2話 コットンスター
いつかきっと届く
天に今日も祈りを
いつかきっと離れる
地にお別れの挨拶を
モコモコの星 コットンスター
☆★☆★☆★
青空に向け上昇する白い塊は綿飴のようで美味しそう。空に浮かぶ太陽様に献上する品として次々に綿飴が捧げられていく。しかし、献上品は太陽様の手に届くことはなく、途中で降下する。
その奇妙な光景は小春の足を湿らせた。
「うわっ、何だこのモコモコ? 湿っていて冷たいよ」
地面に散乱するモコモコを踏んだら水を含んだスポンジのように水が出てきたのだ。
「それはコットンスターの欠片ッス」
小春達は街に向け、柵によって出来た一本道をひたすら歩いていた。左右に配置された柵は街までの道導とも言えるが、この星では囲う為に作られたのだろう。
動物達を囲う為の柵。人道に動物達が侵入することを禁止している柵。柵を飛び越え向こう側には沢山の動物達が過ごしていた。
いわゆるここは牧場だ。小春達は牧場の真ん中を突っ切っている形となっている。驚くことに街以外は全て牧場だと言っていた。食料輸出星宇宙第三位のこの星、コットンスターは家畜の星。星の八割を牧場が占めているのには驚きだ。
そして、このモコモコも。
「水を出す力?」
地面を転がる白い塊は大量の水分を含んでいる。
「違うッス。コットンスターは綿の星ッス。単純に綿を作り出すだけの力ッスよ」
綿を形成する力か。なんとも使い道が少ない力だと小春は思う。
「なぁなぁこれ」
留衣ちゃんが浮かんでいるモコモコを取り小春に見せてくる。留衣ちゃんはモコモコにとても興味新々でそれを顔にうずめたりで楽しそう。
「フワフワだな」
留衣ちゃんが顔にモコモコを当てていると、どんどんと体積が増してあっという間に顔より大きくなった。
通称を星の力。地下深くに眠る未知なるエネルギー。莫大なエネルギーは地表に漏れ出したりする。漏れ出した小さな星の力を星の欠片と言う。弥ちゃんは前に欠片のことを使い捨て電池と表現していた。星の力には個性があり、光を放ったり、物質を形成したり、匂いを出したり、幻影を魅したり、星一つ一つによって違う。そう、この星の欠片は物体形成が特徴なのは見るまでもないが、実は欠片にも種類がある。力の特徴ではなく、欠片事態の区別。人が直接手を下さないと効果を発揮しない欠片を受動型と言う。これはまるっきり使い捨て電池だね。対して、人が手を下さなくても欠片自体が勝手に力を発動する物を能動型。星の力が地表に漏れ出した時に自動で発動する物。欠片の中に力がある限り放出し続ける。留衣ちゃんの持っているモコモコは後者の能動型だ。今、留衣ちゃんが欠片に力を込めたので、力が全て吐き出され大きくなったのだろう。
受動型と能動型の二種類があることは授業で習った。ちゃんと覚えている辺りが自分でも偉いと思う。それはさておき、能動型は結構厄介な代物であったりする。人の生活環境にもろに影響してしまうこと。最悪の場合、人が住めなくなることもある。この前に立ち寄った匂いの星がいい例だ。酷い刺激臭のせいで人を遠ざけたのだ。まぁ、この星は綿を形成するだけらしいから生活環境を劇的に変えることはないのかな? しかし、フワフワ浮いているモコモコと地面に転がるジトジトしたモコモコは謎が深まるばかりだ。人の常識を超えた不思議なる力はこうやって小春を考えさせる。
小春がモコモコを熱心に観察していると隊長が声を掛けてきた。
「コットンスターの欠片がそんなに不思議か?」
「あっ、はい」
フワフワのモコモコは風に乗って空目掛けて旅立っている。しかし、ある高さに到達すると真下に降下するのだ。降下したモコモコはフワフワではなく、ジトジトしたモコモコに早変わり。
「何でフワフワとジトジトのモコモコがあるのでしょう?」
隊長に質問すると弥ちゃんがヒョイっと顔を出して、小春の目線に無理矢理入ってきた。
「それはッスね」
どうやら弥ちゃんが説明してくれるらしい。
「この綿が空に上昇するまでの間に空気中の水分を吸っているッスよ。水分を吸うとモコモコに重さが加わり地面に落ちるッスね」
「おぉ、凄い吸収力」
目に見えない水分を吸っているなんて、この星の力もバカにはできないね。むしろ凄い力なのではないか。
「その顔はこの星の力を侮っていたッスね?」
「ううん、そんなことないよ」
とっさに弥ちゃんの目から目線を外すが、全てお見通しということか。
「その顔図星ッスね。まぁ、いいッスけど」
「単純な力だが本当にバカにはできないんだよ、小春」
「そうッス。このコットンスターの欠片だけで星全土の気候を変えているッスからね」
「気候?」
このモコモコが?
