1話 -選ばれた者- (旧版)
『ハウゼン王国』。
その国の唯一無二の強みとは何か?
答えは、【勇者】という存在である。
精霊に愛され、魔王と相反する存在。
人類の希望であり、平和の象徴でもある。
ハウゼン王国以外で、勇者が誕生した事例は無い。
その理由は明らかにされていないが、恐らく『魔王領』に最も近いためであると言われている。
そんな勇者の役割と言えば、もちろん――
「99代目勇者、ベレス・ラーセルよ。そなたに【魔王討伐】の役目を与える」
「はい」
「明日より2週間、建国祭が開かれる。そのタイミングで勇者であるお主の存在を大々的に公表し、人類の希望の再来を告げるのじゃ。ラーセルよ、建国祭が終わり次第、偉大なる旅路に赴きなさい」
「……承りました」
「うむ。それまでは建国祭を楽しんでおきなさい」
謁見の間にて王に跪き、淡々と返事をする男。
彼こそが、当代の勇者「ベレス・ラーセル」である。
「全く……突然呼び出したかと思えば、『お前には勇者の素質がある』だと?その上、建国祭が終われば魔王討伐の旅に出ろだと?!無茶振りにもほどがあるだろう!!」
王宮を離れ、彼はベレス子爵家の自室にて愚痴を吐き連ねた。
ラーセルが自らを勇者と知ったのは、まさに今日。
あまりにも突然の通達に気が動転していた。
精霊に選ばれた無二の存在という喜び。
結婚を目前に控えていたが故の憤り。
2つの相反する感情が混ざり合い、彼は頭を抱えた。
何とか結婚式を建国祭に間に合わせることが出来そうだったのが、不幸中の幸いといったところ。
(はぁ……イレーナに謝らないとな)
彼は将来の計画を練ることが好きだ。
だが、今回の件は流石に想定外が過ぎる。
愚かな兄を出し抜いて次期当主になるという目標も。
対立しているグストゥナ子爵家の領地を合法的に勝ち取るための裏工作までも。
これまで築いてきた将来の計画が、全て水泡に帰した。
貴族の誰かが王家を唆して、自分を勇者に仕立て上げたのではとも勘繰った。
しかしフワフワと不自然かつ独りでに中身が入るコーヒーカップを眺め、驚きながらも受け入れることを決意した。
「はは……健気なペットだな」
溜息を吐く。
この世の不条理な利益には、必ず精霊という存在が伴っている。
精霊は古き時代より人を深く愛している不可視の存在と云われており、
「不治の病が突然治る」
「風が味方して崖から生存できた」
といった奇跡には、必ず精霊が関係しているという。
そんな精霊達の恩寵を一身に賜り、望んだことをある程度 叶えられるのが勇者という存在だ。
だが当のラーセルは精霊による恩恵がどの程度、強力なものかを知らない。というより大半の人間がそうであるが。
「なぁ、精霊。なぜ俺を愛した?魔王を倒せる器に見えるか……?」
弱々しくソファに座り込む。
精霊が入れた一杯を啜りながら、白紙に戻った人生設計を練り直す。
豪華な装飾が施された机の引き出しから、彼は赤黒い一冊の本を取り出した。
(はぁ……また計画を書き直さないと)
勇者という称号は、決して楽なものでは無い。
莫大な名誉が与えられると共に、その双肩には名誉など吹き飛ぶほどの重圧と責任がのしかかる。
加えて、いつからか勇者は魔王を倒すだけでなく、周辺諸国との外交まで一任されていた。
魔王討伐のための助力を乞うためである。
それもあって、旅がやたらと長くなった。
ベレス・ラーセルは外交経験が無く、勇者というには戦いに長けていない。
まさに、箱庭育ちのお坊ちゃんであった。
だがそれでも、運命は待ってなどくれない。
過去の勇者達もまた、皆が皆、勇者としての素質を持っていたわけでは無い。
何度挫けようが最後まで走ったからこそ、彼らは今世まで勇者として称えられているのだ。
決まったことはもう覆しようが無い。
今の彼に出来ることは運命に抗うことではなく、順応して適応することだ。
旅立ちまでの2週間、ラーセルはどこまで勇者らしくなれるのか。
貴族の坊ちゃんから、彼は勇者になれるのか。
ここから、彼の勇者としての物語は始まるのだ!
……多分。
七夕ですね!皆さんは何を願いますか?
私は、自分がこれから作っていく予定の物語が全て完成するまで健康でいたい、と願おうかなと思います!