話を広げようとしているのでしょうか? 


 「関係があって?」


 なので、少し冷たくあしらう。


 「関係があるとか、ないとかの問題じゃないのですよ。あなたがここにいること事態が記事になる」


 記事と言いました。察するにこの燃えているネプチューン社の同業者でしょう。尚更、構っている暇などないと。


 「あなたは記者なんでしょ? このネプチューン社についての状況を探った方がいいのでは?」

 「ネプチューン社? あぁ、燃えていますね。あっ、これどうぞ」


 無関心であった。他人事のように言うのです。他人事ではありますが、興味など少しもないよう。記者であっても、そうでなくても、普通ならこの惨事に目を背けることは出来ない筈。

 それなのに、のうのうと名刺まで渡してくる。


 「ユニヴァース社、社長の本告明もとつぐめいと申します」


 名刺を受け取り私は思う。この方は本当に記者なのでしょうか?


 「会長さんとお話した方がずっと価値あると思いましてね」


 記者として、記事になるネタの重さを天秤に掛けているとも言えますがーー


 「強星が一つ、サイエンススターの長さん。そして、五星王が一人、最強でもある天心てんしん創造主そうぞうしゅさん? あなたがここにいる理由は宇宙中で大ニュースだ」


 大ニュースとは少々大袈裟な気もします。しかし、強星の行動一つ一つは宇宙で重く取り扱う。

 そう、今回のネプチューン社の記事のように。

 リンクスターとスティールスターの行動は、今回宇宙で大きく騒がれていた。スティールスターは・・・・・・、それは断言出来ませんが、リンクスターに限ってネプチューン社が書いた記事通りの筈はないと思っています。宇宙でもリンクスターのイメージは悪くはない。だから、露骨な捏造は疑いを生み、注目などされない。


 しかし、今回は少し違います。


 宇宙中でネプチューン社の記事の内容を重く見た。

 どうしてか?

 スピンスターの一件をここまで詳しく取り扱った機関は、ここしかなかったのです。そして、ここを除いては、示し合わせたかのように情報を遮断しました。

 情報操作、そう捉えていいでしょう。

 何を企んでいるのかは分かりませんが、大事を未然に防ぐ為、私達サイエンススターが動いたのです。

 しかし、私達が動くよりも前に状況は進展しました。確かめる為に来たのですが、確かめる対象が無くなろうとしていました。

 証拠を抹消された? 只の事故? それとも誰かの手によって大事が未然に防がれた?


 「あぁ、そうでしたかそうでしたか。分かっちゃいましたよ。何で、会長さんがここにいるのか」


 わざとらしく、手をポン、と叩いて言う。本告明さんが。


 「今宇宙で騒がれている、元凶であるネプチューン社を問い詰めようとしていたのですね」


 あたかも今分かった素振りをする。


 「知っているならーー」

 「幼馴染である破邪心はじゃこころ、スティールスターが責め立てられている状況に居ても経ってもいられなくなりましたか?」

 「ーー」


 なんでしょうか。

 先程から私の反応を見ている。さかなでするような質問をぶつけて、私を煽っているようにも捉えられる。


 「ネプチューン社の記事はデタラメすぎて笑っちゃいますよね? リンクスターやスティールスターが侵略する為に攻め入った証拠もない。実際に占領などもしてないワケで」


 本告明さんの目が釣り上がり、私の顔を見る。


 「まぁ、野蛮なスティールスターで、攻撃的な破邪心です。遊び感覚でスピンスターを落とそうしていた。と、考える方が納得はしますけどね」

 「何が言いたいのです?」


 体の向きを本告明さんに合わせて言う。それは、条件反射のように動いた。


 「強星であるサイエンススターが動く程のことでした? そんなデタラメな記事ほっといてもいいでしょうに。それともあれですか? 幼馴染である破邪心の為に、長と言う特権を使ってサイエンススターを動かした。私情のおもむくままに」

 「全てを否定はしないわ。心は私の大切な友人であるから。だけれども、出向いた理由がスティールスターそれだけとは限らないんじゃない?」


 強星であるが、あまり評判のよくない破邪心との友好関係を記事にするのか、弱みを握ろうとしているのか、どちらにせよ隠す気は毛頭ない。心は、それはもう稀少が荒くとても喧嘩っぱやい。しかし、内には優しい部分だってたくさんあります。今回の一件だって、私の知らない裏があると思っている。

 怒っている?

 侮辱されて多少なり頭にはきて意地になっている部分もありますが、ここに出向いた理由はそれだけではない。事件などに友人が絡むとどうしても肩を持っている、と冷ややかな視線を送られる。この記者のように。私情で動いたと言われる。

 でも、弁明はしません。揚げ足の取り合いになりますし、心との友好関係を否定しているようで嫌だから。

 だから、肯定しつつ捕捉を入れます。


 「スティールスター、そしてリンクスターの今回の記事の内容は宇宙にある星々にとって不安を煽っている。意図的にです。それを問題としています」

 「平和を誰よりも願う会長さんらしい理由ですかね。そうですね。今回の記事は明らかにスティールスター、リンクスターを落とし入れようとしてます。宇宙全土に両星の警戒心を強めようとする記事でした。情報機関が揃いも揃ってです」

 「そこまで知っておきながら、あなたはーー」


 言うのを途中でやめた。私としたことが、と頭を冷やします。

 軽くあしらうつもりでしたが、まんまとペースに乗せられていました。破邪心と言う言葉を頑なに使っていた理由はこの為でしたか。煽る会話の内容は、私を会話に引き込む為。

 私の瞳に、今度はちゃんと本告明さんの姿をいれます。警戒の対象として。


 「グッドですよ」


 本告明さんは私に向け親指を突き出す。


 「いい顔です。強ばった表情、私に警戒心を抱きましたね」


 記事以外の狙いがあり、私に接近してきたとみていいですね。

 記者でありながら役務を全うしなかった。私から情報を引き出すことはしないで、本告明さん本人に興味を引かせることしかしない。


 「これで私の話をまともに聞いてくれる」


 本告明さんは私の視線から外れるように下を向いて後ろ髪を掻く。


 「私はどうも昔から事実を引き出すことが苦手みたいで、この仕事向いてないのでしょうかね。でもですよ? ちょっとは向いている部分もあってですね、事実を引き出せないが、相手に興味を引かせることは得意なんです。現に会長さんは私と話していますしね」

 「唐突にーー」 

 「今回は記者としてではなく、依頼人として来ました」

 「・・・・・・」


 本告明さんの言葉には返す言葉がありませんでした。

 依頼人ということは私に頼み事ですか。長いくだりからの話の切り替え方。良い予感はしません。

 この手の話は聞いたら引き返せなくなる情報を言ってくるに違いない。そう思うも引き返すには少々遅かった。本告明さんの会話によって引き込まれたからです。

 本告明さんが言う。


 「ネプチューン社。あれを見て下さい」


 本告明さんの指がネプチューン社ビルに向く。ビルから突き出し燃える炎は、空にでも届くのではないかと思うぐらい炎上している。


 「ネプチューン社はですね、歴史ある情報機関と言われてましたが、実はコスモ社の傘下であるのですよ。知ってました?」

 「コスモ社?」

 「ネプチューン社だけじゃない。そこそこ有名なプルートゥ社、沢山の情報機関がコスモ社の傘下に収まっています」


 決してネプチューン社だけでは出来ない情報操作。裏に何やら潜んでいると思っていましたが、いきなりの犯人の発表。

 戸惑いはなく、むしろ納得している私がいた。

 大手であるコスモ社なら他の情報機関を従わせる力がある。財力という力で。


 「コスモ社が今回の情報操作をおこなったと、そう言いたいのですね?」


 他の情報機関の名前が出るよりは、一番可能性が高い。


 「察しがいいようで。流石会長さんです」


 本告明さんが私に人差し指を向ける。


 「会長さんは何故コスモ社が今回のような記事を書かせたのか分かりますか? もう少し言うと、何故このタイミングか?」

 「私に答えさせる気ですか?」

 「釣れない人ですね」


 本告明さんは吐息を漏らしながら続ける。


 「情報操作をするいいタイミングと言うワケですよ。言い換えると、強星を落とす為の条件が上手い具合に重なりつつある」

 「強星を落とす?」


 今日一番の驚きが出た。

 事態がいきなりぶっ飛んでいきました。それを見た本告明さんは小さく薄ら笑いをする。


 「ようやく事態を重くみて頂き、私は嬉しいかぎりです」

 「あなたは一体何を・・・・・・」


 事態の内容が見えてくると同時に、この記者、本告明さんの存在も無視出来なくなってきました。

 どうして知っているのか?

