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転生先の王太子にはヒロインがいるのでこの恋は諦めないといけない。はずなのに

作者: 陽ノ下 咲

 私は公爵令嬢、イザベラ・ローゼンベルク。


 何の不自由もなく我儘放題に育っていた私が、唐突に前世の記憶を思い出したのは、八歳になった頃のことだった。

 

 前世の私はブラック企業に勤め、毎日、心も体もすり減らしながら働く典型的な社畜だった。

 新卒で入社した会社では、どんなに徹夜しても成果は上司の手柄になり、褒められるどころか罵倒される日々。

 やる気も気力も失い、ただ機械のように働き続けるうちに、少しずつ心は閉ざされていった。

 人を信じることが怖くなり、誰かの成功を喜ぶことすらできない。愛情を向けられれば裏を探し、疑念に囚われる。

 いつしかそんな人間になってしまっていた。

 そしてある雨の夜、擦り切れた心のまま信号を見落とし、迫るトラックのライトを見つめながら思った。


 ー幸せって、なんだっけ。


 社会人になってから友達とも会わず、恋もせず、報われないまま、私の前世の人生は二十四歳であっけなく終わった。



 そんな記憶を思い出した瞬間、涙が止まらなくなった。

 温かいベッドの上で、天蓋を見上げながら、私は子どもの身体のまま、声を殺して泣いた。

 だけど気づいた。今の私はまだ八歳だ。そして、名門ローゼンベルク公爵家の娘でもある。

 鏡の前まで移動して、改めて自分の顔を見る。

 鏡の中にいたのは、前世で生きる気力もなく表情を失っていた私とは違う、赤い髪に少し吊り目がちな緑の瞳を持つ、気の強そうな少女。

 今まで気にしていなかったけれど、なかなかに整った顔立ちをしている。磨けばきっと、将来は相当な美人になるだろう。

 けれど、その目つきには、日々のわがままな生活のせいか、少し険しさが滲んでいた。


「……これは、いけないわ」


 私は鏡の前でそう呟いた。

 前世では人を信じられなくなって壊れてしまったけれど、今度こそ、幸せな生き方をしたい。

 もう二度と、誰かを傷つけたくないし、何より、自分を嫌いになりたくない。


 変わりたいと思った時が、きっと変わり時だ。人は、何度だってやり直せる。


「私はこれから変わってみせるわ!今度こそ、自分が誇れる自分になって、そして絶対、幸せになるのよ」


 その日から、私は生まれ変わったように「いい子」になった。人に優しく、自分に厳しく。どんな時でも感謝の心を忘れず、礼節を守る。


 私の突然の変化に、メイドたちからは「頭でも打たれたのですか」と言われ、執事たちには「お嬢様は人が変わられたようだ」と噂された。

 けれど、誰よりもこれまでの愚行を恥じ、変わりたいと強く願っていたのは、他でもない私自身だった。

 毎日少しずつ、人に優しく接することを心がけて過ごした。

 すると次第に、周囲の人たちの表情が柔らかくなり、私に向けられる言葉も変わっていった。

 そうして積み重ねた努力は少しずつ実を結び、十歳になる頃には、屋敷を訪れる人々や貴族の子女たちの間でも、人柄の良さが評判を呼ぶほどまでになっていた。


 ああ、やっと、私の世界は優しいものに変わり始めたんだ……。


 そう感じていた、ある日。

 王太子殿下、レオンハルト・グランツ様から、婚約者候補として名前が挙がったと知らされた。


「え……殿下の、婚約者候補……?」


 あまりの話に固まる私を見て、母は嬉しそうに微笑んだ。


「イザベラの優しさが王宮にも伝わったのよ。王妃陛下もあなたを気に入られたそうよ」


 胸の奥で、心臓が高鳴った。

 これはきっと、神様がくれた新しい試練。傲慢に生きていた私が、今度は他人を想って行動できるかどうか、そう問われている気がした。


 そして数日後。

 王城の庭にある白いガゼボで、初めて彼と会った。

 風に揺れる金の髪、宝石のような碧眼。幼いながらも整った顔立ちは、まるで彫刻のようだと思った。

 けれどその瞳は、氷のように冷たかった。


