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彼女は異世界で王様でした  作者: オランジェ
第二章 初めての友達
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 彼が、その人に出会ったのはまだ少年の頃だった。暗い路地裏で、ボロボロになった同じ年頃の子供を見つけた。その子供は驚くほど顔立ちが整っていた。最初、少女かと思ったが、怪我の手当ての為に服を脱がせて同性なのだと知る。野生動物のように警戒心が強く、整った形の目を釣り上げて彼を睨み上げていた。見た目はボロきれのようなのに、言動は妙に上品でその少年が貴族の子であることに気付くのはすぐであった。父の正妻に嵌められ、実の父親から捨てられた貴族の子供。全てを失ってもなお生にしがみつく少年に共感と親しみを覚えた。そして、その少年は後に彼の唯一無二の友になり、裏切ることになる。

 そのことを彼は少年に出会う前から知っていた。



* * *



 「スズ?」

 前世の記憶に捕らわれていた鈴音は、ルイースに呼ばれはっと我に返った。

「あ、え?なんですか、ルイ」

「ぼんやりとしているようですから。口に合いませんか?」

「う、ううん。美味しいですよ!」

 慌てて笑みを作り食事を再開する。

(いけない、予想外の出会いに動揺してる…)

 ルイースの存在に鈴音は混乱した。どうにか、気を取り直して食事の席に着いたのだが、いまだに動揺は取れない。並べられた料理はどれも美味しそうなのに味を感じられない。

「もしかして、旅の疲れが出ているんじゃないのか?」

 スィオンが気の利いたフォローを入れてくれて内心感謝をする。

「うん、そうかも。ルイ、すみません」

「謝る必要はありませんよ。もし辛いなら無理せず、おっしゃってください」

 労りのこもった言葉にかすかな微笑みを浮かべるた。

「ーー相変わらず、心配性だなぁ」

 ポツリと呟きが溢れた。

「え?」

 ルイースが声を上げ、鈴音は目を瞬かせる。

「あれ、私、何言ってんだろう」

 鈴音が首を傾げればルイースも同じことをする。それが妙におかしくなって小さく吹き出した。

「変なこと言ってすみません」

 鈴音自身なんであんな言葉が出たのか分からなかった。まだ、少し混乱しているのかもしれない。だが、笑ったことで先程よりもリラックスした気持ちになっていた。

「それにしてもルイは綺麗な人ですよね。さっきは凄く驚きました」

 これで部屋へ入ってきた時の妙な反応をごまかせればいいのだがと考えながら続ける。

「私、ルイほどの綺麗な男の人初めて見ました。もはや感動です」

 ルイースは眉じりを下げながら苦笑する。

「ありがとうございます」

 語尾に「よく言われます」という言葉が続きそうな返しだ。

(そりゃそうか。これだけ整った顔してれば言われ慣れてるよね)

 納得して一人頷く。落ち着いてきたら食事の美味しさに気付かされる。

「美味し」

 今鈴音が口にしたのは野菜と肉団子入りの具だくさんスープだ。さっぱりした味付けだが旨みがしっかりとついている。

「ルイの美しさって、あれですよね」

 まだ話が続いていたのかとルイースが眉を持ち上げたが食事に集中していた彼女は気付かなかった。

「海辺で見る黄昏の空。太陽は地平線に沈んでいるけど、空はまだ淡く明るくて、浮かぶ月が白く輝き始めた時の空です。刻一刻と空の様子は変化してしまうので切なくなるんですけど、安らぎも感じるんですよね。どの表情も美しいから、ああ、このままこの空を閉じ込めて、もっと近くで眺めたいって願うんです。空なので無理なんですけど。だからこそ、美しい景色を見逃さないようにひたすら見つめ続けるんです。黄昏の空は優しくて切なくて愛おしい。そんな美しさに似ていますよね、ルイって」

