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城内は、明るい雰囲気だった。当たり前だが、かなり高級そうなもので溢れていた。上品でセンスが良い。広間の天井画とステンドグラスがここは王城なのだと主張しているが、全体的には白を基調にした落ち着いた空間を作り出していた。だからといって、生まれも育ちも庶民である鈴音が落ち着けるはずもなく、そわそわと周囲を見渡してしまう。調度品を見つけては日本円に換算して、壊したら一生借金暮らしだろうなとできるだけ距離を取った。あれらを掃除するメイドたちに尊敬の念を抱く。今も壁や窓からかなり離れるため通路の中心を歩いていた。彼女にとっては物を壊したり汚したりしないための配慮なのだが、周囲からは物怖じしない堂々とした姿に見えていた。
前を歩くルイースが立ち止まる。鈴音も一歩遅れて立ち止まった。
城に到着して三日経った午後、鈴音はルイースに城内の案内をしてもらっていた。昼食時に突然部屋にやって来て城内を案内すると言ってくれたのだ。三日ぶりのルイースに鈴音は目を丸くさせながら頷いたのは先ほどのことである。
目の前には大きな扉がある。扉の左右には警備の騎士は一人ずつ配置されていた。騎士たちは片足で地面を二回打ち、胸を拳で叩くと頭を下げる。
(おおー)
二人の揃った仕草に鈴音は感心する。随分と訓練された騎士たちだ。滑らかな動きに鈴音も真似をしたくなり、ルイースの後ろで同じ動作を繰り返す。騎士二人が不思議そうにこちらを見ていた。ぎこちない動きを見られたことに、ヘラリと照れ笑いを浮かべる。鈴音の笑みにつられたのか騎士の一人が小さく吹き出してしまった。笑ってしまった騎士は慌てて背筋を伸ばし咳払いをする。
「も、申し訳ございません」
ルイースは、謝る騎士を見て鈴音の方を振り向く。目が合う。鈴音は胸に拳を置いたままだ。何をしていたか一目瞭然だろう。そろそろと拳を下ろせば、くすりとルイースが笑う。
「勇ましいね」
「…どうも」
褒め言葉なのか微妙なところだが、頬を掻きながら軽く礼を述べる。
「彼女に礼拝堂を案内したいんだ。入っても大丈夫だろうか」
鈴音とルイースのやりとりに目を白黒させていた騎士二人がビシッと気をつけの状態になり、再び拳で胸を叩く。
「「はっ、もちろんでございます」」
発声まで揃っていた。
騎士はそれぞれ一枚の扉に手を掛け同時に開き、ルイースが無言で潜る。慌ててそれに着いて行く。吹き出した騎士の側を通る時、謝罪の意味も込めてペコっと頭を下げた。また、不思議そうな表情を浮かべられファイの言葉を思い出した。
(しまった。あまり頭を下げたりしない方が良かったんだ。目礼はいいのかな?)