「大気中の水分を吸ってくれる御陰で湿度を下げてくれているッス」
言われると今まで行った星と比べカラカラの空気だ。暑すぎず寒すぎず妙に過ごしやすい気候だった。
「家畜をするのにはこれ以上の気候はないと言われるぐらい適した気候なんス。家畜だけを見たら宇宙で一位の星なんス。上質な環境で育った家畜は一級品の肉になるッス」
「肉? これ全部食べていいのか?」
肉という単語に過剰反応した留衣ちゃんの口元からはヨダレが滴り落ちる。
「食べるなんて言ってないッス」
「そう言われると美味しそうだな」
「ちょっと留衣ちゃん」
小春は留衣ちゃんの口元をハンカチで拭き取る。その様子を見ていた隊長が留衣ちゃんに睨みを利かせて言う。
「勝手に食べたら直ぐにリンクスターに帰すからな」
「留衣に食べてほしそうだぞ? それでもダメか?」
その返しはダメだろう。欲望しかないよ。
「ダメに決まっているだろうが。小春、弥! 留衣から目を離すなよ」
小春は留衣ちゃんの手を掴み行動の自由を奪う。だって、留衣ちゃんの目がハンターの目になっているんだもん。柵の向こう側にいる牛さんにロックオンしている感じ。
「留衣ちゃんいい子だから大人しくしようね」
「昼ご飯まで我慢するッス。昼ご飯には美味しいお肉をご馳走するッスから・・・・・・、隊長が」
留衣ちゃんは小春達の言葉を聞いてくれたのか渋い顔をしながらこちらに振り返り言う。
「留衣は大人だから大人しくするぞ」
「よし、偉い偉い」
留衣ちゃんの頭を撫でる。
「留衣は偉いからな」
「それは偉いと言えるッスかね」
「弥ちゃんは黙っててよ」
「ほーいッス」
留衣ちゃんが大人しくしてくれて一安心だ。でも、一級品のお肉とは小春も是非食べてみたいもんだ。想像しただけでヨダレが出てくる。お昼が待ち遠しいぜ。
「小春もヨダレが出ているッス」
「しまった! 感情がお肉に持っていかれてしまった」
手でヨダレを吹く。
「小春、お昼が楽しみだ」
「そうだね、弥ちゃんがご馳走してくれるらしいからね」
「弥が? 初耳ッス。隊長が奢る話ッスよね?」
隊長の姿を探すと小春達を置いて一人、前を歩いていた。
「隊長待つッス。おーい。お昼は隊長がーー」
聞こえてないのか、聞いてないのか。多分無視をしているんだと思う。
「弥ちゃんが言い出しっぺだからね。弥ちゃんが奢るしかないよ」
「弥は優しいな」
留衣ちゃんの中では弥ちゃんが奢る話で決定したらしく、上機嫌で繋いである手を振り子のように動かし笑っている。
「それは隊長がーー」
無託な笑顔は弥ちゃんの次の言葉を詰まらせた。そんな顔を見せられたら誰だってそうなるだろう。
「はぁ、最近弥の扱いが酷くなっている気がするッス」
がっくりと首を落として言った。
「弥ちゃんが人を陥れようとしているから天罰が落ちているんだね」
「空に浮かぶ太陽の仕業ッスね。いつか弥の発明で破壊してやるッス。首を洗って待っているッス」
何かに決意した弥ちゃんは空を上昇するモコモコの目指す先、太陽に向かって指を指して宣言した。
「そんなこと言ってるとまた天罰が落ちるよ?」
「弥の科学の力は天にも負けないって、ぎゃー」
道端に落ちているモコモコに足を取られて壮大に転ぶ弥ちゃん。
だから言ったのに・・・・・・。
「小春? 弥は自分を天才と言っているけど留衣にはそんなふうに見えないぞ?」
「これはねぇ、天才がなせるギャグだよ。だから温かい目で笑ってあげよう」
「うん」
小春と留衣ちゃんは腹ばいで倒れている弥ちゃんを見下ろして、
『あはははははは』
声を揃えて笑った。
「このド馬鹿二人め! 覚えてろッス。弥が本気を出したらそれはもう恐ろしいッス」
こうして始まった任務は太陽に見守られ無事を祈願されているようだった。