 しかし、疑う私には気にも止めないで続ける。


 「コスモ社はリンクスターを罠に陥れようとしています。多分このままいくと、リンクスターはコスモ社の書いたシナリオ通りの結末に歩いて行くことになります」

 「その結末とは?」

 「リンクスターの崩壊です。私はコスモ社によってリンクスターが落ちるシナリオを望んではいません」


 淡々と話を進めてきた本告明さんは、ここで急に感情に力を込めた。私に対して頭下げて、


 「コスモ社を止めて下さい」


 全身全霊のお願い。

 強星、リンクスターの崩落は宇宙に多大な影響を与えます。崩壊して進む未来は絶望が待っているでしょう。それ程今の宇宙は絶妙な均衡で保たれているのです。

 私は今の宇宙から戦争がなくなるようにと、助力ながら行動をおこしてきました。星間のトラブルの仲介に入ったり、宇宙に害をなすものの取り締まり。力がない星達に援助など。


 宇宙の平和。それが私の目標であって、全てです。


 ですから、コスモ社を止めることが戦争の回避に繋がるなら無視は出来ません。しかし、事態が事態なだけあって、焦っての判断はいけません。まずは、明確な理由を聞くべきです。

 何故リンクスターなのか、コスモ社の実態、そして、本告明さんの存在。

 全てを理解してから判断しましょう。

 考えた私は言う。


 「詳しく話を聞きましょう」


☆★☆★☆★


 ネプチューン社一階・エントランスホール


 五〇階まであるネプチューン社の入口部分。大理石で敷き詰められた床と、心を癒す観葉植物、最上階まで見渡せる吹き抜けの天井。ここは来客者などを取次とりつぎする受付場でもあり、従業員が出入ではいりする場所。ネプチューン社に用がある方は絶対に足を通す所である。言わば、ネプチューン社の顔的部分。

 それが今、燃える炎に包まれていた。


 「ネプチューン社社長よ。取り残された従業員は後どれくらいかのぅ?」


 私の隣に立つ彼女が言うのだった。

 隣にいる彼女は、かの有名なサイエンススター副長の百鬼有真ひゃっきゆま。肩まで伸びた灰色の髪に、服装はサイエンススターの制服。制服は白のブレザーと、黒のスカート。胸の部分にはサイエンススターの紋章が付いてあった。背景に星が描かれており、星の真ん中には宇宙船が飛んでいる紋章。

 そんな彼女、彼女達がネプチューン社の惨状を見て救助の手伝いを申し出たのだ。有難い限りである。

 私、ネプチューン社社長の黒墨書院くろすみしょいん一人では多くの犠牲者を出していただろう。だが、サイエンススターの素早く適切な対処は多くの従業員達を避難させた。

 残すはーー

 私は手に持つ従業員リストを見る。


 「資料管理室の管理人一名、清掃員達が五名、託児所の子供三名と保母が一名、警備員が二名、後は、編集室にいる従業員が一名。これで全てです」

 「逃げ遅れた者の救出が本番じゃな」


 ネプチューン社建物内には火の手が至るところに回っている。一階エントランスから見える吹き抜けの天井は、下から上へと炎が渦を巻くように燃え上がっていた。建物もギシギシと悲鳴をあげている。その悲鳴は限界のシグナルだ。


 間に合うか?


 私が不安にかられていると百鬼有真が言う。


 「わしらはここの地理に疎い。詳しい場所を指示してくれると有難いのじゃが」


 冷静だった。一歩間違えば自分の仲間達の命も危険に晒される状況。しかし、焦りなど感じられない。


 「ん? どうしたのじゃ?」


 返答が遅れた私に対して言うのだった。こういう状況こそ冷静にならなくちゃいけないのは分かる。焦りは最悪の行動を生んでしまうから。頭では分かっているのに実際難が自分に降りかかると出来ないもんだな。


 「いや、なんでもない」


 隣に百鬼有真がいるだけで、不思議と冷静にさせられている。

 貫禄だろうな、と思う。


 「ならいいのじゃがーー時間は一刻を争うぞ?」


 もう一度リストに目を向けて、従業員がいる場所を説明する。


 「資料管理室は三階、階段を上がって正面です。次にーー」

 「ちょい待て」


 言うと無線機を取り出して話す。


 「宮都みやとか? わしじゃ。次に向かってほしい場所じゃが」


 百鬼有真は説明しだす。

 寺宮都てらみやとと話しているのだろう。サイエンススター図書委員会、図書長の寺宮都。通りすがりに見た彼女は、クリーム色の髪で開いているのか開いていないのか分からない猫目をしていた。服装はサイエンススターの制服。ブレザーを腰に巻いていたな。

 思い出していると、百鬼有真が次の場所の説明を目で促した。


 「次は清掃員達だが・・・・・・。この時間帯だと十階から十五階のどこかのフロア」

 「もっと、絞れないのか?」

 「すみません。清掃をする範囲が広いもんで。常に移動している清掃員達の行動を細かく把握するのは難しいです」

 「はぁ、一番近いのは五十鈴いすずじゃがな。また、うるさく文句を言うのぅ」


 溜息をついて無線機に言う。

 変貌五十鈴へんぼういすずのことか。サイエンススター美化委員会、美化長。彼女は、黄色の髪を片方サイドで結いお団子にしていた。サイエンススター制服のワイシャツを全開にしている着こなしは、少し目を疑ってしまった。

 私は話し終わる百鬼有真のタイミングを見計らい次の場所を言う。


 「託児所は二十階フロア全体です」

 「ふむ、そうか。二十階だったら佳己かみと、雷一らいちじゃな。子供もいるみたいだし、二人で向かわせた方がいいかのぅ」

 「はい、そうですね」


 本当に状況判断が早く正確だ。そう思う私は、百鬼有真が言った彼女らを思い描く。

 白羽佳己しらはかみ。サイエンススター保健委員会、保健長。彼女は 制服の上に修道服らしき服を羽織っていて、ストレートに伸びた白髪が特徴的だった。それと、背中に大きな十字架を背負っていた。

 帯電雷一たいでんらいち。サイエンススター総務委員会、総務長。彼女は、黒い髪にクルク

ルのテンパーで、服装はサイエンススターの制服だったが、スカートが黒い短パンでサスペンダーで待ち上げていたな。

 私は続けて言う。


 「次に二人の警備員ですが、確か三十階の立ち入り禁止エリアを警備していたと思います」

 「三十階じゃな?」

 「はい」


 百鬼有真は無線機に言う。


 「洋子ようこか? お主今どこにいる?」


 大地洋子だいちようこのこと。風紀委員会、風紀長。一人だけ鎧を装着していたのでよく覚えている。制服の上に甲冑、長く伸びた赤色の髪をみつあみに結っていた。


 「おし、次で最後じゃな?」

 「編集室にいる従業員一名で最後です。場所は、四十五階の階段を上がって左側の通路奥が編集室です」

 「四十五階かーー高いのぅ」

 「はい。その為取り残されたかと思います」

 「少々危険じゃが、迷っている暇もないしのぅ」


 そう言うと無線機に話し始める。


 「和子かずこ。四十五階にいる従業員一名じゃ。この建物もそう持ちそうにないから手早く頼むぞ」


 最後の一人。空和子そらかずこ。体育委員会、体育長。彼女のこともよく覚えている。高身長で、制服とは言い難い民族衣装的な服を着ていた。紫色の長く伸びた髪を両サイド先端で結んでいるのも特徴的だった。

 これで最後だが、百鬼有真の言う通り建物が持ちそうにはなかった。

 ギリギリか。

 自然と手を強く握った私は、吹抜けの天井を見つめる。


 「まぁ、従業員達は心配せずとも無事に避難させてみせるわ」


 頼もしい言葉だった。


 「本当に私だけだったら、従業員全員の避難は難しかった」

 「運良くも悪くも、わしらが来て良かったと言えるのぅ」


 不意にそんなことを言うのだ。

 運が良くも悪くもーー

 悪くとはネプチューン社の記事の内容。非難や抗議はあると思っていた。


 「無事に事が済んだら、全てを話すのじゃ」


 もはや言い訳は出来ないな。


 「あぁ、話させてもらう」


 私は言った。

 私には、ネプチューン社には、情報機関としてのプライドはもうないのかもしれない。誰かに全てを話す機会を待っていたのかもしれない。

 延命措置とも言える往生際の悪さは、辛く早く楽になりたいと願っていた。


 「潔いのぅ」


 反対だ。


 「見苦しかっただけだ」

 「事情は知らんがな。じゃが、この火事はなんじゃ?」


 百鬼有真の顔がこちらを向く。

 火事かーー私達がしたことに対しての報いとも受け止められる。しかし、それだけは違う。


 「不審者ーー」

 「不審者じゃと?」

 「何者かがダイナマイトを仕掛けた。それが爆発したんだ。爆発する前に何人かの従業員が不審者を目撃している。そして、私も見た」


 その時は不審者ではなく、来客者か見学者、その類の者だと思っていた。だが、今考えると不審者だったと考えられる。

 スーツを着ていた女性。荷物一杯を持ってネプチューン社社内を徘徊していた。そして、ネプチューン社を出ていく時には、荷物は一つもなかった。

 多分そいつがダイナマイトを仕掛けた。ここから見える外、敷地内に立つ女性のような姿だったと。


 !?


