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愛しているから結婚しないと公爵様はおっしゃいました

作者:
掲載日:2026/07/18

このページにきてくださりありがとうございます。


「愛している」


「……公爵様」

ローザリーが私を見上げる瞳には熱が見えた。


「君を深く愛している」


ローザリーは静かに目を伏せた。


「だから結婚はできない」


「……えっ?」


彼女は顔を上げた。


「公爵様、おっしゃる意味がわかりません」


「君ほどの女性を手放すのは私も本意ではない。しかし、私には立場がある」


「お立場……ですか」


「王族としての務め、公爵としての責務。私情を優先するわけにはいかない」


私は胸が締めつけられる思いで伝える。

だが、愛しているからこそ、彼女を縛ってはならない。


「その代わり、一生困らぬだけの財産を用意した」


机の上へ契約書と金貨の目録を置く。


「これは私の愛の証だ。受け取ってほしい」


ローザリーはしばらく黙って書類を見つめていた。


「……身分が違うことは承知しておりましたが」


「身分など問題ではない」


私は即座に否定した。


「君は誰よりも素晴らしい女性だ」


ローザリーは何も言わずに聞いてくれている。


「だからこそ、私は結婚できない」


彼女は小さく息を吐くと、静かに一礼した。


「承知いたしました」


「ありがとう」


私は安堵した。

伝わった。

彼女は私の愛を受け入れてくれたのだ。



修道院を去るとき、

ローザリーは潤んだ目で私を見つめ、

静かに、最上級のカーテシーで見送ってくれた。


帰りの馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。

胸が軽い。

これほど幸福な気持ちは初めてだった。


結婚はできない。

しかし、愛は伝えられた。

彼女も受け入れてくれた。

これ以上、何を望むというのだ。



ローザリーと出会ったのは、一か月ほど前だった。


公爵領に隣接するヒールディア伯爵領。

その外れにあるヒース修道院を監査のため訪れた時である。

老いた修道院長が杖をつきながら出迎えた。

その隣には、一人の若い女性。

白い衣装をまとい、髪をきちんとまとめている。

修道女見習いだろうか。


「公爵様、ようこそお越しくださいました」


その所作は洗練されていた。

王城でも滅多に見ないほど美しいカーテシー。

淹れてくれた茶は香り高く、

書類は一枚の乱れもなく整えられ、

修道院の収支は見事に整理されていた。

院内を案内する姿も自然で、

老いた院長をさりげなく支えている。


私はいつしか彼女ばかり目で追っていた。



数日間の監査で話す機会も増えた。

修道院の立て直し。

領地経営。

孤児院との連携。

彼女の考えは驚くほど的確だった。

私は確信した。

彼女は誰よりも優秀な女性だ。


そして。


恋をしてしまった。


……


しかし、

彼女は修道女になる。

ならば私は身を引くべきだ。

愛しているからこそ。

せめて一生困らぬよう財産だけは残そう。



ローザリーへ想いを告げ、「愛の証」を託してからひと月。

私は王城へ呼ばれ、従兄である王太子リチャードと茶を飲んでいた。


「それで、首尾はどうだった」


「愛は受け入れてもらえた」


「ほう」


リチャードは嬉しそうに頷いた。


「それは何よりだ。父上も安心なさる」


「安心?」


「ヒールディア伯爵家との縁組なら、誰も異を唱えまい」


私は首を傾げた。


「縁組とは何だ」


今度はリチャードが首を傾げる。


「何だとは?」


「私は結婚はできぬ」


「……誰が言った」


「王位継承権を持つ者が軽々しく婚姻できぬことは、幼き頃より学んできた」


「いや、待て」


リチャードは額を押さえた。


「婚姻できぬなど、一度も教えておらん,王族の結婚は責任だ」


「だが王位を巡る争いは避けねばならぬ」


「それは子らに正しく継承させるためだ」


「だから私は最善を選んだ」


「最善?」


「愛は伝えた。結婚は断った。その代わり、一生困らぬ財産を贈った」


リチャードが手を挙げて待ての仕草をした。

そしてゆっくりと口を開いた。


「……誰に」


「ヒース修道院のローザリーだ」


「ヒース修道院?」


「そうだ」


「白い衣を着ていた?」


「そうだ」


「院長を支えていた?」


「そうだ」


「修道女見習いだと思ったのか」  


「違うのか?」


長い沈黙が流れた。


リチャードはぐったりと椅子にもたれ、天井を見上げた。


「ウィリアム……」


「何だ」


「お前は最後まで人の話を聞かなかったな」


「……?」


「彼女は修道女ではない」


「…………」


「ローザリー・ヒールディア伯爵令嬢だ」


私は瞬きをした。


「修道院再建の責任者として滞在していただけだ」


「…………」


「父上は、お前に会わせるために視察を命じられた。

彼女は王族の婚約者候補だった、公爵家を継いで間もないお前には必要な女性かと」


「…………」


「私は、お前がようやく恋をしたと聞いて安心していた」


「…………」


「だから、婚約の話が進んだものと思っていた」


頭の中で何かが音を立てて崩れた。


修道女では……


なかった?


では、私は。


「……結婚できないと」


「自分で言った」


「愛の証を」


「金貨と契約書でな」


「…………」


リチャードは深いため息をついた。


「お前という男は」


そのとき、侍従が駆け込んできた。


「失礼いたします!」


「何事だ」


「ヒールディア伯爵家より届けがございました」


嫌な予感がした。


「申せ」


「ローザリー様は、本日未明、ヒース修道院を発たれました」


「どこへ」


「隣国の修道院再建支援のため、伝道師補佐として旅立たれたとのことです」


私は立ち上がった。


「まだ間に合う」


「ウィリアム」


「説明すれば——」


「無理だ」


リチャードが静かに言った。


「おそらく王命による派遣だ」


「…………」


「それに」


リチャードは少しだけ笑った。


「お前は最初に、結婚はできないと言った」


「…………」


「そのあとで、大金まで渡した」


「…………」


「普通の令嬢なら、きっぱり断られたと思う」


私は何も言えなかった。


あの日。


彼女は何度も何かを言いかけていた。


そのたびに私は遮った。


私は、自分の言葉ばかり話していた。


最後まで。


彼女の気持ちを、一度も聞かなかった。


窓の外では、初夏の涼しげな風が木々の間を抜けていった。


私は初めて知った。


愛とは、伝えることだけではない。


相手の言葉を聞き、その思いを汲むことでもあったのだ。






お読みいただき、ありがとうございました。

「言葉にしなかった想い」と「思い込み」が重なったら、どうなるのだろう。

そんな勘違いから生まれた物語でした。

少しでも余韻を楽しんでいただけたなら嬉しいです。澪

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― 新着の感想 ―
面白かったです
ここまで思い込み激しいとローザリーと両想いってのも勘違いでは。
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