危険がない任務は半ば旅行気分で小春達の会話を弾ませた。街に到着するまで三人は途切れることのない雑談を繰り広げていた。小春達の目に広がる牧場は自然と心を和やかにしてくれて、隊長の存在も忘れるぐらい楽しかった。当然お決まりのパターンで三人仲良く頭にタンコブを作る結末となってしまったが・・・・・・。
☆★☆★☆★
「失礼のないようにって、さっき言ったよな」
隊長が玄関前に立ち強い口調で小春達に言った。
今小春達は一軒の普通の家の前に立ち、隊長の次の動作を待っている状態だった。そんな最中に隊長は呼鈴を鳴らすのを止めて小春達に言ってきた。
そう、街に到着するなり隊長は三人に「ここの長に会うのだから失礼のないようにな」と、念を押してきた。
その結果がこれだった。
「何で三人アフロになっている?」
声を荒らげる隊長の顔は正に鬼。
しかし、隊長が失礼のないようにと注意してきたので失礼のないようにアフロにしたのだ。
いくら隊長だからって今回はお門違いだろう。
小春は意を決して立ち向かう。
「小春と弥ちゃんと留衣ちゃんの頭にはタンコブが一杯でした。長にお会いするのに、これは大変失礼だと思いましてアフロで隠したワケです。小春なりに身なりを整えました」
ここに着くまでに何度か頭を殴られタンコブを作ってしまった。とてもみっともない姿にな
ってしまったのだ。
そこで考えたのがこの星の力。
この星の力は綿を生成する力。小春の中に溜まっていた星の力を頭部分に放出して、綿の桂を作った。色も放出時に自分の色に変えて地毛のように魅せたのだ。自分でも納得の作品になった。地毛か桂か区別がつかない程に精巧に作れたと思う。
「バカヤローが」
「ひぃっ」
隊長の怒鳴り声は小春を縮こませる。本気で怒鳴る隊長は怖すぎるよ。
「その格好が失礼のない格好か? どう見てもふざけている格好だろうが」
タンコブがある方が恥ずかしい姿だと思ったのです。
「隊長。弥は被害者ッスからね? 弥が発言する前にアフロにしたッス。小春は善意でやったつもりッスが、いい迷惑だったッスよ」
これについては何も言えない。お裾分け程度に勝手にやったのだから。
「る、る、る、留衣は知らない内にアフロになっていた。こ、こ、こ、小春がやったかは知らないけど勝手になっていたんだぞ? 本当だぞ」
小春から目を離して言う留衣ちゃんは変な汗がダラダラだった。
小春がアフロにしたら、留衣にもやってとせがんできたとは口が裂けても言えない。弥ちゃんだったらお構いなしに言うけど、留衣ちゃんには言えない・・・・・・。
「すみませんでした隊長。今回は小春は全て悪いです」
頭を下げて潔く謝る。言い訳のしようがない。
「謝って済む問題か? これからここの長に会うのにどうするつもりだ?」
はい、謝って済む問題ではないですね。どうしよー。
「このアフロ、髪にまとわりついて剥がせないッスよ?」
「る、る、る、留衣はこのアフロ気に入っているから大丈夫」
弥ちゃんは必死にアフロを頭から剥がそうとするが、髪の毛一本一本に絡まった綿は取れる気配がない。
留衣ちゃんは歯をガタガタさせて酷く怯えている様子。留衣ちゃんも隊長は怖いらしく、小春の後ろに隠れて服を掴んでいる。
「もう時間だっていうのに。仕方ない、私だけで行くからお前らはーー」
「そんな所で話していないで中に入ったらどうですか?」
玄関前で怒られていると玄関の扉が開き、一人の男性が微笑みながら声を掛けてきた。
「あっ、こんな所で騒いで申し訳ない」
隊長はしまった、とバツの悪そうな顔をして男性に謝った。その男性は隊長の平謝りに気にせずに言う。
「いえいえ、私はそのアフロ好きですよ? 今度私にもお願いしましょうかね」
ここでの騒動は相当五月蝿かったらしく内容がダダ漏れだった。だけど、このおっちゃんは小春のアフロを気に入ってくれた。
しめたぞ。この場合は、持ち上げてくれたアフロの話題で嫌な空気を断ち切るべきだ。
「このおっちゃんはよく分かっている。小春に任せてくれれば立派なアフロにして見せましょう」
「ば、バカ」
