亡霊
こんばんは。
前回の投稿から2年が過ぎてしまっていました。自分でも思いもしない時間だったので、悩みすぎて阿呆になってた自分に呆れました。
何とかお読み頂けるかと思っています。
よろしくお願い致します!
欧州の小国、シェネリンデの王家を支える両輪の一方。カーライツ一族の長、アレンの父ダグラス・カーライツとの邂逅を経て、表向きの事は別として、2人の関係に一切の障害がなくなった。
有り得ない状況に信じ難かった一定期間を過ぎても、相変わらず私の中の得体の知れないわだかまりが消えることは無かった。
それでも日々は過ぎて行き、今年も僅かになった。降誕祭が近づいて、世間はより気忙しさが増してきた。にもかかわらず、私は自分の中に囚われていて、総てにおいて上の空と言った有様だった。
と、言うのも、今年は息子で有るクリストファーが、リント伯爵と成って公爵家を去り、クリスマスミサを除けば、王家を尋ねて祝いを言う以外は、うちわの儀式に終始するからでも有った。
私に、「ローゼンブルク・リゾート」の総てを覆い被せられたクリストファーは、まだ、学籍にある身で有りながら、事業が初めて迎えるクリスマスイベントを何とかするのに四苦八苦している。それでも、自分自身の革新のために与えられた試練だと受け止めてくれているらしい。
要するに、成すべき仕事の総てを手放して、「暇」に成ってしまって呆然としている・・・と、原因の1つを求めてしまっていた。
「暇」で有るので、今日もクリスマス休暇に入っているアレンと、忙しいクリストファーに代わって、内務省の残務整理を買って出ていた。
無論、彼等以外の職員も総て休暇に入っている。ただ、警備部だけは例外で有ったから、余り遅くまでここに居ると彼等の負担を増やしてしまう。
夕方6時には内務省庁を出て、自分の車で帰宅の途に就いた。クリスマスの朝のしきたりだけが必要で有って、私に今夜の仕事は無い。
イブは毎年公家の使用人達の慰労に充てることにしていて、家内を取り仕切る執事のケインには、私の帰りを待つ必要は無いと告げてある。
「・・・要するに寂しいってだけか」
1人言ちて、夕暮れに染まる街道を走っていた。1つ前の信号からタクシーが後に付いた。
やがて、行く手を阻むように併走を始めた。車内には後席に人影が1つ。
スキャンダル狙いのパパラッチか、政治部の特派員か。
省庁を出て帰宅の途に有る私としては頓着する必要は無かったのだが・・・これも「暇」を持て余している為だったのか、路肩に寄せて車を止めた。
少し先に止まった車から男が降りて・・・
馬鹿な!!
溜息ものの行動に呆れていると、そいつが助手席のサイドグラスを叩く。
「何のつもりだ?!」
解錠したドアを開けて乗り込んできた奴にそう聞いた。
「何って。一緒にイブを祝いたくて」
「お前な・・・」
言い掛けた唇を指で押さえられて、一瞬何か緊急事態でもと出鼻を挫かれた。こいつ特有の人を操る間の取り方にいつも引っかかる。
次には、パリの娼屈仕込みの手練が敢えなく私の建前を挫く。
「心配しないで。ちゃんと今夜中には送り届けます」
「明日でも良い」
口走ってしまってから、このままここで行き着いてしまいそうに成った勢いに慌てた。
「馬鹿!丸見えだろうが!」
「・・・そうでした。嬉しすぎてつい・・・」
頭を掻きながら、助手席のドアを開けて運転席側へと廻ってくる。
「助手席へ。車借ります」
「何処へ行くんだ?!」
「行けば分かります」
掻き立てられた衝動を、抑えようとしてか、指先が襟を引き寄せる。
「・・・当主が不在で誰がカーライツの面目を果たすんだ?!」
「ルーラ・シオンが。爺が跡取り孫娘にメロメロですから」
してやったりの悪い顔をして言う。
ルーラ・シオンとは、アレンの姉で有る王妃と、私の兄で有る現国王マルグレーヴとの間の双子の姉妹の妹姫だった。
アレンは「姪」である彼女を、公には、リントとカーライツと言う政治的な力の他に、新たな勢力を作らない為と、理由を付けて自分の後継に饐えた。
私には、見てくれも気性もよく似たルーラと、クリストファーを娶せて、誕生するはずの無い私との子を見てみたいと言う、少々奇抜な希望を持っているとも言う。
その実、妻を娶りたくないという、相変わらずの駄々っ子ぶりだった。
・・・と、言うことは、義父上にこの次第を告げてきたと言うことか?!とんでもなく恥ずかしい次第だった。
「何真っ赤に成ってるんでしょうね?!可愛すぎ」
「悪かったな!免疫が無くて」
