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軍師と商会

 

 冒険者ギルドを後にしたロアが次に向かったのは、街の中心街へと向かう大きな街道だった。

 

 通りに面するように立ち並ぶ煉瓦造りの建物たち。

 冒険者ギルドが近い為か、その殆どは人が暮らしている住居というよりかは商会の方が多い。


 『神官』のいないパーティでは必要不可欠な、薬草やポーション類を専門に取り扱っている店、パンを乾燥させて固めたもの(味については言うまでもない)携帯食料やその他冒険道具、工具を揃えた商会、様々だ。


「ん、ここかな」


 ロアは目的の商会名が書かれた看板を見つけると、木板の扉へと手をかけた。

 扉に取り付けられたベルがカランカランと軽快な音を鳴らす。


「いらっしゃいませ〜、"パピルス商会"へようこそ!」


 会計場には若い青年が、店番をしているのは彼一人らしい。


 ここは『パピルス商会』。

 初めてパトレアの街に訪れた時に出会った、マシュー、カレン、ケリーの商会だ。


『パピルス商会は、街の大通りに店を構えているんだ、良ければ来てね』

『冒険者ギルドとも偶に取引をしているの、必要なものがあれば見てらっしゃいな』


 別れ際にそう言われた為、来てみたはいいもののどうやらあの三人は出払っているらしい。間の悪いタイミングで来てしまった。


「まぁ、もうしばらくはこの街にいるしな……取りあえず必要なものを買い揃えよう」


 ロアは手元に握られた小さな紙切れを広げる。

 そこには几帳面な文字で『応急処置道具』、『使い勝手の良いナイフ』、『ローブや装備類』……など、今日買う予定の物がリストされていた。


 (いやべつに、ちょっと前まで物忘れしがちになって癖になったわけとかではないし……今の俺なら昨日の夕食だって思い出せるさ!)


 誰に見られるわけもなく、一人虚しさをグッと堪えた。


 もう一度リストに目を通す。

 手持ち無沙汰でここに至ったため、旅に必要なものはそこそこ……否、結構ある。


 壁のようにぎっしりと敷き詰められた商品棚の中から一つ一つ目的のものを探し出すのは、子供の姿では不便だろう。


 (ふっふっふ……俺は皇国では軍師と呼ばれた男。この程度の事、造作もないさ!!)


 ロアは会計口へと向かった。


「そこのお兄さん、少しよろしいでしょうか?」


 うん、こういうのは店の者の仕事だ。

 子供姿を最大限利用して楽するのが一番。……うん、中身がそこそこおじさんなのは置いといて。


「はいは〜い、おつかいかな〜ボク?」


 店員の男はへにゃりと笑みを浮かべると、目線をロアと合わせた。ちょっと顔が近いのは、多分気のせいだ。


「はい!ここに書いてあるものを買ってこいと頼まれて!」

「そっかぁ〜その歳で偉いねぇボク」

「はじめてのお店で、どこにあるのか分からないんです……」

「うんうん、お兄さんが探してあげるからお利口に座ってな〜。あ、おやつ食べる〜?」

「頂きます!!」


 親切な青年は、ロアを客間へと案内してくれた。

 趣味の良い装飾に、片隅まで手入れの行き届いた室内。貴族であるロアの目から見ても、文句のつけようがないくらい整えられていた。

 ふかふかのソファへと座り大人しく待っていると、程なくしてロアの前には、黄色くぷるぷるとしたもの……"プディング"が出された。


 (――……プディングなんて数十年ぶりだな〜)


 やや感慨深い気持ちに浸りながら、そっと一口。


 卵の優しい甘みが舌に蕩けた。ほろ苦いカラメルも、さっぱりしていて食べやすい。

 ロアは舌鼓しながら、プディングを堪能した。プディングはあっという間に空になった。


(……よし、皇国に帰ったら、料理長に頼んで珈琲のお供に出してもらおう、そうしよう)


 普段は『子供っぽいものは苦手だ』と、甘味を避け、珈琲しか口にしなかったあの皇国の軍師が、唐突に『プディングを食べたい』と告げたならば……。

 それを聞いた者たちは、ロアが口にした事実よりも、自分の耳を疑うことになるだろう。


 それほど異常な事態であることなど、ロア本人が自覚することはなかった。



 暫く窓の外を眺めていると、ガチャリと客間の扉が開かれた。

 もうリストにあったものを探してきてくれたのだろうかと、音のした方に視線を向ける。

 しかし、そこに居たのは意外な人物だった。


「おっと……君は」

「マシューさん!!」


 客間へと姿を表したのは、くすんだ赤髪を束ね、丸眼鏡を掛けた男、マシューだった。


「お久しぶりです、とは言っても数日振りですけどね」

「ロア、僕の商会に来てくれてたんだね。あの後は、無事に冒険者になれた?」

「はい、初依頼も達成して報酬も貰えました」

「凄いじゃないか……!!あぁ、それで僕の商会に来てくれたんだね」


 マシューはロアの黒い髪を撫でながら、ふんわりと目尻を細めさせた。


「あ……っ!商会長〜、そこには小さなお客様が〜!!……って、知り合いですか?」

「ハリーか。そうだよ、この子はロア。僕の……えっと、拾った子だから、――養子?」

「"知り合い"です」


 間髪入れずに応えたロアに、隣にいたマシューはしゅんと眉を下げる。

 いやいや、そんな顔しても、俺は誰の子にもなった覚えはありませんから!


「コホン……それで、こっちのお兄さんはマシューさんの商会の方ですよね」

「そういえば紹介してなかったね、この子はハリー、ケリーのお兄さんだよ」

「あぁ、ケリーのお兄さん」


 確かに、顔立ちこそこっちの方が大人びているが、青い髪色が同じところや、人好きらしい雰囲気なんかケリーとそっくりである。


「商会長の知り合いだったのか〜、俺粗相してないよね……大丈夫だよね??」

「彼には良くしてもらいました」

「ハリーは良くも悪くも子供と距離が近いから……、嫌なことされたならはっきり言っていいからね」

「えっ、商会長、それってどういう……」


 あのマシューがそこまで言うとは、こいつはなにをやらかしたんだ……。


 本人は無自覚らしいが。 



「ハリーさん、僕の頼んだものは集まりましたか?」

「うん、取りあえず店にあるものは集まったよ〜」


 客間の机に、どっさりとハリーの抱えていた物が置かれた。


 包帯やちょっとした止血や傷口に使えるものが揃えられた応急処置道具。刃こぼれしにくい作りの、短めのナイフが一本に、革を鞣した丈夫そうな鞄。

 雨避けにもなる薄手のローブと子供サイズの編み上げブーツ。厚手の外套は見た目に反して軽いものだった。


 マシューはそれらを一瞥しただけで、何となく察したらしい。さすがは商人といったところだろうか。勘が鋭いのも商いのうちか。


「もう街を出るのかい?寂しくなるね」

「はい、次は王都に向かおうかと」


 ロアはこくりと頷く。一方隣からは、


「え……っ?!これっておつかいじゃなかったの?!」


 と、ハリーが驚愕の声を上げていたが、スルーしといた。



 まるで俺が騙したみたいじゃないか……。もっとも、事実としては否定できないのだが。


 

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