隊長は小春の頭を掴み無理矢理下に下げて言う。
「この方はコットンスターの長だ。失礼だぞ」
しまりました。なんていうか、見た目が長らしくなかったもんでつい。顔は田舎のおじさんみたいな、どこか優しげのある顔で、水色のつなぎを着用している。鍬を持たせたら右にでる者はいない。そんな雰囲気の男性だった。
「ハハハハハハ、面白いお嬢さんで。取り敢えず立ち話もなんなので中へお入り下さい」
「本当に度々すみません」
コットンスターの長は笑いながら中へ案内する。それに従い、隊長、弥ちゃん、小春、留衣ちゃんの順で奥の部屋に向かう。
中も外見通りにそんなに広くはなかった。小春の家より少し大きいぐらい。
「どうぞ、こちらにお座りください」
案内された部屋は客室のようである。そこにあるソファーに隊長に続き座る。
「ようこそ、コットンスターへ」
「先程はお恥ずかしい場面を見せてしまいました」
長に深々と頭を下げる隊長。
「いえいえ、元気があっていいじゃないですか」
いい人だ。外見以上にいい人だ。
長の対応に隊長は苦笑いを見せる。軽い挨拶を済ませると長は、小春と留衣ちゃんに目を向けてくる。
「そちらのお嬢さん方は初めてお会いしますよね?」
「そうでした。紹介がまだでした。えーと、こっちがリンクスター一番隊の新人、桃井小春」
隊長が小春に手を向けてきたので、
「桃井小春です。初めまして」
長に向かい軽い会釈をする。
「そしてこっちがーー」
「留衣だ。桃井留衣、小春の妹だ」
「おい、留衣。大人しくしてろ」
長がいる手前強く怒れないのか、留衣ちゃんに黙れの目線を送るも、本人は理解してなく長に偉そうな態度を取る。
「ほう、二人は姉妹ですか」
「そうだ。凄いだろ」
「それは凄いですね」
何が凄いか分からない留衣ちゃんの言葉に、微笑みながら返してくれる長は器の大きさが分かる。見た目が普通でも長たる風格を感じ取れた。
隊長の目配せも虚しく留衣ちゃんが長との会話を進める。
「この星はなかなかいい星だな」
「ほっほっほっ、気に入って貰い嬉しい限りです。では、どの辺りが良い星でしたかね?」
「そうだなぁ。モコモコが留衣は良かったぞ。あぁ、それ以上に肉が留衣に食べて欲しそうだった所が良かった。美味しそうだったなぁ」
「留衣もう喋るな」
グレーゾーンに入る留衣ちゃんの発言を止めようと、隊長はついに怒声を上げた。
「私が言うのも可笑しな話しなんですが、この星のお肉は宇宙一だと自負しています。是非自分の口で確かめて感想を直に聞きたいものです。本来ならここで試食としてお出ししたいのですがーー」
「本当か?」
留衣ちゃんは手をテーブルに付き体を前に出し興奮気味に言った。
「ちょっと留衣ちゃん、本当にそれ以上はまずいよ」
「不味くない。だってあいつここのお肉は宇宙一だと言っていたし、イコール美味しいだろ?」
そっちの不味いじゃないよ。自分の命の心配だよ。今回の任務は危険がなく安全な筈なのに、この前の任務より危険になっている気がする。失態続きで無事にリンクスターに帰還できるか雲行きが怪しくなっている。
隊長は、
「・・・・・・」
うわぁ、怒りマークが幾つも付いている。嵐の前の静けさだわ。
ヤバイと思い(既に手遅れかもしれないけど)留衣ちゃんの体を抱きかかえる格好でソファーに座らせる。
「小春、お肉食べさせてくれるって」
「最後の晩餐にならないことを祈っているよ小春は」
ジタバタする留衣ちゃんを必死で押え付ける。
「そうですね、ちょっと糠喜びさせてしまいましたね」
『?』
ん? 長の一言は小春と留衣ちゃんだけでなく隊長と弥ちゃんまでも巻き込み緊迫させた。
「少し困った事態になりまして」
いままで優しく微笑んでいた長の表情が一瞬で消えた。
「困った事態とは何スか?」
今まで傍観者気取りを貫き通していた弥ちゃんが前に出た。
「実は飼育している動物達の発育が芳しくないのです」
というと?