 「あいつだ」


 サイエンススター長、会長、創造利奈の隣にいる女。


 「あいつ?」

 「会長の隣で喋っている奴だ。多分あいつがネプチューン社を爆発させた・・・・・・」

 「なんじゃと?」


 脱力していた感情が、怒りへと変わる。

 記事の内容に不服があれば、私だけを問い詰めればいいだろう! 恨んでいれば私だけを殺せばいい。やり方が汚い。


 「くぅーー」


 それでも、今の私にはあの女を恨む権利すらなかった。それだけの混乱を宇宙に降り注いでしまったのだから。

 同時に百鬼有真が私を置いて走り出した。


 「待て!」


 私の声は百鬼有真に届くことはなかった。


挿絵(By みてみん)


☆★☆★☆★


 ネプチューン社三階


 わては副会長さんの連絡を受けて三階に上がる階段を上っていた。

 わて、寺宮都てらみやとが向いう先は、


 「階段を上がって正面やったな」


 そして、管理人が一人っと。資料管理室やな。

 指示の内容を確認する。


 「おいしょ」


 三階に到着すると、火事の煙で視界不良。

 場所が分かっておっても、楽にはいきそうにあらへんな。煙で目も痛いし。


 「真正面、真正面」


 わては顔付近に漂う煙を、手で振り払いながら前に進む。

 この煙の量。振り払う仕草は意味がないのは知っているんやけど。それでも、やらずにはいられへん。


 「げっほ、げっほ」


 喉も痛いわ。冗談抜きではよう救助した方がええかもな。わて自身も、逃げ遅れたもんも時間はなさそうや。

 火事で一番注意しなくてならないこと。それは煙や。死因のトップが煙による一酸化炭素中毒とどこかの書籍で見たことがある。吸い込まないようにけながら移動、って無理やわな。


 「煙によって死ぬことだけは勘弁やわ」


 外の空気が恋しい。わてはそう思いながら資料管理室を探す。

 階段上がって真正面。そりゃぁ真正面やけど、真正面にある部屋は沢山。わてを前にT字路の廊下と廊下を隔てる扉。


 「あかんなぁ」


 扉には部屋を区別するプレートがあるも、煙で遠くまでは見通せない。取り敢えず、階段上がってすぐ真正面の扉のプレートを見る。


 資料保管室。


 なんや引っ掛けか? 紛らわしい名前をつけはる。

 右と左、均等に扉がある。一つ一つ確認しながらの探索は時間を多いに消費する。

 おまけに、この煙や。

 プレート目の前まで行っての確認作業を強いられる。


 「確率は二分の一やな」


 左か、右か。分かれ道を選ぶ時、人は利き手の方を選ぶと言われている。わての利き手は右やから、右かな? 


 「と見せかけて左や」


 人の心理状態で選ぶ法則が利き手。その場の直感における判断と言える。せやけど、考えてしまったら、それは直感ではない。考察による判断や。

 わては考えてしまった故の選択なら、逆にしようと決めている。


 「左や左」


 わてはT字路の通路を左に曲がる。

 一つ目のプレート、資料閲覧室。違う。二つ目のプレート、資料検索室。違う。三つ目のプレート。資料歴史館。違う。四つ目のプレート。資料保存室その二・・・・・・。


 「なめとんのかぁ!」


 似たり寄ったりの名前にする意味ある? あらへんやろ! 資料室に区別する意味がもはやないねん。

 ややこしいねん。一文字一文字念入りに確認しないと見落としてしまいそうや。

 わてはこの資料室の名前を付けた人にイラつきながらも探す。


 五つ目、六つ目、七つ目ーー


 「資料管理室! ここやな」


 七つ目にしてようやくお目当ての部屋を見つけ出した。わては資料管理室のドアを開ける。

 中に入ると、そこも火の海になっていた。倒れた本棚に、散乱する書籍や資料、機材類も倒れて滅茶苦茶になっていた。


 「おーい! 誰かおらんか?」


 わては叫んだ。やはりここも火事の煙で視界が悪い。黒い煙に遮られて前が殆ど見えなかった。

 崩れゆく天井に床。声も聞き取りにくい。

 わてはもう一度叫ぶ。


 「誰かおらんか? 救助に来たもんや!」


 すると、奥から小さな声が微かに聞こえる。わては耳を研ぎ澄ませる。


 「誰かいるのか?」


 聞こえた。微かにだが聞こえた。


 「そこにおるのか」

 「足が本棚に挟まって動けないんだ」

 

  生存者発見や。

 わては声のする奥まで進む。足元は瓦礫や書籍、倒れた本棚が散乱。一歩前に進むのにも細心の注意が必要やな。足の踏めそうな部分を探し、大股、小股で飛び歩く。

 奥まで進むと、三つの本棚が倒れていて、その上に天井から降った瓦礫の山も積まれていた。そこの下には人がいた。


 「大丈夫か?」


 わては声を掛ける。


 「あぁ、どうにか」


 足を本棚と瓦礫に挟まれ動けずにいる男性。見たところ他に外傷はなし。まぁ、火傷や打撲の跡が顔や手にあるけど、この惨事や。重症でないだけましやろうな。


 「ちょっと待っててや」


 本棚と瓦礫の重さ。わてぐらいの腕力じゃまず持ち上がらんやろうな。

 だから、ある程度の強度を誇る棒を探す。テコの原理と言うやつやな。大きなものを小さい力で動かす原理。


 「副会長さんやったら、片手で持ち上げること出来るんやろうな」


 わては資料管理室内を物色する。少しの時間を探すと、適当な大きさの棒を発見。それを拾い上げる。

 金属製で空き缶ぐらいの太さ、強度もある。


 「これなら問題ないやろ」


 棒を持ち、再び男が埋もれている所に帰ろうとする。その時だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


 脆くなった天井が崩れる音。音の先は、


 「あかん!」


 煙でよく見えないが、天井の瓦礫が落ちる場所は男が動けないでいる付近。

 咄嗟にクリスタルを発動させる。

 フライクリスタル。首に装着してある首輪がそれや。力は、触れたものを自由自在に動かす力。

 わては腰に巻いてあるブレザーを上に持ち上げて、そこから本を地面に落とす。五冊の本は地面に落ちることなく飛び立つ。


 「ブックフライや!」


 鉄製の表紙に、一ページ一ページにはカミソリが付いている。攻撃型ブックと言える。普通の本よりちょっと頑丈ぐらいの本。

 まぁ、鉄製の本だろうがたかが本や。瓦礫を砕く程の威力はないわな。せやけどーー

 それを落ちる瓦礫に向けて飛ばす。五冊の本は瓦礫に向かい直撃すると、瓦礫を弾き飛ばした。

 弾き飛ばす。石の塊を木っ端微塵に破壊は出来きないけど、横から力を与えて弾き飛ばすぐらいは出来る。 

 「使い方やな」


 弾き飛んだ瓦礫は奥の壁にぶつかり落下した。わては確認の為に男の安否を聞く。


 「おーい! 大丈夫かぁ?」

 「助かった、ありがとう」


 無事な声。ひとまずは安心やな。大事に至らなくて何より。

 脆くなり崩れ始める建物に急かされて、わての足取りも早くなる。ピョンピョン飛ぶように、散乱した瓦礫を撚けて男の元まで急ぐ。

 到着するとすぐに作業を始める。倒れる本棚に棒を差し込み下に押す。全体重を使って棒に力を入れる。


 「ぬぬぬぬぬぬぬ」


 ほんま、フライクリスタルの力に重量制限がなかったら簡単やったんだけどなぁ。自由在在と言って、実はわてが持ち上げられる重量に限る。こんな本棚と瓦礫の山の重量、わての腕力じゃ無理やな。

 わての体重が棒に乗り、棒は本棚と瓦礫を少し持ち上げる。本棚が少し持ち上げられたことにより、男の足を挟む力が弱まる。


 「今や!」


 わての合図で、男は埋まる足を引っこ抜いた。


 「はぁ、はぁ、ありがとう」

 「立てるか?」

 「大丈夫のようだ」


 男は地面に立ち、足の具合を確かめている。

 しっかり立てているし、骨は折れていないみたいやな。これなら、支えて運ぶ必要もない。


 「ほな、行こうか?」

 「あぁ」

 

 わては男を誘導しながら、下の階まで降りることにした。

 途中、副会長さんに連絡を入れたが返事はなかった。ないと言うことは、一先ずわての救助活動は終わりかな?

 わては崩れ落ちる天井に注意をしながらも、一階出口まで目指すのであった。


☆★☆★☆★


 ネプチューン社一三階・清掃室


 「あなた五十鈴いすずちゃんって言うの。うちの孫にそっくりだわぁ」


 そんな呑気なことを私に向かい言うのだ。私、変貌五十鈴へんぼういすず有真ゆまに命令されて向かった先は、十~一五階ととても曖昧な場所指定。一フロアをくまなく探すのにも骨が折れるのに、五階分? ふざけんなよ!

 煙やら熱気で、私の肌が荒れる一方だし。可愛い私の肌がケアを要求している。もう少し待っててね、と優しく宥めてもそっぽを向くばかり。ムカツクたっらありゃしない。そっぽを向いた肌達は、カサカサのしょぼしょぼにして、抗議してくるのだった。困った奴らだ。

 加えて、ようやく見つけたこのおばぁーちゃん五人の呑気な会話。自分の置かれた状況に危機を覚えろ。

 まぁ、そこまではこの寛大な五十鈴ちゃんだ。目を瞑ってもいい。しかし、これだけは許せねぇー!


 「私程の可愛い子と、お前ら一般人の孫がそっくりなワケねぇーだろうが!」


 田舎者のおばぁーちゃんの目は霞んでしまっている。自分の孫自慢をしたくてしょうがないのだ。

 自分の孫が宇宙で一番可愛いと思っている一種の病気。


 「うちの孫もねぇ、五十鈴ちゃんみたいに怒るのよ~。その顔がそっくりで」

 「あんたの孫の方が可愛いかったと思うがねぇ」

 「あら、そう? 私もね、そうかなぁって思っていたのよ」


 何だこいつら? 喧嘩売っているのか? そうとしか思えない。

 丸いちゃぶ台を囲み、五人のおばぁーちゃんが楽しそうに喋っている。是非とも五十鈴ちゃん特製のちゃぶ台返しを披露したい。

 しかし、そんなことはしないで私は言う。


 「私は変貌五十鈴! サイエンススターいちのキュートな女の子! その可愛い孫と言う奴を私の前に連れてこい!」


 いいだろう。その曇った目に、現実の晴天を見せてやるよ。比較することで、可愛さの基準がどれくらいなのか分からせてやる。


 「それは出来ないねぇ」


 おばぁーちゃんが言うのだ。 


 「ふ~ん、やっぱり五十鈴ちゃんと面と向かって可愛さ勝負は出来ないよねぇ~。そうだよねぇ~。隣合ったら貧相なお孫ちゃんの後悔処刑だもんねぇ」


 私がルンルンに言うと、


 「仕事が忙しくなって、一年近く顔見てないのよ」


 急にしんみりしだす。


 「あぁ、忙しいって言ってたもんねぇ」

 「・・・・・・」


 何? この雰囲気。私のせい?