「そうして拗ねると余計に可愛くなるんですよ。知ってます?!」
「貴方に見て頂くには今夜しか無いからと言ってきただけなんですけどね」
「揶揄うなと言うのに・・・今夜しか無いって何が?!」
「会って頂きたい者が居るんです。彼が今夜には帰郷するので」
全くの初耳で、訳が分からないにも関わらず、胸の内をひやりと何かが降りて行くようだった。
・・・こんなにも捕らわれて、こんなにも失うことを恐れてしまっていたなんて・・・
得体の知れない拘りは実は嫉妬だったのだろうか。
「アウル。涙が出るほど嬉しいんですけど・・・今のは仕事の話ですよ?!」
「//////////」
シェネリンデに山師のカーライツと農夫のリントと言う揶揄が有る。主に農産物の供給を権力の源としたリント伯爵家と、鉱山開発で築いた財力を背景にしたカーライツ伯爵家を言ったものだが、二大勢力の双方が全く違う方向を向いてきたからこそ、統合も共倒れもせずに現在に至ることが出来たのだった。
今夜アレンが私を伴った所こそ、カーライツの本拠地とも言うべき「ロレーヌ鉱山」の入り口だった。
行けば分かるとアレンは言ったが、私がここを見るのは初めてのことだった。私がと言ったが、他の誰で有ろうと、恐らくはアレンと、先代のダグラス・カーライツ以外には、一族と言えど詳しい実態を知る者は居ないだろう。
「私が入っても良いのか?!」
「勿論」
だから今夜か。日頃鉱山を運営する職員も休暇を得て帰郷している。
無人化する口実が有った!
本当に惚けている。
惚け加減が甚だしい!
案内された建物はごく最近の建設のようだった。他が闇に沈む中、此処だけ煌々と明かりが灯っていて、引き合わせたい者とはここに居るようだった。
「彫金の工房?!」
「当たり!流石ですね。技師長!何処に居る?!お連れしたぞ」
現れたデザイナーを名乗る男を見て、内心ホッとしてしまったことに気が付いて、そこから先彼等の話をろくすっぽ聞いていなかったことに更に落ち込んだ。
デザイナーの帰郷を見送り、鉱山を後にして山道を車で5分ほど登った所に、峠道を見下ろす要塞の後と思しき建物がみえてきた。戦前から続く鉱山は、それ自体が権力の源で有るために、常に強奪の危機に晒されていた。
近世以前には衛士を置いて警備に充ててでもいたのだろう。
過去の遺物とみえた外観は、特別の機能を隠す覆いに過ぎず、一族の生命線とも言えるその機能を、歴史の裏側に秘めてきていた。
古ぼけた鉄のドアを潜ると、真ん中に井戸を据えた中庭が有った。一角にはあのロータスが停めてあった。どうやら随分前からアレンの別荘として整備を進めていたようだった。
中庭を過ぎて、要塞の本体と思しき塔に入ると、中はごく在り来たりの「別荘」だった。梁が見える天井に鈎が掛けてあり、猟銃が壁に掛けてある。
余りにも在り来たりすぎて、別の用途を隠しているようにも見える。
「中庭とは違って、ここはお前の趣味では無いようだが?!」
「ええ。好きにするには自分の手でやるしか有りませんからね」
「機密保持のためか」
言葉そのままに室内には近代の空調でさえ備えていないようだった。アレンが先に入るなりストーブに火を入れるべく準備を始めたのだ。
組んだ薪の下に火口を差し込んで鞴で空気を送ると、楚だに火が移り燃え始めた。
揺らめく灯りに照らされた横顔に微笑を載せて仰ぎ見る。
何も言わずに手を引くと、珍しく1階に設けられた寝室に招き入れられた。意外を顔に乗せた私に、再び微笑を向けるとベッドを過ぎた後のクローゼットを開けた。
床の敷物の下に小さなピンが有り、押し込むと引き手が立ち上がる。引き手は階下への階段を露わにした。先に降りたアレンが手招く。
起きている事態がとんでもない状況なのだと思い知らされた。
降り立ったところには金融機関並みの金庫室が設けてあった。ハンドル式の扉を備えてはいたが古いダイヤル錠に、施設そのものの威力と言うより、秘密によって守られてきたのが見てとれる。
以前彼が私に宣言した、自身はおろか何者にも代え難い、言葉そのままに己が持てる総てを私に預けようとしているのだ。
「分かりますよね?!ここは公開することの無いカーライツの資産です。一子相伝の事柄なので、何れルーラ・シオンの耳にも入れねば成りませんが、状況が変われば課税の対象になるものなので考慮中でした」
「受け取れと?!」
微笑みと供にアレンが頷く。
「ここまで来て成るまいが、駄目だ。受け取れるわけが無い」
「では、この国の未来に。国が安定して、経済によって立つ立憲君主国に成った暁には、他国との争いのための資金は必要で無くなりますから」
