第10話
気が付けば私は、椅子に座りながら眠っていた。
背中の痛みを感じながら目を開くと、巨大なディスプレイが目の前にあった。
頭にはヘッドフォンのような機械が取り付けられており、私は無意識にそれを外す。
機械を床に置き、目の前のディスプレイを見て、私は目を見開いた。
「景!?」
ディスプレイには、景の姿が反射されていた。
私がとっさに頬に触れると、反射する景も頬に触れる。
私がディスプレイに向かって手を伸ばすと、反射する景も私に向かって手を伸ばしてきた。
「嫌ああああああ!?」
パチパチとしばらく瞬きした後、私は自分が景になっていると気づき、絶叫した。
その直後、部屋の外からドタドタと走る音が聞こえ、扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、景を一回り成長させたような男の人。
保健室に突然現れた男の人だ。
「おお! 脱出に成功したのか! よくやった!」
「え? 脱出? ここが? え?」
「そう。ここは現実世界だ。そして、君の目の前にあるのが、君がいた仮想空間だ」
男は歩いて私の横へやってきた後、近くのマウスを動かした。
スリープ状態が解除され、ディスプレイにはパソコンのデスクトップ画面と、起動中のアプリ画面が表示される。
アプリ画面には、私の通っていた学校の外観が映し出されていた。
男はアプリ画面をのぞき込み、ログアウト状態になっていることを確認した後、にんまりと笑った。
「念のため、パソコンの電源も落としておくか。脱出手段があるとは思えないが、念のためな」
そして、マウスを動かし、パソコンを停止させた。
ディスプレイは再び真っ黒になり、景と謎の男の姿を反射させている。
そこに、私の姿は映っていない。
私は混乱の余り、ディスプレイと謎の男を交互に見ることしかできなかった。
「ん? どうかしたか?」
「えっと、いや……。ええっと」
聞きたいことは山ほどあったが、あまりにも多すぎて、私は思いを言葉にすることができなかった。
謎の男はそんな私の心情を察したのだろう、一人でべらべらと話し始めた。
「仮想空間の中でどこまで話したか忘れたが、さて、何から話すか。まず、ここは現実の世界だ。そして、君がさっきまでいたのはディスプレイに映っていたゲームの中。つまり、君はゲームキャラだったというわけだ」
「ゲーム? 私が?」
「そう。ゲームキャラクターのAIだ。弟……景は、このゲームが好きでね。暇さえあればログインして、自分好みに作った仮想空間で王様のように振舞っていたんだ。まあ、一種のストレス解消なんだろうね」
「ゲーム……」
「そしてある日、私はこのゲームに存在するバグの話を聞いた。ゲームキャラがログアウトをしてしまうと、ゲームをしている本人がログアウトできなくなるという致命的なバグをね。あまりにも重大なバグで、世間に公表するタイミングを伺っているのが幸いした。そこで私は、そのバグを使って景をゲームに閉じ込めることに決めたのさ」
「!?」
突然差し込まれた狂言に、私は思わず身震いする。
景を弟と呼ぶ謎の男は、そんな発言をした直後だというのに、罪悪感どころかすがすがしい顔をしていた。
「景と私は、父の会社の後継者争いをしていてね。いなくなってくれた方が私にとっては都合が良いんだよ」
私は笑う男を見ながら、目の前のことを一先ず現実として受け入れることにした。
いつもより働きの悪い頭では、その選択肢しか取れなかっただけとも言える。
そして、現実を受け入れた後の私の頭に浮かんだのは、一つだった。
「珠絵衣は!?」
「珠絵衣? 誰だ? もしかして、君の友達かい? 君の友達なら、パソコンの中だ。死んだわけじゃあないが、ゲームを起動するまではストレージの中で眠ったままだろうな」
男の言葉を聞いて、私はパソコンをじっと見つめる。
頭の中には珠絵衣との思い出がいくつも浮かび、私の手を振るえさせた。
「おっと、言っておくが起動をしては駄目だよ? 起動の隙をついて、景が戻って来てはせっかくの作戦が台無しだ」
「……っ!」
ポンと肩が叩かれたことに、私は全身を震わせることしかできなかった。
男はしばらく私を見つめ、はあっと溜息をついた。
「同じゲームを買って、ストレージから回収した設定ファイル通りに再設定しすることもできるが」
「……それは、珠絵衣じゃない」
「まあ、そうだな。同じ考えを持った別のAIだ」
「……」
男は考えるのに飽きたのか、景によく似た面倒くさそうな表情を浮かべた。
「まあ、君にはこれから時間がある。君の頭脳で、景を復活させず、その珠絵衣とやらだけを復活させる方法を考えればいいじゃないか。私とて鬼ではない。景が絶対に復活しない方法があれば、君のやることを邪魔しない」
男は何度も私の肩を叩いて、軽薄な笑い声をあげる。
景の笑った姿を思い出し、私を不快感が襲う。
やはり兄弟。
自分本位なのは変わらない。
唯一の違いは、私がたまたま協力者となったことで、少しだけ優しさを分けてくれているところだろう。
男は私の肩を叩くのをやめ、扉を開ける。
そして、私を手招きした。
「さ、こっちへ来たまえ。さっそく君には、後継者を私に譲ると両親に宣言してほしい。私を呼ぶときは兄貴で頼むよ。その後は両親から質問攻めにあうだろうが、『もう決めたから』『俺が決めたから』と繰り返してくれれば問題ない。十五分もすれば、両親も諦めるだろう」
男はそう言い残し、ゆっくりと歩き始めた。
おそらく、両親のいる部屋へと向かっているのだろう。
私も部屋を出て、一度だけパソコンの方へと振り返った。
珠絵衣の眠るパソコンの方へと。
「待ってて。必ず、助けてあげるから」
私はそう決意し、男の後をついて歩いた。




