結婚を控えた公爵令嬢が婚約者に裏切られた。元サヤに戻るまでの騒動
男が好きな連中が出てきます。
シルデフィア・デルベルク公爵令嬢は、幸せの絶頂にいた。
二か月後、婚約者であるオルドール・アイスレッド伯爵令息と、結婚式を挙げることが決まっている。
結婚への支度で毎日幸せな日々を送っていた。
デルベルク公爵家に婿入りすることになっているオルドールは銀の月と呼ばれる程の、美しい男で、貴族が誰しも通う王立学園で、成績は学年で一番、剣技も優れている優秀な男性である。
シルデフィアは彼の弱みを握り、強引に婚約へこぎつけた。
シルデフィアは自分に自信がある。
この、フィリオス王国の王妃になるべく、アルド王太子と長年婚約をしていたのだ。
そのアルド王太子は、リーナ・カルダス男爵令嬢と浮気をした挙句、シルデフィアに婚約破棄を突き付けたのだ。
リーナを虐めていたと冤罪を突き付けて。
虐めて等いないと、反論した後に、喜んで彼の婚約破棄宣言を受け入れた。
勿論、調査の末、冤罪だと解った上で、しっかりと慰謝料を貰ったのだが。
そのアルド王太子は別に廃嫡される事もなく、王太子のままで、リーナと結婚してしまった。
恥さらしの王太子妃としてフィリオス王国中に知れ渡っているが、どうしようもない。
シルデフィアは結婚後、父から爵位を受け継ぎ、女公爵となる予定だ。
その伴侶となるオルドールとの結婚を凄く楽しみにしていた。
オルドール様の事、愛しているの。
周りは汚い手を使って、彼の事を射止めたと言っているけれども、言いたい人には言わせておけばいいわ。
結婚式は豪華にして、沢山の人達にわたくしとオルドール様との結婚を祝福して貰うの。
今からとても楽しみ。
そうだわ。ウエディングドレスが出来上がって来たと、商会から連絡があったわ。
試着にオルドール様に立ち会って貰って見て頂きましょう。
明日、公爵家の屋敷に来るようにと、使いの者を出した。
現在、シルデフィアは王都の公爵家の屋敷に滞在している。
オルドールも同様に王都の屋敷に滞在している。
貴族の社交シーズンだからである。互いの屋敷は馬車で行けば、30分はかからない距離だ。
しかし、使いの者は、
「アイスレッド伯爵令息様はお出かけとの事で、ことづけを頼んで参りました」
「そうなの。明日、来られるかしら」
「向こうから連絡が来るでしょう」
しかし、来た連絡は用事があって来られないとの事だった。
オルドールとは先週、王都の街を二人で買い物に出かけた。
その時の彼は、幸せそうにシルデフィアをエスコートしてくれて。
「シルデフィア様と結婚するのが、楽しみで仕方ないです」
「まぁ、可愛い事をおっしゃるのね。オルドール様は」
「シルデフィア様の事を愛していますから」
本当に、可愛い方。
シルデフィアは幸せを感じたのだ。
来られないのなら仕方ない。
試着の日を変えようかしら。
しかし、その日以来、オルドールに公爵家に来るように伝えても、彼は用事があって屋敷にいないとの連絡が戻って来るばかりで、オルドールに会えなくなった。
オルドールの両親は伯爵家の領地に帰っている。
オルドールは一体全体どうしたのか?
痺れを切らして、二週間経った頃、シルデフィアはアイスレッド伯爵家を訪ねた。
「オルドール様に会いたいの。わたくしはシルデフィア・デルベルグ。オルドール様が屋敷に戻ってくるまで、待たせて貰うわ」
対応に出た屋敷の使用人は、慌てて別の人を呼びに言ったようだ。
出てきたのはアイスレッド伯爵家の老齢の男性だった。
「デルベルク公爵令嬢様。オルドール様は戻って来ないのです。ここ何日も。私どもも探しているのですが」
「何ですって?」
その時、門の前に止めてあったデルベルク公爵家の馬車の後ろにこれまた、豪華な馬車が止まった。
中から、オルドールが降りて来て、シルデフィアが駆け寄ろうとすると、一人の女性をエスコートし、黒髪の女性が降りてくるのが見えた。
シルデフィアは銀の縦ロールの、自分の美しさに自信がある令嬢である。
あの黒髪の女性はそれ程、美しいとも思えない。
それでも、オルドールがその女性に向ける微笑みに、胸を焦がすような嫉妬を覚えた。
馬車の傍に駆け寄り、オルドールに詰め寄る。
「貴方は今までどこに行っていたの?もうすぐわたくし達は結婚するのよ。それなのに。それに、その女は誰?誰なの?」
オルドールは隣の女性の方を見つめて、微笑みながら、
「俺の愛しい聖女様です」
「私、アマリアと申しますっ。オルドール様は私の事をとても愛しいって。私、オルドール様と結婚するの。シルデフィア様でしたっけ?貴方はオルドール様を脅して婚約したと聞きました。オルドール様を自由にしてあげて。お願いだから」
「俺は真実の愛を見つけてしまったのだ。だから、君とは結婚しない。俺は真実の愛の相手、アマリアと結婚する」
何で?わたくしの事を愛しているのではなかったの?