「今深刻な肉不足となっていまして、市場に出せる肉が急激に減少しています。これまでにも出荷の差異はありましたが、ここまで落ち込むのは今回が初めてでして。非常に混乱している状態となっております」
「つまりはお肉がないってことですか?」
「はい」
あまりにも予想外のアクシデント。隣にいる留衣ちゃんは大きく口を開けて、そのまま動かなくなってしまうし。それはそれで大人しくなったので結果オーライだけどね。
「今のところは保存している肉で何とか食い延しています。しかし、雀の涙。もって一から二ヶ月のあいだです」
「原因は分かっているッスか?」
「いえ、それが・・・・・・」
長の言葉が途切れ、俯いてしまう。
「弥達が力添えできる範囲だったら良かったんスけどーー飼育のことは範囲外ッスからねぇ」
弥ちゃんは懐からパソコンを取り出し、パチパチとキーボードを鳴らし始める。
「素人目でも質問を繰り返していく内に見落とした問題にぶつかるかもしれないッス。幾つか質問を重ねても?」
「はい、お願いします」
長が顔を上げると、弥ちゃんがパソコンを見ながら言う。
「気候の急激な変化でも発育に影響を与えるッスが、気候はデータを見る限りいつも通りに安定しているッス。病気の可能性はあるッスか?」
「調べた所その線も薄いです」
「ふむふむ」
今度は隊長が口を開ける。
「何時頃からか分かりますか?」
「半年前か一年前ぐらいからだと思います」
「その時期に変わったことなどは?」
「特にありませんね」
専門外の分野は隊長もお手上げらしく、腕を組み考え込む。
「飼育にはどこよりも慎重に行なっている筈なんですがね。原因が分からないことには手の打ちようがなくて」
飼育のプロでも分からないのに、ど素人の小春達なら尚更分からないと思う。それでも、弥ちゃんに期待してしまうのには不思議だ。
少しの沈黙が続き、弥ちゃんはパソコンのモニターから目を離す。
「発育不足の原因は三通りあるッスね。今調べたことなんで大まかなんスが」
弥ちゃんは飼育方法について調べていたのか。
「環境は弥が言うまでもなく問題はないッスね。病気もさっき言っていたのが真実なら改めて調べる必要はないッス。なら後考えられるのは、栄養。発育不足の一番の原因は餌などによる栄養の確保だと思うッスが、どうッスか?」
「それも問題ないですね。栄養面は最高の餌、配合飼料を使っています」
配合飼料? なんだそれ?
小春はその単語に首を傾げる。
「配合飼料とは色々な原料を配合して偏りのない栄養バランスを整える餌ッスよね?」
さり気なく小春の疑問を説明してくれる。
「そうです。最高の、と言ったのは栄養面に考慮してサプリメントスターの欠片を混ぜているからです。なので、栄養の面は一番問題ないでしょう」
「サプリメントスターッスかぁ。それは問題ないッスね」
「はい」
「なんでサプリメントスターだと問題ないの?」
小春の質問に弥ちゃんは人差し指を立てて言う。
「宇宙一の食料輸出星。農業から畜産、漁業まで食べ物に関するジャンル全てが上位の化物クラスの星ッス。畜産はコットンスターに負けているッスが、それでも二位をキープしているッス。凄いのはそこではなく、星の力がチートなんス」
弥ちゃんは続ける。
「サプリメントスターで生成される欠片。星の欠片に詰まっている星の力が栄養の塊なんス。それひと粒で一日に必要とされる人の栄養全てを補えるッス。しかもそれだけじゃなくて、人以外にも使える多種多様性。土の肥料として、動物の餌として、様々な物に使えるッス。サプリメントスターの欠片を使用しているならまず栄養不足はないッス」
小春はへぇー、と相槌を打ち弥ちゃんに言う。
「それで問題がないのね。なんかさぁー、サプリメントスターって星の名前を出しただけで誰もが納得するって強星みたい」
「認知されているという面では似ているッスね。サプリメントスター、ブレイブリースター、コットンスター、この三星が食料輸出星では強星ッスかね」