 重い空気が流れ始めた頃、別のおばぁーちゃんが口を挟む。


 「しょうがないねぇ。今話題の宇宙アイドルグループ・ほしくずーず? のメンバーだからね」


 ホシクズゥーズ? 今そう言った? 宇宙で今一番熱いと言われるアイドルユニット。


 「そのセンターなのよ」


 センター? これはちょいやばい。私もホシクズゥーズは皆可愛いと思い、嫉妬をしていた。

 別に私の可愛さが負けているとは思っていないけど、私よりちょい下の可愛い奴が三人もいる。

 三人の中で一番私に近い存在が、センターの紫一重むらさきひとえ。そいつが孫なのか!

 一人なら楽勝だけど、三人はーー


 「五十鈴ちゃんはサイエンススターのアイドルか何か?」


 一人のおばぁーちゃん言う。


 「アイドルではないけど」

 「可愛いのにねぇ。アイドルになったら絶対売れるのにもったいない」


 可愛い? 売れる? 人気者?


 サイエンススターの委員長は仮の姿。しかし、その実態は宇宙人気アイドル五十鈴ちゃん。

 いいかもしれない。うん、凄くいい。


 「私、アイドルを目指す」


 この可愛さを宇宙に広めないとは、宝の持ち腐れ。今、このおばぁーちゃん達の御陰で自分の進むべき道が目覚めた。


 「五十鈴ちゃんがアイドルになったら私見に行くからねぇ」

 「えぇ、私も応援するわ」

 「まぁ、私も行こうかしらねぇ」

 「頑張ってね」

 「うちの孫に会ったらばぁーちゃんに顔見せにきぃって言っといてね」


 皆から応援の嵐。今を輝くアイドル達も、最初は皆ファンなどいない。地道な活動が今の輝きを見せている。

 このおばぁーちゃん達が五十鈴の初めてのファン。そう思うと込み上げてくるものがある。

 頑張れと声援を送ってくれるファンには涙は見せれない。

 私は込み上げる涙を堪えて、万辺の笑を作り言う。


 「みんなぁー! 五十鈴ちゃん頑張って宇宙一のアイドル目指すから。皆も応援よろしくねぇ」


 おばぁーちゃん達に手を振ると、手を振り返してくれる。

 頑張る。今は五人しかいないけど、いつかはサイエンススターを埋め尽す程の人気まで上り詰めてやる。

 夢と、やる気と、不安、全てを背負って五十鈴は駆け出すのだ。


 続く。


 「続かないし! ちょっと、おばぁーちゃん方! その前に、ここは火事になっているから早く逃げないと。皆死んじゃうでしょう」


 おばぁーちゃん方のあまりの呑気さに火事になっていることを忘れかけていた。アイドルを目指す以前の問題だ。黒焦げの焼死体アイドル。うけるワケがない。

 私は清掃室の扉を開けて、さぁ早く、っという仕草をするが、動こうとはしない。


 「ちょっと、本当に命の危険が。これ以上五十鈴を困らせないで!」

 「逃げたいんだけどねぇ」


 一人のおばぁーちゃんが言う。


 「私は足腰が悪くて走れないのよぉ。この火事ねぇ、私に構っていたら皆逃げ遅れるでしょ? だから、私をおいて逃げてってーー」

 「皆若い頃から一緒だったんだ。死ぬ時も一緒だよ」

 「そうだねぇ、一人おいて逃げるなんて出来ないよ」

 「そうそう」

 「五十鈴ちゃんは私らに構わず逃げなさい。あなたには、まだ光輝く将来があるんだから。私らはもう死ぬだけだからねぇ。別に構いはしないよ」

 「・・・・・・」


 この人達は自分の最後を受け止めていたんだ。だから、ずっと笑って話していたんだ。昔を思い出すように、最後に会いたかった孫を思い出すように。全然呑気じゃなかった。

 五十鈴反省。

 でもね、それは違う。死期を悟り、良い人生だったと振り返ってはいけない。まだ、おばぁーちゃん達には良い人生だったと振り返るには早すぎる。

 それに、


 「逃げろって、私は逃げる為じゃなくて、救助しにここに来ているワケ」


 熱が冷めた私は冷静に言った。

 私は腰を落としてして、手を後ろに組む。


 「そんな元気あるなら、もうちょっと頑張ってよ!」


 救助しにここに来ているのに、おいて逃げれる訳ないでしょうに。


 「すまないねぇ」


 足腰が弱いおばぁーちゃんが私の背中に乗る。そして、私は立ち上がると、


 「うぉぉぉぉぉぉぉ」


 足にくる。重い、重いし。その小さくなったシワシワな体に、どんだけ中身が詰まっているんだ?


 「あら、ごめんねぇ。最近太っちゃって」

 

 ばばぁぁぁぁぁぁぁ。

 

 私は重いおばぁーちゃんを背負い、下の階まで皆を誘導する。か弱い細腕の可愛い私には肉体労働は向いてなく、明日は筋肉痛で苦しむだろうと涙が出る。

 しかし、応援してくれたおばぁーちゃん方。仕方ないな。ファンの為だもん。

 いつか光輝くアイドルになる為に、五十鈴ちゃんは今日も頑張るのでした。


☆★☆★☆★


 ネプチューン社二十階・託児所


 ここ託児所は、私、白羽佳己しらはかみ帯電雷一たいでんらいちが承りました。

 託児所には、保母さんが一人と、保母さんに抱かれた赤子が一人、雷一と追いかけっこしている元気な子供が一人、私の隣で泣いている子供が一人。

 子供を引き連れての避難は難を強いられる。燃える炎と、火事による煙、瓦礫の床に、崩れ落ちる天井。安全な避難経路が確立されていない状況、危険な道のりは避けれないかもしれない。


 さぁ、どうしましょう。


 私が考えていると、雷一の嘆きが聞こえてくる。


 「うぅぅぅぅぅぅ、か~み~、この子言うことを聞いてくれない」


 うぅぅぅぅぅぅ、と口癖のように唸る雷一もさほど変わりません。子供がそのまま大きくなったみたいなもんです。

 雷一は子供を取り押さえようとしているが、子供は勘違いしているのか逃げ回り楽しんでいる。

 子供とはこんなものです。

 私は息を吸い、大きく叫ぶ。


 『黙らっしゃい!』


 すると、私の声に反応した。走り回る子供の動きがピタリと止まり、雷一もビクビクと怯え出す。

 雷一・・・・・・。何であなたまで怖気つくのですか? 


 「うぅぅぅぅぅぅ」

 「はいそこ! 唸らない」

 「うーは何もしていない」

 「自分をうーと言わない。子供ですか?」

 「うぅぅぅぅぅぅぅ」

 「後で御仕置きです」

 「うーは何もしていないよ。酷いよ!」


 雷一が反抗してくるが、無視をします。取り敢えずですが、皆落ち着いたみたいーー

 いえ、まだでした。

 私の隣で泣いている子供。私は子供の目線まで腰を落とす。そして、泣く子供の顔をじっと見る。


 ビタン ビタン ビタン


 往復ビンタをしました。


 「うわぁぁぁぁぁん」


 更に泣き出すが、私は子供に対して告げる。


 「いいですか? 泣いたって状況は変わりません。私はあなたをおぶって下まで連れていけませんよ?」

 「わぁぁぁぁぁん! ママー!」

 「ママも来ません。勿論、神に祈っても奇跡は起こりません」


 そう、神ほど気紛れな者はいない。子供だろうが平等に苦難を与え、決して光の元へは導いてはくれない。信じる信じないかは本人の自由です。それを心の拠り所にする場合もある。

 しかし、困難が立ちはだかった時、結局切り開くのは自分自身の何者でもない。子供も例外ではないのです。


 「うわぁぁぁぁぁぁん」

 「自分の足があるのなら自分で歩きなさい」

 「ママー」

 「うるさいです」


 私はもう一度ビンタをする。


 「しっかりしなさい。ママに会いに行きたいのなら、自分で会いに行きなさい」

 「ヒック、ヒック。でも・・・・・・」


 子供の喚きが少し収まる。


 「泣き疲れましたか? それもいいでしょう。さて次はどうしますか?」

 「わからない」

 「他人に委ねないで自分で考えなさい。この状況を自分で切り開いてみせなさい」

 「ママの・・・とこ・・ろに行く?」

 「はい、よくできました。次泣いたらぶっ飛ばしますので気をしっかり持ってなさい」


 私の言葉に怯えて逃げていく子供。子供は保母さんの後ろに隠れてしまった。だが、隠れる子供はもう泣いていなかった。

 本当によくできました。小さな一歩ですが、人生にとっての大きな一歩となるでしょう。

 ここからが私達の仕事ですね。


 「雷一! 導きましょう」

 「佳己は誰も導かないっていつも言っているよ?」


 そうです。私は誰も導きません。サイエンススターで孤児院をやっていますが、私は殆ど手を下したことがありません。全てを子供達の意思に任せます。

 ですが、


 「歩く道を邪魔するものには導きましょう。地獄へと」

 「うぅぅぅぅぅぅぅ。佳己恐い」


 この子達が歩いて行けるように、私達が障害物を排除します。

 子供の体力、精神状態、遠回りは出来ません。一番近く安全なルートを私達で作っていかなければ。

 私は雷一に指示する。


 「雷一! そこの壁を壊してください」


 入口ではなく、託児所の壁を指差す。ここに来るまで瓦礫やガラスの破片、不安定な床を通り抜けてきた。けど、子供にとってその道は危険だ。

 別のルートを開拓する必要があるので、雷一に壁の破壊を命令した。


 「了解!」


 雷一は腰からクリスタルを取り出す。クリスタルはサンダークリスタルで、形はスタンガンに似ている。力は雷を出せる力。

 雷一は壁に向かいスタンガンを向けると、


 「ビリビリビリビリビリビリ」


 と、言って力を発動させた。スタンガンの先からバチバチ、と電気が生まれる。電気はスタンガン先端に不安定に収束して、バチッ、という炸裂音共に暴れ出す。龍が如く伸びる電気は不規則に屈折して壁に向かう。


