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彼女は異世界で王様でした  作者: オランジェ
第一章 ただいま異世界
3/30

2

くるくる回る


くるくると歯車が回る


それは、運命というもの


規則正しく、くるくると


あらら、ポトリと一つ落とされた


大切な運命を紡ぐ一つの輪が落ちた


でも、誰も気づかない


歯車は回り続ける


くるくると


そして、少しずつ壊れていく



* * *



 金色の光の中、グルグルと視界が回る。いや、むしろグルングルンだ。

(うぷ、吐きそ)

 乗り物酔いを滅多にしない鈴音だが、さすがにこれは辛い。

『ーーー』

 どこからともなく声が聞こえた気がして、鈴音は気分悪いのを我慢して耳をすませる。


『過去は黒』


『現在は黄金』


『未来は白』


 それは、美しい声に聞こえた。そして、醜く嗄れても聞こえた。


『歯車が回り出した』


『運命という輪が』


『汝は、運命の紡ぎ手』


 不思議な歌だと思った。


『さぁ、汝はどれを選ぶ?』


『過去』


『現在』


『未来』


ーー選ぶ?


『さぁ、汝は何を選ぶ?』


ーーもし、選ばなければならないのなら、それは


「全部、ね」


 鈴音は、自分が人よりも欲張りなところがあることを自覚していた。だから、選べというなら全部だ。だって声の主は、どれか一つなんて言っていない。ならば、全て選べば損はない。

 彼女たちが笑う気配がした。


『過去、現在、未来全てを選ぶ者』


『行くがよい、欲張りな王よ』


『其方の選ぶ道を我らに示せ』


 そこで鈴音の限界が訪れる。再び、意識が遠のく。薄れる意識の中で

(目覚めは、また最悪だな)

 そう思った。



* * *



  遠くで金属がこすれ合うような音がする。

 ガッ、ギンッ

 鈍く不愉快な音を鈴音は、最悪な気分で聞いていた。

(うう、起きたくない。非常に起きたくない)

 やはりというか、今回も寝起きは最悪そうだ。聞き覚えの無いはずの音を、とても懐かしく感じる。これは、自分の記憶ではないなと分かる。

「ーーーっ!」

 耳障りな金属音の合間に男の声が聞こえる。不思議な発音だ。でも、それにも覚えがあった。

「おい、そこの子供!起きろっ」

(子供?私の他に子供がいるのだろうか?)

 そう思って、薄目を開け周囲を見る。ボロボロと木目の目立つ床は、あらゆるものが散乱していた。

(うむ、私の部屋とどっこいだな)

  違うとこといえば砂埃があるかないかくらいだ。そんな情けないことを考えながら子供の姿を探すが見つからない。代わり争っているであろう2人分の足が見えた。

「おい、起きたのなら早く逃げろ」

 どうやら、子供は起きているらしいのに動かないようだ。こんな争いの中では怖くて動けないだろうと鈴音は納得する。

(仕方ない。嫌だけど、起きて私が子供を保護するしかないか)

 鈴音は、面倒そうに身体を起こし後ろを振り返る。しかし、そこには床と同じ木の壁があるだけ。

「子供、いないじゃん」

 見える範囲にはいなかったのなら、後ろだろうと思ったのだが違ったようだ。ならば、どこにいるのかと見渡すが、乱雑な少し広い部屋の中にはやはりいない。

「なに、ぼけっとしている!早く立てっ」

 男の声に視線を上げれば出入り口付近で二人の男が争っていた。一人はボロボロの服を纏い、三月形の刀を片手に持っていた。顔には醜い傷跡があり、見るからに悪って感じだ。もう一人は、こちらに背を向けていて容姿は分からない。ただ、背が高くすらっとしているが身を鎧で固めて真っ直ぐとした剣で応戦していた。

  時々、鈴音の方に視線を寄越しては先ほどから逃げろだの、早くしろだの言っている。

(もしかして、私を庇ってくれてる?)

 もしかしなくても、彼の体勢からそうなのだろうと思う。見ている限り、盗賊っぽい人に剣撃では負けてないのに、どこか戦いにくそうにしていた。それは、鈴音を庇っていることで、なかなか思うように動けないからだろう。

 でも、と鈴音は思う。

(この人が、さっきから子供、子供って言ってるのは私のこと?)

 ただでさえ最悪な気分が、さらに下降する。

「私、子供違うし」

 かなり不本意そうに視線を逸らし言った。驚いたことに、知らないはずの言葉がスラスラと出てくる。

「おまっ、今この状況を見てそれかよ!」

「とても、重要なことだと思います」

「だあぁぁ!もう、さっさと立て!!」

 確かに男の言うことには一理ある。鈴音は、不本意な気持ちを抑えて男に従う。命は惜しい。少しフラつくが動けないことはない。それから、さっと男の背に隠れた。

「ちょっ、なにしてんだお前は!?」

「え?守ってもらおうかと」

「あのなぁ、逃げろよっ」

(逃げろと言われても)

