軍師とシゴデキ冒険者
――封石の迷宮入口前
そこには、ニコラスの『緊急召集令』によって呼び出された、街に滞在中の冒険者たちが集められていた。
彼らの視線の先には、剣を腰に付けたパトレア支部のギルドマスター、ニコラスの姿があった。今は、今回の迷宮攻略における作戦の説明中だ。
「――先行主力部隊はオットーの『白狼の牙』率いる第一班と、シーラの『星読み屋』率いる第二班だ。それらに後続する形で、B級パーティをリーダーとした編成部隊が迷宮に突入する、詳細は各班の部隊リーダーに説明した。各自、自分の部隊を確認しろ」
指示通り、ロアも配属された部隊に目を通す。
配属先が書かれた紙切れは、この迷宮に到着した際にギルド職員から手渡された。
書かれていた数字は『7』だ。多分、七班ってことだろう。
「それにしても……子供の世界って大変だな、見渡す限り壁、壁、壁……」
呟き、ふぅ……とため息を零す。
ここには、屈強な冒険者たちしかいない。まぁこれから魔物退治をするのだから、当然といえば当然だが。
あの強面三人衆(三話参照)が持ち上げてくれなければ危うく踏み潰されてしまうところだった……。
「お、あそこが七班の部隊かな」
しばらく探し回ったところ、『7』と書かれた看板を手にした冒険者を見つけた。
そこには、十数人の若い冒険者たちが既に集まっているようだった。
「……よし、十分経った。大体集まったよな?それじゃあギルマスからの指示を共有するぞ〜」
ロアが着くと、丁度、剣士らしき若い男が冒険者たちの前に姿を見せる。その背後には弓使いと、魔法使いが控えていた。
……少しギリギリだったか。まぁ間に合ったならいいや。
確かB級パーティが部隊リーダーを取るんだったか……、とすればこの男はB級冒険者ってことになるんだろう。
「まず始めに、部隊リーダーはこの俺、レンが率いる『疾風の旅団』だ。見ての通り、この部隊は駆け出し冒険者を中心に構成されている。基本的には前線への補給が仕事だな、まぁ要は雑用ってことだ。補給地点についてだが――」
レンと名乗った冒険者は、挨拶もそこそこに今回の作戦について情報共有を始める。
(相手は初心者冒険者、とすれば補給地点へのルートと緊急時の対応に最低限重点を置けばいい。うんうん、仕事できるなぁ)
ロアは心の中でパチパチと拍手を送った。
やはり……国家の中枢で働いていると、どうしてもそういう目線となってしまう。職業病というやつだろう。
一方、『雑用』という言葉に周囲の若い冒険者たちは顔を顰めさせ、目に見て落胆していた。
あわよくば、今回の作戦でギルドマスターに名を売ろうと考えていた者もいたのかもしれない。やる気があるのはいいことだが、自分の実力を過信し過ぎるのも戦場では命取りとなるだろう。
「……せっかく冒険者になったのに雑用かよ」
「緊急召集令なんて出すから期待していたのにな……」
(ほーらでた。さて、部隊リーダー殿はどう出るのかなぁ……?)
ロアは横目で、やる気の削がれた新人冒険者を眺めながら、部隊リーダー……レンの反応を伺う。
ドゴォォォオン!!!
