表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

1  『アルクアラウンド』


 町が小さくなったのか、私が大きくなったのか。たぶん後者のほうだろう。だが前者の可能性もまだ残されているような気がする。町並みはまったく変わっていなかった。ただ大きさだけが違った。もちろん十八年前にはなかった家や車などはあるはずだが、総体として見れば何も変わっていないように見える。道のひび割れでさえも。でもおかしな話だ。私は当時、道のひび割れなんていちいち覚えていなかったのに。どうして今ひび割れを見てそう思ったのだろう。どうして足を踏み入れただけで、まるで昨日までこの町にいたように鮮明に思えるのだろう。それは私が作り上げた都合のいい記憶か、それともどれだけ時が経とうと、この町には忘れがたいものがあるからだろうか。それは前者も後者もありえるだろう。


 歩いているだけでそこかしこにまつわる記憶が雪崩のようにずり落ちて、今がいつなのかわからなくなってくる。あのスーパーまだあるんだ、とか、あのマンションまだあるんだ、とか、あの塾まだあるんだ、とか、あそこはクラスメイトだった誰々ちゃんの家だ、とか。でもインターホンを鳴らす気は起きない。本人がいるとは限らない。住んでいるのは親だけで、本人はとっくの昔に家を出て、どこか遠くで暮らしているかもしれない。私たちの年齢であれば結婚して子どもがいてもおかしくないだろう。そしてたまの休みに帰ってきて、親に孫の顔でも見せるのかもしれない。すべては妄想だ。あのときは友達だったかもしれないけど、今はもう赤の他人だ。いや、色すらないかもしれない。もうすべては終わってしまっているのだ。あるいはそう思いたいだけなのかもしれないけど。


 小学生の頃なら自転車で軽々と登れていた坂は、今の私には地獄への道行きのようにしか思えなかった。昔の私はよくこんな道を自転車で登っていたものだ。あの頃は何もかもが軽かった。自転車さえあれば行けないところなんてないと思っていたし、実際そうだった。自転車を買い与えられた私は無敵だった。六段変速のギアを巧みに操り、この町を疾走していた。ときには隣町、さらにはもっと遠くの町まで。今ならそんな距離は車や電車に乗れば簡単に超えられる。しかし自分の足で、自分の力で遠くまで行くということが大事だったのだと思う。ときには電車と並走し、本気で追い抜こうとしていた。昔からすることなすことが女子というより男子寄りだった。小学生の頃は大抵、男子は男子、女子は女子でつるむものだけど、私はそんな女子だったから、ほとんど例外的にどちらの勢力にも出入りする異端だった。休み時間はドッジボールやサッカー、放課後は野球など、男子に混じってやっていた。今はもう出来ない。バットの振り方も忘れた。一塁に走るだけで私の心臓は高鳴り、手足に鈍い痛みを残すだろう。でもあれは確かに私だった。私だったのだ。


 相変わらず人がいない。別にそれほど田舎というわけではないが、決して栄えているとはいえないこの町は、気を抜くとすぐ人気がなくなる。家はある。そこに人は住んでいるのだろう。だが人の気配がない。それは今も昔もそうだった。いや、昔はまだ子どもの姿がちらほらと見えたが、今はどうだろう。少なくともここまで子どもを一人も見ていない。日曜日に子どもの姿を見ないというのは、ちょっと切ない。そんな風に思い出に浸っていると、三日月公園に着いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