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すみません、今回は短いです。
ルイースと親しげに話しながら歩けばすごく注目される。当たり前だ。王城で国王と親しそうに話す人間が居れば誰でも驚き興味を持つだろう。しかも、それが突然、城に滞在するようになった異邦人なのだ。反応はそれぞれだったが、一番に多かったのは不愉快そうに眉を顰める者だ。因みに、ファイは大多数のリーダーみたいなものだ。現在も鈴音に冷ややかな視線を向けている。
「陛下、私の聞き間違いでしょうか?今、この女…いえ、この方と遠乗りに出掛けられると聞こえたのですが」
「聞き間違いではないな。確かに言った」
ファイが頭が痛いとばかりにこめかみを抑える。
城内を案内してもらっている時に、乗馬の話になったのだ。鈴音が乗馬経験が浅いことと、もっと気楽に楽しみたいとルイースに言ったことが発端で遠乗りに行こうという流れになり、今に至る。想像できていたことではあるがファイが目を三角にして反対している。
「ご友人なのは分かりますが、些か無用心なのでは?いえ、もちろん彼女が不審人物だと言っているわけではございません。しかし、子供に見えても妙齢の女性。そして貴方様は独身なのですよ。どんな噂を立てられるか…」
かなり失礼な発言があったが、黙っておく。ここで文句を言っては、絶対零度の視線に晒されることになる。
「それは心配しなくていい。皆は、私が結婚しないことを知っているからな」
「えっ…!?」
鈴音は驚いてルイースを見る。
「ルイース、結婚しないの?」
「そのつもりだ」
「どうして?あの、私が言うことじゃないけど、お世継ぎとか…あ、そうか。結婚しなくても子供はできるもんね」
「いや、子供も作るつもりはないよ」
「どうして?」
ルイースが微笑む。その表情は美しいのだが、諦念のようなものが宿っているように見え、鈴音はあまり好きではないなと思った。
「私は、この国を妻とし民を子としているからだ」
国王として、とても立派な言葉に聞こえた。しかし、それは建前の理由にしか聞こえなかった。鈴音はぐっと眉根を寄せる。ルイース自身、結婚には興味なく家族を作るのに重要性を持っていないのかもしれない。そんな人は日本にもたくさんいた。だが、彼は王様なのだ。周りがそう簡単に許すはずがない。
「随分とルイース様の結婚に拘りますね」
ファイの言葉に鈴音はキョトンと視線を上げる。
「ルイース様が結婚しないと困ることでも?」
「いや、私は別に困らないけど。結婚に関する意思は人それぞれだし、私もそこまで結婚願望はないし。ただ、ルイは王様でしょう?国的には困らないのかなぁと思っただけ」
「スズは結婚したくないのか?」
「そういうわけではないよ。いい人がいれば、いつかはと考えているくらいで。両親が仲のいい夫婦だから、それなりに憧れはあるし」
「スズの両親は仲がいいのか」
「昔は色々あったらしいけど、私が物心つく頃には見てるこっちが恥ずかしくなるくらいに仲が良かったよ」
「素敵だね」
「うん」
ほのぼのと会話を続けているとファイがため息を吐いた。
「ともかく、ルイース様の意思とは別に口さがない者たちが噂をするということです。その事を自覚してください」
「世継ぎは、すでに決まっているだろう」
「だからこそですよ。貴方様に、もし子供ができた時のことを考えてください。泥沼ですよ」
ルイースが苦笑した。
「杞憂だな。私はあの子にしか王位を譲るつもりはない」
「分かっております。ですが…」
「分かった分かった。お前がそこまで言うなら、こうしよう。遠乗りにはエルマとエリーゼも連れていこう」
ファイが目を見開く。
「正気ですか…?」