 暴れ龍。


 龍の尻尾を握っているように見える雷一は遊ばれているようにも見える。その龍の頭部が壁に衝突して、ドーン、と音と共に穴が開いた。


 「さぁ、ついてきて下さい」


 私が前を先導して歩き、雷一が後ろから見守る。間に挟まれ、赤子を抱く保母さん、二人の子供が手を繋いで歩く。一刻も早くここから脱出したいけど、子供二人の歩くスピードを考えるとこれ以上は急げない。

 子供を抱き抱えて下まで行くという選択肢もありましたが、それでは赤子を抱く保母さんを守れません。子供相手に一人で歩けと強要するのは酷な話しです。それでも、選択肢がそれしかないのなら子供だろうが覚悟を決めてもらうしかありません。


 「もう少しだから頑張って」


 私は心から応援するのでした。

 それからは順調に進み、階段を下って五階まで到着した。ゆっくりでありますが、確実にゴールまで近づいていると言える。後、五階。後、少し。


 「もう少しです。頑張って下さい」


 子供の足取りも更に遅くなる。目の前の惨状や火事の恐怖、煙での視界の悪さ、不安が募っているのですね。


 「泣かないとは偉いものです」


 私の言葉をしっかり受け止めている様子。駄々をこねることもしないで、ひたすら私についてくる。


 「か~み~。うーは煙で喉が痛いよ!」


 ら、らいち!


 頑張っている子供の前で、よくそんなことを言える。殺意が芽生えます。


 「雷一! 次駄々をこねたら制裁します」

 「・・・・・・」


 そう言うと後ろから声が聞こえなくなる。

 どうしてこうも雷一はダメな子なのでしょう。

私が落胆で肩を落としていると、上から嫌な軋みおんが聞こえた。ミシミシ、っと言う音。


 「ん?」


 上を見上げると、脆くなった階段が今にも崩れそうであった。


 「佳己!」


 言われなくても分かっています。

 私は背負っている十字架を降ろす。名前を正義の十字架です。十字架はクリスタルによって出来たもので、ガイドクリスタル。


 「導きます」


 私は十字架を頭上から後方に向けて飛ばす。投げられた十字架は後ろにいる保母さんと子供の頭を通り過ぎて、雷一も通過する。十字架が通り過ぎた跡に、光る線を残して。

 瞬間に、階段が私達に向けて崩れ落ちてきたのだ。


 「キャァァァァァァ」


 身を挺して子供達を庇う保母さん。保母さんの鏡です。

 保母さん達に向けて階段の瓦礫が降ってくる。しかし、その瓦礫は私が残した導きによって方向を変えた。

 ガイドクリスタル。十字架で印した線の導きに強制的に従わせる力。十字架が残した光る線に乗って、階段の瓦礫が私達の後ろに移動する。その光景を見た保母さんは目を丸くして言う。


 「あ、あれ?」


 子供達も自分の頭上を走る瓦礫に目を奪われていた。瓦礫は私達に落ちることはなく、後方の導きが途切れた辺りに落っこちた。


 「雷一、正義の十字架を取ってきて」


 壁に突き刺さる十字架を指差す。


 「う、うん」


 雷一が取りに行くのを見ながら、私は皆に言う。


 「あなた達の道は守ってみせます」

  

☆★☆★☆★ 

 

 ネプチューン社三十階・廊下


 わたくしは、前にいる警備員二人に対して敬礼をする。


 「わたくしはサイエンススター風紀委員会、風紀長の大地洋子だいちようこであります。わたくしが来たからには、もう心配することはないであります」

 「た、たすかったのか?」

 「救援がきてくれた!」


 今まで死んだ魚のような目をしていた二人は、わたくしの登場で顔に生気せいきを取り戻す。

 わたくしに期待しているでありますね? 期待されると更にやる気が出るであります。


 「しかし、脆くなった建物だ。下手に動けば瓦礫の下敷きになるぞ」

 「それでオレらは動けなかったんだ」


 ふふーん。落ちてくる瓦礫でありますね? 心配無用であります。

 わたくし、大地洋子はサイエンススター一の鉄壁の守護者であります。ここに来たのがわたくしで感謝するでありますよ。

 わたくしは首にぶら下げてあるペンダントに力を込める。ペンダントはクリスタルで、名前をプロテクションクリスタルであります。わたくしが装着している鎧もプロテクションクリスタルで作った物。クリスタルの力は防御する力であります。

 わたくしは片腕を上げて、


 「無敵シールド上方に出現であります」


 三人入るぐらいの円形の盾を宙に出現させた。


 「これで、落ちてくる瓦礫を防げるであります!」

 「おぉぉぉぉぉぉぉ」

 「凄い!」


 称賛する二人。

 どうでありますか! 


 「後ろに来るであります」


 わたくしは二人を誘導する為に前に出る。そして、わたくしの後ろに警備員の二人。三人の頭上には無敵の盾。

 完璧であります。


 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」


 わたくしがそこに止まっていると、後ろの警備員が話しかけてくる。


 「どうした? 行かないのか?」


 行きたいのはやまやまでありますが、


 「ちょっと道が分からないでありますね。出来れば、道を教えてほしいであります」

 「・・・・・・大丈夫か?」

 「・・・・・・来た道を戻ればいいのでは?」

 「三十階までは、階段を上ったり、階段を下がったり、廊下を走ったり、換気口を潜ったりで、来た道を覚えていないであります。瓦礫によって道が塞がれていて、ここに来るまで大変だったであります」


 来た道は複雑だったから、忘れたでありますね。


 「・・・・・・あぁ、そういうことね。来た道はオレ達と一緒だと危険と判断したのね。危険な道のりを通ってここまで来てくれたんだ」

 「よかったよかった。ちょっと心配しちゃったけど納得したわ」

 「それで、避難するルートは地理をよく知っているオレ達の方がいいと思ったワケだ。流石考えているなぁ、サイエンススターの人は」


 説明口調の会話は、自分を納得させようとしているものにも思えた。

 どうしたでありますかねぇ? 火事の恐怖を捨て去ろうと必死でありますか?

 わたくしが来たからには心配する必要もないのに、とわたくしは思う。


 「よし、行こう行こう。オレ達が逃げれるルートを探すから、あんたは上からの瓦礫を防いでくれ」

 「分かったであります」


 前を警備員の一人が歩き、真ん中をわたくし、後ろをもう一人の警備員でついて行く。頭上を守る盾の役目もきっちり働いている。コツーン、コツーン、ゴツーン、ゴン、ドン、と幾つもの瓦礫を防いでいる。

 わたくし様様さまさまであります。

 塞がれた道を回避しつつ、ようやく下に下りる為の避難階段を発見したであります。

 前を歩く警備員が立ち止まり後ろを見る。


 「これで、下に行けるぞ! 階段も脆くなっているから慎重にな」

 「おう」

 「了解であります」


 警備員に続き、非常階段があるドアを通り過ぎようとした。瞬間に、ゴン、と音が鳴る。


 あれ? 盾が中に入らないであります。


 非常階段に続く扉は狭く、頭上を守ってくれている大きな盾がつっかえて中に入れなかった。

 今度は押し込むように強く力を入れるが、やはり入らない。


 「ここにきて緊急事態であります。盾がつっかえて中に進めないであります」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」


 警備員の二人は黙り込む。

 苦渋の表情は、せっかく見えた希望が消えようとする顔であります。こんな時こそ、わたくしがしっかりしないとでありますね。

 わたくしは、二人を励まそうと声を掛ける。


 「諦めちゃダメであります。頑張るでありますよ」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 「ここがダメでも、他の道はきっとあります」


 わたくしは沈んだ二人の背中を気勢によって押す。重く動かなくなった二人の足を動かそうと、わたくしがまず移動しようとする。


 「待て待て待て!」


 足を上げたところで止められる。


 「どうしたでありますか?」

 「その盾を消して、入ればいいだろ?」

 「!?」


 盲点だったであります。

 確かに一回頭上を守る盾を消して、そして、中に入った所でもう一度盾を出現させればいけるであります。


 「そこに気付くとは、あなた達は何者でありますか?」

 「・・・・・・はぁ」

 「・・・・・・はぁ」

 

 それからわたくしと二人の警備員は、障害を乗り越えて下に続く階段まで辿り着くことに成功したであります。三〇階下まで下りるのには途方もない道のりでありますが、わたくしの力があれば、無事下の階まで着けるであります。

 わたくしと二人の警備員は階段を下りるのでありました。


☆★☆★☆★

  