 好きな景色を思い出しながら顔を上げるとルイースは目を伏せており、隣のスィオンはぽかんと口を開けていた。

「ん?」

 鈴音は二人を交互に見る。なんか妙な空気になっているのは気のせいか。

「スズ、お前ってやつ情熱的だったんだな」

 なぜ、そうなると首を傾げる。

(ルイの美しさを空に例えただけなんだけど。いや、そういえば愛おしいとか言った気が…まじか、そんなつもりじゃない)

 慌ててルイースに視線を向ければ、彼の耳がうっすらと赤くなっていた。鈴音は動揺した。

「違う!私はただルイースの綺麗さが前に見た海辺の景色みたいだなぁって思って、それを上手く伝えたかっただけで。別に深い意味は無いっ」

「うん、スズ、分かったから、もうその辺で…」

 ルイースが手で口を多いながら言った。相変わらず視線は下に向けられたままだ。

「ルイース様をここまでは動揺させるなんて、お前って、大物なんだな」

 スィオンがしみじみと言う。

「〜〜〜っ」

 今後、会話の時はもっと考えてから発言しようと決意を固める。しかし、こういった決意は初めてではない。過去に何回も決意して、その度に忘れてはまた自爆するのである。だから、今回の決意も早々と忘れ去られることだろう。

 この一件で会話はほとんど進まず、鈴音は追究から免れたことを知らぬまま食事を終えたのである。




 夜も明けきらない時間に目覚めた鈴音は、宿屋の庭に出る。夜特有の澄み切った空気が心地よい。暗い庭にぼんやりと立ちながらルイースのことを考えた。

(これは、なんの因縁なんだろう)

 目を閉ざし、自分のものではない記憶に沈む。

 『彼』のことは、昨日の事のように思い出せた。夜を切り取ったような黒い髪と瞳。容姿は今世と寸分も変わらないほど美しかった。彼は母親似だったらしい。貴族の屋敷で雇われていた異国の血を引いた美しい母親は、当主に気に入られ身ごもった。そして生まれたのが彼だった。最初、母親は妾として屋敷で囲われていたが嫉妬深い妻によりいじめられ、妻の行動に嫌気がさした当主は妾とその子供を追い出すことで平穏を取り戻そうとした。少しのお金だけを持たされた親子には親類はなく、母親は娼婦に身を落とすしかなかった。不衛生な生活と体を酷使したことにより母親は病にかかり、まもなく死んだ。残された幼い彼は、路上の孤児と同じように店から食べ物を盗み、時には道に捨てられたものまで食べた。腐った物を食べては何度も腹を下し、そしてそれを繰り返すうちにどんな物を食べても平気になったと淡々と語る友の表情を簡単に思い出せる。

『僕は、もう何も無い』

 そう抑揚のない声で言った彼に鈴音は、いや前世の人はなんと答えたのか。かさりと草を踏む音か聞こえて、鈴音は意識を現実に戻し振り返った。一瞬、彼が意識から切り離されて現実へと出てきたのかと錯覚する。だが、サファイアの瞳と蜂蜜色の髪が彼はルイースなのだと教えてくれる。目を瞬かせて、鈴音は彼に屈託の無い笑みを見せた。

「おはようございます、ルイ」

「おはよう。随分と早い、まだ夜も明けていませんよ」

 ルイースが空を見上げて言う。鈴音も一緒に空を見上げればうっすらと空が明るくなり始めていた。紺色は薄い青に、薄い青ははねず色に、そんな淡い色を見て鈴音は目を細めた。

「でもほら、すぐに明けます」

 目覚めた鳥が軽やかに鳴き始め、庭の花もゆっくりと開き始める。あと少しすれば、太陽の光が草木を濡らす朝露を輝かせることだろう。澄んだ空気で肺を満たす。

「綺麗、ですね。朝がこんなに新鮮で美しいものであったことを随分と忘れていた…」

 朝の光景に見惚れながらルイースが囁く。鈴音からすれば、この美しい景色にさえ負けないその美貌に感激する思いである。一層、彼の姿は神々しくさえあった。でも、と鈴音は考える。

 彼は、何者なのか?どうして、かつての友と同じ容姿を持っているのか?なぜ、前世の自分と同じ色を宿している?

