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不動  作者: みすみいく
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帰り道

 聖夜の出来事が順調に進んで行くかに見えた2人の未来に暗雲をもたらせていた。 命の縁に成ってくれた2度目の父に、アレンを引き合わせ、心安らかに旅立たせたいと願うアウルだったが、現状の厳しさに途方にくれてしまう。

 彼は再び、アレンとの未来に希望を見いだせるのだろうか?!

 「有難うローイ。マリーエに宜しく」

 「お気を付けて」


 程なく合流したマリーエから、リムジンをローイ共々借り受けて、パリ市街を離れた。目的地に着くと、待つと言い張るローイを見送って、見覚えの有る建物に臨んだ。

 ここは、アウルの2度目の父、と言っても継父というわけでは無いのだが、彼を『ブランシュ』と言う名で呼び、娘として慈しんでくれた人が、病を得て終の棲家としているところだった。


 その昔、覇権掌握の野望に燃えた先のリント伯爵によって、未だ10歳にも満たなかったアウルが傷付けられ、その上、傀儡とするために療養所に隔離されてしまったことがあった。

 その折、隙を見て脱出した彼を匿い保護してくれたのが、リェージェと言う源氏名を名乗る男娼だったのだ。

 本名をライオネルと言う。


 彼によってアウルは命を永らえ、俺と出逢い、現在に至っているのだ。数年前にもその恩人がここに入所していた。

 その折はアウルの懇願も有って、一旦はホスピスを出るまでに回復したが、完治には至らず、この夏から再び入所していた。


 変わらず心地良い静けさの中に施設は有って、死に向き合う人々の最後の安息の地には相応しい場所ではあった。北側の中庭と回廊には既に傾きかけた厳冬の陰りが充ちていた。立ち籠める冷気が身を竦ませる。


 訪れを告げるノックをするアウルに、手を引かれたままで居て、応えが有ってもそのまま引かれるに任せた。

 扉を潜り、中へと入った途端外の冷気が思い起こせないほど心地良い温度に包まれた。暖房が行き届いているせいもあるのだろうが、南向きに設えられた窓から、冬の日だまりの名残が射し込んでいて、目にも温かだったのだ。


 部屋の主はリェージェに紛れも無かったというのに、どちらかと言うと重々しい心象を覚えている彼が、見る影も無くかそけく、儚く、今にも昇華して消えてしまうか危ぶむほどの透明感を湛えていたのだ。


 俺の手を引いているアウルの指が、縋るように握られ、唇は言葉を無くしていた。その彼を、リェージェは得も言われぬ微笑みを持って迎えた。

 招かれたアウルが、気持ちを立て直して口を開いた。


 「父様。貴方の言ったとおり、私を想ってくれる者と巡り逢えた。もう大丈夫だから・・・」


 ベッドの父に縋り、涙に詰まって声に成らなくなってしまったアウルの髪を、愛しげに撫でながらリェージェの眼にも涙が溢れていた。


 「有難うブランシュ。貴方は私を救ってくれた。私の悔いを雪いで下さった」


 未だその手は顔を伏せたままのアウルの髪を撫でながら言い、もう一方の手を挙げて俺を差し招いた。俺が手を取ると、その秀でた額に当てて言う。


 「跪くのが叶わないのだ。お赦しあれ。伯爵、貴方への眞心からの感謝と供に、生涯の願いを叶えては貰えまいか?!」

 「ブランシュを、私のただ一人の娘をどうか末永くよしなに」


 死に逝くその身に替えて、アウルを頼むと、その人の渾身の願いに応えずには居られなかった。


 「元よりこの身に替えてお引き受け致します。でも、リェージェ。こんな事を言うと叱られるんですよ」


 涙ながらの微笑みを最後に、リェージェの元を辞して帰途に就いた。到着した時に、待つと言い張るローイを帰してしまっていた。車を仕立てることも出来たが、少し行くと駅が有るのも判っていたので、2人、ホスピスの森から続く田舎道を歩き始めた。

 森の木々が疎らになり程なく抜けると、市街地とは違ってこの辺りは昨夜雪が降ったようだった。いちめんの銀世界にアウルが何事かを思って立ち止まる。


 「リェージェに出逢ったのは、こんな風に誰も居ない原っぱを、解放される喜びに浮かれて歩いていたときだった」

 「サナトリウムを抜け出して、暗い道を裸足で歩いているというのに、一足毎に躰が軽くなった。森を外れると、いちめんに色とりどりの野の花が咲いていた朝露の降りた花々からは良い香りがして、天上の花園とはこういったものだろうかと思った」


 「でも、現実は現実で、私は相変わらず汚いままだった。足元に続く道の片側が柵を境に切り立った崖になっているのを見つけた。」

 

 「・・・嬉しかった。越えれば楽になる」


 聞いた途端に凍り付き、声も出なくなっている俺に気付くと、また、少し笑う。


 「・・・言って無かったなと思って。止めようか?!」

 「聞きたい!」


 恐ろしくはあった。だが、アウルが自分の1番苦しかった時のことを話す気になっているのだ。やっと・・・少しきずが癒える兆しかも知れなかった。


 「近付いてみると柵は高くて子供の私には到底越えられない。抜けられるところを探して花の咲く原を歩いた」

 「良い香りのする中を歩くのは楽しかったが、その内、長く使われていた薬のせいだろう、こちらを見ているリェージェに気付くか気付かないかのタイミングで、その場に蹲るようにして眠ってしまったらしい」


 「そんな妙なものを見かねて拾ってくれたんだ。それ以来彼の前では『ブランシュ』に成った」

 「境遇と生い立ちがそっくり私と重なったんだそうだ」

 「巡り逢ったのが彼であったから、私はお前に出逢うまで生きていられた。まさか、彼の言うことが本当になるなんて。その時の私には信じられなかったから」


 もしも、リント伯爵の目論見が成って、傀儡の王に祭り上げられていれば、孫娘の産んだ王子であるクリストファーが、物心付く頃には暗殺の憂き目を見ていただろう。

 言葉を無くして見詰める俺を、顔を上げたアウルが認め、ふわりと表情を綻ばせて微笑を載せた。


 「アウル?!」


 右手がするりと俺の背を抱いて、肩口に額を堕としたかと思うと、照れたようにクスクス笑う。やがて諦めの溜め息を付いてぽつりと呟くように言う。


 「・・・我ながら、お前のことがこんなに好きだったんだなぁ・・・って、呆れているんだ」


 言葉とは裏腹に、背に置かれた掌が縋るように握られて、息を呑まされる。

 ・・・すり抜けて逝ってしまう!!

 焦燥にかき抱こうと動いた俺の意表を突いて、アウルの手が再び俺の手を引いて歩き始めた。

 それは明らかに、手放し難いと思う心と成さねばならない目的との間で揺れている彼の心情を示していた。

 だが、俺に縋ること無く、彼は歩き始めていた。

 

 お読み頂き有難うございました!

 アウルにとって死は解放を意味するので、悲壮感が漂う訳では無いことが実は1番の問題だと思う今日この頃です。

 こんな時の為のお前だろうと、アレンに発破をかける事に致します!

 今少しお付き合い下さいませ!

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