3話 座学その1「勇者名簿」
アレリア子爵領から帰ったラーセルは、執事と相談していた。
イレーナから役割の話を聞いた彼は、そもそも勇者の役割を理解していなかった。
故に、まずはしっかりと把握しておく必要があると判断したのだ。
「現代の勇者は、『他国と外交する』『魔王を倒す』この2つの仕事を任されています」
「外交?期間とかは分かるか?」
「魔王討伐も考えると大体、3年から4年ほどでしょうな。昨今の緊張状態から考えるに、帝国との外交は怪しいですが」
「……まじかよ」
ラーセルは頭を抱える。
暗躍計画書の続きが書けないじゃないか!と憤った。
「戦いに関しては、あまり気にする必要はございません。強そうな魔物をライガスが倒して、その首を以て魔王としましょう」
「そんな適当でいいのか?魔王は実在するんだろ?」
「坊ちゃま、国王は何と仰いましたか?」
「魔王を討伐してこいって」
「はい。強そうな魔物がいればそれが魔王です。第一、魔王など現代では眉唾物の存在でございますからな」
「適当すぎないか?」
「政治とはそういうものです。民衆が納得するほどの醜悪な見た目の魔物を倒せば良いのですよ。魔物こそチラホラ見かけますが、国が滅ぶほどの数ではありませんからな」
どうにも納得できない様子のラーセルだが、そんなことなど意に介さぬ様子の執事は3冊の本を手渡してくる。
『勇者名簿』
『魔王という存在について』
『せいれいさん と いっしょ!』
「納得できないようでしたら、とにかく肉体を鍛えて技術を磨けば万事解決でしょう。後は事前知識を付けておけば完璧でございます」
「おいおい、童話が役に立つってか?」
「脚色は多分に含まれているでしょうが、意外と侮れませんぞ」
そう言って部屋から出ていく老執事。
今日1日、彼はとりあえず知識の地盤を固めることにした。
百聞は一見になんとやら。
勇者名簿から、彼は少しずつ読破していく。
「えーっと……文献によると、5代目の勇者の時代までは、勇者という肩書きすら無かった。正式にそう呼ばれるようになったのは、6代目からである……」
綺麗な文字で記されているその本には、初代勇者である「デイズ・ルーガニア」から、先代である98代目の勇者に関することまで網羅されていた。
初代勇者「デイズ・ルーガニア」享年?歳
”始まりの勇者とも呼ばれている人物”
”悪竜の心臓を剣で突き刺し、竜の魔力にて大魔王を討ち倒した”
”この一文のみが伝承として伝えられているだけであり、それ以外の情報はほとんど無い”
"精霊魔術、精霊剣術を後代の勇者達のために遺した"
”遺された文献が曖昧なものばかりなため、存在していたかも怪しい。そのためか、以降の勇者は皆【始まりの足跡を追う者】とも呼ばれている”
2代目勇者「シモン」享年?歳
”彼は、暗黒より蘇った魔王を討ち倒すべく立ち上がった”
”旅立ったのは30を過ぎてから。傭兵上がりの彼は、豪快な剣と筋力、そして傭兵仲間達と共に魔王討伐という偉業を成し遂げた”
”彼は最後まで精霊の助けに気が付かなかったという”
3代目勇者「デマニシモ」 享年(推定)190~220歳
”最強の勇者は誰かと聞かれると、必ず名が挙がる勇者。別の名を「ラグナロク」”
”20メートルを超える黒曜の大剣を羽のように振るい、大熊を素手で屈服させ、叫びで大海を割った大豪傑。一説によると、精霊は彼に圧倒的な肉体を不条理な利益としてもたらしたとか”
”貧困の村出身だったという記述もあり、現代では脚色が過ぎるという意見も出ている”
……
…………
6代目勇者「ハンス」享年78歳
”初めて精霊との意思疎通に成功した勇者”
”彼女らの声に導かれるまま、彼は僧侶、後衛指揮、斥候を仲間として加え、前衛として役割を全うした”
”天剣を振るって魔王の防御を突破した”
”砕けた天剣の代わりに振るった■■にて、魔王の心臓を破壊した”
”魔王討伐後も、彼は現役を退くまで若者たちを強く鍛えたという”
7代目勇者「ベルセルク」享年?歳
”6代目とは打って変わって、精霊と全く意思疎通の図れなかった勇者”
”特殊な体質であり、彼の振るった斬撃は鋼から魔術に至るまで、全てを斬ったという”
”勇者に似つかわしくない狂気的な性格だったらしいが、恋人には弱かったらしい”
”その体質もあって、■■も天剣も無しに魔王を討伐することに成功する”
”しかし、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■”
黒く塗りつぶされまくった箇所がある……
10代目勇者「ブルーゼウス」享年52歳
”黎明の勇者、あるいは精神の勇者とも呼ばれている”
”魔王討伐後、彼は貧民街から周辺諸国にも手を差し伸べた”
”孤児院の建設、水の濾過方法、作物の作り方、畜産に至るまで。彼はその地に住まう人々と共に学び合いながら、各地をより良くしていったという”
27代目勇者「アガレゾ」享年38歳
”貧民街の出自から選ばれた勇者”
”だが精神は間違いなく勇者であり、仲間を見捨てることは決してなかったという”
42代目勇者「ハロ」享年46歳
”■■■■に■■と■■■■が■■■勇者”
”精霊と意思疎通を図り、彼女らの全面的な協力によって魔術を極めた”
”魔術師である彼は前衛を多く雇い、遠距離からの強力無比な魔術を得意とした”
79代目勇者「マットス」享年33歳
”趣味は行きつけの酒場で飲むこと”
”若い女を酒に誘い、豪快にパーティーを開いた”
”平凡な傭兵だったが、勇者に選ばれた”
”魔王討伐に失敗している”
84代目勇者「モイラ」享年29歳
”精霊の力のみで魔王を倒した”
”因果関係は不明だが、■■■■■■■■■■■■■早々に逝去したという説がある”
85代目勇者「■■■■■」■■■■
”■■■■■■■■■■■”
”■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■”
”魔王討伐に失敗した”
86代目勇者「■■」■■■■
”■■■■■■■■■■■■■■■■■”
”■■■■■■■■■■■■”
”■■■■■■■■■■■■”
”魔王討伐に失敗した”
……
90代目勇者「■■」■■■■
”■■■■■■■■■■■■■■■■”
”■■■■■■■■”
”■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■”
”魔王討伐に失敗した”
94代目勇者「■■■」■■■■
”■■■■■■■■”
”■■■■■■■■■■■■■■■■”
”■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■”
”魔王討伐に失敗した”
98代目勇者「■■■■」■■■■
”■■■■■■■■■■■■■■■■”
”■■■■■■■■■■■■■■■■”
”■■■■■■■■■■■■■■■■”
”魔王討伐に失敗した”
98代目までを読み終え、彼は滝のような汗を流した。
後半。85代目以降の勇者全員が、魔王討伐に失敗している。
伝聞紙では、20年振りに勇者が見つかったという記載がされていた。
つまり勇者のサイクルが最低20年ごとだと仮定しても、200年以上もの間……
「おいおい、死んだわ俺」