食料面での強星か。リンクスターは宇宙の均衡を保つ柱なら、コットンスターは、
「食料面での柱だ」
「そうッスね。他の星からもこの三星は絶対的な信用と信頼があるッス。一つでも崩れたら宇宙ではたちまちパニックになるッス」
「おぉ、ならこの動物達の発育問題は絶対に解決しないとだね」
「まったくッス。でも解決するにしても弥達のようなど素人が手助けできるかは怪しいッス。既に八方塞がりッス」
弥ちゃんは手のひらを返し首を横に振る。その様子を見た長が顔を沈め言う。
「どうしたものでしょう。このままでは星の経営も底が見えてきます。はぁ、でもこんな所で落ち込んでいる暇はないですね。もう一度原因の追求を一から見直します」
自分の言葉で鞭を打ち、沈めた顔を上げる。顔を上げる長は最初に会った時の優しく微笑む表情を取り戻していた。
無理に笑顔を作る長には何とか解決策と思うが、小春にできることは余りにも少ない。小春は作り笑いする長に目を合わすことも出来ずに、思い空気に押されるままに顔を下に向ける。
そんな時に場の空気を読まない人物が一人お構いなしに言う。
「お肉お肉お肉、肉肉肉肉肉肉肉肉・・・・・・」
留位ちゃんが空腹を抑えきれずに現実に舞い戻ってきた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
席に座る留衣ちゃんが立ち上がり発狂した。
「よしよし、いい子だから。後でオニギリを作って上げるからね? ねっ? 小春特製ギガ握り飯だよ」
大好物のオニギリでご機嫌を取ろうとするが、
「ぬー。オニギリは美味しいから好きだけど、ここの美味しいお肉が食べたい」
お肉の欲求が強すぎる。
「食べたいのは分かるけど、コットンスターの人達も困っているんだよ? 我儘言っちゃダメです」
「むー」
膨れ顔をして小春に無言の眼差しを送ってきている。それでも、ないものはないのです。
「困った問題を解決すればお肉食べていいのか?」
解決すればね。その解決案がないから困っている訳で小春達でどうこう出来る問題ではないのだ。
「お肉の発育が止まっているんだよ? 弥ちゃんでも無理だったのに、小春や留衣ちゃんでは手に余るよ」
「発育が悪いのはご飯を食べてないからだ。もっとお肉にご飯を食べさせればいい」
「栄養のあるご飯を沢山食べていても栄養不足になっているんだって。留衣ちゃん、あまり聞き分けがないと怒るよ」
少し言葉に力を入れて留衣ちゃんに叱ると、
「うぅぅ・・・・・・」
小春の言葉に留衣ちゃんは反発せずにしょんぼりする。留衣ちゃんが食べたい気持ちと同じくらい小春だって美味しいお肉に期待していたのだ。表には出さないが結構ショックだった。
解決案もなく、この対談も終わりの空気が流れ始める。
そろそろ頃合いかと思った矢先に弥ちゃんが、
「いやいや、ちょっと待つッス」
沈む空気を再び持ち上げる。
「どうしたの弥ちゃん?」
先程までとは表情が違う弥ちゃんがそこにいた。
「何か分かったのか?」
明らかに雰囲気が違う弥ちゃんに隊長が問い掛けた。
「分かってはいないッスが、確かめるべきことが出来たッス」
確かめるべきこと?
自然に皆の視線が弥ちゃんに集まる。
「長に一つ質問したいッスが、餌の量を変えたことは?」
「昔から分量は変えたことはないですが、どうしましたか?」
長の言葉を聞くと弥ちゃんは口を上に釣り上げる。
その質問の意図が分からなくて小春はただ呆然と眺めることしか出来なかった。
「その餌を一度拝見してもいいッスか?」
「それは構いませんが・・・・・・」
「それでは適当に選んだ餌を何ストックか用意して欲しいッス」
「あっ、はい。でも餌については問題があるとは思えないのですが・・・・・・」
長の疑問は弥ちゃん自身も確認して、問題ないと判断したはずだ。それなのに、どうして急に掘り返すのだろうか?
