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彼女は異世界で王様でした  作者: オランジェ
第五章 精霊の宴と危険な罠
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2

 鈴音は、柔らかい草の上に座り込み呆然としていた。

「嘘でしょ…」

 頭上には夜空が広がっているが、人の世界では見られない淡い光の線が飛行機雲のようにいく筋も広がり漂っている。そのため夜の暗さはなく、真昼のようにとまでは言わないが明るい空間が広がっていた。風に揺れる草や花からは光の粒が生まれては消えていく。幻想的な光景だ。精霊たちの領域に踏み込んだことは明白で、鈴音は呻きながら頭を抱えた。迎えにきた精霊たちの言葉を信じるなら、鈴音は翁と呼ばれる大樹に招かれたようだ。だから、迷う心配はないだろう。しかし、精霊たちの世界は時間と距離の概念が人とは違う。たくさん歩いたと思ったの全く進んでいなかったり、数十分しか経ってなかったはずが人間界では数十年の時が流れていたといったようなことが普通に起こり得るのだ。恐ろしいのが精霊界を一時間彷徨った男が人間界に戻った時、自分が生まれる前の時代に遡っていたという話が残っていることである。このとんでもない強制タイムトラベルは血肉の体を持つものしか適用されないらしく、精霊や妖精は自分が生まれた土地や時間に縛られるので、入ってきた時と出る時の誤差は生まれないらしい。鈴音が異世界の精霊事情にここまで詳しい理由は、もちろん前世の記憶のおかげである。

 そんな訳あって、鈴音は非常に不安であった。精霊たちが元の場所と時間軸に戻してくれればいいのだが、なんとなく信用できない。

「王様、座ってないで行こう」

「翁、まってるよ」

 呑気な精霊たちに若干イラッとさせられたが、子供のような彼らに八つ当たりする気も起きず仕方なく立ち上がった。

「こっちだよ」

「こっちこっち」

「真っ黒ならず、光る真っ白しろすけ…」

 光のモヤは精霊の領域にいるためか、姿をはっきりと表していた。その姿は有名な某アニメに登場する煤のような姿をしていた。ただ、彼らは白く淡く光っているが。

「そうか。あれも一種の精霊だったのか」

 一人納得して手を打つ。

「王様、なにしてるの?」

「一人で話してる。へんなの」

「へんな王様」

 三つのモヤ、いや三つ子のシロスケと呼ぶことにする。シロスケたちがきょときょと目を動かして失礼な事を言う。

「うるさい」

「王様、怒った?」

「怒った…」

「怒ってないから、早く案内して…」

 こうしている時間がもったいない。鈴音の時間は有限なのだ。

「ああ、もう。ややこしい時に、さらにややこしい事が起きた」

 呻くように呟き、シロスケたちに付いていく。彼らは時節楽しそうに鈴音に話しかける。適当に返していると、一つのシロスケがすうっと前に出た。

「もうつくよ」

「翁のいる場所は、すぐそこ」

「あと、ふたつ」

 二つとはどういうことなのか考えながら二歩踏み出すと突然大きな木のある空間に出て驚いた。どうやらあと二歩で着くという意味だったようだ。

「ついたよ」

「ついた、ついた」

「お使い、きちんとできたよ」

 嬉しそうな声を上げてシロスケたちが大きな木へと飛んでいく。鈴音も、それにつられて木へと近づいた。本当に大きな木だ。鈴音が十人いても足りないくらい太く、高い。葉が生い茂り空を見ることはできない。木は淡く光っていた。鈴音は、そろりと太い根を登って、年期を感じる幹に触れた。温かい。その温もりに目を細める。