「う、うわぁあ!!」
「な、なななんだ?!?!」
突如として、人間の腕ほどの何かが眼前に降ってきた。
咄嗟に身を躱した周囲の冒険者たちは、その場で尻餅をつき、あるいは腰を抜かして、立ち上がれないようであった。
足元に視線を落とせば、地面を貫いて突き立つ岩の大剣があった。ほんの僅かでも落下地点がズレていたら、何人かの冒険者は串刺しになっていただろう。
(これは、地属性の魔法か)
コンコンと硬質な音の鳴るそれを手の甲で叩きながら、その目で大剣を観察する。見たところ【地属性魔法】によって生み出された、岩の大剣みたいだ。
「おいコラてめぇら……」
この凶器を放った張本人から、ドスの効いた怒声が響いた。
「補給も立派な仕事の一つだからな。何せ前線は消耗戦だ、ポーションが無ぇ、包帯が無ぇ、そんな些細なことで命取りになる。くれぐれも気を抜いてやろうだなんて思うなよ?命掛けて戦っているやつがいることを、絶対に忘れるな」
「「「は、はいぃ……」」」
「フン……」
先程までの反抗的な態度はどこへやら……冷や汗を垂れ流し、青白い顔をして半ベソをかいているザマである。
よほど、今さっきの大剣とレンの鬼迫が恐ろしかったらしい。その単純さに、ロアは呆れたように視線を逸らす。
「レン、そろそろ私たちの番みたいよ」
「おぉ意外と早かったな、お前ら〜早くしねぇと置いてくからな〜!!」
今だ腰を抜かしている新人冒険者たちを叱咤し、レン率いる『七班』は封石の迷宮へと向かうのだった。
――その頃、封石の迷宮……下層三十階地点、最前線野営地にて。
「は……?あのチビを手違いで七班に送った?アイツはこっちにするようにって散々いっただろうが……」
何度も何度も頭を下げるギルド職員に、ニコラスは項垂れるように額を抑える。
そう、予定ではあのチビ……ロアは前線に来させる予定であった。勿論、あんな子供と下層の魔物を対峙させるつもりはない。戦力としてではなく、あの子供の持つ知識を使うためだ。
『――ンン……ッ、話を戻しますが、その『テトラ遺構群』には魔力を遮断する結界と転移魔道具が発見されたと……記録に残されていました。
まぁ……転移魔道具いっても一瞬で移動できるような代物ではなくて、少しずつ転移地点に吸い寄せられていくような微弱なものですけどね』
『つまり、行方不明になった冒険者たちは知らず知らずのうちにその遺構群に辿り着いて、戻れなくなっていると?』
『その可能性は高いです。戻るには転移魔道具を解除しなくてはいけませんから』
まるで本物を見たことのあるような口振りで、淡々と己の見解を口にするあの子供の姿を、ニコラスは思い出す。
少なくとも、このパトレアの街にいる学者や冒険者、ニコラスを含めても、一番の知識人はアイツに違いない。それだけは、昨日の話だけでも理解できた。
そして、奴は言っていた。『転移魔道具を解除しなくてはならない』と。何故奴は、あの時『専門家を呼ぶべきだ』、『破壊は不可能だ』と口にしなかった?
ましてや、『転移魔道具の解除がなければ迷宮を脱出出来ない』と知っているのに。
……つまり、奴はその『解除方法』に心当たりがあるということになる。
だからこそ、ロアを前線に同行させるつもりだったのだが――。
「はぁ……」
「なんだよギルマスのおっさん、いつにも増して眉間のシワが濃いぜ?」
ニコラスの元に、片手に槍を手にした獣人族の男が擦り寄ってきた。
『白狼の牙』のリーダーであるオットーだ。地毛である白髪の隙間からは小さな耳がぴょこんと飛び出している。本人曰く、自称『狼の獣人』らしい。
「もしあいつが来なかったら、お前と一生……死ぬまでここにいるかもしれないのか」
「え、なに、こわい」
「俺も恐ろしい……」
ニコラスは真顔のまま、この自称狼の獣人から距離をとった。ニコラスがオットーを避けるのはいつものことであるため、オットーは今更ショックを受けることはない。
「まぁまぁ安心しろよおっさん〜、この百獣の王たるオットー様にかかればどんな魔物も今夜の晩飯にしてやるからさ」
「魔物の肉は嫌いだ……あと、馬鹿のお前にはこれは対処しようがない」
「なんだよ〜……いつにも増して毒舌じゃん、ポイズンスライムでも食ったのか〜?」
アッハッハと豪快に笑い声を上げながら、オットーはニコラスの肩をバシバシと叩き始めた。
ニコラスから漂う不穏な空気にも気付かずに……。
オットーこそが、危うく今夜の晩餐にされそうになったのは言うまでもない。