「問題とかじゃなくて実際に使っている餌を見てみたい、それだけッス」
ますます意味が分からない。問題がないのに見たいとはどういうことだろう。
「分かりました。少しお時間を取らせてもよろしいでしょうか?」
弥ちゃんの要望に戸惑う長。
「それは構わないッス。それまでの間、ここで待っていてもいいッスか?」
「はい、問題ありません・・・・・・。では直ぐここにお持ちしますので少々お待ち下さい」
「了解ッス」
やり取りを交わすと長は直ぐに部屋から出ていく。玄関のドアが締まる音を研ぎ澄ませ、この家に小春達の四人以外はいない状態となるまで無言になる。
四人以外はいないと確証が取れると隊長が弥ちゃんに訊く。
「弥ーー」
「この星での発言は控えてもいいッスか? 後でちゃんと説明するッスから」
隊長の言葉を遮り言った。
「あぁ、分かった」
弥ちゃんは手に顎を乗せ遠くを見つめる。多分、何かを考えている仕草。
一度は通り過ぎた事柄を再びUターンして戻る。この弥ちゃんの行為は謎だらけだった。そして隊長にも事の真相を話さない。
一体弥ちゃんはこれから何をしでかすのだろうか、期待と不安が広がる。
言われるまま弥ちゃんに従い無言が続いた。その時間、約二十分。退屈な時間が過ぎていた。留衣ちゃんは暇になったのか、隣で寝てしまっていた。弥ちゃんは変わらず心ここにあらず状態で、熱心に考え事をしている。隊長は腕を組み目線を下ろしている。
ただ待つだけは本当に時間が長く感じる。二十分ぐらいしか経っていないのに、一時間近くは経っているのではないかと錯覚さえする。そんな退屈な時間も音と共に終焉の時が訪れる。
玄関の開く音が無音の空間に鳴り渡ったのだ。
「すみません、量が量なので外に来てもらえませんか?」
遠くから長の声が届いた。
「来たッスね。じゃー、行くッスか」
弥ちゃんが立ち上がり、続き隊長も立ち上がる。
うーん、留衣ちゃんは起こさない方がいいかもね。
小春は寝ている留衣ちゃんを起こさないようにそっとおんぶする。留衣ちゃんを背負うと玄関まで歩き出す。靴を履き替え長のいる外に出ると、大きな布袋が5つ置いてあった。餌袋だ。
「五つぐらいでよろしいでしょうか?」
「十分ッス」
弥ちゃんは早速餌袋に近付き中を見て回る。
「小春」
「ん?」
餌を調べている弥ちゃんから突然声を掛けられる。
「どうしたの?」
「ちょっと、お願いしたいことがあるッス」
小春に出来ることなら構わないけど・・・・・・。
「小春に出来ることなんてあるの?」
「小春にしか出来ないことッス」
「小春にしか? ふふふ・・・・・・、しょうがないなぁ、いいよ」
弥ちゃんの手伝いの申し出は珍しく何も疑わずに了解した。それが間違いだった。もう少し弥ちゃんの性格を考慮しとくべきだった。「小春にしか・・・・・・」という言葉でテンションが上がってしまったのが後悔の始まりだった。あんな簡単な乗せ言葉に乗ってしまうなんてバカとしか言いようがない。
少し考えれば分かることだった。
「重いよぉぉぉぉぉぉ、本当にもうぅぅぅぅぅぅぅ」
宇宙船「つばめ号」から長の家まで機材の運搬役を任された。重い機材を背中に背負って、二往復を二回。二回とは、持ってきた機材はきちんと持ち帰らないといけないよね。こんちくしょうがぁ。
今回ばかりは隊長は手伝ってくれなかった。弥ちゃんは言うまでもないが。今回の力仕事が小春の失態の罰だそうだ。留衣ちゃんは後でこっ酷く隊長に怒られていた。どっちがいいかは人それぞれだけど、小春は説教の方がいいかな。だって、まじで弥ちゃんの荷物持ちはシャレにならんのだ。長い道のりは肉体だけではなく、精神力をも削り取る。モコモコが舞い上がる滑稽な景色も、今はヘルロード。丁度、コットンスターの民を照らす太陽様も雲に隠れてしまい、全体を淀んだ暗さに変えていた。モコモコが光を目指し上に上昇していくが、それを不気味な闇は下に引きずり込む。この光景は地獄と言っても過言ではないね。
地獄の道の行き来は小春の何もかもをおかしくさせていた。
「弥ちゃんのばぁっきゃろー。隊長もこれは罰じゃないよ。拷問だよ」
小春は一人叫んでいた。
☆★☆★☆★
「コットンスターでは話せない理由があったのか?」
隊長が弥ちゃんに言った。
コットンスターでの調査も終わり、小春達はつばめ号船内、贅沢な安らぎで一息付いていた。
宇宙に飛び立ち、一旦自動操縦に切り替えてのミーティング。留衣ちゃんは隊長に怒られふて寝してしまった。まだまだ子供なんだから。小春は地獄の拷問がやっと終わり汗だくなのにさ。
「確証のない発言で宇宙全土を混乱させるワケにはいかないッスから」
コットンスターの動物達の発育不足が宇宙全土に関わるの? 凄い大問題なんじゃない?