聖女って、癒しの力を持っている凄い女が見つかったって言っていたわね。
それも平民の女。
確か、教会で働いていたはず……
その女がわたくしからオルドール様を奪い取ったって訳?
わたくしは愛しているの。オルドール様の事を愛しているの。
あのバカ王太子殿下が、わたくしを婚約破棄してくれた時は本当に嬉しかった。
わたくしはオルドール様にわたくしの事をアピール出来るって。
心の底から喜んだの。
だから、彼の弱みを知った時に、彼と強引に婚約を結んだわ。
勿論、彼の弱みが先行き、子供にも出るかもしれない。彼自身窮地に陥るかもしれない。
それでも、わたくしはオルドール様と共に歩むと決めたの。
彼の事を守ると……
それなのに、貴方は聖女様を選ぶと言うの?
叫びたかった。
オルドールの胸倉を掴んで……
でも、わたくしは公爵令嬢。胸倉を掴んではいけないわ。
「アイスレッド伯爵家に慰謝料を請求するわ。当然でしょう?わたくしは、王太子殿下に婚約破棄をされた。相手有責にはなったのだけれども、今度は貴方との婚約が駄目になる。わたくしは過去に王妃教育を受けて、優秀な令嬢だと自信があるわ。それなのに……わたくしは貴方と結婚したかった。貴方だからこそ、結婚したかったのに」
オルドールはアマリアを庇うように。
「貴方の高慢な所が嫌いだった。さようなら。慰謝料なら払います。それでは」
アマリアもにっこり笑って、
「真実の愛。私は幸せです。それでは行きましょう。オルドール様」
二人は馬車に乗って去ってしまった。
シルデフィアは唖然と、二人が去って行く馬車をいつまでも見つめているのだった。
アイスレッド伯爵夫妻とオルドールの姉は、オルドールがやらかした事を知らなかったみたいで、頭を擦り付けて謝罪しに来た。
シルデフィアは、オルドールの家族に会う気力も無く、公爵家の執事に対応させた。
「申し訳ございません。我が息子が」
「慰謝料なら領地を売ってでも、支払いますから」
「本当に、申し訳ないですっ」
彼らは対応に出た執事に、頭を擦り付けるように謝っていたと、後から聞いた。
オルドールの家族は、とてもいい人達で。
デルベルク公爵家にオルドールが婿に入るのを喜んでいた。
シルデフィアは部屋に籠って、過去の幸せを思い出して涙した。
数日、自分の部屋に籠っていたシルデフィア。
両親には手紙で知らせたが、領地の事が忙しくて、王都には来られないらしい。
そんな中、意外な人物がシルデフィアを訪ねてきた。
セレリオ・アルク伯爵令息。
彼は王宮で外交官をやっていて、シルデフィアとは顔見知りだった。
「セレリオ様。お久しぶりですわ」
「こちらこそ。ちょっと耳に入れたい事がありまして。アイスレッド伯爵令息を婚約破棄したとか」
「ええ、あちらが聖女様と結婚したいといいだしたの。だから、わたくしは……」
「その事なのですが。テンセイシャ、ヒロインって聞いたことがありませんか?」
「何ですの?それは?」
「何でも、ヒロインとか呼ばれる平民の女性が、強力な魅了の力を持っているとかで。どうも、聖女様はヒロインと呼ばれるテンセイシャではないかと」
「何故?外交官の貴方が?」
「この間、マディニア王国のディオン皇太子殿下とお会いする機会がまた、ありまして。私はマディニア語が特に得意ですから、あっち方面の外交官である事はご存じでしょう?そこで、他国でそのような事例があったと聞いたのです。テンセイシャ、ヒロイン。という言葉は非常に危険な言葉だと。もし、聖女様がテンセイシャでヒロインであった場合、アイスレッド伯爵令息は魅了にかかっているのではないかと。彼はとても美しくて銀の月と呼ばれるような男性ですよね?いかにも女性が好みそうな……このフィリオス王国だって彼ほどの美しい男性はなかなかいない。聖女様が魅了を使って、彼を手に入れたのだとしたら?このまま、引き下がってよろしいのですか?」
「セレリオ様っ」
「聖女様の事を調べて下さい。どうか……彼の真実の愛が貴方にあったのだとしたら、悲しすぎます」
「有難う。貴方が出世した時には、デルベルク公爵家は貴方の事を全力で後見することにするわ」
「わっ。それはとても有難いです。こちらこそ、感謝します」
聖女アマリアを調べる事にした。
彼女が魅了の力を持っているのか?
