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「ボードゲーム?」
「ええ。メイドに持ってくるように言っていたの」
そう言ってエリーゼは、自分のメイドに目配せした。彼女は心得たもので直ぐに目的のものを持ってくる。ゲームのルールは至って簡単。サイコロを振って、出た数分持ち駒を進める。そして、相手の駒を取り、陣地を制圧した方が勝ち。単純だが意外と頭を使うゲームである。早速、四人でゲームを始めた。
「……おかしい。おかしいですわ」
「ええ。エリィ、私も同じことを思っていたところです」
四戦目を終えたあとエリーゼが眉を寄せて言うとエルマが同意した。
「叔父上が、こういったゲームがお強いのは、もはや周知の事実。だけど…」
とエルマに視線を向けられ首を傾げた。
「スズの強さが、分からない」
圧勝はもちろんルイース。しかし、鈴音はどんなに劣勢でも最終的には二番手、しかも一度、最初に勝ちを得ているのだ。エルマとエリーゼの驚きは、そこだけではない。
「賽の目の数は圧倒的に少ない上に、駒の動きはめちゃくちゃ。それなのに、なぜ、勝つんです?」
「いや、そんなこと聞かれても困るんですけど」
「もしかして、めちゃくちゃと思わせて独自の戦略が?」
真剣な顔で聞かれて首を降る。
「そんな知略に富んだ頭してませんよ」
「ですが、なんの作戦もなくてこんな…」
「作戦…そうですね。作戦はと聞かれれば、全部勘です」
無駄に表情を引き締めて答える鈴音をエルマとエリーゼにポカンと見る。
「勘、ですか…」
「そうです。この中で最も知能戦が苦手なのは私だというのは断言できます。それなのに頑張って考えても、勝てる見込みなんて薄い。それなら、運と勘を信じて進むしかないのです」
「ごふっ」
目の前から変な咳が聞こえた。視線をむければ顔を背け肩を振るわせるルイースの姿。デジャブだと鈴音は目を眇めた。
「ちょっと、ルイ」
「す、すまない。だけど、それは作戦ではないかな。前にも思ったけど、作戦の定義が変っ」
自分で言って更にツボにはまったらしい。クスクスと声を上げ始めた。
「私にとっては考え抜いた末の作戦なんだけど…」
鈴音の呟きに反応してルイースが顔を上げる。目が潤み唇は笑みに歪んでいた。絶世の美人顔が人間らしく崩れていたが、そんな表情の方が好ましいと感じて鈴音は「もう」と口を尖らせつつ目元を和ませる。そんな二人に驚きを見せていたのが周囲の人たちだ。エルマもエリーゼも笑うルイースに目を丸くさせ、メイドたちは手を止め見入っており、騎士たちは周りを気にしつつもチラチラと視線を向けてくる。
「スズは、勝負運がありそうだね」
目元の涙を拭いながらルイースが言った。
「確かに、どんなに途中結果が悪くても、気付いたら勝っている事多いけど」
「そうだと、思った」
また笑い出すルイース。鈴音の考える作戦は、どうやらルイースのツボらしい。
「スズ、凄いですわ」
「本当に。叔父上が、こんな風に笑うのを初めて見た」
関心したようにエリーゼが言い、それにエルマが同意したする。二人の話を聞きながら鈴音は、ルイースが人目もはばからず笑うことは珍しいのだと知った。
(もっと笑えばいいのに。そうすれば)
周囲の人たちはソワソワと落ち着かない様子でルイースを気にしている。彼が笑うだけでこんなにも周りに影響を与える。あの時だって、ルイースの笑みが伝染したように皆笑い出した。
(だから、貴方はもっとーー)
「っ!?」
ルイースが何かを察知した様子で、突然顔を上げた。何事かと思うまもなく周囲が騒然となる。鈴音たちを囲うように上空に複数の魔法陣が現れたのだ。ざわりと嫌な感覚がして肌が泡立つ。
(良くないものが来る…!)