「で、だ。何が分かった」
「その前にッス、小春も真実が分かるまで口外はしないようにッス」
「う、うん」
弥ちゃんは小春に約束させる。弥ちゃんは小春の返事を聞き一息付くと話し出す。
「サプリメントスターの欠片が偽物だったッス」
『!?』
小春だけではなく隊長も驚きを隠しきれない表情。
「餌にはサプリメントスターの星の力が全く入っていない、無栄養の餌だったッス」
「どうして?」
小春が弥ちゃんに聞く。
「理由は不明ッス」
「そっちもだけど、どうして今まで気が付かなかったの? おかしいよ」
そうだよ、絶対におかしい。ど素人の小春達じゃなくて、プロが気が付かない訳がない。
「盲点だったッスよ。留衣が発育が悪いならもっと食べさせろって言ったじゃないッスか? それで思ったんスよ。発育不足は栄養面がやはり一番の問題だと。飼育環境はコットンスターの人らが丹精込めて最高の状態にもっていってるッス。ここでの問題はないに等しいッス。じゃー、どこか? 内部間の問題ではないとすると、外部の問題しか残っていないッス」
小春は息を飲み聞き続ける。
「外部でコットンスターに干渉できるのは餌しかない。一番先に疑う問題だったスけどねーーでも気付けなかった。それは、サプリメントスターは絶対の信用と信頼がある星。ここの商品、欠片さえ使っとけば栄養面は問題ない、と確信していたッスよ」
「なるほどな、サプリメントスターと言う星の名だけで疑いすらもしない。疑えと言う方が難しいな」
「そうッス。信用と信頼は、疑わないが前提ッスから。端から疑っていたんじゃ、信用と信頼は偽物でしかないッス」
「そうだとしてもさ、欠片一つで発育不足になるの? サプリメントスターってあくまで栄養を補助するだけじゃないの?」
「説明が少なかったッスね。欠片の使用で人間や他の動物諸々と、必要とさせれるエネルギー全般を補えるッス。約一欠片で一日の補給、食べ物・水はいらないとまで言われているッス。まぁ、体の補給はいらなくても脳での満足感は皆無ッスから、食べる行為は欠かすことは出来ないッス。ちょっと逸れたッスが、餌で足りない栄養をサプリメントスターで補うのではなく、メインがサプリメントスターの欠片でその中に感触ある餌を混ぜていたんス。動物も人と同じで脳での満足感がなければ、それだけでストレスとなるッス」
メインのサプリメントスターの欠片が抜ければ栄養がなくなるか。
でもだ。
「偽物だったら欠片の使用で気付くよ? 力を使って初めて効果が現れるんじゃない」
「サプリメントスターの力は能動型ッス! 餌の中に欠片を入れとくだけで勝手に力が漏れ出すから、後は待つだけッス。欠片の力が全て外に吐き出された時には、餌に満遍なく栄養が行き届いているッスね」
そっか、人の手いらずか。こんな応用も効くんだね。星の力はやっぱり奥深い。
「ここからが本題ッス」
「そうだな」
本題? 問題も解決しているしこれで終わりではないのか。
「これからどうするッスか?」
「あぁ、慎重に動かなければなならないが・・・・・・」
慎重に動くとはどういう意味だろう?
「これからどうするかはサプリメントスターが原因で解決じゃないのですか? あっ、そう言えば、何で確実な証拠があるのにコットンスターの長に内緒にしたの? 困っていたし早く原因を教えて上げた方がいいよ」
「そこが問題なんス・・・・・・、宇宙一の食料輸出星の欠落は宇宙全土の食料問題に影響するッス。事実を提示するのは簡単スが、事情を把握してからでも遅くはないッス。そこに救済の余地があるかもしれないッスからね」
「柱だから?」
「あぁ、そうだ。これが明るみに出たらサプリメントスターは崩落する。そうなった時の影響が未知数なんだ。コットンスターとは友好条約を結んでいるから、困っているならそのままほっとくワケにはいかない。時と場合によってはサプリメントスターと言えど仕方がないと思っている。だが、まだ決断は早いな」
友好条約。それは、有益関係なしにお互いを助け合う、親密な関係を表す、星間を結ぶ最高の条約。
「因みにッス、もしかしたら次行く予定だったブレイブリースターもサプリメントスターの欠片を使っている可能性は高いッスよ? てか、質の向上の為に使っている気がするッス」
「かもな。今回は訪問を延期しようと思っていたが、延期はしない方がいいな」
小春達の進むべき方向が決定しようとしていた。
「食料輸出星第二の星ッス。何か掴めるかもしれないッス」
次の星は、
「ブレイブリースターに進路を」
「了解ッス」
ブレイブリースターに決定しました。
小春達を乗せたつばめ号は手掛かりを求め、食料輸出星第二の星、ブレイブリースターに進むのであった。