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彼女は異世界で王様でした  作者: オランジェ
第五章 精霊の宴と危険な罠
29/30

5

 「ルイース…?」

 背筋を冷たいものが走る。彼の顔は見えない。しかし、なぜか、残虐な色を美しい瞳に宿し冷然とした表情をしているのだと分かった。

 ルイースを中心に大きな魔法陣が生まれ広がる。毒々しいほどの赤色をした陣は襲撃者たちを捉えた。

「な、なんだ!?」

「これ、なに…動けない!」

「っ」

 三人は魔法陣から逃れようとしているようだが、足が張り付いたように動かない。襲撃者の一人に向かってルイースが手を伸ばし円を描く。

「ぎゃああああああああああああああああっ」

 空を劈くような叫び声が響く。火柱が上がる。人がまた燃える。

「なっ、」

 仲間の様子に襲撃者二人が体を大きく揺らした。火は直ぐに鎮火したが燃えた襲撃者はそのまま倒れ、プスプスと黒い煙を上げていた。容姿はもはや原形を留めておらず、肌の表面は炭化している部分さえあった。人が焼かれた臭いが鈴音の方まで流れてくる。吐き気が込み上げてきて慌てて口を押えた。

「ーーああ。心配しなくてもいい。殺してはいない」

「き、貴様ァ!」

 水魔法を使った襲撃者が初めて声を上げた。気色ばみ、全身から怒りを滾らせているが動けないままだ。

「お前は、水だったか」

 ルイースは平坦な声で言った後、すっと円を描く。襲撃者の足元でゆらりと水が染みだし体を這うように呑み込んでいく。顔まで水が覆った時、奇妙なお面が外れ素顔が見える。平凡な容姿をした男だった。男は、逃れようともがくが逃げられるはずもなく徐々に苦しみに顔を歪ませ始めた。

「っ、っ!」

 男はパニックを起こし空気を求めて手を伸ばす。その時には体の自由は戻っていた。だが、水は男の体を逃がしはしない。

 ーービクンっ、ビクンっ

 大きく体を痙攣させたあと男の体から力が抜ける。ザァと水が履ける。その男も死んでいない様子でピクピクと体が僅かに動いていた。

 ルイースの視線が最後の襲撃者へと向けられた。

「ひぃっ」

 残った襲撃者は恐怖で引き攣った叫び声を上げる。

「お前は、楽しそうに魔法を使っていたな」

 円を描く。風が鳴る。その場は、一瞬で赤く染まった。ドサリと最後の襲撃者が倒れた。ルイースは痛みで苦しむ襲撃者の元へと歩み、すぐ近くで立ち止まるとガラスのような瞳で見下ろした。


「っ、カーザラント、の悪魔が…」


 聞き取りにくいはずと声が妙にはっきりと聞こえた。

「き、きさまは、己の、国もいつ、か滅ぼ、す。うらぎ、の、たまし…っを持つ、ばけも、の」

 ーー裏切りの魂を持つ化け物

 確かに襲撃者は言った。鈴音は体を強ばらせた。手が冷たくなって動かない。

「言いたいことは、それだけか?」

 襲撃者がまた口を開こうとしてーー


 ザシュッ、


 言葉にすることは叶わなかった。頭と体がルイースの手によって絶たれたからだ。赤く染まっていた草地をさらに赤が染みでる。キーンと耳鳴りが聞こえるほど、周囲から音が消えた。誰も壮絶な光景に身動きができないのだ。騎士たちは仲間と同じ方法で痛めつけられた敵を呆然と見ることしかできず、女たちはもはや正気を保っているのがやっとだった。

「お、叔父上、」

 エルマ一人だけがようやく声を出した。しかし、それ以上何かを発することはできず、愕然とルイースの姿を見ることしかできなかった。

 鈴音は、地面を抉るように拳を握り締める。

[君は、なぜそんなに重たいものを背負っているの?]

 日本語で問いかけ、唇を噛み締めた。

(ねぇ、ライ王は、あの人にどれだけのモノを背負わせてしまった…?)