オルドール様が……本当に聖女様を愛しているのか。
聖女アマリアの事をデルベルク公爵家の者を使って、調べさせた。
魅了の証拠が掴めない。
そんな中、エフェル王国のカイル王太子殿下が、わざわざデルベルク公爵家を訪ねてきた。
以前、アルド王太子の婚約者だった時、王宮の夜会で、彼に会った事はある。
黒髪碧眼の美しい王太子殿下で、彼も又、隣国で有名だった。
「シルデフィア嬢。お会いしたかった。フィリオス王国に来たので、顔が見たくてね」
客間に通したら、いきなり手の甲に口づけを落とされた。
「わたくし、貴方様とそれ程、親しくなかった気が致しますが」
挨拶をしただけの間柄、それなのに、何故、訪ねてきたのだろうか?
カイル王太子はシルデフィアの隣のソファに腰かけて、
「私は王太子妃を探しているのだよ。側妃になる令嬢はすでにいる。だが、君程、優秀ではなくてね。どうか、シルデフィア嬢。私と結婚してくれないだろうか?君だって、二回も婚約が破談になっているんだ。結婚はもう出来ないだろう?」
「わたくしは女公爵になる予定ですわ。ですから……」
「だったら、領地ごと、我が王国に来ればいい。我が王国と領地は接しているのだろう」
この話に乗ったら危ない……
フィリオス王国のアルド王太子はおバカな王太子だ。
王太子妃のリーナも、どうしようもない恥さらしな女だ。
それでも、この王国を見捨てるなんて、裏切るなんてシルデフィアには出来なかった。
「わたくしは例え、婿に来る人がいなくても、それでも、このフィリオス王国を去る事は致しませんわ」
ニヤリとカイル王太子は笑って、
「今はそう思ってくれていい。これから私の誠意を見せていくから。だから、シルデフィア。私を愛しておくれ」
手を握られて、その青い瞳に見つめられた。
思い出すのはオルドールの銀の瞳、そして可愛らしいつぶらな瞳……どちらも愛しいオルドール様。
わたくしはオルドール様の事を忘れられない。愛しているのだわ。今でも……
「お帰り下さいませ。わたくしの気持ちは……」
「裏切られたのだろう?婚約者であった男に。そんな薄情な男の事は忘れさせてやる。私が。我が王国に君のような未来の優秀な王妃が必要だ。私はアルドみたいな馬鹿ではない。優秀な女性はちゃんと見極めているよ」
「ともかく、気分が悪いのでお帰り下さいませ」
「では、また来よう」
カイル王太子は帰って行った。
ともかく、調査結果を。
オルドールが自分を裏切っていない調査結果を待ちたかった。
更に数日経って驚く情報がセレリオからもたらされた。
オルドールが辺境騎士団に拉致されたと言うのだ。
辺境騎士団、それは……
ムキムキの男達が愛と正義の名の元、元王族や貴族の屑男達を矯正させるという恐ろしい集団なのである。
オルドールはそれはもう銀の月と呼ばれる美しい男。
ムキムキ達の大好物に当たるオルドールの後ろは無事ですまないであろう。
ムキムキ達に夜な夜な可愛がられて。
その時、聖女様の事を調べさせていた公爵家の者が調査結果を報告してきた。
聖女は相手の目を見て、呪文を唱えるだけで相手の心を魅了する術を持っているとの事。
オルドールは聖女に操られて。
「テンセイシャが好きそうな姿をしていますからねぇ。アイスレッド伯爵令息は……」
セレリオの言葉に、シルデフィアは立ち上がり、
「彼を助けに行かなくては」
「相手は辺境騎士団ですよ。さらった獲物は王族相手でも返さない。恐ろしい騎士団……」
「でしたら、こっちは……もっと恐ろしい相手に縋る事に致しましょう」
「へ?」
シルデフィアはセレリオと共に、神殿に向かった。
ここには女神レティナが祭られている。
女神レティナ像に願えば、レティナが降りてきてくれるかもしれない。
何故なら、レティナはオルドールを見捨てない。そのような自信がシルデフィアにはあった。
神殿に訳を話して中に入れて貰い、女神レティナ像に一心に語り掛ける。
