4 『フレンドリー』
先に語った通り私は女子でありながら男子とも仲がよかった。いわば渡り鳥のような存在だった。あるいはどっちつかずのスパイのような存在だったのかもしれないけど。だから島崎くんほどではないが、男女の喧嘩の仲裁に入ることがあった。大人になった今ならよくわかることだが、男と女は基本的には理解しあえない。大人はそれを利害や社会性で取り繕うが、子どもにはそんなもの関係ない。嫌なら嫌と言うし、それなりの行動をする。私が曲がりなりにもここまで生きてこられたのは、そのことに人生の早い段階から気づけたおかげもあるのかもしれない。つまり私は、島崎くんの数少ない理解者だったということだ。
性別は違えど同じような立場にいて、その気苦労を察して、共感を示していた。彼がどう思っていたかはわからないが、概ね私と同じように、私に温かい感情を向けてくれていたのだろうと思う。それに私は島崎くんと同じ塾に通っていた。これが大きかった。行き帰りをともにしていたわけではないが、休み時間などたまに話したりした。学校とは違う場所で私たちは交流があった。愚痴も言った。何でみんな仲良く出来ないんだろう、と率直な疑問をぶちまけたこともある。それに島崎くんが、人は仲良く出来ない生き物なんだよ、と言ったのを覚えている。それが今の私の価値観の一端を成している。ちょっと話が逸れたかもしれない。そんなことを語りたいわけじゃない。でも大事なことなのだ。私と島崎くんのあいだには、何かがあったということが大事なのだ。もちろんそれは、何もなかったのと同じではあるのだけど。端的に言おう。塚田さんは島崎くんのことが好きだったのだ。だから島崎くんと仲良くしているように見えた私のことが嫌いだったのだ。
男子とも女子とも仲良くしている半端者という烙印を押されていた私だったが、しばらくは塚田さんの暴力の対象にはならなかった。他に弱い子がいっぱいいたからだ。しかしどこからか私が島崎くんと同じ塾に通っていることを知った彼女は、私を次の標的にした。肩を殴られたり、取り巻きの女子を使っていたずらをされたりした。どう言っても誤解はとけなかった。確かに同じ塾に通ってはいるが、特にそれ以上の仲ではないと丁寧に説明した。しかしその態度が余計に彼女を苛立たせたらしい。彼女のなかで私と島崎くんは付き合っていることになっていた。
島崎くんはそんな塚田さんの想いに気づいていた。しかし彼女の気持ちには答えられないと私に話した。でも彼はこう続けた。自分が塚田さんと付き合って、みんなへの暴力をやめるように言えばこのクラスに平和が訪れるかもしれないと。私は言った。好きでもないのに付き合うなんて間違っていると。彼はうなずいた。そして告げた。実は卒業と同時に親の転勤で遠くへ引っ越すことが決まっていると。だからここでどんなことがあっても大丈夫なのだと。クラスのみんなが好きだから、ここが嫌な思い出になってほしくない、そのために出来ることがあるならしたいと。こんなにも自分以外のことを考えられる人間に会ったことがなかった。自己犠牲なんて誰もしたくない。みんな誰かが犠牲になってくれないかと期待している。自分だけ損をするのは嫌だと思っている。でも島崎くんは違った。覚悟が決まっていた。
あのまま何も起こらなければ彼は卒業までの半年、彼女と付き合い、もしかするとクラスに平和が訪れていたかもしれない。いや、平和は訪れたのだ。でも、あのときほど嫌な平和ではなかっただろう。結論を言うと、彼が彼女と付き合うことはなかった。なぜなら彼女はある日を境に、この世界からいなくなったからだ。