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甘口

かわいそうなおひめさま

 とある森の奥に、小さな見張り塔がありました。森から戦が遠のいて久しい今では、塔は何の役にも立たなくなり、崩れゆくまま打ち捨てられていましたが、そんな廃墟に女の子がひとり住んでいました。

 女の子はお気に入りの絵物語を持っています。とても古いもので、ページは色褪せ、虫食いだらけ。物語の内容はといえば、白馬に跨がる王子様とお姫様との出会いの場面をわずかに見て取れるだけ。それでも女の子は、絵物語の中のお姫様に自分を重ね、ステキな王子様が白馬に乗って颯爽と現れる日を待ち焦がれていました。王子様はどこにいるのでしょうか?



 白馬の王子様を探すため、女の子はときどき塔を離れて、森はずれの村まで出掛けました。ところが村人達ときたら冷たい人ばかりで、誰も女の子の話を聞いてくれません。女の子が近寄ると、視線を逸らして足早に逃げ去ってしまったり、悲鳴を上げて腰を抜かしたり……。まるで化け物扱いでした。


 それもそのはず、女の子は化け物だったのです。

 ……少なくとも村人達にとっては。


 櫛を通したことなど一度もない髪は脂ぎって蜘蛛の巣がこびりつき、後ろ髪も前髪も伸び放題。手足の肌は死人のように青白く、青ざめた痩せっぽちの身体に、使い古しのカーテンみたいな、レースのほつれた埃っぽいドレスの残骸を何枚も重ね着しています。長髪の隙間から覗く顔は、目を背けずによく見れば、決して醜くはなく年頃相応でしたが、頬はこけ、目は落ちくぼみ、視線は虚ろで、初対面の相手に声をかけるときの不気味な笑顔がまた、いけませんでした。女の子はずっとひとりで暮らしていたので、じょうずな微笑み方を知らないのでした。

 絵物語のお姫様を見ても、ふつうの村娘達を見ても、女の子にはおしゃれが理解できません。身だしなみを整える意味を、誰も女の子に教えてあげなかったのですから!それに女の子は、自分を邪険に扱う人達とは同じ格好になりたくないな、と、なんとなく思っていました。



 あるとき女の子は、大きな鍋を両手で抱えて森はずれの村にやってきました。村人達のことが苦手でも、何度無視されても、どうしても白馬の王子様につながる外の世界への手がかりをあきらめきれません。そこで、自分が化け物扱いされるのなら、おいしい料理を食べてもらって会話のきっかけを掴もうと思ったのです。

 女の子のただひとつの特技が薬草料理です。塔の書庫から絵物語と一緒に見つけてきた、絵物語と同じぐらい古びたレシピを参考に、幾種類もの薬草と木の実とキノコを煮込んだスープは、ひとさじ啜れば病が癒え、健康な人の寿命が十年延びるほどの代物。


 しかし村人達にとって、スープの色と臭いがあまりにも毒々しすぎました。

 

 腐ったみたいな臭いのする果物にも食べると甘いものがあるように、苦いお茶ほどお菓子の甘さが引き立つように、一見ちぐはぐな食材達を使っていても、ある絶妙な配合で煮込んだとき、食材同士が互いに互いの風味を引き立て、とてもおいしくなるというのに……木陰からいつまで様子を窺っても、湯気の立ちのぼる鍋に誰ひとり興味を持ってくれませんでした。夕方になって、スープはすっかり冷めてしまいました。



 誰かが女の子の髪を整え、顔を洗い、ドレスを着替えさせて村祭りに誘ってくれたなら、どんな妖精よりもかわいらしい美貌が輝くのに!!


 誰かが目を閉じ鼻を摘まみ、熱いうちに薬草スープを味見してくれたなら、たちまちキノコの出汁が舌いっぱいに広がるのに!!


 旅の途中で王子様が村を訪れても、村人達が森へ立ち入らせません。化け物の噂に疑念を抱き森へ踏み込むような、心優しく勇敢な王子様もいません。絵物語のお姫様が幾度ハッピーエンドを迎えようとも、女の子が暮らす現実では、分かりやすい見た目と、偏見にもとづく噂話だけがすべてでした。



 ……遠い昔、森の奥の小さな見張り塔に魔術師がひとり住んでいました。邪魔者が寄りつかない廃墟を選び、森に満ちる魔力をひとところへ集めて精霊の姫を召喚しようとしたものの、召喚術の達成に途方もなく時間がかかるとは知らず、ずっとあとになってから魔法陣の上に顕現することになる女の子の姿をついに見ぬまま、召喚術が失敗したと思い込み、魔術師は絶望のうちにこの世を去りました。


 女の子の情緒を育てるために読み聞かせるはずだった絵物語を遺して。

 女の子に教えてあげるはずだった薬草料理のレシピを遺して。

 女の子のためにいくつも用意したドレスとアクセサリーを遺して。


 そういうわけで、今ではボロボロに古びてしまった宝物に囲まれ、ひとりぼっちで暮らす女の子は、村人達の寿命と比べれば不死といえるぐらい永く、清らかな魂と少女の姿を保ち、悠久の時を生きているのでした。

 いつか、噂話にも外見にも惑わされないステキな王子様が颯爽と現れ、このお姫様のハッピーエンドを引き受けてくれればいいのですが……。

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