「貴方の大切な子が、冤罪で辺境騎士団へ攫われてしまいました。わたくしは彼を愛しています。どうか女神様。オルドール・アイスレッド伯爵令息を。貴方が庇護し、子のように愛しているピヨピヨ精霊の血を引く彼を救って下さいませ」
セレリオが聞いてくる。
「アイスレッド伯爵令息ってピヨピヨ精霊なんですか?」
「そうよ。彼はピヨピヨ精霊の血を引いているのよ。だから、女神様は見捨てないはず」
その時、神殿の天井が破壊されて、空から美しい金の髪の女神様が舞い降りてきた。
手には巨大なハンマーが握られている。
「わたくしの可愛い子を辺境騎士団がさらっていったですってぇーーーー」
空から沢山のピヨピヨ精霊達が飛んできて。
「「「ビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨ」」」
彼らも怒り狂っているようだ。
シルデフィアは優雅にカーテシーをし、
「女神レティナ様。オルドール様はピヨピヨ精霊の血を引いています。彼は聖女様の魅了でわたくしと婚約破棄を。彼は屑男に認定されたのでしょう。辺境騎士団にさらわれたオルドール様の貞操が危ないっ。どうか、彼を助けて頂けないでしょうか」
女神レティナはハンマーを地面にドンと置き、両腕を組んで、仁王立ちし、
「殴りこみに行くわよ。みんな。わたくしの可愛い子を助けて、辺境騎士団を滅ぼしてくれるっ」
「「「ぴいよーーーーーーーーーーーーーっ」」」
ピヨピヨ精霊達が雄たけびをあげる。
女神レティナはピヨピヨ達と共に、空を飛んでいった……
☆☆☆
その頃、辺境騎士団のムキムキ達に、噂のオルドールは囲まれていた。
「愛を以てお前を教育しよう。お前が泣かせた女の気持ちを味わうがいい。まずはその身体でな」
「俺達、辺境騎士団の正義だ。さすが銀の月……なんて美しさだ」
オルドールはムキムキ達に囲まれて、震えていた。
気が付いたら辺境騎士団にいた。
聖女の瞳を見て、動けないところを耳元で囁かれた。
あとはぼんやりしていてあまり覚えていない。
ただ、シルデフィアに暴言を吐いた自分が、あまりにも悲しくて。
シルデフィアとの結婚を楽しみにしていた。
とても美しくて気高いシルデフィア。
彼女は具合の悪い自分を甘やかしてくれて。
美味しい高級ハチミツを食べさせてくれて、朝まで抱き締めて添い寝してくれた。
朝、素っ裸で目覚めた時は慌てたけれども、その時から、きっと……
ふいに、乱暴にベッドに転がされた。
数人のムキムキがニヤニヤとオルドールを見つめている。
ああっ……もう、自分は……
いや、このまま諦めたくない
筋肉をみせびらかすように、一人のムキムキがオルドールにのしかかってきた。
「ぴぃよーーーーーー 」
すぽぽーんと服が脱げて、オルドールの身体が輝いて、オルドールはピヨピヨ精霊になったのだ。
驚いたのはムキムキ辺境騎士団員達。
「うわっーーー」
「なにごとだ???」
「何故、ピヨピヨ精霊がっ」
部屋の中を飛び回るピヨピヨ精霊。
ムキムキ達がピヨピヨ精霊を捕まえようとするが、すばしっこく動いてなかなか捕まえられない。
大騒ぎしている頃、
辺境騎士団事務所では、辺境騎士団長が職務に励んでいた。
髭がダンディな、いかつい顔をした辺境騎士団長。
山のような書類を片付ける彼は毎日とても忙しかった。
天井がいきなり破壊されて、辺境騎士団長は置いておいた剣を手に、破片を避けながら、空に浮かび上がった。
見覚えのない金の髪の凄い美しい女が、大量のピヨピヨ精霊達を従えて巨大なハンマーを担いで睨みつけていた。
「わたくしの子に手を出して、覚悟はよくて?」
「って、我が辺境騎士団に殴りこんでくるとは。それも女一人で。お前は誰だ?その変な精霊どもはハチミツを食う事しか能のない、あのピヨピヨ精霊か?」
「「「ビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨビヨ」」」
凄い抗議の声を出すピヨピヨ精霊達。
