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報われぬ者達の王  作者: 星風 夜海
1章 勇者誕生編(改訂版)
3/24

2話 役割

 日差しで熟した土と草の香り。

 吹き抜ける心地のいい風。


 『アレリア子爵領』。


 ベレス子爵領に隣接している牧草地帯であり、放牧が盛んに行われている。


 自由奔放に牛が群れ、老若男女の牧人達が粗いブラシで毛並みを整えている。

 ()()()()()()機嫌が良さそうな牛から、木桶(バケツ)を下に置いて乳をしぼっている様子が窓越しに伺えた。


 共栄共存のなだらかな丘陵地帯。

 歳を取った牧人もいれば、若い牧人もチラホラと見える。

 その中でも、特に長い金髪が目立つ女性がいた。


 丁寧に櫛で梳かれた美しい金髪。

 それとは対称的に、作業着と顔を牧草と土で汚している。


 牧人達に混ざって牛の世話をする、高貴な身分を持った女性。

 瑞々しさを感じさせる、シアン色の瞳。


 彼女は、「アレリア・イレーナ」。

 名前から分かるとおり、この地を治める当主の一人娘である。


 おばあさんと一緒に乳搾りの作業をしている時、騎士を連れた豪華な馬車がこちらに向かってきていた。

 その馬車と窓から顔を出した男に、彼女は見覚えがあった。

 整えられた真紅の短髪、黄金の瞳。ギザギザとしたチャーミングな歯。



「イレーナーーー!!!」


「……ラーセル?」



 ◇



 邸宅に招かれ、ラーセルはコーヒーを1杯いただいた。

 普段飲んでいるものとは風味が違う。これはこれで美味い。


 対面して座っているイレーナは、ラーセルの幼馴染である。

 信頼して、何でも話すことができる数少ない友人だ。


「調子はどうだい?」


「いつも通りよ。おばあさん達の酪農業の手伝いから父さんの書類仕事の補佐。ラーセルは?」


「こっちはちょっとしたトラブルがあったというか、選ばれたというか」


「???」


 だが、何でも話すことが出来るといっても限度はある。

 勇者として選ばれた件に関して相談しに来たが、少し見送った方がいいかもしれない。


 対面して、彼女の反応を想像したラーセルは口を噤んだ。


「そういえば、聞いた?新しい勇者が見つかったんですって!」


 噤んだ口からコーヒーが噴き出た。


「ちょ、どうしたの!?」


「ゴホッ!ゴホッ!あぁいや、何でもないさ」


「そ、そう?」


 どことなく気まずい気持ちで零したコーヒーを拭く。


「良かったら記念に見に行かない?」


「あぁ……うーん、まぁ建国祭は一緒に行きたいよね」


「勇者は?」


「えー、ははは……まぁまぁ」


 イレーナから目を逸らし、指を三度鳴らした。

 左手の小指と薬指を畳みながら、親指と人差し指、中指を外に弾く形の、奇妙な鳴らし方である。


 この流れで自分が勇者ですと言ってしまおうか。

 半ば呆然としながらここへ来ただけに、どうすれば良いものかと彼はより慎重になった。



「あ、そうだ!」


「?」


「せっかく来たんだし、手伝ってみない?」


「手伝い?」


 手伝い……というと、馬車の窓から覗いた景色のことだろう。

 少し、ラーセルは悩んだ。だが悩むだけ無駄だろう。

 彼女の頼みを断れたことは、子供のころから一度だってない。

 つまり決定事項なのだ。


 昔からイレーナは活発で行動力が高く、ラーセルとは正反対の性格。

 未知のものに平気で突っ込んでいく彼女に、彼はずっと心惹かれている。


 いつか告白しようと計画を練り、告白よりも前に勇者となった。


(……待てよ。いつ告白できるんだ?)


 ラーセルは大きく目を見開いた。

 勇者として魔王を倒しに行くまでの期間を、全く考えていなかったのだ。


 他にも計画していることは多くある。

 それらを実行できるだけの時間があるかどうか。


 建国祭の最終日に勇者として世間へ公表される。

 そしてそのまま旅立ちという流れ。


 期間は……2週間しかない。


「い、イレーナ!!」


「?」


「そ、その………………い、行こう!手伝うよ!!」


「……?え、えぇ」


 勢い余ってこの場で彼女に告白しそうになったラーセルは、ギリギリのところで踏み留まった。

 やや不審者じみた行動が目立つ今日この頃。ご機嫌はいかがでしょうか。


 気晴らしにもなると思い、ラーセルは手を引かれるがままに着いていく。


 貴族の豪華絢爛な服から着替え、牧草と土の匂いが染みついた作業服に着替える。

 庶民の生活を体験するのが初めてだったもので、ラーセルは少し舞い上がった。


「じゃあ、好きな牛を選んで」


「えーと……あぁ、あの星みたいな模様の牛がいいな」


 サクサクと心地の良い草を歩き、星模様の牛をブラッシングする。

 汚れを落とすことで、牛の病気を予防する。コミュニケーションにもなるので一石二鳥だ。


(お?意外と力強く磨かないと……)


 掃除など、生まれてからほとんどしたことが無い。

 非力な彼には、その作業すらも重労働。


 両手を使って、力いっぱいブラシを擦る。

 単調な作業だが、皮脂の汚れを落とすには何度も上下を往復しないといけない。


 顔から尻尾の先端まで。

 磨き終える頃には、彼の腕はパンパンになっていた。


「もう疲れたの?」


「モー……疲れたね…………」


 別の牛を鼻歌交じりに磨くイレーナは慣れていることもあって容易い様子。

 既に2匹目へと着手している。


 その後も乳絞りから牧草運び、飼料を入れるなどの体験を行った。

 終わるころには、ラーセルは満身創痍。ボロボロだ。


「一つ、聞いてもいいかな?」


「なに?」


「どうしてこんな大変な作業を手伝うんだい?貴族らしくないというか……」


「?現地の仕事を知らないのに偉そうにできるわけないじゃない」


 貴族とは普通、偉そうにしているものだ。

 ”仕事を知らないのに偉そうにできるわけない”。

 さも当然のようにハッキリとそう言い放った彼女の態度には、一切の嘘偽りが無かった。


「みんな、自分たちの役割をこなしながら生きてるの。私は、ここの人達がどういう仕事で暮らしてるかを知りたいのよ」


「……それだけ?」


「それだけ!」


 凝り固まった典型的な貴族では決して考え付かない柔軟な思考。

 朝焼けよりも眩しい笑顔。もう数えきれないほど彼は見惚れてきた。


 彼女の在り方には、学べることが多すぎる。


(役割……役割、か……)


 勇者ですと報告出来なかったものの、思わぬ収穫を得たラーセル。

 黄金の夕焼けが世界に差し込む中、ここに彼の決意は固まった。



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