 もしかして、彼はーー

 様々な疑問が浮かんでは消えていく。鈴音は、この世界に戻って来て、彼と出会った。この出会いは偶然なのかもしれない。でも、もし意味があったのなら?鈴音はルイースのことをもっと知りたいと思った。前世で裏切った友と同じ容姿を持つ彼について興味が絶えない。もしかすると彼を知れば、この世界に連れてこられた理由も自ずと分かるかもしれない。

(そのためには、まず彼の傍にいなくては)

 その方法を思いついた鈴音は、視線を逸らしたままのルイースの顔を覗き込む。

「ねぇ、ルイ、提案があるんですけど」

「…なんですか」

 ルイースがわずかに身構える。昨日の発言のせいで警戒されているのかもしれない。しかも、今からする提案も気恥しいものであった。こういったことは勢いが大切だ。躊躇えば躊躇うほど言いにくくなるものなのだ。

「私と友達になってくれませんか?」

「…」

 ルイースは、目を丸くして鈴音を見下ろす。予想もつかない提案だったことは彼の様子でよく分かる。傍にいる方法がこれしか思いつかない自分に情けなさを感じた。しかも、かなり強引で怪しい提案だ。

「友達?」

 聞いた事がない言葉だと言うようにルイースが繰り返す。

「そうです。私はルイと友達になりたいと思ってます」

「…」

「ダメですか?」

 前世で裏切られた人物と同じ姿をした男と友になりたいなんて酔狂だなと冷静に思う。

「ダメ…というより、なぜ私と?」

「貴方に興味があるからですかね」

 ルイースが目をすっと細くする。心做しか冷たい態度に感じる。

「私に興味が?」

「はい。ルイはどんな人なんだろう、もっと話してみたいって思ったんです。それに友達とか親しい人にはどんな表情を見せるのかも興味があります。だってルイは他人に感情を見せない人でしょう?」

「…本当に君は洞察力に優れた女性のようだね」

 褒められたのだろうか。表情を無くしたルイースからは何も読み取れない。本来の彼の姿を垣間見た気がした。しかし、すぐに微笑みに隠される。

「いいですよ。私も貴女に興味がありますから。ただーー」

「ただ?」

「私には友といえる者が一人もいないのです。だから、友とはどういうものなのか知りません」

 眉じりを下げながら言われた言葉に鈴音は衝撃を受けた。

(それは、とても返答に困るカミングアウト…!)

 笑みを引き攣らせて言葉を探す。

「な、なるほどー。じゃあ、手始めに、口調を改めますか」

「口調ですか」

「丁寧な言葉だと打ち解けにくいですからね。丁寧な口調が楽と言うなら無理にとは言わないけど。私は、こっちの方が楽だから今後は敬語無しで話すよ」

 早速、話し方を砕けたものにした鈴音にルイースは頷く。

「分かった。それなら、今後は普通に話そう」

「うん、いいね!あとは、そうだね…自分のことをお互いに話したりするといいかも。友達と言っても、昨日会ったばかりでお互いのこと知らないわけだし。あ、もちろん言えないことは言わなくていいよ。友達と言っても何でも話さなければならないわけじゃないから」

「ああ」

 素直に頷くルイースが微笑ましい。鈴音は、咳払いをすると姿勢を正す。

「それでは、改めて。私は鈴音、皆からはスズと呼ばれています。出身は東の国、年齢は二十五歳だよ。よろしくね」

「私はルイース。親しいものからは略称でルイと呼ばれている。カーザラント王国の出身だ。年齢は二十九、君よりも年上だが友達初心者なので、いろいろと指導してもらえるとありがたい」

 鈴音は失笑する。

「友達初心者って、指導って!」

 可笑しくて鈴音は腹を抱えて笑う。途中、目が涙で潤んだ。笑い過ぎで涙が出てきたのだと誤魔化す。最初、不思議そうにしていたルイースも鈴音に吊られるように、笑みを深めていった。明るい笑い声が、まだ夢の中にいたスィオンたちを起こすことになる。

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