騒ぎを聞きつけて、他の辺境騎士団員達が駆けつけてきた。
女神レティナは怒り狂って、
「わたくしは女神レティナ。神を怒らせた辺境騎士団なんて滅ぼしてくれるわ」
「ふん。神は人間界に姿をほいほいと現していいものか?この俺に勝負を挑むとは。女神も、そこの精霊たちも滅ぼしてくれる!」
にらみ合う女神レティナ、ピヨピヨ精霊と辺境騎士団長、辺境騎士団員。
そこへ、オルドールがピヨピヨと鳴きながら、飛んで来た。
女神レティナに訴える。
「ハチミツ食べたいっ」
「まぁ、無事だったのね」
レティナは優しくオルドールを抱き締めた。
そこへ、空から一人の男が羽の生えた馬に乗って降りてきた。
レティナの夫のレオンシードである。
黒髪碧眼の美しい彼を見て、辺境騎士団員全員が、
「おおおおっーー美しい。屑ではないのか?」
「屑なら教育するぞっーー」
レオンシードは慌てたように、
「私はレティナ様の夫だ。屑ではないっ」
慌ててそう言うと、レティナと騎士団長の間に降りて、
「何がどうなっているのか?話し合いが必要だと思うが。当事者を集めて、今回の事を話しあったらどうだ?互いが争ったら多大な被害が出る。それは良くない事だ。レティナ様。そうでしょう?貴方の大事な子達が、殺されてしまったらそれこそ、悲しいでしょう」
「確かにそうね」
辺境騎士団長も、
「話し合いなら応じるぞ。俺とて、無駄な戦いはしたくはない」
レオンシードは頷いて、
「それでは話し合いの場を、改めて設ける事にしよう」
シルデフィアはセレリオと共に、女神レティナを祭っている王都の神殿に呼び出された。
その一室には、女神レティナが座り、辺境騎士団長が向かいの席に座っている。
オルドールが両者が向かい合って座っている横のソファに腰かけていて。
シルデフィアはオルドールに向かって駆け寄って立ち上がった彼を抱き締めた。
「オルドール様っ。貞操は大丈夫でした?」
オルドールは慌てたように、
「シルデフィア様。俺の後ろは無事です。それより、申し訳ございませんでした。聖女様に操られていたようで。シルデフィア様には酷い態度を。俺が愛しているのはシルデフィア様だけです。それなのに」
「いいのよ。貴方が本心でわたくしを捨てたわけではない。それが解ったから許すわ」
セレリオはそんな二人の様子を見ていて、
「話し合いが始められなくて、皆さん困っています」
慌てて、シルデフィアはオルドールから離れて、
「ごめんなさい。では、話し合いを」
女神レティナは腕を組んで、辺境騎士団長を睨みつけ、
「今回は冤罪でわたくしの可愛い子をさらって、お尻を狙ったという事で、それは辺境騎士団が悪いという事でよろしいのかしら?」
辺境騎士団長は頭を下げて、
「確かに、こちらの手落ちだ。誠に申し訳ない」
女神レティナに頭を下げる。
そして、シルデフィアとオルドールに向かって、
「今回の慰謝料は払わせて貰う。申し訳なかった」
辺境騎士団長は金持ちとの噂がある。
だが、オルドールは首を振って、
「いえ、謝罪を頂いただけで、十分です」
オルドールは女神レティナに向かって、
「助けに来てくださって有難うございます。女神様、レオンシード様」
女神レティナは優しい眼差しで、
「良いのよ。貴方はわたくしの子同然。助けに行って当然だわ」
シルデフィアが、皆に向かって、
「今回、オルドール様がおかしくなってしまったのは、聖女アマリアの魅了のせいですわ」
セレリオが、
「それから、調べたのですが、どうも、隣国のカイル王太子と聖女様が繋がっているふしが。隣国はデルベルク公爵領を欲しがっておりますし……」
シルデフィアは頷いて、
「そうですわね。だから、しつこく、カイル王太子殿下がわたくしに言い寄ってきたのですわ」
セレリオが辺境騎士団長に、
「カイル王太子殿下といえば、美男で有名です」
辺境騎士団長がにやりと笑って、
「そうか。これは正義と言う名の教育を行わなければならないな」
