ブランチ
最大の問題は氷解した。
長年アウルを押さえつけ続けた「悪夢」の本質が無くなった。解放を齎せたアレンと言う無二の存在をも手に入れて、この上ない幸せが訪れたのだった。
だが、その一方で、新たな別離が起こったのだった。
もう幾度も、薄く開いた瞼の間から、眩い陽光を認めては閉じて眠り込むことを繰り返している。その日の予定を顧みて、飛び起きることが常だったというのに、頓着すらせず、深く眠り込む度に昨夜の出来事を顧みる。
もうずっと・・・物心つく頃から、自分が悪だという事実しか目の前には無くて、あの、「悪夢」の様な出来事ですら、一因は自分に有って、奴の野望に火を付けて終った結果だと思っていた。
その強固な私の思い込みを、アレンは意とも易々と、呆気なく粉砕してみせた。
無垢な子供で有ったはずのものが、と言うのが紛らわせることが出来ない重石として圧し掛かっていたのだ。
「知っていたでしょう?!ローザと「して」。いろいろ有って混乱してしまっているのかも知れないけど」
少しの憤慨を含んだその口調が、よりリアリティを増していて、私の硬い頭をも瞬時に氷解させてしまった。長年の痞えは嘘のように消え去り、溢れた感情と共に流れ去ってしまった。
「アウル。目が醒めて居るのなら起きませんか?!腹ペコで目が回りそうだ」
言うなり、ベッドがずしりと沈む。
「朝飯代わりに食べて良い?!」
坊ちゃま大事の執事を困らせていた当時は、こう言う顔をしていたのだろう。悪戯のチャンスを狙っている様な表情につい笑った。
「最っ高・・・」
アレンはずっと私に、ただ傍で笑って居て欲しいと言い続けて来た。私にとっても彼が健やかに存在していてくれる事をただ1つの願いとして来た。
だが、運命はもっと欲深く望みを叶えて良いという。
差し出された供物を我が物にして良いと。
「・・・これ程に惹きつけられては、殺してでも他に渡したく無くなるのも判る気がしてきたな」
息が掛かる程の間近で、蕩けるような色香を載せて微笑むと、蒼い瞳が挑むような眼差しを向けて言う。
「良いですよ、何時でも。俺も貴方の母上のように。そうすれば未来永劫一緒に居られる。でも、俺は貴方のご両親を赦す気持ちには成りません」
「アレン?!」
「だってそうでしょう?!リエージェに出逢うことが無ければ、貴方はあの崖から落ちて俺に出逢うことは無かったんだから。貴方を俺から奪いかねなかった者を赦す気には成れません」
「そう言う事だな」
「食べて良い?!」
「昨夜の仇にか?!」
「俺が?!嬉しくて震えたのに。だから、今朝は俺がって」
「やっぱりそうじゃ無いか?.今朝はさせろって?!」
「そうとも言える」
言いながら唇を寄せた時、アレンの腹がぐぐ~っと限界を知らせる音を立てた。お互い噴き出すしか無くなって、ひとしきり笑った。
腹ペコを解消すべくキッチンに移ると、珍しくTVを流しながら料理していた様で、情報番組が付いたままに成っていた。
ダイニングテーブルの上には、凡そ朝食と言えるボリュームでは有り得ない程の料理が載せられていた。
「アレン、お前・・・腹ペコったってこれは・・・」
所狭しと並べられた皿数と、種類の多さに呆れた。焼き栗まで有る。やり過ぎましたねと言いながら後首に手をやり笑っている。
ついさっきまで、アナウンサーが情報提供に勤しんでいたのだろうが、それこそ、BGM(と言っては失礼に当たるかも知れない)と成っていたものが、突然、聞き慣れた声によるナレーションに思わず釘付けにされてしまった。
シュロスヴィントに続くシェネリンデの新たな事業が進んで居るのは知っていた。その主催者がクリストファーで有るのも。昨日の衣装合わせと撮影も、学業と事業の掛け持ちで忙しい息子の代理だと思っていた。
流れているのは間違いなく昨日撮った私のプロモーションビデオを使ったものだと言う事が、映像で見てとれる。
固まっている私の横で、アレンが昨夜脱ぐまで見慣れた衣装と、映像を見比べて驚きの表情を浮かべている。
「昨日の今日でですか?!ルィザとマリーエは無敵のタッグだな」
「・・・全くな。完璧に載せられた」
悪い気はしなかった。
それどころか、あの、クリストファーが。自分の目的の為には、以前には出来ずに居た、父親である私という者を使って良しとしたのだ。
手を離れ、自身の足で歩を踏み出した。
次代を担う候補として在る自身を認定したのだ。
予期せぬ早さの親離れに直面して自失していたが、やがて我に返ると、今の私はスキャンダルの只中に、裸で居るようなものだった。
事実外に出るにも、着てきた一式はマリーエの店に預けてきていて、衣装として知れているもの以外に身に付けるものが無い。
「こんなに早いとは・・・ここには替えの服は置いていない・・・どうしろって言うんだ?!」
「ここ2~3日は、あの衣装で外に出たら大変な事に成る。今日はそのままで良いんじゃ無いですか?!」
「夜着のこのまま?!」
「俺がマリーエの店まで行って来ますよ。着替えを取って戻るまで」
「お前にしてもずっと手を繋いで歩くのを見られているんだぞ?!」
「なら2~3日籠もりますか?!」
「ほとぼりが冷める迄はお前の意のままで、これだけの食事の上に私まで?!」
「良いですね」
また、アレンが悪戯坊主のにんまりを浮かべた。
お読み頂き有難うございました!
これで、アウルとアレンのこれまで、は終わりました。次いで何時の日かこれからを書きたいと思っております。
何れまたお目にかかります。
有難うございました!