王様に対して使うには不適切な言葉に鈴音の方が驚く。
「彼女を殿下と侯爵令嬢に紹介すると?それこそ、騒ぎが起きかねない」
「だが、私とスズが男女の仲だとは思われないだろう」
「そうですね。ですが、今度は殿下のお相手に紹介したのだと思う者が出てきますよ」
「だから、エリーゼも連れて行くのだ」
「エリーゼ様は、貴方様の婚約者候補だったはずですが?」
結婚の意思は無くても婚約者候補はいるらしい。何やら複雑な話になってきた。鈴音は黙って二人のやり取りを見守る。
「あくまで候補だ。私が結婚しないことは周知の事実で、年齢的にはエルマとエリーゼの方が丁度いい」
「貴方様の意思は分かっております。しかし、殿下と令嬢に紹介するということは、彼女が重要人物だと公にしているようなもの。ご友人とは言え、些か彼女の分を超えているように思えます。それとも…ああ、そういうことですか」
理解したと言うようにファイが肩の力を抜く。
「彼女はーー」
「ファイ、そこまでだ」
すっとルイースが目を細めた。ぞくりとするような冷たい美貌にファイが黙り込む。
「あまり失礼な発言をするな」
「ーー失礼いたしました」
頭を下げたあとファイは、ちらりと鈴音に視線を向けた。彼女は首を傾げたが、手が冷たくなるのは止められない。ファイが何と続けようとしたのか予想できた。
『貴方様にとって、さほど重要な存在ではないということですね』
そう続けたかったに違いない。国の重要人物たちに近付けるということは、否応なしに政治に巻き込まれるということ。本当に鈴音を友人として大切にするならば、それこそ公私混同を避けるに違いない。人の思惑が複雑に絡み合う政治に巻き込まれれば、下手すれば命が危うくなる。しかも鈴音は、容姿からして異邦人。後ろ盾が無いのは明白。もともと権力を持っているならば、上手く渡り歩けるだろうが、彼女自身は無防備もいいとこ。あっという間に利用されて潰されかねない。そんな立場の弱い者を守るためには徹底的に遠ざけることが一番だろう。それなのにルイースは、鈴音をそんな恐ろしい立場に立たせることも厭わない様子。ファイがルイースにとって鈴音が大した存在ではないだという考えに行き着くのは当然と言えた。そして、それは半分は事実なのだろう。
(私が使える人間なら守るけど、使えない人間なら他の者たちに潰させる)
冷えた手が小刻みに震える。この世界では、当たり前のように鈴音は殺されるかもしれない。守ってくれる者も庇ってくれる人たちも誰もいないのだと思い知らされる。だが、記憶の中の『ワタシ』がニヤリと不敵に笑う。
ーーそう、こいつはこうでなくては
ライ王の声が間近で聞こえた気がした。こんなことは初めてであった。
「スズ、顔色が悪い。大丈夫か?」
心配そうにルイースが顔をのぞき込む。鈴音は、ぎこちない笑みを返した。ルイースの瞳は硬質なガラスのようだ。
「疲れが出たのかもしれないね。部屋に戻って休みなさい」
優しく頭を撫でる手は、邪魔になった瞬間に冷たい刃を握り躊躇いもなく鈴音の心臓を貫くに違いない。
「そう、する」
鈴音は、頷くとルイースから離れた。
「スズ」
呼ばれて振り返る。
「日程が決まったら連絡するよ」
「…うん。楽しみに、してるね」
ルイースの瞳は硬質なまま。
部屋を出るとパタンと扉が閉じられる。手の震えが腹の奥へと伝播し、体全体に広がる。案内のメイドが違和感を覚えたのか怪訝そうに鈴音を覗き込む。
「スズ様?」
鈴音は彼女に顔を見られないように手で顔を覆う。そうしなければ歪んだ笑みを見られてしまっていただろう。恐怖が楽しいという高揚感に呑み込まれていた。
(ああ、これが武者震いってやつか)
鈴音は、生きるか死ぬかの命をかけた綱渡りのようなこの状況を楽しんでいたのだ。