それはもはや直感的なものだ。鈴音はルイースたちと同時に立ち上がる。
「魔術師だ!」
そう声を上げたのは誰だったか。上空に現れた魔法陣から黒いマントを羽織い奇妙なお面を被った人間が現れる。騎士たちがルイースや鈴音たちを守るように周囲を固める。エリーゼが怯えたように震え、エルマは腰の剣を抜き去った。
「ラークス・ルイース・カーザラントっ、そのお命頂戴いたす!」
襲撃者の一人が高らかに宣言した。騎士たちが警戒心を強める。
「陛下方をお守りしろっ」
号令に騎士らが臨戦態勢を取るのと襲撃者が行動を起こすのは同時であった。ごうっと火が吹く。襲撃者の魔術だ。
「気をつけろ!対魔術が使えるものは援護せよっ」
一人の騎士が前に出て襲撃者に一撃を食らわそうとしたが、生き物のよう蠢く炎がそれを阻み、さらには呑み込んでしまった。
「ゔぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
生きたまま焼かれる残酷さに鈴音は呆然とした。
「くそっ!」
「決して通すな!」
「戦えぬ者は中心へと集まれっ」
仲間が目の前でやられて騎士たちが殺気立つ。しかし、冷静さを失うことなく守ることを優先する。戦えないメイドは慌てて鈴音がいる場所へと集まった。
「風の刃は如何かな!!」
ふざけたような言葉のあと風が鳴る。不愉快な鋭い音だ。
ヒュンッ、ヒュンッ
「うがぁっ」
その襲撃者に一番近い騎士が鋭い刃で切りつけられたように、首が切れ血が吹き出す。その後ろにいた他の者たちも肌にいくつも傷を負っていた。それでも怯むことなく立ち剣を構えて隙を探っている。
「そら、もういっちょ!」
風が鳴り、また騎士が血を吹き出し倒れた。彼らは、王族を守るために選ばれた騎士たちだ。弱いわけがあるはずないのに圧倒的な力の差に驚きが恐怖へと変わり始める。目の前で人が傷付けられていく。鈴音にとっては初めてのことで、盗賊に攫われた時でさえ血を見ることがなかった。体が僅かに震え始める。魔術師はたったの三人なのに、倍いる騎士たちが次々とやられていく。もちろん中には、魔術を上手くかわして応戦している者もいるが、なんせ剣と魔術だ。遠距離攻撃が得意な魔術師相手では、近付けない限り相手に打撃を与えることが難しい。
傷を負いながらも立っていた騎士らを突然大きな波が襲った。水は大蛇のごとく騎士を飲み込み水の体内へ彼らを閉じ込める。空気のないそこで騎士たちが息が出来ずもがき苦しむ。
「ひっ」
これまで気丈にも声を上げなかったエリーゼが恐れるように声を上げた。当たり前だ。目の前で生々しく残酷な方法で人が殺されようとしているのだ。これまで、叫び取り乱さなかっただけでも彼女は強いと言えた。がぼりっと騎士の一人が水の中で空気を吐きながら、体を何度か痙攣させ動かなくなった。
「このままでは埒が明かない。スィオン、三人を守れ。私が行く」
「ルイース陛下!?」
新しい同僚たちがやられていくのを歯噛みしながら見ていたスィオンが、ルイースの言葉に慌てる。止めようと前に出るがルイースは不敵な笑みを見せた。
「知っているだろう。魔術は私の専門だ」
一言言うと、そのままスィオンを避けて前に出てしまう。鈴音はそんな彼を見て知らず知らずの内に前へと足を踏み出していた。それを止めたのはミオラだ。
「いけません、スズ様」
「で、でも、ルイが危ない…」
「陛下ならば、大丈夫でございます」
ミオラが断言する。確かにルイースは強いのだろうと思う。だが、騎士たちがあんなにも簡単にやられているのに、ルイースが大丈夫だとは到底思えなかった。縋るようにルイースへと視線を向ければ、彼もこちらに横目を向けていた。しかし、そのほの暗さに鈴音はギクリとする。この時、初めて彼の背負う影を見た気がした。
「ルイース…」
「…」
ルイースは鈴音には答えず、目をそらすとそのまま前へと歩いて行く。その離れて行く姿が、あの夢と重なった。
「ルイース」
行かせたくないのに止める方法が分からない。いや、頭の中では彼が行くしか打開策がないのだと分かっていた。それでも友を危険に晒したくなかった。
「自らいらしてくれるとは有難い」
襲撃者がにやりと笑う気配と共に新たな魔法陣を作り出す。炎を操っていた襲撃者だ。大火が魔法陣から生み出されルイースを襲う。
「っ!」
鈴音は声を上げられず、見ていることしか出来なかった。しかし、恐れるようなことは起こらない。ルイースが難なく大火を消し止めてしまったのだ。最初何が起きたのか分からず、目を瞬かせた。
「くっ、さすが世界一の魔術師だと噂されるだけあるな」
(世界一の魔術師?)