「イザベラ・ローゼンベルクです。お目にかかれて光栄です、殿下」


 丁寧にお辞儀をしても、彼の表情は変わらない。ただ、どこか虚ろな声で、「ご苦労」と短く告げられた。

 その瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。


 この表情を、私は良く知っていた。彼はまるで、前世の私、そのものだった。


 信じることをやめて、誰からの言葉も届かなくなっていた、あの頃の私。

 どんなに光が差しても、それが自分に向けられているとは思えなかった、あの頃。


 たった十歳の少年の瞳に、そんな絶望が宿っているなんて。

 ……そんなの、あっていいはずがない。


 私は激しい憤りを覚えて、彼の周りにいる使用人達を見た。

 使用人達は、まるで彼の心には無関心な態度で、彼の今のこの状況には、誰一人として気づいていない様子だった。


 気がついた時には、私は駆け寄って、彼の身体を抱きしめていた。


「殿下……これまで、とてもお辛かったでしょう」

「な、なにを……、離せっ!」


 驚いた殿下が声を荒げても、私は止まれなかった。

 涙が頬を伝い、震える手が彼の背中を包む。

 温かい。それだけで、どうしようもなく胸が苦しくなった。


 そして、前世の私が、あの時一番欲しかった言葉を彼に伝えた。


「……その境遇で、ずっと頑張ってきたあなたは、とても偉いです。だから、大丈夫。あなたは誰よりも強い人だもの」


 殿下の身体がピクリと震えた。

 怒りも拒絶もなく、ただ戸惑いのような静けさが残る。私はさらに優しく抱きしめながら続けた。


「……でもね、もしもう駄目だってなったら、その時は私が支えます。だから、もう一人じゃないですよ」


 その瞬間、小さく息を呑む音がした。そして、殿下の手が、おずおずと私の背中に回る。

 彼は震えていた。きっと、泣いているのだろう。見ないように顔を逸らして、代わりに背中をゆっくりと撫でた。温もりを確かめるように、そっと。


 静かで穏やかな時間が二人の間に流れた。柔らかな風が髪を揺らすたび、胸の奥までじんわりと温かくなる。

 やがて、殿下が小さく息を吐き、腕を離した。


「……イザベラ、取り乱してすまなかった。もう大丈夫だ」


 顔を上げた彼は、少しだけ照れを含んだような、少し情けなく見える表情でそう言った。

 その表情は、先ほどまでとはまるで違った、とても晴れやかなものだった。


「ええ、その様ですね。レオンハルト殿下」


 心から嬉しくなった私が微笑みを浮かべてそう告げると、殿下が頬を赤く染めた。


「……できれば、敬称は付けずに、レオンハルトと呼んでくれないか。君にはそう呼ばれたいんだ……。それから、敬語もない方がいい」


 その照れたような声音に、思わず心臓が跳ねた。

 あの冷たい瞳の少年が、こんなにも可愛らしい表情を見せるなんて。

 私はにっこりと笑いながら、頷いた。


「……分かったわ、レオンハルト」


 その瞬間、彼が満面の笑みを浮かべた。

 心の底から初めて笑ったような、そんな柔らかい笑顔だった。


 この時から、私にとっての「幸せ」は、レオンハルトが笑って生きていることと、同じ意味になった。


 

 それから、私たちは頻繁に会うようになった。一緒に勉強したり、剣術の稽古を見学させてもらったり……。


 時折、レオンハルトは自分の境遇を話してくれた。

子どもが背負えるものではない、とても過酷な内容だった。

 聞くたびに胸が締め付けられそうになった。

 それでも私は、出来る限り彼に寄り添おうと必死だった。

 どこまで届いているかは分からない。けれど、彼のわずかな表情や仕草から、私の気持ちが伝わっていることを感じられて、それだけで、心の底から嬉しくなった。


 彼は王太子だから、歳を重ねるごとに忙しくてなかなかタイミングが合わない事も増えていったけれど、時間を見つけて出来る限り一緒に過ごした。そしてその時は、いつもとても幸せそうな笑顔で微笑んでくれた。