ーー「久しいのぅ、王よ」


 深みのある声が優しく響く。少し驚いたが動揺はしなかった。鈴音は、木を見上げる。優しげな目とかち合う。

「お久しぶりです、でいいのかな」

 気付いたら、そう返していた。魂がその木を覚えていた。昔は、まだ弱々しい気配でしか無かったが、今は大きく鈴音を優しく包み込んでくれる。

「随分と立派な木になりましたね」

ーー「ふぉふぉふぉ。千年もの時が経てば横にも縦にも成長するものじゃ。王は随分と小さくなってしまったのう」

 翁の言葉に苦笑するしかない。

「器が変わりましたから」

ーー「ふむ。器には面影一つない。じゃが、魂は変わらぬ」

「魂ですか…。私には分からないです。翁、と呼ばせてもらっても?」

ーー「子供たちは、儂をそう呼ぶ。そなたも好きなように呼ぶが良い」

 鈴音は、それに頷く。それから、少し間を開けて翁を見据えた。

「あの翁、私ーー」

ーー「お主が聞きたいことは分かっておる。じゃが、そう急くでない」

 ゆったりとした調子で翁が言った。

「…」

ーー「不服そうじゃな。まぁ、まずは精霊たちの宴を楽しむのじゃ」

「宴?」

ーー「そう。皆がお主の帰還を待ちかねておったのじゃ。ほら、聞こえるじゃろ?精霊たちの喜びの歌が」

 悠長なことをと鈴音は眉を寄せたが、翁はペースを崩すことは無い。仕方なく周囲に意識を向けた。風の音以外、森は静かなものであった。

(……?)


ーーピチャン


 軽やかな音が響く。


ーーピチャン、ピチャン


 それは水が跳ねる音。


ーーピチャン、ピチャン…ピチャン


 リズムを刻むように鈴音と翁の周囲で音がする。その音は一箇所から聞こえるのではなかった。様々な位置から音が聞こえ、遠のいたり近づいたり。

ーー「よく目を凝らしてご覧。精霊たちの舞が見れる」

 鈴音は言われた通りに、目を凝らした。

ーーピチャン

 また、音が響く。

「っ?」

 鈴音は、目を瞬かせた。音が響くのと同時に光の波紋が浮かんだ気がしたのだ。

ーーピチャン、ピチャン

 気のせいではない。水に触れた時のような波紋が、確かに空中で光となっては淡く消えていく。しかも音はそこから聞こえてくるようだ。

ーーピチャン、ピチャン、ピチャン、ピチャン

 四つの波紋が続けて広がる。鈴音は、さらに目を凝らしてみた。

「…エア?」

 目に見えぬ精霊の名を鈴音は口にした。

ーー「そうじゃ。風と水の子であり、風と水の親でもある精霊エア」

 翁が良くやったというように微笑む。不思議なことに名前が分かるとその精霊の姿を見ることができた。小さな人の子のようの姿でありながら、鳥の羽と魚の鱗を持つ精霊エア。エアは、軽やかに大気を踏み楽しげに舞っている。

 今度は地面が脈打つ。太鼓のようにリズミカルに。

「ノームね!」

ーー「命を産み、育み、そして全ての生き物はここへと帰る。土の精霊ノーム」

 ずんぐりとした動物の姿が現れる。岩の鱗があるアリクイのようだ。彼らは淡い金色に輝いていた。

 今度は、火が吹き上がる。驚いて思わず翁にすがり付いてしまった。翁は楽しげに笑う。

「お、驚いた…でも、これは簡単。サラマンダね」

ーー「イグニスの子ら、その熱は熱く激しく。人々の生活に寄り添う変幻自在の精霊サラマンダ」

 空中に孔雀大の炎を纏ったフェニックスが現れた。フェニックスは花びらのような火の粉を散らしながら鈴音の方まで近付き、パッと消える。どこに行ったのかと探せば、トカゲの姿をしたサラマンダーが翁を這っていた。


ーーアアー、アー、ァーア


 美しいアリアのような歌声が聞こえてきた。

「アクア」

ーー「大地、大気、空、そして生き物の中。あらゆるものの内に揺らめく精霊アクア」

 地面から水が染みだし、みるみるうちに美しい女性の姿へと変化した。彼女は美しい歌声を響かせている。

 鈴音の頬を風が撫でる。

ーーフフフ

 楽しそうな笑い声が耳朶を通り過ぎていった。

「シルフ」

ーー「彼女たちに知らないことはない。世界を巡るイタズラ好きの精霊シルフ」

 エアのように小さな人のような姿。しかし、その肌に鱗はなく艶やかな肌をしていた。背中からはカラフルな羽がある。小鳥を人の形にしたみたいだ。

 そして、と鈴音は翁に振り返る。

「ドリアド」

ーー「森と木の精霊ドリアド。そう儂のことじゃ」

 一斉に花が咲き乱れる。翁は薄いピンク色の花を満開に咲かせた。

「桜だ」

 見事な百花繚乱。鈴音はクスリと笑った。

(どうして、私が日本に生まれた理由が分かった気がする)