女神レティナは、立ち上がって、
「男の方は任せるわ。聖女の方はわたくしが、こらしめることに致します」
シルデフィアとオルドールは女神レティナと辺境騎士団長に頭を下げて、
「この度はわたくし達の為に有難うございます」
「本当に感謝しております」
女神レティナと辺境騎士団長は微笑んで、それぞれ、天井から空へ飛んで行くのだった。
聖女アマリアの仕事は、癒しの力を使って人々を癒す仕事である。
聖女の力を持っている女性は他にも幾人かいるのだが、アマリアの力が優れているとの事で、聖女様と呼ばれ人々から敬われていた。
ただ、アマリア自身は、金を人々から沢山取って、贅沢をし、いばり散らしていた。
「ああっ、本当に毎日毎日、めんどくさい。私は楽をしたいのに。それにしてもオルドール様が辺境騎士団にさらわれちゃうだなんて。せっかくの美男とハッピーエンドになると思ったのに。オルドール様を誘惑したことでカイル王太子殿下からは沢山のお金をもらった事だし。次の美男を探してハッピーエンドを目指すかなぁ。かったるいから、カイル王太子殿下に頼んで、隣国へ逃げ出そうかな。美男と幸せになるんだ。私っ」
そこへ、神官長が、聖騎士達と共に、アマリアをがしっと拘束して、
「聖女アマリア。女神レティナ様からお告げがあった。逃げ出そうとしているとな。逃がしはしない。一生、この神殿で働いて貰うからな」
「ええええっーーー」
今まである程度、自由が許されていたのに、一室に閉じ込められた。見張りがついて、聖女アマリアは更に癒しの力を使う人々を割り当てられて、一層、働く事になった。
シルデフィアはそんな聖女アマリアに会いに行った。
アマリアはシルデフィアを見て、
「貴方のせいね。シルデフィア。貴方は悪役令嬢。悪役令嬢そのものだわ。オルドール様と無理やり婚約を結んでっ」
シルデフィアはアマリアを睨みつけて、
「悪役令嬢って何かしら。わたくしとオルドール様は愛し合っているの。それを貴方は邪魔をした。この神殿で一生、人々の為に働きなさい。奴隷のようにね。本当は貴方を殺したかった。オルドール様をわたくしから盗ったのですもの。でも、貴方の力は王国に必要なの。我慢してあげるわ。感謝しなさい」
「殺してやるわ。私はこんな所で終わりたくはないっ」
その時、アマリアの背後が光って、女神レティナが現れた。
振り返ったアマリアの頭に光の輪をはめ込む女神レティナ。
「聖女の力を持っているなら、おとなしく働きなさい。貴方の力を限界まで振り絞って。一人でも多くの人を助けなさい。ああ、振り絞り過ぎて、貴方の若さも、生命力も早くすり減るかもしれないわねぇ。それも仕方ないわ。だって貴方はわたくしの可愛い子を、苦しめたのですもの」
「は、外して下さいっ。こんな輪っ。いやぁーーーーーー」
頭の輪はどんなに外そうとしても外れない。
女神レティナを怒らせたのだ。
女神レティナはシルデフィアに視線を向けて、にっこり笑い、光の粒になって姿を消した。
その、消えた後に、シルデフィアは優雅にカーテシーをした。
有難うございます。レティナ様。わたくしはオルドール様と幸せになりますわ。
悲鳴をあげて泣き続けるアマリアに背を向けて、シルデフィアは部屋を出た。
その頃、隣国のカイル王太子が、辺境騎士団へさらわれたという話が飛び込んできた。
今頃、カイル王太子は正義と言う名の愛の教育をムキムキ達に受けているであろう。
シルデフィアは落ち着いた頃、オルドールを屋敷に呼んだ。
真っ白なウエディングドレスを試着した。愛するオルドールに見せたかったから。
オルドールは真っ赤になって。
「ああ、美しい。シルデフィア様。私は貴方だけを見つめて、貴方だけを愛して、生きる事を誓いましょう」
そう言って、抱き締めてくれた。
シルデフィアは幸せだった。
この幸せを二度と、手放したくない。
愛しいオルドールの唇に優しくキスを落として、ぎゅっと彼を抱き締めるのであった。