 ネプチューン社四五階・編集室


 編集室に辿り着いたオラ、空和子そらかずこは、従業員の女子おなごを発見した。

 こごに来るまでは廊下やら階段が多ぐ崩れていだ。それを、無理矢理飛び越えでどうにか編集室に辿り着いたんだべ。しかし、来る道もねがったら、帰る道もねぇーな。遠回りしで行ぐ方法もあるが、こごは四五階だべ? 時間がねぇべさ。


 「どうします?」


 女子おなごがオラに聞く。


 「どうすっぺなぁ」


 考えるオラには、実は一つの方法がある。

 それを使っでもいいが、使っだら建物の耐久を著しく低下させるべぇ。


 「う~ん」


 腕を組んで考える。

 オラはあれごれ考えるのが苦手だぁ。それ以上いい案が思い付ぐとは思わないべ。

 オラは決心する。


 「先に皆は避難完了しているべ? やるしがねぇが!」

 「はい!? 何をするのです?」


 女子おなごは興味津々の目でオラに注目する。


 「救助はおめぇで最後だな」


 そう、信じて実行する。


 「ちょっとオラの首にしがみづいてくれねぇがな?」

 「しがみつく?」

 「早ぐ!!」

 「あ、はい」


 オラは背が高いので、女子おなごがしがみつける位置まで腰を下ろす。女子おなごはオラがしゃがむと、両腕を首に回した。


 「しっかりど捕まっでおげよ?」

 「分かりました」

 女子おなごの捕まる腕に力が入るのを確認して、オラは立ち上がる。


 「あ、あのぉー」


 不安そうな声が後ろからした。


 「喋ると危険だべ。口は閉じておげよ?」

 「え? え?」


 次にオラは拳を構えて、真下の床に向け標準を定める。精神統一をし、何回も拳を引いたり下げたりの動作を繰り返す。


 「ふぅー」


 肺に入る空気を全て吐き出し、吸うと同時に拳を引く。


 「瓦割かわらわり」


 瞬間に床目掛けて拳を振り落とし、床に直撃させた。床はオラの拳によって粉砕され、バラバラと下の部屋に崩れ落ちた。オラが立っている床も崩れ、そして落ちる。


 「キャァァァァァァ」


 後ろで悲鳴を上げる女子おなご。それに伴い女子の掴む力が強くなる。

 オラは再び空中で構える。クリスタルに力を込めで。


 「せいっ」


 クリスタルの力を発動。クリスタルはゴークリスタルだぁ。オラの攻撃をどこまでも届がせる力。

 点から点の攻撃で、間に遮蔽物しゃへいぶつがあろうと通過して目標とした点に当てる。

 オラは下の床目掛けて拳を振るう。そして、粉砕。

 四十四階の床も崩れて、四十三階に落ちる。


 「キャァァァァァァ」

 「せいっ」


 落下中にまたクリスタルの力を使い、床を粉砕していく。


 「キャァァァァァァ」

 「せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ、せいっ!」


 女子おなごの絶叫と、オラの掛け声と、床が崩れる轟音。

 オラだは四十五階から一気に一階まで降り立った。降りてきた上を見ると、大きな穴が何重にも空いて四十五階の天井が小さく見える。


 「あぁーうぅー・・・・・・」

 「おめぇ大丈夫かぁ?」


 後ろを見ると女子おなごが項垂れて伸びていた。


 あはは・・・・・・。


 「一階に着いたづーごとで、ええがぁ?」


 この女子おなごも伸びてはいるが、ケガもなぐ無事だしなぁ。

 オラの首を掴む女子おなごの手が緩んだので、両腕を後ろに回し支える。


 「いぐが!」


 ここ一室を出る為にドアまで歩き、ドアノブに手を掛ける。ガチャガチャ、とドアノブを回すとどうやら壊れていてドアが開かない。仕方なく、足でドアを蹴飛ばして吹っ飛ばす。

 女子おなごを背負い一室を出ると、そこは初めに通ったエントランスホールだった。そして、馴染みの顔ぶれが揃っていた。宮都みやとさん、五十鈴いすずさん、佳己かみさん、雷一らいちさん、洋子ようこさん、ネプチューン社の社長さん。

 オラの予想が当たっていでよがった。皆いるっでごとは救助が終わったんべな。オラ達で最後だ。

 安心したオラに、汗だくの五十鈴いすずさんが叫ぶ。


 「ちょっと和子かずこ! さっきの騒音と揺れ、あんたの仕業ね!!」


 五十鈴さんは床をぶち壊してきたことを言ってるべな。


 「これしか思い付がなかったべ。時間もなかっだし」

 「時間がないって、脆くなった建物に追討ちを掛けてどうすんのよ?」


 すると、佳己かみさんも、


 「これには不服ながら五十鈴に同意です。連絡の一つあってもいいのではないでしょうか?」


 オラの行動を咎めてきた。


 「不服ってどういうこと! 佳己!」

 「あなたと同じ意見が不服と言っているのです。いつも自分が一番のあなたと同意見なんて屈辱です」

 「そこまで言う? 確かに私が超可愛くて嫉妬する気持ちは分かるけどさ~」

 「心の醜さは顔にもでます。五十鈴の顔は醜いブタのようです」

 「ブタ? 私がブタ? か~み~!」


 話しが脱線しているべ。顔を合わすど喧嘩ばっかりの二人だべな。

 まぁ、分かっではいだが、やっぱり床を壊していぐのはまずがったなぁ。連絡をいれで確認を取ってがらでもよがったがもな。


 「・・・・・・」


 いいがぁ。結果オーライで。考えるのが面倒くさいべ。

 オラが自分に納得するのを見て五十鈴さんが言う。


 「和子かずこ! 何自分で解決しているの? このバカ!」

 「不服ですが本当です。もし、まだ救助している者がいたらどうするつもりだったのですか?」

 「不服不服うるせーよ!」

 「黙れ豚」

 「カチーン」


 二人は置いどいで、まだ救助中の者がいだら大変だったべな。そう、思うど軽率な行動だっだべ。

 でも、


 「おめぇらを信じてたべ」


 オラより早く救助していると信じてた。だから、いいべぇ。


 『和子かずこ!!』


 二人が声を揃えて叫ぶ。二人がオラに向けて怒ると、二人の間から「まぁまぁ」、と宮都みやとさん割って入ってくる。


 「無事救出完了やな! 細かいことはええんやないか?」 

 「そうであります。和子殿は一番上の階にいたであります。お手柄であります」


 宮都みやとさんに便乗して、洋子ようこさんもオラを庇ってくれる。

 流石オラの相棒の和子さんだべ。和子さんの言葉はオラに元気をくれる。


 「んだ、んだ。上からこごまで来るのには、床をぶち壊しで来るしがなかったべ」

 「なーに開き直ってんのよ。これだから矛盾むじゅんは」


 溜息を付き五十鈴さんが頭を抱える。

 五十鈴さんが言っでだ矛盾むじゅんどは、オラと洋子さんの二人を指す。どんなものでも突ぎ通せないものはない穿通の拳を持づのがオラなら、どんなものでも打ち破れるものはない鉄壁の盾を持づ洋子さん。そうして、二人は矛盾ど言われ、コンビを組んでいるんだ。

 そんなオラだに関心しで、五十鈴さんは頭が上がらないんだべな。

 サイエンススターの面々が会話をしていると、ネプチューン社の社長さんと雷一さんが慌てた表情で言う。


 「安心するのはまだ早いのではないか?」

 「うぅぅぅぅぅぅ、建物が崩れるよぉ」


 見ると、大きな瓦礫がオラだに降ってくる。建物が悲鳴を上げていた。


 「ほら、誰かのせいで崩れるじゃない!」

 「五十鈴はほっといて逃げましょう」

 「まだ言う?」

 「ほな、皆建物の外に避難や」

 「どうせ崩れる運命だったであります。和子殿の責任ではないであります」

 「気にしないがら大丈夫だぁ」

 「少しは気にしろよ」

 「うぅぅぅぅぅぅぅ」


 オラだは建物の外に避難する為にエントランスホール出入口に向かった。オラは走りながら、一つ忘れていた存在を思い出す。

 そう言えば、副会長さんは?


☆★☆★☆★

 

 ネプチューン社外


 わしは会長と話す隣の人物に向けて走り出していた。ネプチューン社出入口を抜けて、敷地内の歩行ルートを外れ、芝生地帯に足を踏み入れる。


 少々気が早かったかのぅ。


 走りながら思うも、わしは足を止めない。

 サイエンススター委員会連合は、星の秩序を守ると同時にもう一つの使命があるのじゃ。

 それは、サイエンススターの長である会長を守ること。会長に近付く不審な奴を排除する。怪しいと思う輩を徹底的に排除する。

 ネプチューン社社長の黒墨書院くろすみしょいんが言っておった怪しい奴。そして、そいつが会長と接触している。疑って掛かるのが基本じゃな。

 だから、わしは会長と怪しい奴に近付いて叫ぶ。


 「会長から離れろ!」

 「有真ゆまさん!?」


 わしの声で振り向く会長。それを通り過ぎて、わしは怪しい奴に対して攻撃を開始した。

 先手必勝じゃ。


 「!」


 わしが拳を引くのを見て白い歯を見せる怪しい奴。それに構わず、奴の胸部に拳をぶん当てる。


 カスッ


 「!?」


 当たったと思った拳。

 感触が軽い!!