理には叶う。だが、私には贖えない。
「微笑んで。言ったでしょう?!それが俺の望みです」
「無理を言う」
「ではもう少し、未だ早い」
目の前で解錠の為のダイヤルをゆっくりと回し、私の名と誕生日が鍵にされているのを示した。
それはこの施設の持ち主がアレンに移っていることを物語り、秘密を知る者は彼と私だけに成ったことを示した。
棚に金塊と、ジュエリーケースが延々と並んでいる。鉱石の貿易の傍らでコツコツと蓄財を繰り返した、一族の長年の賜なのだ。
その一番手前の棚に黒い天鵞絨のジュエリーケースが有り、それを取り出すと私に持たせて扉を閉じにかかった。
黒い天鵞絨のケースからは、宿り木をデザインしたミトン・ブレスレットが出て来た。その甲に中る部分には、深い色を湛えた見事なエメラルドがはめ込まれていた。
「これは・・・「緑蔭」?!」
「ええ。伝来の宝石の1つです。左手を」
「な・・・これも?!」
「まだ早いと言ったでしょう?!」
節ごとに動くプラチナの宿り木の枝が「緑蔭」の名を冠したエメラルドを穫り込んで連なっている。白い実や花は小さな真珠で出来ていた。
人差し指に指環を付けると「緑蔭」を収めたブレスレットを手首に止めた。溜息が出た。これ程の石と細工がいったいどれ程の値を示すものか。
それを事も無げに贈ってみせるこの男の底が知れぬ。
「・・・これもここで出来たものか?!」
「ええ。昨夜やっとね。最初に貴方に見て欲しかった」
「私の為に?!」
「無論と言いたいところですが、これは新しい事業のサンプルです」
「事業?!」
「俺の好みを反映させたブランドを立ち上げようと計画しています。鉱山の産物を利用した6時産業です。貴方の真似をしようって訳」
話を聞いて少し息が付けた。
「鉱石の輸出は切り売りだからな。何時か尽きる。お前は充分な拘りとセンスを備えたいる。これは飛びきりだろうが製品の完成度も高くなるだろう。マリーエのブランドとカップリングを狙う訳か?!」
資本主義への移行を見越して、カーライツの経済活動も転換を謀る必要が有った。
税を納められる者から収める者への移行は其れなりの困難を伴うからだ。
今日までの蓄財を充てれば良いものを、私に与えるために別の事業を立ち上げる。
「ロイヤルワラントの制定を企画しよう」
「なるほどそれなら一石二鳥だ」
「3鳥。陛下の御用達なんだからな」
「は!謹んで承ります」
戯けた仕草でサーバントの礼をとると、私をストーブの前に座らせてシャンパンを開けに掛かった。
「こんなに幸せなイブを与えて下さった神に。ん、貴方にかな?!」
「天罰に値する」
「大丈夫。俺が受けます」
フルートグラスがクリスタル特有の高い音を立てた。
「左手を掲げてかざして。宿り木の元イブの夜にはキスを拒んでは駄目ですよ」
「私が?!」
プラチナの作り物は「緑蔭」の力で聖なる宿り木へと変貌を遂げた。左手をアレンの頭上へ翳し、キスを奉じて永遠を願う。
今夜中には送り届けると言うのに、明日でもと口走るほど欲していた私では抗いがたいことは判っていた。
障害を一つ一つ乗り越えて、信頼と愛情に裏打ちされて、求められ求めることを赦されて、叶った望みに胸が詰まったはずだった。
求めるままに注がれる情愛にもっと・・・と欲を露わに引き寄せたときだった。
・・・姫を・・・穢した酬いだ!・・・天使の皮を被った陰売め!こう・・・されるのが好きなんだ・・・思い知れ!!!!
・・・過去と現実が交錯する・・・突き刺さる稲妻のように、受けた仕打ちの記憶が、現実を切り裂く刃と成って私の奥深くを抉る。
・・・正気を保ち得ずに意識を手放して逃げてしまっていた。
・・・あのまま目覚めずに終われば良かったのに。
「・・・?!アウル?!・・・良かった!気が付きましたか?!」
まだ夢の続きのように、焦点の定まらない目にも安堵に胸をなで下ろすのが判った。
「苦しくない?!」
克服など有り得なかった。
「無い」
如何すれば良い?!
自失している私をワインを含んだ唇が触れる。息を抜く溜息と共に、僅かに表情が曇る。
「あんまり良すぎて・・・ぼうっとしてしまっているだけなんだから、お前みたいに心配されると恥ずかしいって、何度言わせりゃ気が済むんだ?!」
言っても、彼が納得などしないのは判っていた。
如何すれば良い?!
お読み頂き有難うございました!
アウルとアレンの関係に一応の区切りが付けられるかと思っています。
懲りずに最後までお付き合い下さいませ!