 日本人の桜に対する愛着はすごいものがある。鈴音も例に漏れず、一番好きな花であった。

ーー「精霊の名を覚えておったか」

「今、思い出しました。それにしても、みんな姿を見せてくれるなんで大盤振る舞いですね」

ーー「それほど、この子たちはお主に親愛の情を持っておるということじゃ」

 翁の言葉は素直に嬉しい。しかし、複雑な気持ちにもさせられた。精霊たちの好意は、人にとって幸運とは言えないことも多々あるからだ。彼らにとっての親切心が、人にとっての喜びとは限らない。

(帰してもらえると、いいんだけど…)

 そんな心配が過ぎる。だが、目の前に広がる美しい光景に、そんな心配は些細のことにも思えた。

ーー「王様」

ーー「王様、おどろうよ」

ーー「おどろうよ、おどろう」

 シロスケ達が鈴音の戯れるように周りを飛ぶ。無邪気な妖精に苦笑した。

「私、あまり踊ったことがないのだけど」

 困ったように言いながら前へと踏み出す。フワリと水の精霊アクアの一人が鈴音の元へ降り立ち手を掴む。すると、体が驚くほど軽くなり宇宙を遊泳するように空中を舞い上がっていた。アクアがクルクルと回る。鈴音も、手を掴まれたまま回る。ただそれだけの踊り。奏でられる歌とリズム。光、さざめく精霊たち。それはまさに宴であった。精霊たちが開く不思議で幻想的な宴。時間を忘れてしまいそうになる光景だ。翁が咲かせた淡い桃色の花びらが舞い、その中を精霊たちと踊り歌う。前世でもした事のない経験だ。鈴音は微笑みながらアクアの手を離す。体が重力に引っ張られそっと地に足がついた。かさりと草が鳴る。精霊たちはまだ踊り続けている。その邪魔にならないように翁の元へと戻った。

「ねぇ、翁。私がここに来たのはルイース。この国の今の国王のことを聞きたかったからなの」

ーー「さすがは王。精霊の宴に参加しながらも、正気を失わないでいられるとは」

 翁の言葉に肩をすくめる。実は少し失いかけていた。目的を忘れて、楽しいままに我を失い踊りたいと少し思った。そうならなかったのは、ルイースの存在を思い出したからだ。

「私は、もう王ではないよ」

ーー「ふむ。…して、お主が聞きたいのは哀れな王代のことか」

 鈴音は、眉を寄せた。

「王代って、ルイは立派な王様だよね」

ーー「国と民を想う心はまさに上に立つ者。その魂もまさに高潔。じゃが、王代は真の王になることを望んでおらなんだ」

「それは…」

ーー「王代は、まさに王の代わり。お主への義理を通し続けておるのじゃ。何度生まれ変わってもな」

「……」

ーー「王の魂を持つ者よ。お主が知りたかったのはこの事であろう。ならば、答えようぞ。あの哀れな男は千年もの間、友を裏切った罪を背負い生きておる」

 唇を噛み締め固く目を閉ざした。最も望まない答えだった。

ーー「王代は、お主が建国した国を守るため己の魂をこの地に縛りつけた。そして、国に翳りが現れるたびに転生し、王として困難の道を歩む。今の王代は、もはやラークス王の記憶がほとんど残っていないであろう。しかし魂に刻まれた使命だけは果たさんと自分を削り生きている。記憶が代々薄れるためか、生まれ変わるたび行動が苛烈さを増しておる。輪廻に戻れぬ魂が歪み始めておるのじゃろうて」

 哀れみが滲み出る翁の表情を呆然と見上げる。

「私、は…ううん、ライ王は、そんなことを望んでない…!」

ーー「そうであろうな。お主を見ていれば分かる。今世では幸福に暮らしておったのであろう?お主の心根は歪みもなく、影も帯びておらん。しかし、悔いはあったのかもしれんな」

「悔い?」

ーー「そう、悔いじゃ。そうでなかったら幸福な場所を離れて、世界を跨いだりはしなかったであろう」

「それは、私の意思でこの世界に来たということですか?そんなはずは…」

ーー「納得できないなら、年寄りの戯言じゃと聞き流しても構わぬよ。して、お主はこれを聞いて、何を為さんとす」

 翁の問いに言葉を詰まらせた。

「…っ。わたし、は…こんなこと望んでない。前世のことを、どうして生まれ変わっても引きずるの?」

 グッと手を握り込む。

(好きなように生きてくれて構わない。今ある人生を自由に謳歌してほしい)

 罪なんて忘れて欲しいと願った。だって、鈴音はもう前世に未練などなかった。記憶が蘇っても鈴音は鈴音のまま無邪気に自由に生きてきた。そう確かに幸福だと断言できる。なのに、ルイースは違うという。未だに、遠い前世に囚われたまま生きているのだという。さっさと捨ててしまえばいい(しがらみ)をまだ、彼は抱えているのだ。憤りと罪悪感に心が締め付けられる。

(私は、ルイの側にはいない方が…でも…)

 鈴音は、もう前世の面影はない。しかし、魂は同じだ。何かの弾みにルイースに鈴音の正体を知られるかもしれない。そうでなくても、前世の記憶を刺激するかもしれない。そうなっては、忘れるどころか、もっと苦しめるかもしれない。

(それとも、打ち明けてしまおうか?)