 「チッ」


 接触しただけにすぎない拳は、奴を後ろに数歩下げさせただけ。

 奴はわしの拳が当たる瞬間に後ろに飛んで衝撃を受け流したのだった。


 「いきなりビツクリしましたよ。急に殴ってくるもんだから後ろに躓いたじゃないですか?」


 後ろに引いたあやつは、拳を受けた部分を手で払い言った。


 「躓いたじゃと? 自分から後ろに飛んどいてよく言うわ」

 「怖い形相で突っ込んでくるんですもん。誰だって後ずさりしますよ。ねぇ、サイエンススター副会長の百鬼有真ひゃっきゆまさん?」


 白々しく言うのぅ。わしの拳が当たる瞬間にタイミングよく躓く訳なかろうに。

 わしは会長に言う。


 「会長! こやつは何者じゃーー」

 「ユニヴァース社、社長の本告明もとつぐめいと申します。んーと、でもこの場合は記者ではなく、只の依頼者と思って頂いて構いません」


 応えるのは怪しい奴、本告明じゃ。誰も貴様には聞いていないわな。わしや会長を目の前にしてのこの余裕、何か企んでいそうな目付き、裏側に潜む邪悪なるオーラを隠そうと表の顔で必死に取り繕っているが、漏れ出し見える黒い空気。

 わしの目に狂いはないな。

 わしは再び明に攻撃しようと構える。


 「待って下さいよ。私はあなたが思っているような敵ではありません。味方です」


 ぬかしおる。


 「悪人が言う決まり文句じゃな」

 「私を悪人と決めつけやがった!」

 「ネプチューン社を爆破したのは貴様じゃな? 目撃者もいる」

 「それは、私が味方と証明する為に行なった行為です」


 よくも自分で言えるのぅ。味方の証明かは知らんが、ネプチューン社1つを丸々破壊した奴じゃ。


 「度を越しておる。そんな奴は危なっかしくて隣に置いとくことは出来んのぅ」

 「話しだけでも聞いてくださいよ。聞けば何故ネプチューン社を爆破したのか分かりますから」

 「聞くワケないじゃろう」


 ここまで大事おおごとにしたんじゃ。こやつの会話はわしらの心を揺さぶるに決まっておる。

 わしが明に攻撃を仕掛けようとすると、会長が手をポン、と叩き場を注目させた。


 「そこまでです有真さん」

 「しかし、会長ーー」

 「有真さんが私を心配しているのは分かっています。でも、ね?」


 くぅ!


 「会長はいつも甘いのじゃ」


 心配はしているが、身の心配じゃない。心の心配の方じゃ。

 何故なら、わしの知っている会長は誰にでも優しいのだ。優しくて、誰よりも宇宙の平和を願い、そして、自己犠牲を平気で行う。宇宙で最強とうたわれる会長じゃが、実は結構隙だらけな部分があるのじゃ。優しいから隙を突かれる。

 思い知らされたと言うべきじゃな。

 会長も懲りないのぅ。前に、破邪はじゃの奴のせいで大変な目にあったと言うのに。親友だが何だか知らんが破邪に踊ろされて傷ついたのは会長じゃ。それも全ては会長の優しさゆえに・・・・・・。

 それは数年前に会長と破邪心の再開によって生まれた衝突の話じゃ。会長がサイエンススターの長に就いた少し後に二人は戦った。破壊と創造が繰り出す世界はとても悲しい世界であり、二人は傷ついて、すれ違った。それから数年が経ち、結末としてはとても曖昧に終わったのだ。曖昧に終わったからこそわしは会長が心配なのじゃ。天心の創造主そうぞうしゅと呼ばれ最強と位置付けられている会長も人となんら変わらない。

 今も悲しみを引きずっておるのじゃ。

 思うわしは明から少し距離を置くも、手の届く距離を保つ。

 事情を知るから悲しむ。だから、知らなければ悲しむ必要はない。会長が隙を見せたなら、明の心臓を抉りとろうと、そう考える。

 わしは会長に自分の殺気を悟られないように、息を呑み平然をよそおる。


 「有真さん」


 わしの名前を呼ばれたと思ったら、わしの背後から会長の手が伸びる。


 「な、な、な、な、何をするのじゃ?」


 後ろから会長が抱き込んできたのだ。


 「な、なななななななな!」


 突然の会長の行動はわしの頭を真っ白にする。

 あぁ、いい香りじゃ。何よりも柔らかいクッションが気持ちいいのぅ。


 「・・・・・・」

 「落ち着きましたか?」


 あっ!

 浸っている場合かぁ。こんなところ委員長共に見られたら、後でからかってくるに違いない。

ではなくてじゃ!

 わしは会長の手を振り払い言う。


 「あやつの言葉を聞いてはダメじゃ!」

 「知ることも必要なのですよ。それが、どんなに苦しい現実でも」

 「そんなの分かっておる。しかしじゃなーー」

 「私は大丈夫です。皆さんがついていますので」


 他の奴らは会長に迷惑を掛けてばっかりじゃがな・・・・・・。

 しかし、わしの行動全てが会長によってお見通しと言うワケじゃな。 


 「分かった」


 そう言うしかなかった。

 わしの返事を聞いた会長は一度目蓋を閉じて一拍の間をあける。目蓋を開けると会長の目付きが変わったのが分かった。明の言葉、存在を十分に警戒している。


 「では、続きを聞きましょうか?」

 「はいはい。それがいいでしょうね」


 口角が僅かに上がる明の顔を見るだけで、殴り倒したくてしょうがなくなる。

 ・・・・・・今は我慢じゃ。

 わしは下唇を噛んで耐える。

 「えーと、どこまで話したのでしたっけ? 副会長の有真ゆまさんが突然襲いかかってくるから忘れちゃいましたよ」


 いたずらに笑をわしに向ける。手を出せないのをいいことに挑発をしてくる。わしはささやかな抵抗ではあるが、睨み返す。


 「そう睨まないで下さいよ。あっ、思い出しました。コスモ社を止めてとお願いしたところでしたっけ」


 ろくでもない話しじゃったな。話の冒頭部分は知らんがのぅ、この情報操作をした黒幕がコスモ社と言っているのじゃな。だから、手下であるネプチューン社を潰したと。

 味方の証明の為にやった行為は、あやつ自身を危険人物と証明させただけ。

 ズレているのぅ。

 こんな奴の話を聞く意味はあるのか? 

 わしが考えていると、見透かすように明は言う。


 「そう疑わないで聞いて下さいよ有真さん?」

 「・・・・・・」


 会長の言いつけを守り黙って聞いておるではないか? こやつは本当に人を煽るのが上手いのぅ。


 「まずですね、コスモ社はこれを機に畳み掛けようとしているのです」


 これを機に? 情報操作の故に対象とされた星は、スティールスターとリンクスターじゃな。


 「今まさにリンクスターは他星たせいから疑いの対象となっているのでは?」

 「でもそれは疑いです。事実ではない」


 会長が反論する。

 コスモ社の狙いはリンクスターか・・・・・・。どっちの星にしても問題事が絶えない星ではあるがのぅ。


 「では、こうしましょう。もう一つ大スクープがあるとすれば? 疑心が確心にステップアップします。疑う余地もなくリンクスターを恐怖の対象として認識するでしょう」

 「リンクスターに限ってそんなことはーー」

 「今の状態では弁明の余地なく宇宙全土の標的にされるでしょう。コスモ社によってリンクスターのある記事が公開されればね」


 明の一息に動静を見守る。


 「つい最近まで宇宙中で噂になっていたのをお忘れで? でも、今はその噂を聞きますか? 察しの良い会長さんと副会長さんならもうお解りじゃないでしょうか?」


 「!?」


 「今現在リンクスターにその人物がいます。コスモ社は躍起になってその人物の証拠を押さえようと行動しています」

 「星砕きの留衣るい・・・・・・」


 とんでもない情報を言いよってーー

 あの物好きなリンクスター長なら有り得るから、根っからの嘘とは言い難い。あやつも引き取ったぐらいだしのぅ。


 「コスモ社を止めないと取り返しのつかないことになりますよ」


 それは止めなくてはいかんのぅ。

 しかし、止める相手を間違っているんじゃないか?


 「取り返しがつかない、それには同意します。しかし、コスモ社を止める理由にはなりませんよね? コスモ社は事実を報道しようとしているだけ。本来ならリンクスターを何とかしろと言うのが一般的な意見だと思うのですが」


 会長もわしと同じ意見だった。


 「イリュージョンスターでの出来事は新作追々(しんさくおいおい)による仕業でした。でも普通に考えたらリンクスターに戦争を仕掛けるほどイリュージョンスターは世間知らずではありません。しかし、戦争を仕掛けた。これは、勝算があったからではないでしょうか?」

 「今、イリュージョンスターでの争いは関係がありません」

 「大有りなんですよ。星砕きを利用してリンクスターを落とそうと考えた。結果失敗に終わりましたがリンクスターはしっかり巻き込まれたんですよ。全ては繋がっています」

 「リンクスターは巻き込まれたと・・・・・・」

 「追々先輩の独断かコスモ社の指示かは分かりませんが、コスモ社の社長、言霊妖ことだまあやかしも、追々先輩と同類なんですよ。いえ、それ以上ですね」

 「あなたはあたかも自分の目で見たようにお話しするのね」

 「記者ですから」


 記者と言う立場で全てを片付けようとする明。


 「追々先輩のぅ」


 わしは明のわざとか、口を滑らしたかの言葉を静かに呟く。


 「あっ、違います。ついつい、じゃなくて、さんとか君とかの延長線で間違って言ってしまいました」


 追々と言う名前を口にする時に、やけに感情を込めていた。親しみを込めてとかではなく、憎しみある感情が表に出ていたのだった。それにじゃ、証拠と言うよりは相手の心理を読んでの考察。非の打ち所がない考察じゃった。よく知っているからこそ考えられるのじゃな。

 顔見知りであることは間違いない。


 もう一つ。


 記者であるなら、コスモ社の大スクープを潰して自分のスクープにする。そうも考えられるのぅ。


 「コスモ社からスクープを横取りする為にわしらを利用しようとしている。わしらがコスモ社を止めている間に出し抜こうとしているのかのぅ」


 そう考える方が納得するところが怖いものじゃ。

 明の真意を白状させる為ではなく、あくまでも計る為に言った。

 はいそうです、と白状するバカはいない。

 しかし、


 「ごめいとーう」


 意表を突いたとも言える明の白状はわしも、そして会長をも固まらせた。


 「は?」


 こいつは何を言っているのじゃ? 