 ちらりとドアの方に視線をやり、男に戻す。

「出口塞がってるし、無理です」

「なら、もう少し離れてくれ!戦いづらいっ、分かるだろうが」

「いや、そんなスキルありませんよ。非戦闘員ですし?」

「…お前、守る気を削ぐな」

 男からゲンナリとした様子が伝わってくる。

「それは、困ります」

「いや、困りますと言われてもな…お前、態度尊大だし」

「…そうですか。それなら、このか弱き者をお守り下さい。騎士様」

「棒読みだし…お前がか弱いって質かよ!」

「え、非戦闘員の上、この見た目からも分かるでしょう?」

「そうかもしれねぇが…その落ち着きっぷり、どう考えても只者じゃねぇ!」

「いえ、普通に只者ですが」

 鈴音だって人並みに焦るし、そのせいで失敗もする。ただこの状況が非日常過ぎて頭が付いてこないだけなのだ。それとも起きたてだから、ただ寝ぼけてるのかもしれない。

 それよりも、目の前の男の方が只者ではないだろうと思う。こんな漫才みたいなやりとりをしながらも、賊っぽい人の剣撃を跳ね返しているのだから。それに比べ、相手は口を挟む余裕が無いのか、さっきから必死の形相だ。

 それを見て鈴音は、二人から距離をとる。

「どうぞ、存分に戦って下さい」

「…なんか、もうどうでも良くなってきた」

 男は、投げやりな様子を見せたが、次の瞬間にはすごい気迫で賊を圧倒し始めた。一合、二合と激しい剣技に鈴音は、驚き立ち竦む。

 そんな鈴音を男が振り向かずに怒鳴る。

「ぼんやりしてんなっ!俺の動きに合わせろ」

「あ、はい」

 今度こそ素直に従う。さらに剣が打ち合う音が響く。そして、とうとう賊の方が限界を迎えた。三月形の刀が強い力で弾かれ壁に突き刺さる。賊が怯んだ隙に男は足をかけ、地面に転がした。

「はっ!」

  気迫と共に、男が剣を振り下ろそうとするのを見て鈴音は思わず飛び出していた。

「!!?」

 男は驚いたように目を見開くが、やはり只者では無いのかピタリと鈴音の鼻先で剣を止める。

「なにを考えている!?」

「す、すみません。つい身体が」

「つい、で剣の前に飛び出すなっ」

「うん、そうですよね。すみません」

 自分でも思ってもいなかった行動なのだ。いくら素人でも、本気の打ち合いの中に割って入るのが危険だということくらい分かる。かなり愚かな行動だ。でも、鈴音は動いてしまった。それは、多分ーー

「ほ、ほら、この人戦えそうに無いですし。もう、いいんじゃないのかなぁ、なんて」

「馬鹿か、お前は。こいつの殺意は本物だったし、意識のないお前を犯そうとーー」

 男の言葉にピクリと肩が揺れる。

(ーー犯す?)

 言葉を理解した瞬間、鈴音の雰囲気が一変する。鈴音とていい大人だ。騎士の言った言葉がどういう事か嫌という程分かってしまった。

「…剣を貸してください」

 地を這う声で騎士に言った。

 さて、鈴音にはこの世で最も嫌いなものの一つに、弱者を虐げる馬鹿という項目がある。虐待はもちろん、お年寄りを騙してお金を奪う者、力と恐怖で女性をねじ伏せる者。そんなニュースを見るたびに腹が煮えくり返る思いがする。それは、多くの者が持つ感情なのかもしれないが鈴音は人一倍敏感で激しかった。人はそれを正義感というのかもしれないが鈴音は違うと思っている。鈴音は女で小柄だ。世間一般で言うところの誰が見ても弱者なのだ。鈴音をよく知る者からは鼻で笑われるかもしれないが、客観的に見れば弱者に分類される。鈴音は、その事が実は昔から嫌だった。恐らく魂に刻み込まれた前世で培われたプライドがそう思わせているのだろうと今は考えている。だから、騎士の言葉に恐れるよりも、キレた…。

「は?」

 騎士が間の抜けた声を出して鈴音に視線を向ける。キレている鈴音は、そんな騎士の反応にさえ苛立ち、冷ややかに繰り返す。

「だから、剣を貸してください」

「いや、貸すってお前、どうするつもりだよ?」

「この状況で剣を貸す意味も分からないんですか?」

 鈴音の冴え冴えとした様子に騎士は戸惑う。

「え、お前、今こいつを庇っていたんじゃ?それにお前は非戦闘員なんだろうが。見た感じ死にも慣れてないだろう。そんな奴が人を殺せるか」

 一瞬、騎士の表情に影がさす。彼の職業からして、人を殺したことがあるのだろう。もちろん、罪人なのだろうが、それでも彼は命の重さを知っているようであった。その事に好感を持ち鈴音は声を和らげ微笑さえ浮かべてみせた。が、その表情は次の会話に相応しいものとは言えなかった。