 そして月日が流れ、十五歳になったとき。

 彼は誰もが認める、完璧な王太子となっていた。

 容姿も、知性も、礼節も……。どれを取っても非の打ちどころがない。それは全て、彼の努力の賜物だった。


「レオンハルトは、本当に努力家よね。心から尊敬するわ」


 私が感動してそう言うと、彼は静かに私の方を見て、照れたように頬を染めた。


「いつも君がそばに居てくれると思うから、俺は頑張れるんだ」


 その瞳の熱に、言葉を失う。青く澄んだ光が、私の心の奥まで見透かすように輝いていた。


 胸の奥が、また、少し痛んだ。

 この痛みの名前を、私はまだ知らない。




 そして、私たちは十六歳になった。

 十六歳から十八歳までの三年間、貴族の子息たちは王立学院に通う。貴族社会における教養、政治、礼儀といった、多くのことをこの学院で学び、次代の礎を築くための三年間。


 入学試験の結果、レオンハルトは当然のように首席だった。私は努力の甲斐あって八位に入ることができたけれど、彼との差はやはり歴然だった。


「やっぱりあなたは本当に凄いわ、レオンハルト」


 試験結果を見ながらそう言うと、彼は少し照れたように笑いながら言った。


「イザベラに、かっこ悪いところなんて見せられないからな」


 どうしよう。そんな風に言われるたび、胸の奥がきゅうっと締めつけられる。彼の微笑みひとつで、体温が一気に上がっていく。


 好き……。


 私は、彼に恋をしている。そんな自覚が、じわりと心を染めていった。


 けれど、このときの私はまだ知らなかった。この恋が、どんな形に変わっていくのかを……。



 入学式当日。

 真新しい制服に袖を通し、講堂へと向かう。

 王族や貴族の生徒たちが整列し、厳かな雰囲気の中、レオンハルトが壇上に立った。

 主席挨拶。堂々とした声が講堂に響き渡る。誰よりも美しく、誇らしく、そして頼もしいその姿に、私は目を奪われた。


 ……彼は誇りだ。


 同時に、彼の完璧さが、どこか遠い世界のものに思えてしまい、ほんの少しだけ、怖くもあった。

 

 次に登壇したのは、次席の少女だった。ピンク色の髪が光を受けて揺れ、紫の瞳がまっすぐ前を見据えている。その笑顔は、春の風のように柔らかかった。


「次席、リリア・ブランです」


 その瞬間、私は息を呑んだ。 


 ーこの子、知ってる。


 そうして私は気がついた。

 この世界は、異世界系ロマンス小説の中の世界だ。


 彼女は、この小説の主人公だ。高校生の時に夢中になって読破した恋愛小説だから、間違い無い。


 そして、同時に、気がついてしまった。

 

 私はその小説に登場する悪役令嬢、イザベラ・ローゼンベルクだということに。



 リリア・ブラン。

 庶民出身の特待生で、努力家で、優しくて、そして、レオンハルトと恋に落ちる運命の女の子。

 壇上で口上を述べる彼女の凛とした姿は、物語や彼女に夢中だった過去を差し引いても、とても輝いて見えた。


 壇上の彼女を見つめながら、私は小説のシナリオを思い出す。


 本来のストーリーでは、レオンハルトが次席で、リリアが主席だったはずだ。

 リリアに負けたことがきっかけで、彼の「負けたくない」という劣等感を刺激し、二人は最初、何かと衝突する。

 けれど、彼女と交流を重ねるうちに、リリアの優しさが、レオンハルトの心にあった闇を少しずつ溶かしていく。

 やがて二人は惹かれ合い、運命に導かれるように恋に落ちていく、……そんな物語だった。

 そして悪役令嬢の私はというと、二人の仲睦まじい様子と、リリアの真摯な努力を目の当たりにして、激しく嫉妬する。

 そして陰湿な意地悪を繰り返した末、最終的にレオンハルトの手によって断罪され、流刑の身となる、という展開だった。


 でも、主席か次席かの違いなんて、二人の間ではきっと大した差ではないだろう。

 リリアはあんなにも素敵な人だから、きっとこの後、レオンハルトは彼女に惹かれ、二人は幸せになるんだと思う。

 あの二人が出会い、恋をして、幸せになる。それが、この世界の“正しい物語”。


 だけど、どうせこうなるのなら、私たちの出会い方も物語通りにして欲しかった。物語では、政略結婚のための婚約だったはずだ。

 もしそうだったなら、もっと早くに気づいて、ここまで彼への恋心が育つ前に、この気持ちを手放せたかもしれないのに。


 「好き」という気持ちは、時にとても残酷だ。ドロドロした汚い嫉妬心で、心臓が張り裂けそうに痛む。

 ……物語の中のイザベラも、こんな気持ちだったのだろうか。

 図らずとも、彼女の心情と重なってしまった気がした。


 けれど私は、断罪されるのも流刑になるのも嫌だから、ここで大人しく身を引こうと思う。


 それに何より、今の私にとって一番大切な事は、彼が幸せであることだから。


 これから先、レオンハルトと一緒に居られなくなるのはやっぱり凄く寂しいけれど、それも仕方ないことだと割り切ろう。彼の幸せの邪魔になるくらいなら、そっちの方がずっといい。


