愛しているから結婚しないと公爵様はおっしゃいました
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※全体を読みやすく改稿しました。以前お読みくださった方も、よろしければもう一度お楽しみいただけますと幸いです。2026/08/03
「愛している」
「……公爵様」
ローザリーが私を見上げる瞳には熱が見えた。
「君を深く愛している」
ローザリーは静かに目を伏せた。
「だから結婚はできない」
「……えっ?」
彼女は顔を上げた。
「公爵様、おっしゃる意味がわかりません」
「君ほどの女性を手放すのは私も本意ではない。しかし、私には立場がある」
「お立場……」
「王族としての務め、公爵としての責務。私情を優先するわけにはいかない」
私は胸が締めつけられる思いで伝える。
だが、愛しているからこそ、彼女を縛ってはならない。
「その代わり、一生困らぬだけの財産を用意した」
机の上へ契約書と金貨の目録を置く。
「これは私の愛の証だ。受け取ってほしい」
ローザリーはしばらく黙って書類を見つめていた。
「……身分が違うことは承知しておりましたが」
「身分など問題ではない」
私は即座に否定した。
「君は誰よりも素晴らしい女性だ」
ローザリーは何も言わず、聞いてくれている。
「だからこそ、私は結婚できない」
彼女は小さく息を吐くと、静かに一礼した。
「承知いたしました」
「ありがとう」
私は安堵した。
伝わった。
彼女は私の愛を受け入れてくれたのだ。
◇
修道院を去るとき、
ローザリーは潤んだ目で私を見つめ、
静かに、最上級のカーテシーで見送ってくれた。
帰りの馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。
胸が軽い。
これほど幸福な気持ちは初めてだった。
結婚はできない。
しかし、愛は伝えられた。
彼女も受け入れてくれた。
これ以上、何を望むというのだ。
◇
ローザリーと出会ったのは、一か月ほど前だった。
公爵領に隣接するヒールディア伯爵領。
その外れにあるヒース修道院を監査のため訪れた時である。
老いた修道院長が杖をつきながら出迎えた。
その隣には、一人の若い女性。
白い衣装をまとい、髪をきちんとまとめている。
修道女見習いだろうか。
「公爵様、ようこそお越しくださいました」
その所作は洗練されていた。
王城でも滅多に見ないほど美しいカーテシー。
淹れてくれた茶は香り高く、
書類は一枚の乱れもなく整えられ、
修道院の収支は見事に整理されていた。
院内を案内する姿も自然で、
老いた院長をさりげなく支えている。
私はいつしか彼女ばかり目で追っていた。
◇
数日間の監査で話す機会も増えた。
修道院の立て直し。
領地経営。
孤児院との連携。
彼女の考えは驚くほど的確だった。
私は確信した。
彼女は誰よりも優秀な女性だ。
そして。
恋をしてしまった。
……
しかし、
彼女は修道女になる。
私には王位継承権もある。
ならば私は身を引くべきだ。
愛しているからこそ。
せめて一生困らぬよう財産だけは残そう。
◇
ローザリーへ想いを告げ、「愛の証」を託してからひと月。
私は王城へ呼ばれ、従兄である王太子リチャードと茶を飲んでいた。
「それで、首尾はどうだった」
「愛は受け入れてもらえた」
「そうか、父上も安心なさる」
リチャードは安堵したように笑った。
「安心?」
「……いや、まずは聞かせてくれ。婚姻式の日取りは決まったのか」
私は首を傾げた。
「婚姻?」
今度はリチャードが首を傾げる。
「婚約したのだろう?」
「リチャード、私は結婚はできぬ」
静寂が落ちた。
「……誰が言った」
「王位継承権を持つ者の婚姻は慎重であるべきと幼少より学んできた」
「いや、待て」
リチャードは額を押さえた。
「婚姻できぬなど、一度も教えておらん、王族の結婚は責任だ」
「だが王位を巡る争いは避けねばならぬ」
「それはお前が王を望んだらそうなるが、違うではないか」
「とにかく私は最善を選んだ」
「最善?」
「愛は伝えた。結婚は断った。その代わり、一生困らぬ財産を贈った」
リチャードが手を挙げて待ての仕草をした。
そしてゆっくりと口を開いた。
「……誰に」
「ヒース修道院のローザリーだ」
「ヒース修道院?」
「そうだ」
「白い衣を着ていた?」
「そうだ」
「院長を支えていた?」
「そうだ」
「修道女見習いだと思ったのか」
「違うのか?」
長い沈黙が流れた。
リチャードはぐったりと椅子にもたれ、天井を見上げた。
「ウィリアム……」
「何だ」
「お前は人の話を聞かなかったな」
「……?」
「彼女は修道女ではない」
「…………」
「ローザリー・ヒールディア伯爵令嬢だ」
私は瞬きをした。
「修道院再建の責任者として滞在していただけだ」
「…………」
「父上は、お前に会わせるために視察を命じられた。
彼女は王族の婚約者候補だった、公爵家を継いで間もないお前には必要な女性かと」
「…………」
「私は、お前がようやく恋をしたと聞いて安心していた」
「…………」
「だから、婚約の話が進んだものと思っていた」
頭の中で何かが音を立てて崩れた。
修道女では……なかった?
では、私は。
リチャードはもう一度、深いため息をついた。
「お前という男は」
王太子の私室の扉が静かにノックされた。
「王太子殿下、陛下の侍従が急ぎの書状を携えてきております」
「父上の?入れ」
「失礼いたします」
「父上から何事か」
侍従が一通の書状を差し出した。
「陛下よりでございます」
リチャードは封を切り、目を通した。
その表情がゆっくりと曇る。
「……そうか」
「何があった」
リチャードは静かに書状を差し出した。
「読め」
私は受け取った。
∬-∬-∬
ローザリー・ヒールディア伯爵令嬢は、本人の意思により王太子妃候補を辞退した。
本人の意思を確認した結果、その決意は固く、これを認める。
よって、隣国修道院再建支援のため、伝道師補佐として派遣する。
王太子妃は、改めて候補者の中より選定するものとする。
∬-∬-∬
私は立ち上がった。
「ウィリアム」
リチャードが首を横に振った。
「説明すれば!」
「無理だ」
リチャードが静かに続ける。
「……王命だ」
「…………」
私は何も言えなかった。
あの日。
彼女は何度も何かを言いかけていた。
そのたびに私は遮った。
私は、自分の言葉ばかり話していた。
最後まで。
彼女の気持ちを、一度も聞かなかった。
◇
初夏の木々の枝葉を揺らし爽やかな風が通り抜けていく。
白い小鳥のさえずりが聞こえる。
馬車は国境を越え、ゆっくりと隣国の街道を進んでいた。
ローザリーは窓の外を見つめ、小さく胸元で手を重ねる。
「……ウィリアム様、どうか、お健やかで」
彼女は静かに前を向いた。
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