「何言ってんですか。殺しませんよ。貴方のおっしゃる通り、私は殺すという行為はできませんし」

 騎士は少し安堵の表情を見せたが首を傾げる。

「じゃぁ、どうするんだ」

「だから、この人の息子?分身?男の象徴?まぁ、言い方はともかく、それをちょん切ろうかと思っているんですよ。そうすれば、今後も変な気は起こさないかでしょう?」

 なにを当たり前のことを、というように鈴音は首を傾げる。騎士は最初目を瞬かせ鈴音の言葉を咀嚼し、一瞬フリーズするも一気に青ざめる。

「っ、怖っっ!お前怖いっ!そして、なによりそれを笑って言うところが怖ぇ!!!」

 心做しか涙目になった騎士に少しムッとする。笑いかけたのは、騎士に好感が持てたからであってーーそれに鈴音はむしろ自分は優しい方だと思う。

「ええ?なんでですか、か弱い者を意思に関係なく襲う輩は万死に値するかと。そこを慈悲をもって、チョンパだけで済まそうとしているんですよ」

 とんでもない自論である。

「普通に死ぬわっ」

 男のツッコミに鈴音は眉を寄せた。

「後処理が良ければ死にませんって。そんな人たちが実在していたこと知ってますもん。それに切ったら、男性特有のそういった欲も無くなるそうですし」

 後処理ができる人間がこの場にいないことはこの際無視だ。

「お前、鬼か…」

 男は顔を蒼白にして言った。

「失礼な」

「俺、こいつを殺してやった方が慈悲になる気がしてきた」

「ええ?」

 鈴音が不満げに声を上げていると、ドサリと後ろから音がした。振り返ってみると、賊が倒れていた。よく見ると顔色が悪い。

「気を失っちゃいましたけど、この人。やり過ぎたんじゃないですか?」

「トドメはお前だよ」

「なんのことですか?」

 意味が分からずきょとんと騎士を見返せば視線を逸らされた。

「…」

「それにしても、一丁前に大ぶりの刃物を振り回すくせに気絶するとか軟弱すぎません?」

 盗賊を覗き込んで、肩をすくめる。

「やっぱ、お前、只者では無いな」

 男の出した結論に鈴音は顔を顰める。だが、ふと思い立ち男を見上げた。

「あ、そうだ。助けて頂きありがとうございます」

 お礼がまだであったと頭を丁寧に下げて感謝の気持ちを伝える。

「ーーー」

 騎士は驚いた様子で鈴音を見下ろす。

「え…なんですか、その反応」

「いや、すまない。お前が素直にお礼を言うとは思わなかったから」

「失礼な。恩人なんですからお礼くらい、何度も言いますよ」

「いや、一度で充分なんだが…それにしても、お前丁寧な言葉遣いの割に態度でかいな」

「鈴音」

「え?」

「だから、私の名前は鈴音。お前ではありません」

「スズ、ネ」

 戸惑うように男が繰り返す。

「あ、言いづらいなら鈴でもいいですよ」

「スズか。了解した。俺は、スィオン」

「え、塩?」

 なかなか難しい発音に、鈴音は首を傾げる。

「スィオン」

「ああ、シオですか」

「違う、スィオンだ!」

「はいはい、シオですね」

「だから、スィオンだっ!お前、わざとだろう」

「失礼な、至って真面目です」

 きりっと表情を改めて言う。

「…なんか、お前と話していると疲れる」

「…」

 言葉通りに非常に疲れた様子で前髪をかき上げた。不本意な気持ちで男を見上げた鈴音は、目を瞬かせた。目鼻立ちが男らしく整った人だと気付いたのだ。赤茶の髪が、男の勇猛さをさらに際立たせていて多くの女性の視線を攫うだろう。

 実際、鈴音は見惚れてしまった。先ほどから漫才みたいなやり取りに気を取られていて、男の容姿など目に入ってなかった。

「ん、なんだ?」

「いえ、お兄さんが意外とかっこいい容姿をしていたので、驚いていただけです」

 思ったまま素直に言うとスィオンがポカンとした顔で鈴音を見る。

「…お前、いろいろと心臓に悪いな」

「それは、すいませんね。それから、お前ではないです」

「そうだった。悪い、スズ」

 スィオンの謝罪にコクリと頷き返す。

「さて、外に出ませんか?スオウさん」

「スィオンだっての。しかも、名前変わってるぞ」

「精進しますので、早く外に出して下さい。それで、私を保護してくださったら幸いです」

「ほんっと、図太いな。長生きするよ、スズは」

 呆れを通り越して感心の表情を浮かべたスィオンにニッコリと笑みを返す。

「はあ。まぁ、百以上は生きるつもりなんで」

「なんだろうな、その自信は…。さて、行くか」

 苦笑するスィオンに「よろしくお願いします」と再び頭を下げた。スィオンが仕方ないとばかりに、背を向ける。しかし、そのまま進むことなく顔だけ振り向かせ、にっと笑った。

「俺を呼ぶ時に『さん』はいらないからな。ふてぶてしい態度で『さん』付けされても嫌味にしか聞こえん」

(…)

 いろいろと言いたい事を堪え鈴音は頷く。

「分かりました。スオン」

「スィオンだ」

「ん、シオウ」

「スィオンだ」

 いちいち訂正をするスィオンは、律儀な人だなと鈴音は思った。



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