雪白のシフォン
専属のデザイナーから、シェネリンデのイベントデザイナーと成ったマリーエのもとへ、次のイベントの協力をするというルィザとの約束を果たすために赴いたアウルだったが、この事が後日、彼の中でひとつの転機を創り出す。
混迷のアウルに希望をもたらすのだろうか?!
石畳に粉雪が舞い散る季節になりました。シェネリンデのグランドオープン・フェスタが盛況の内に終わり、その反響の大きさに、フランスに戻っても暫くは新たなオファーで忙殺されていたのです。
あのフェスタの後も、「収穫祭のごちそうジビエ」や「冬薔薇の園で迎えるクリスマス」国王ご一家がお出ましに成る「純白のニューイヤー」と続き、今回の「春の日だまりに薫る躰」とイベントが続いているのです。
その慌ただしさが、年が改まったこの頃ようやく落ち着いていました。
そんな或る日、わたくしの古くからの顧客のお一人、現在のわたくしの地位を授けて下さったと申しても過言では無い方からお電話を頂いたのです。
「マリーエ?!」
通信は限られた方からのみ繋がる私設回線から入りました。
「閣下。お疲れが出ませんでしたようで、安堵致しました」
「貴女こそ、元気そうで何より」
「有難うございます。今暫くはイベントが続きますので」
「ご苦労だね」
美しく紡がれたリネンの手触りとでも申しましょうか?!奥に張りのある、それでいてやわらかで滑らかな声が仰います。
この方とわたくしとの出逢いは今を去る15年前のこと、実は最初の時には双方それと気付かずに終わっていたのでした。
その頃わたくしは勤めていたデザインブランドでのトラブルから総てのキャリアを無くし、未だ幼い娘を母に預けて再起を謀っていました。この店の年老いたクチュリエに師事したことが切っ掛けになって、彼の後を引き継いで小さな店を任されたばかりだったのです。
せめてもと離れて暮らす娘を思って、婦人服専門だった店に、子供服をおいてもみました。ですが、裏通りの小店がにわかに繁盛するはずも無く、溜息ばかりで暮らしていました。
そんな或る日、近くにお勤めだという若いお嬢様が、10才位の少女服を何着もお求めになりました。
何方かのお使いで見えたのかしら?!
けして安価とは言えないクチュールメイドの少女服でした。つい最近までご自身がお召しだったようなお年頃の方が・・・
そう思う一方で、再起をかけた店にとっては救世主のような方だったのです。
その後も何度かおいでになり、靴やサブリナパンツ等をお求め頂きました。
店の裏手は公園になっておりました。息抜きをかねて、散歩をしたり、養蜂をしている方とお話ししたり、わたくしの憩いの一時を過ごす場所になっていたのです。
その日も買い物帰りにバケットを抱えたまま見るとはなしにぼんやりしていました。園丁のお爺さんがお孫さんかしら、リネンのドレスを纏った女の子と草木の手入れを・・・夢を見ているのかしら?!
本気でそう思ってしまいました、身に付けて居られるのは間違い無くわたくしの店で差し上げたリネンのドレスでした。
ですのに、まるで深窓の姫君のために、宮廷デザイナーが誂えた作品のように変わっていたのでした。
「ルィザの命で、クリストファーの代わりに衣装合わせをしてくるようにと」
「あ!はい。伺っております。お引き受け下さいますの?!」
・・・クスクス・・・この悪戯好きそうなクスクス笑いには聞き覚えがございます。それはこの店が何とか軌道に乗り、わたくしも自信を取り戻せた頃でした。
外はマロニエの若葉が萌える季節、通りに面したドアが開いて、一目でどちらかのお屋敷の執事と思しき年嵩の人と、ピンストライプのダブルブレストを着熟しておられるものの、未だ十代の若君と。
「見せて貰っても良いですか?!」
「あ・・・はい。贈り物をお探しでございますか?!」
「・・・ケイン、宿に戻っていて良いぞ」
「お待ち申します」
嗜める視線に、してやったりのクスクス笑い。ぴたりと寄り添う心地良さを楽しんでおられるようでした。
「頂いて、着替えていきたいのだけれど」
「手前どもの店に、お客様がお召しになるような品がございましょうか?!」
お応えは戻らず、何故かリネンの少女服を感慨深げに手に取られて居て・・・あっ!と思わず息を呑みました。
白いドレス、額にかかるブロンドを水色のリボンで結んで・・・
「そう・・・幼い頃貴女のドレスに助けて貰った者です」
「はっ・・・はい!」
公園で見かけた光景は夢などでは無かったのです。抱え続けた疑問が解けた感激が胸に迫ります。
「・・・いけない!忘れていたわ!」
素っ頓狂な私の叫び声に、お薦めしたセットアップにお召し替えの最中であられる若君を、試着室の傍に控えてお待ちのケインさんが振り返られました。
「何かございましたか?!」