 打ち明けて、「もう気にしなくていい」と「忘れろ」と言った方がいいのか。しかし、それはそれで彼のこれまでを否定することになるのではないか。

(分からない…どうすればいい?)

 ルイースが必要のない罪を背負い生きる姿を見るのが辛い。そして何よりも、彼の状況も知らずに安寧を貪っていた己に怒りを感じた。鈴音は、自分の体を抱く。思考はめちゃめちゃで、鈴音には冷静さの欠片もなかった。そんな彼女に翁が優しく語りかける。

ーー「王よ」

「…」

ーー「悩み苦しむのならば、心に従えばよろしい。さすれば、道も切り開けよう」

「心に従えって…」

 それが分からないから苦しいのではないか。彼と絆を結びたいと、拒否られても結ぶのだと決めたのに、今はどうしようもなく逃げ出したいと情けない心が訴える。

「翁、私は、どうすれば…」

ーー「心も分からぬというのならば、今一度、王代と話してみては如何かな?」

 諭すような言葉。鈴音の恐れを正確に理解しているのだろう。さすがは、千年の時を生きる木だ。

(そうだ。逃げることは、いつでもできる)

 立ち止まって悩んでいても解決にはならない。まずは糸口を見つけるために行動する。いつもそうやってきたではないか。

(鈴音、なに弱気になってんの!もう私はライ王ではない)

 ルイースも同じこと。前世ではなく今のルイースを見るべきなのだ。鈴音は、前世に関係なく彼に興味を持ち仲良くなりたいと思った。思惑がどうであれ、ルイースはそれを受け入れた。友が苦しんでいるのなら、友として助けたいと思う。

(それでも前世の柵と無関係でいられないというのなら、前世の親友としてぶち壊してやる)

 鈴音の瞳に力が戻る。勝気な表情で翁を真っ直ぐと見た。

ーー「ふむ。取り敢えず、立ち直ったようじゃのう」

「すみません。取り乱して」

ーー「よいよい。若者は悩むものじゃ。そして、年寄りは陰日向でそれを見守り、時には助言を与えるものじゃて」

「…ありがとうございます」

 鈴音は、肩の力を抜いて笑った。

ーー「さて、時間じゃ。お主の場所へと送ろう。王よ、また悩むことがあればここに来ると良い」

「翁、私は王ではありませんと言ったでしょう」

 苦笑して言った。優しい風が鈴音を包む。

ーー「そうじゃったな。しかし、お主は王じゃよ。誇り高き魂を持ち、強い光を宿す者」

 ごうっと風が鳴った。鈴音の体が浮く。目が眩んだ。


ーー「しばしの別れじゃ、王よ」


 翁の声が木霊した。




* * *




 気付いたら、鈴音は与えられた部屋に一人立っていた。厚いカーテンの隙間から朝の光が漏れている。ミオラたちはまだ来ていないようだ。

「…帰りは、一瞬。てか、飛ばされた」

 しんと静まり返る部屋にいると、翁や精霊たちと過ごした時間が夢のように思えた。

 コンコン

 部屋がノックされ、少しして戸が開けられる。振り返った鈴音と目が合いミオラとテーラが目を瞬かせた。

「…スズ様、おはようございます」

「おはよう」

 鈴音は、明るい声で挨拶を返した。テーラがカーテンを開け、ミオラが鈴音の支度を手伝うため近付いてきた。

「スズ様、肩に花びらが」

 そっとミオラが肩口に手をやり花びらを取り、鈴音に見せる。

(翁、ありがとう)

 鈴音は、柔らかく口の端を上げた。


登場した精霊たちの名前は、さまざまな国の神話や民話等を参考に適当に捩っています。そのまま使わせてもらっている名前もありますが。なので、その精霊・妖精の起源や由来は本作とはなんの関わりもありません。

詳しい方が読まれたら違和感を覚えるかもしれませんので念のため追記しておきます。

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