 彼の背は、あまりに孤独であった。力が強く、頂点に立つ王者。彼のことを誰も理解できない。強くあまりにも違うから、寄り添おうと思う者は誰もいない。

(ああ、、私は孤独(それ)を知っている)

 だって、昔、それを背負っていたのは『ワタシ』だったから。

(でもーー)




 荒野と死体が広がるその中心に『ワタシ』は立っていた。仲間であるはずの騎士たちは己を遠目に眺め近付いて来ない。恐れているのだ。自分も同じ目に合わされるのではないのかと本能で恐怖し嫌悪しているのだ。

 人を殺すたび、力を振るうたび、勝利を納めるたび、自分が人ではなくなる気がした。己が決めた場所へ向かうためには仕方ないことなのかもしれない。だが、確実に人として大切な何かが欠けていった。


『何をボケっとしているんです』


 すぐ側で発せられた声にはっとして顔を上げた。その先には『彼』が呆れた表情で立っている。

『疲れているのは分かっていますが、休むならテントの中でお願いします。こんな所で寝られたんでは死体と間違えてしまう』

『…』

 臣下の前だからか、嫌に丁寧な言葉で言われた。戦い疲れた友に対してなんと冷たい発言か。だが、妙におかしくて「くっ」と笑いを漏らす。

『ーーほら、行きますよ』

 差し出される手。灰色に見えた空に鮮やかな青が戻る。『ワタシ』は、ニヤリと笑うとパンッと手を打ち付け勝利を祝う。

『手加減をしろ。私は、君のように馬鹿力ではないんだ』

 小声で悪態をつかれる。

 打ち付けられた手を血で汚されても、美しいままの友に目を細めた。

 ーーお前は、ただ一人の友だ

 荒野で輝く、ただ一つの光。決して失いはしないと『ワタシ』は友の姿を心に刻む。

 ーーサクヤ、唯一無二の我が友




 (そう、ライ王にはサクヤがいた)

 鈴音は泣きそうな気持ちでルイースの背を見る。

(今の、あの人には誰もいない…)

 心の底から嫌だと感じた。ルイースが孤独なのは嫌だ、悲しい。

 ーー心に従えばよろしい

 翁の言葉がよみがえる。

(心に…私の心は、何を望む?)

 鈴音は立ち上がる。近くいる騎士から視線を感じたが目はルイースから逸らさない。

[私は、あの人の傍にいたい。一人には、させない…!]

 言葉によって心に力が宿る。鈴音は、覚悟を決めて足を踏み出す。誰かが息を呑む音がした。

(お父さん、お母さん…みんな、ごめんなさい。私は、ーーまだ、帰れない)

 寂しさと罪悪感に一度目を伏せた後、再び悲しい背に視線を戻した。

「ルイース」

 彼の名前を呼ぶ。柔らかい風が鈴音の頬を撫で通り過ぎていく。

「ルイース」

 少し力を込めてもう一度。ルイースは、ゆっくりと振り返った。その目は暗く鈴音を写しているとは到底思えないほど硬質な色を宿していた。息が苦しくなる。

(ねぇ、ライ王。貴方は、この人にとても重いものを背負わしてしまった。それが、貴方の後悔)

 顔が歪みそうになるのを我慢して、鈴音は呆れた表情を作った。

(同じ魂を持つ(よしみ)だ。貴方のその後悔、私が受け継ぐよ。…だって、放ってはおけない)

 仕方ないなぁというように息を吐く。さっきよりも自然な表情が出たはずだ。

「なーに、ぼけっとしてんの?」

「…」

「もしかして、疲れちゃった?それなら、そんな所で休んだらダメだよ。お城に戻ってゆっくり休もう?」

 昔、サクヤがライ王にしたように手を差し伸べる。しかし、ルイースの瞳は無機質なまま、ぼんやりと鈴音の手を眺めるだけ。

「ルイース」

 彼の名を呼び、手を掴む。ようやくルイースの目に生気が戻ってきた。

「す、ず…?」

「そう、私だよ。本当にボーとしちゃって。ま、当たり前か」

 肩を竦めて笑うと彼は戸惑った様子を見せる。

「私が、怖くないのか?」

 呟かれた言葉をしっかり聞き取る。

(怖いよ。君が失われていくことが、本当に怖い)

 ルイースの手は冷たかった。鈴音は、それを温めたくてもう片方の手も添えて握り込む。

「守ってくれて、ありがとう」

「…」

 呆然と黙り込む彼を笑みを深めて見上げる。

「ほら、お城に帰ろう。ルイース」

「……ああ」

 ルイースが目元を緩め頷いてくれた。




 しばらくして、事態を知って駆けつけた城の騎士たちが辿り着く。生き残った襲撃者と怪我を負った騎士たちの手当が行われる中、鈴音らは帰路に就く。命を落とした騎士は三名。焼かれた騎士と、切り刻まれた騎士二名だ。失われた命は尊いものであったが、これだけの被害で終わったのはルイースの活躍があったからだーー


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