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不動  作者: みすみいく
4/8

センセーショナル

 衣装あわせだと思ってコマーシャルフィルムの撮影に臨んでしまい、あげく、マリーエの店に詰めかけたお嬢さん方の好奇心を惹いてしまったアウル。

 本当の問題は、彼がその事を自覚していない事だったのですけれど・・・

 現状我がシェネリンデの産業の核と成っている薔薇と香油だが、生花として主流はアフリカが占めていて、そもそも開花期の少ない北半球では太刀打ちできない。

 

 香料の生産も、より南のグラースには及ばない。観光資源として活用しているから意味が有るので有って、そのもののみでは国を支える基幹産業としては心許ないのだ。


 一方で我が国は鉱物資源の埋蔵量に恵まれていて、特にカーライツの所領には有力な鉱山が幾つも有る。

 それ故東に頼ること無く自立できた。

 対して主に農産物の生産と供給で保つリント伯爵家では、外貨獲得は難しく東の力に依存するより対抗勢力として存在できないのだった。


 アウルの言う次の世代へ導くことの出来る者と言うのは、カーライツの余力の故だった。

 従って、カーライツの当主の籠絡という手段は、政治対策として成り立つのだ。

 例え、俺との間が手段では無く、真実であったとしても、父への不孝をさせてしまったことにはかわりは無い。相手が主筋であった為に有無を言わせない形になった事への詫びをしたい。せずには居られないと言い出した。待ち望んだ継嗣をもぎ取ってしまった不孝を詫びたいのだと。


 訪ねた古稀の祝賀の夜は、俺達にも、積年の良心の呵責を抱えていた父にとっても、すべての問題から解放されると言う、願っても無い恩恵に与ることになったのだが・・・


 今年になって、アウルは改めてイギリスに立憲君主国へのプロセスを確認に出かけた。タイミングも目的も、今後の予定に合致していて何の疑問も無い。

 無い・・・のだが。


 去年のイブに自分がしでかした出来事が、2人の関係に新たな危機を創り出してしまったのでは無いかと気が気では無かったのだ。

 仕事がひと段落した頃、我慢の限界をきたして居たところへ、5ヶ月遅れの誕生日を祝ってやるから、2月のこの日にマリーエの店に来いと言い渡された。


 『スーツでない方が良い。うんとドレスアップして来い』


 ドレスアップ・・・場所も場所だった。

 ソルボンヌにほど近いここは、まだ、俺を拒んだまま、なにもかもを内に秘めたままで潰えてしまおうとしていた彼と、何とか留めることは出来ないかと、手が届かないものかと足掻いていた俺とが、数々のシーンを演じたところだったからだ。


 ローランサンの正面にたどり着き、もの思いから現実へと戻るのと、アウルが回転扉を押して外へ出て来たのとが鉢合わせのようになった。

 その肩越しに入り口に向かって殺到する女性達と、扉の前に立ちはだかって留めているマリーエとローイが目に入った。

 で、有るのに、視線を戻した俺に表情を綻ばせる彼に思わず見蕩れてしまっていた。真珠色のシルクシフォンで薔薇の花びらを模したオーバーサイズのコート。その襟元は咲き初めた花心の重なりを思わせる。

 余りの愛おしさに自分の顔が緩んでいくのが留められずに居た。だが、扉越しに必死に振られるマリーエとローイの手に気づいて、漸く我に返った。

 咄嗟にアウルの手を引いて、とにかく女性達の逆方向へと走り出した。だが、如何せん逃げ出すのが遅れたし、女性達の目から逃れても彼の正体を隠す手段が無い。


 街並みを走って、小路を2つ程折れると追っ手から死角に入ることが出来たようだった。そう思った途端、引いていた俺の手をアウルが解いた。


 「アウル?!」

 「一緒だと余計目立つ」

 「なに言って・・・安心するのは未だ早い。行きますよ!」


 再び引こうと伸ばした手を逃れて、近くの小路へ折れていって終う。


 「彼女等はお前を追ってきているんだろうが!」

 「なにを怒って・・・アウル?!」


 一瞬の空白に捕らわれている目の前から、何者かの手によってアウルの姿がかき消されるように掠め取られた!


 「貴方を追ってきているんです!!」


 俺がそいつと同時に叫んで踏み込み、得体の知れない相手からアウルを取り戻して背に庇った。


 「何故、花のようなお姿の閣下では無く、伯爵を追って来ていると思われたので?!」

 「シュバルト?!」

 「・・・私を?!これは衣装だし、アレンの方が余程・・・」


 言い点したアウルを振り返ると、俺を認めてハッとしたように息を呑むと、見る間に紅くなって俯いてしまった。


 「ご心配無く。クシュナー次官とマリーエ氏が間もなく到着なさいます」

 「何がいったい・・・」

 「シェネリンデを変えたのは、お2人の真実で有ったのだと言うことです」


 ずっと胡散臭い奴だとばかり思っていたこの男を、先のリント伯爵の手先となって、アウルの命さえ狙った宿敵でもあったこの男を、審議会の後これと言って咎める事もせずに腹心の部下であるルィザの元に留めた彼に、少なからず疑問を持っていた。

 だが相変わらずのサングラスの奥の瞳には信頼の兆しさえ思わせる。

 

 ルィザの心眼が見抜いたこの男の本心は、俺達の理想と同じものだったのかも知れないと思った。

 お読み頂き有難うございました!

 エピソードを拾いきれるかが終盤の完成度に響く・・・判っていても危なっかしい・・・

 今少しお付き合い下さいませ!

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