 そうして、私はいつのまにか大きく育ってしまっていた恋心を、手放すことを心に決めた。すぐには無理かもしれない。でも、きっと時間が解決してくれる。そう信じて。



 ……なのに、入学式が終わっても、彼とリリアが接触する様子はなかった。教室に入っても、レオンハルトは当然のように私の隣に座り、嬉しそうに微笑んでいる。


「イザベラと一緒に学園生活を送れるなんて、楽しみだ」


 まっすぐに見つめられて、視線を逸らす。心臓が痛い。苦しい。でも、やっぱりどうしたって、嬉しい。


「……そうね、私もよ」


 小さく笑って返したその瞬間、彼がふと眉を寄せた。


「イザベラ、もしかして入学式で何かあったのか?あの後から少し元気がないように見える」


 心配そうな声音が、優しく胸を撫でる。

 

 ああ、やっぱり私、この人を手放したくない。でも、駄目だ。彼の“本当の幸せ”は、きっとこの先にいるリリアなのだから。


「何でもないの。少し考えごとをしていただけよ」

「そうか、だったら良かった……でも何かあったらすぐに教えてくれ」


 そう言いながら彼は、心配を滲ませた表情で覗き込み、私の頬をそっと撫でた。不意に触れた指先の温もりに、全身がびくりと震える。


 ……やめて。そんな風に優しくされたら、心が離れられなくなるから。

 

 口には出せず、心の中でそう呟いた。



 それからも日々は穏やかに過ぎた。授業のあと、庭で一緒に本を読んだり、紅茶を飲んだり。

 けれど、どうしても気になってしまって、ある日、さりげなく聞いてみた。


「ねえ、リリアさんって、可愛いわよね」


 すると、レオンハルトはぽかんとした顔で首を傾げた。


「リリアさん?ああ、ブランさんのことか? ……そうだったか?」

「えっ……レオンハルト……、あなた、まさか覚えてないの?」

「うん。イザベラが可愛すぎて、他の人の顔なんて、あまり見てなかったから」


 ……反則。

 そう思うより先に、耳まで一気に熱くなる。笑って誤魔化そうとしても、声がうまく出ない。

 そんな私の顔を見たレオンハルトが、嬉しそうに微笑みながら、耳元にそっと口を近づけて、


「イザベラ、真っ赤だ……。可愛い」


 なんて言ってくるから、私の顔は余計に赤くなってしまった。


 これじゃ、手放せるわけないじゃない。


 でも、いつか必ず物語の流れは戻る。彼はリリアと恋に落ちる。だから、これ以上好きになっちゃいけない。


 私は少しずつ、彼との距離を取るようになった。授業ではあえて開始のギリギリに入室し、教室の入り口付近に座ったり、休み時間は他の友人と過ごすことも増えた。


 けれど、その小さな変化を、彼は見逃さなかった。


 ある日の昼休み。

 その日は一人で昼食の為食堂へと向かっていた。

 その途中、人気の無い中庭で、ふいに腕を掴まれた。咄嗟に相手の顔を見る。掴んでいるのはレオンハルトだった。

 驚く間もなく、背中が壁に押し当てられ彼の身体がすぐ目の前に迫る。逃げようとしても、彼の手がそれを許さない。

 壁と彼の体温の間に閉じ込められたまま、鼓動の音だけがやけに大きく響いた。


「イザベラ……最近、俺から逃げてるよな」


 低い声。その響きに、背筋が震えた。


「逃げてなんて……」

「嘘だ。君は嘘が下手だから分かる」


 彼の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。光のない、深い青。その奥に潜むのは、愛ではなく、焦燥にも似た何か。