 相手の行動心理が自分の斜め上にいく。思いもよらない自己申告は鳥肌を立たせる。


 「私の話を信じてもらうには、私自身が疑われるのが一番手っ取り早いですからねぇ」

 「ーー」


 そうじゃが・・・・・・。


 「あれこれ証拠や考察を並べるよりも、こっちの方がずっと信憑はありますよね? それに、話を全て聞いたあなた達はコスモ社の危険性も理解した。理解させられた? どっちでもいいですけど。そう、私が疑われることで全ての話は完結しました」


 明の狂いっぷりにはたじろいでしまった。わしの考えが及ばない。今まで散々な悪を見てきたが、ここまでトチ狂った奴は初めてだった。

 明は、でも、と付け加える。


 「依頼人として来たのは本当なんですよ? コスモ社! しっかりと止めて下さいね。コスモ社を止めたい気持ちはあなた達以上にありますから」


 わしはもう一度思う。

 こいつは何を言っている?


 『有真ゆまさん!』

 「!!」


 会長の叫びは、止まっていたわしを動かした。加えて、明も動き出す。


 「勝負といきましょうか? あっ、殴り合いの勝負ではないですよ? コスモ社か私かあなた達の誰が勝つのかって勝負」

 「貴様・・・・・・」


 そこでわしは思考を止めた。

 相手の調子に乗せられてはいけない。


 「・・・・・・」

 「ふーん。ここで気持ちを切り替えますか? 虚を突いた発言は、即座のスイッチ切り替えを不可能にする筈なんですけどね」

 「だまれ」

 「あっはっはっはっはっはっは」


 わしは明の右側に回り込む。会長が真後ろにいるのならば、わしの直線的な特攻は邪魔になる。

 そして、自身の攻撃手段を考える。

 さっきは打撃を簡単に受け流された。次も単純に殴ってもいいがのう。受け流されない打撃を与えればいいし打撃の方法はいくらでもある。

 じゃが、捕まえるのが優先じゃ。殴るのはよそう。

 わしは明の左腕に攻撃部分を絞る。手首を掴んで、捻って、曲げて、骨を折ろう。

 距離にして一メートル。

 明は上着を脱いで、ワイシャツの袖をまくっていた。上着の上からでも分かったが、脱いだら尚更はっきりする。袖をまくり素肌をさらけ出した腕はとても細いのだ。

 力を入れずともポッキリいきそうじゃな。

 わしは手を伸ばし明の手首を掴んだ。後は、捻ってーー


 「!?」


 行動が途切れた。

 ヌルッ、とわしの手が滑った。明の手首に油でも塗っているかのようにヌルヌルだったのだ。

 わしの手から滑り抜ける手首。


 「残念! この星の欠片の力でーーぐふっ」


 反射神経の如く足が出てしまった。明の手首を掴めなかったことにより、わしの足が反応して腹部に向けて蹴りがいった。後方に転ぶ明は、一転、二転と転がり、十転したぐらいで止まる。

 わしは自分の手の甲を見る。ヌルヌルと黒い液体が付着していた。


 「インクリボンスターの星の力じゃな」

 「あーイテテテテ。説明ぐらいさせて下さいよ」


 明は腹を押さえながら立ち上がる。減らず口をたたく明も、顔は歪み痛みを堪えていた。


 「この力はーー」


 言うと、手には沢山のカラフルな石が乗っかっていた。インクリボンスターの欠片。力は書する力じゃな。


 「溢れるインクを出せる。しかも、それは黒だけじゃない」


 欠片を空高く放り投げると光だし、効力を発揮する。


 「レインボーレイン」


 空に舞い上がった欠片は光を帯び割れる。割れた欠片からは、赤色、橙色、黄色、緑色、青色、藍色、紫色の七色の液体が雨のように降り注ぐ。

 すると、会長が言う。


 「ティータイムテラス」


 会長の言葉が具現化する。わしらの周りに四つの柱が立ち、上には雨を遮る屋根が出来上がる。

 テラスは七色の雨を弾いた。


 「まだだ。上を見ろ!」

 「!?」


 雨を遮ったテラスが消えて、漆黒の空を指す。そこにあったのは真っ暗な空ではなかった。

 空には赤い物体が数個。

 わしは目を凝らし赤い物体を見る。空高く飛んでいる未確認飛行物体かと思ったが、それは段々と姿を表した。目を細めたことで遠くの物が見えたワケではなく、しかし、わしの目にはその赤い物体の正体が見えてきた。

 段々と大きくなっている。だからはっきり分かったのだ。

 それは、空を飛んでいるのでも、大きくなったのでもない。

 そう、こちらに近付いてきている。落下しているのだった。

 赤い物体の正体は、赤く燃える宇宙船。数は七機。七機の宇宙船は確かにこちらを着地地点として落ちている。


「貴様! ここまでーー」

 「ここまでしても逃げれないと思ってました。だから、追加です」


 明が指パッチンをすると、ネプチューン社から爆音が響いた。同時にわしらが立つ大地からも爆発の炎が噴き出る。地面に亀裂が走り、亀裂の部分からは爆発が絶えない。

 揺らぐ大地に膝を着いてしまう。


 「万全の準備は勝利しました」

 「くぅ!」


 爆発はネプチューン社の建物を傾かせた。建物はわしらに向けて倒れ落ちてくる。

 そして、会長が言う。


 「花の庭」


 会長の言葉は、地面から花のように数百の刃を咲かせた。刃はグングンと伸び、傾くネプチューン社を支えた。落ちてくる宇宙船をも串刺しにして落下を食い止めたのだった。

 傾く建物と、落ちる宇宙船が止まったのを確認して顔を向ける。明が立っていた場所にへと。

 しかし、そこには明の姿はなかった。遥か遠くを走る後ろ姿しか見えなかった。


 「くっそぉぉぉぉぉぉぉ!」


 地面を思いっ切り叩く。拳に痛みはない。あったのは、目の前にいた明を逃がした屈辱だけ。


 「ネプチューン社を爆破したのはこの為か!」


 逃げる手段の一つとしてじゃ! 最初に建物を脆くしといて、脆くなったところを爆破で傾かせる。


 「わしがいながら失態もいいとこじゃ」


 わしが悔やんでいると会長が言う。


 「すみません。私も油断していました」

 「あっ」


 会長がわしに頭を下げる。


 「いえ、会長が謝ることではーー」

 「私も未熟者です。相手の危険性を感じていながら・・・・・・」

 「それは・・・・・・、会長はビルと宇宙船を支えるのに手一杯じゃったから・・・・・・」

 「はぁ、うまくいかないものですね」

 「・・・・・・そのようじゃな」


 コスモ社と本告明の二人を止めなくてはならなくなった。

 ここで、明一人を取り逃さなければ・・・・・・。

 明の行為で大惨事になったネプチューン社敷地内。崩れるビルと割れる地面、加えて無惨に墜落した宇宙船。

 見ているだけで後悔が頭を支配する。わしの頭が下がると、会長が肩に手を乗せて言う。


 「私達が考えないといけないのは、今日の後悔よりこれからですよね」


 ねっ、と見上げるわしを微笑む。


 「まだ、終わったワケではありません。行きましょうか」


 傾くネプチューン社に会長は歩き出す。微笑んだ会長には不安の顔は見られなかった。

 それが逆にわしを不安にさせた。

 とても頼もしく見える会長の背中は不安を感じさせない。きっとこの人なら何とかするんだろうなと、未来に希望が見える。


 そんな希望を見せる会長に、だから思うのだった。


 リンクスターの事情など知らない方がよかったかもしれんな。

 強星であるリンクスターの強さをわしは知っている。リンクスターなら、どんな敵にも負けない強さがあるとわしなりに評価している。仮に、今回コスモ社の思惑通りに事が進んでしまっても、後は何も考えずに戦うだけだ。リンクスターの自業自得で片がつく。しかし、明の話しを聞いてしまったが故に、リンクスターの自業自得だと割り切れないのか会長であった。

 コスモ社によって事運ばれた結果なら、リンクスターに情を持ってしまうだろう。


 厄介じゃ。とても厄介じゃ。


 わしは何度も心で繰り返す。

 会長はこの件について対処しようと決めている。これからと言ったので動くことは間違いない。では、どうするのか? 

確かめなければいけない。聞いて良いものだろうと悩むが、わしは独り言のように会長に呟いた。


 「原因であるコスモ社を止めるのは分かっておる。それに取り逃がしたあやつもじゃ。じゃが、原因はそれだけではないと思うのだが」


 わしは続けて会長の背中に言う。


 「会長はどうするのじゃ?」

 「・・・・・・」


 数秒の間が空いて、ようやく返ってきた返答は、


 「まずは片付けられる問題から片付けましょう」


 濁す会長に、わしはそれ以上質問はしなかった。

 

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