1章プロローグ 青年は舞台に上がる
改訂版を書かせていただきました。
まだ序盤も序盤ですが、旧版の1章と比べて多分ゴリっとストーリーが変わってますので、良ければ旧版と読み比べていただければと思います。
改訂版の1章は更新頻度……不定期です。
穏やかな潮風を吹かせながら、海は今日も時間を忘れて揺蕩っている。
それを眺めている齢20ほどの青年は、足下に落ちている綺麗な貝殻を拾いあげた。
「……のどかだな」
当たり前のことをぽつりと呟く。
漁村には戦いもなければ、人に害をなす魔物もいない。
あらゆる葛藤も、後悔も、過去と未来さえも。
壮大な蒼い海と果ての見えない蒼空を前にしては、全てがどうでも良くなるものである。
青年の内に眠っている暗い情念も、絶景を前にしては影を潜める。
案外、命とはそういうものなのかもしれない。
青年はまた1つ、悟りを得た。
「今日もここにいたんだ?」
時間を忘れて海を見ていた青年に、同い年ほどの少女が歩み寄ってくる。
「……エレナ」
「全く、見に来てあげないとずーっとここで惚けてるんだから」
「……?あ、もうこんな時間か」
「言わんこっちゃない」
気が付けば夕暮れ。
海潮は引き、空もすっかり黄金のように輝いている。
「さっ、そろそろ帰るよ!」
「あぁ」
◇
――漁村の中心の広場まで、青年とエレナが戻ってくる。
それに気付いた、煤だらけの2人の子供が寄ってきた。
「ベルにいちゃん!エレナねえちゃん!見て!」
2人の合作だろう。
くしゃくしゃな紙に、炭で力任せに塗りつぶした絵を見せてくる。
子供らしい絵だ。
内容は人……だろうか。
「関節がありえない方向に曲がっているな」
「そこは、素直にじょうずだねって褒めるところだってば!」
エレナが、ベルにツッコミを入れる。
それを見た子供たちは楽しそうに笑い、どこがダメだったのかとベルは自問する。
――穏やかな時間が、ゆっくりと流れていく。
青年の内に燻る暗い情念が、深い淵へと沈んでいく。
もう、ここにずっと留まっても――
「……?」
子供たちが描いた絵の裏には、大々的に何かが書かれていた。
これは、伝聞紙か。
誰が千切ったのかは分からないが、その一面に載っていた僅かな文字。
それは、沈みかけていた感情を浮き上がらせるには十分なほどの爆薬だった。
「……長く留まりすぎたな。また会いに来る」
「……うん。待ってる」
身なりを整える。
2本の剣を背に携え、青年は漁村を離れる準備を済ませる。
ここで立ち止まってはいけない。
一時の感情と感傷に流されてはいけない。
彼を絶望へと叩き落した者達に、報いを与えるため。
青年は舞台に上がろうとしていた。