「失礼致しました。若様はダブルブレストをお召しでしたので、アンサンブルのウイングチップを合わせておいででしたが、ご試着のセットアップにはそぐわないかと・・・」
「さようでございますね。では、私が」
「いいえ、少々お待ちくださいまし」
確か・・・余り踵の高くないミュールか何か有ったはず・・・
「サイズが合えば良いのですが」
「有難うございます」
差し上げたサンダルを手に、セットアップをお召しになり試着室を出られる若様を、すぃ・・・とエスコートなさり、サンドリヨンの靴合わせ宜しく・・・
・・・咲き初めた青い薔薇のよう・・・
「クリスの代理と言われれば断るわけにはいかないだろう?!」
「有難う存じます」
驚きました。
先年、グランドオープン・フェスタのコンセプトをご相談の折には、ぜひ、リゾートのイメージキャラクターにとお願いしたにも関わらず、間髪入れずの「却下」の仰せでしたのに。
まぁ、主催者が公では有られず、今はリント伯爵を名乗って居られるご子息クリストファー様だったのですけれど。
来週には、公の配下で有られる内務省首席補佐官、ルィザ・クシュナーが私の元をお訪ね下さる手はずが付けてありました。
「ローゼンブルク・リゾート」は成功の内に、メインのリゾートホテル「シュロス・ヴィント」は2年先まで予約で埋まっているという現在ですが、イベント施設と言うのは更新を続け無ければ存在は危うくなります。
実績を積むため、わたくしの会社とのタイアップで「ローゼンビジュウ・薔薇の輝石」と言う、経口美容食品の開発を開始して居たのです。クシュナー次官は、最終的な打ち合わせにおいでになることが決まっていたのでした。
実はわたくし公のキャラクター性に、未だ未練を抱いておりまして、青い薔薇の次には雪白の薔薇をお召し頂こうと企んでおります。
時折ちらつく雪白の薔薇。
シルクジョーゼットを重ねた花弁のようなショールカラーのコートと、フードよりはベレーの方が宜しいわね。それともサングラスをお掛け頂いて・・・
リゾートのイメージとして公のお姿が世に出ることに成れば、その美しさだけでも企業のイメージが良くなることはもとより、今回手がける「ローゼンビジュウ」の効果の証明とも成って、今後の経営が盤石に成ろうというものでした。
と、申しますのも、公は幼くしてご両親を亡くされ、不遇を託っておられた頃、手遊びの一環で、薔薇をお育てになり、てづから採られたローズオイルをお茶に落として召し上がられたとか。
好奇心からのお悪戯で有られたのでしょうけれど、その事が男性であられて、20歳を超えた年齢にも拘わらず、瑞々しく美しい肌を保っておいでなのです。
ローズオイルには女性ホルモンに似た働きをする物質も含まれると言われ、腸の環境を整える事から体臭の解消も望めますとか・・・
でも、この事は公のお耳には入れずに置かなければ、美しいと形容されることを本意とされない方ですので、直ちに辞めてしまわれかねません。何せ、御自分の価値に無頓着な方なのです。
さて、それでは、ルィザ次官にご報告の上、今後の方針を協議せねば成りません。
5日の後、渾身の作品をご用意し、公をお迎えしました。
うう~ん!思った通り、いえ、やはり予想以上でしたわ!
雪白のシルクジョーゼットを重ねたオーバーサイズのショールカラーのコート。白いカシミアのカットソー。
少し長くなさったブロンドに、ジョーゼットのベレーをお乗せすると、少し眉根を寄せられて溜息と共に仰います。
「・・・相変わらず主張が強いね」
「今回はショーの衣装ではございませんのよ」
「このまま街を歩けるって?!」
「お似合いですもの。全く問題ございません」
「・・・」
上の空でうっとりと拝見して居て、撮影が終わっても気付かずに居るわたくしに、フロアマネージャーのローイがサインを送ってくれて、漸く我に返りました。
閣下には少々呆れておいでです。
「もう良い?!」
「あっ!はい!結構です。申し訳ございません」
「このまま街を歩けるって言ったよね?!着替えは預かっていて下さい。ではね。マリーエ」
「えっ?!あ・・・」
慌てるわたくしを尻目に、プライベートオフィスを出られ、店の真ん中へと続く扉を開けておいでになります。
なんてこと!白い薔薇の精霊の様なお姿なのですよ!あらら・・・お客様の間を抜けて行かれる!かと言って、閣下とお声を掛けることも出来なくて。
真夏のフェスタの話題で盛り上がる方々の直ぐ隣を、蘇った幻想が形を成してすり抜けていくのを、声も無く見送っておられます。
微かに流してある音楽だけが聞こえる音で有るようでした。
お読み頂き有難うございました!
難しい展開に苦しんでます。
ぎこちなくて読みにくかったですよね・・・これに懲りずに今暫くお付き合い下さいませ!