不思議に思っているとルイースの横から大波が襲って来る。今度は何が起きたのか見えた。ルイースが波が来た方へ片手を伸ばし空中に円を描く。すると、一瞬で魔法陣が生まれ波が消えていく。次は見えない風の刃だ。だが、これもルイースは難なく防いだ。
「なにそれ!?すっごく卑怯なんだけどぉ!」
風魔術を使う襲撃者が悔しそうに叫ぶ。
「やはり、全力で行かせてもらうしかなさそうですね」
襲撃者がルイースを囲み、攻撃を始めた。鈴音は最初こそ生きた心地がしなかったが、ルイースに危うげな様子はなく、力を抜いて見ることができた。と
ザァァァ
水が流れる音がする。驚いてそちらを見ると水の大蛇に呑まれていた騎士たちが解放されていた。皆ゲホゲホと激しい咳を繰り返していたが命には別状はなさそうだ。一人を除いてだが。水の中で溺れて動かなくなった騎士はやはりピクリともしない。
(まだ、間に合うかもしれない)
溺れてから、そう時間は経っていない。もしかしたらと思ったら体が勝手に動いていた。
「スズ!?」
スィオンの驚いた声を無視して、倒れる騎士の元へと駆け寄る。うつ伏せになっている騎士の側で膝をついた。
「おいっ、スズ戻ってこい!」
スィオンが呼ぶ。それも無視して鈴音は騎士の思い体を苦戦しながら仰向けにした。日本にいた頃に何度も繰り返し学んだ知識を引っ張り出す。まずは、息の確認。ドクドクと己の心臓の音がうるさくて集中出来ない。それでも、冷静になるよう努める。騎士の口の近くに耳を持っていき、胸の動きを見る。やはり、息をしていなかった。
(人口マッサージ)
実際にするのはこれが初めてで、素人の自分がやっていいものか。間違ったやり方をしたらと思うと躊躇う。
(鈴音、落ち着け!今この時、優先すべきことは何?)
迷ったときは、何を優先すべきか考える。それが今世の兄に学んだこと。
「この、騎士の命だ」
鈴音は、騎士の胸に手を当てようとして初めて手が震えていることに気付いた。
(そうか、私は怖いんだ)
冷静な部分でそんなことを思った。そしたら、少しだけ落ち着いた。改めて、騎士の胸にと思い動きを止める。鎧が邪魔でできないことに今更気付いた。もちろん脱がし方を知っているはずがない。だが、悠長にはしていられないのだ。鈴音は周囲を見渡し、咳が落ち着き始めた他の騎士たちを見る。
「ねぇっ、そこの人!」
一番近くにいた騎士が声に反応して苦しそうに顔を上げる。
「手を貸して!」
「…」
騎士は眉を寄せた後、鈴音の側で倒れている仲間を見て顔を強ばらせた。
「ボケっとしてないで早くっ」
「し、かし」
息をしていないことは、彼にも分かるのだろう。
「まだ、間に合うかもしれない!」
「…本当、か?」
「分からない。けど、こうしている時間が勿体ないの!鎧が邪魔で、何も出来ない」
体を守るための鎧が今は邪魔で仕方ない。
「鎧…脱がせればいいのか?」
「そう!」
その騎士が近付いてきて息をしてない仲間の鎧を脱がし始める。さすがに着慣れているだけあり、無駄な動きはなかった。彼が鎧を脱がすのと同時に頭の位置を戻して、胸の中心部に重ねた手を当てる。
(お願いっ)
祈るような気持ちを込めて処置を始める。
「いち、に、さん、しーー」
マッサージは十回。騎士の鼻をつまみ直接口に空気を送り込む。騒々しい音が微かに聞こえていたが、鈴音は目の前のことだけに集中する。何度も繰り返す。しかし、騎士はなかなか息を吹き返さない。ダメかもしれないという恐怖で目に涙が滲み出す。
「さん、し、ごーー」
「…っ、げぼっ」
意識のなかった騎士が突然水を吐き出した。
「彼の体を横に!」
手を貸してくれた騎士が急いで仲間の体を横にした。鈴音は苦しそうに咳き込む騎士の背中を擦りながら、震えた息を吐く。
「よ、かった…」
死ななくて。無性に感謝したくなる。頑張って戻って来てくれた騎士に、奇跡に。そんな鈴音に手を貸した騎士や周りにいた騎士たちが何らかの思いを込めて視線を向けていた。しかし、鈴音は気付くことなく、視線を転じた。
「ーー我が国の騎士たちを殺し、傷付けた借りは返させてもらおう」
凍りつくような冷ややかな声を確かに聞いた。