「……俺から逃げるなんて、絶対に許さない」


 囁く声が耳元に届き、掴まれた腕の熱さと胸の鼓動に、思わず息を詰めた。


「レ、レオンハルト、痛いわ」


 顔を上げると、彼の表情はとても切なげだった。


「すまない……でも、怖いんだ。君が俺から離れていく気がして。誰か他の男と笑ってたら、胸が焼けるように苦しい」


 その言葉に、私の心臓は張り裂けそうに痛んだ。彼が、私の顔を覗き込んで、聞いてくる。


「イザベラ、俺は君のことが誰よりも好きだ。……君は?」


 少し不安気なその姿に、胸がキュッと締め付けられた。駄目だと頭では思っているのに、この感情に抗えなくて、泣きそうになりながら答える。


「……私だって、あなたが好きよ。ずっと、レオンハルトだけを、愛しているわ」


 言ってしまった。彼には、他にヒロインが居るのに。これは手放さなきゃいけない気持ちなのに。

 

 涙目になりながらそんな事を考えていると、彼の顔が、ふいに私の方へ近づいてきて、心臓が一瞬にして跳ねた。

 気づけば、彼の額が私の肩口に触れていて、鎖骨のあたりに静かに息がかかる。


 首筋をくすぐる髪の毛と、かすかな体温。それだけで全身が熱を帯びていくのが分かった。


「ちょっと……レオンハルト……」


 咎めるように名前を呼んだ瞬間、鎖骨の付け根あたりを強く吸われ、ちくりとした痛みが、熱を帯びて全身を駆け抜けた。


「俺も。愛してるよ、イザベラ。……絶対に離す気は無いからな」


 耳元に唇を寄せて、低く、甘い声でそう囁かれる。彼の唇が触れた箇所が熱を持ち、ジンジンと痛んで、ゾクリと身体が震えた。



 それからというもの、彼は以前にも増して、露骨に行動で示すようになった。

 授業の相談で男子生徒と話していると、いつの間にか間に入ってくる。会話を早々に終わらせると、私の腕を取って「イザベラ、行こう」と小さく告げた。まるで、周囲に“自分のもの”だと示すように。

 初めは戸惑った。けれど、その真剣な表情に、心が抗えなくなっていく。


「……どうして、そこまで私を想ってくれるの?」

「……君が俺を救ってくれたから。あの日、ガゼボで俺を抱きしめてくれただろ?あの瞬間から、俺の世界の中心には、いつも君が居るんだ」


 そう言って微笑んだ顔が、どうしようもなく優しくて。彼の重すぎるほどの愛が、嬉しくて、そして少し胸が苦しい。


 気づけば、彼の愛が、私の世界の中心になっていた。



 ある日、ふと気がついた。

 リリアとレオンハルトのストーリーが、一つも始まっていないことに。


 どうやら私は、気づかぬうちに、物語を改変してしまっていたらしい。


 物語の中核を担うはずの“悪役令嬢”の私が、彼を傷つける未来を拒んだ。それが、世界を書き換えてしまったようだ。


 だけど、当然後悔なんて無かった。


 だって、彼は今、とても幸せそうだから。彼が幸せであることが、出会ったあの日からずっと変わらず、私にとって、一番の幸せだから。


 彼の愛は重いと思っていたけれど、物語を改変させてしまうくらいには、私の愛の方が、相当重かったみたいだ。

 






本作を見つけてくださり、お時間を作ってお読みいただき、誠にありがとうございます!


ずっと書いてみたかった転生悪役令嬢ものに挑戦してみました。


一途で重めの愛が大好物なので、物語を改変するほどの深い想いのカップルは、書いていてとても楽しかったです。


ちなみに、イザベラ視点なのであえて入れなかったですが、イザベラは学院入学前からとても評判の良い令嬢だったので、最初から男子生徒から密かに高嶺の花扱いされていて人気があり、本人には聞こえていないけれどレオンハルトの方には噂話も結構耳に入ってきていて、それが凄く気になるし心配でもあるので、入学した初日からあえて周りに見せつける様に動いている、という裏設定で書いていました。



他にも、一途で重めな恋愛ものの長編を何作か書いております。もし興味を持っていただけましたら、ぜひそちらもご覧ください。

 

最後になりますが、ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました!また他の作品でもお会いできれば嬉しいです。


陽ノ下 咲

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