日本人の性である。お辞儀という癖はなかなか止められそうにない。困ったなぁと思っていると、その騎士が鈴音を真似てペコリと頭を下げる。頭を上げた騎士と視線が合った。彼の目は茶目っ気に溢れており、鈴音はふっと吹き出す。感謝を込めて小さく手を振りルイースの後を急いで追った。
「スズは誰とでもすぐに仲良くなるんだね」
追いついた鈴音にルイースが声をかける。
「物怖じしない性格だからかな。友達できるのは昔から早かったかな」
頷きながらルイースの横に並び息を呑んだ。
目の前には光が作り出す美しい光景が広がっていた。
午後の光が差し込み、横に整列している柱が陰影を作っていた。光と影のコントラストが見事に調和し、神秘的で美しい光景だ。中央の奥には火を灯された蝋燭が置かれた祭壇がある。そのさらに奥には、美しく繊細な女神像があった。女神像は大輪の花を片手に慈しむ表情で顔を俯かせていた。女神のスカートの裾は、細かな精霊を象徴する模様が彫り込まれていて、蝋燭の火が揺れる度に影の濃さが変化し、視覚に不思議な錯覚を起こさせる。
女神の名は、ジャスーラ・ミンレン。始まりと終わりを司る、この世界の頂点に立つ女神だ。時の神とも言われる女神は、基本慈悲深い神として知られているが、怒らせると恐ろしい神となる。荒野と化すまで雨を奪い大国を滅ぼしたとか、己の美しさに驕り高ぶった女を醜く変貌させ死ねぬ呪いをかけたとか、神殿を汚した男を雌牛に変えて雄牛の集団に追いかけさせたりと、とにかく天罰に容赦がない。このギリシャ神話を彷彿させる女神を『ワタシ』は好ましく思い、この国の宗教とした。慈悲深いだけのお綺麗すぎる他国の神は鼻につくと嫌ったのも理由の一つだ。宗教にまでライ王の傲慢さが現れている。
(やっぱり、昔とは違うな。ライ王の頃は、光を取り入れるための窓は防衛上あまり良くなかったから薄暗くて、なんか陰鬱としてたもんなぁ)
夢の中の礼拝堂は堅牢とした見た目をしており、邪教の礼拝堂ですと言われても納得してしまいそうな雰囲気をしていた。
「あの女神像はジャスーラ・ミンレン。知っているか?」
「あ、うん。以前に話を聞いたことある」
聞かれて頷く。
「そうか。では説明はいらないねーーそれにしても、ここに来るのも久しぶりだな」
「以前は来てたの?」
意外に思いルイースを見上げた。まだ出会って間もないが彼が礼拝に来るほど信心深いとは思えなかったからだ。
「子供の頃は、よくここに来ていたよ」
「へぇ、そうなんだ。信心深かったんだね」
ルイースが首を横に振る。
「いや。ここは唯一、一人になれる場所だったんだ」
「一人になりたかったの?」
首を傾げる。鈴音は家族や友人と過ごすことが好きで、一人になりたいと思うことはほとんどない。だからといって一人で過ごすのも嫌いではないのだが、やはり楽しい時間は誰かと共有していたいと思うのが鈴音だった。
「この通り私は、注目されやすい身分と容姿をしているからね」
「なるほど」
納得し苦笑する。親しい者ならばまだしも、そうでない者から注目を浴び続けるのは落ち着かない。それが過敏な子供なら苦痛でしかなかっただろう。
「で、鬱陶しい視線を避けるために、よく来ていたってことね」
「そう。一人で祈りたいと言えば、反対はされなかった。いい顔もされなかったが、ありがたく利用させて貰ったよ」
「ここはルイにとって都合の良い場所だったわけね。でも、そんなこと言ってもいいの、王様?」
下手すれば、信者たちを敵に回しかねない発言だ。しかも彼は、さっき信心深くないとはっきりと否定したのだから。鈴音からすれば、政治と宗教は関わるべきではないと思う。宗教に振り回される王様など、国を滅ぼしかねない。だが、地球の歴史から見るに政治と宗教は密接な繋がりがある。精神的なものなので仕方ないのかもしれないが、政治に宗教が介入あるいは逆の場合でも良かった結果はあまりないように思う。あくまで鈴音の知識では。
冗談めかして言った鈴音にルイースが肩をすくめる。
「今は、人払いしている。それに、スズは他の誰かに告げ口したりしないだろう?」
最後はいたずらっぽく笑っていたが、本当に一瞬、ルイースの瞳に冷たい光が宿った。鈴音は、それに気付く。
「ルイースの立場が悪くなるようなことは言いふらしたりしないよ。にしても、嬉しいなぁ。秘密を教えてくれるなんて。少しは友達として認めてくれているのかな」
ルイースが虚をつかれた表情をする。
そんなつもりで話した訳では無いことを鈴音には分かっていた。彼は、鈴音を試しているのだ。敵か味方か。敵ならばすぐに対処するだろうし、味方ならばどう利用するかを考えるのだろう。ルイースが純粋な気持ちで鈴音を友人にした訳では無いことは最初から知っている。突然、現れて近付いてきた異国の女に簡単に心を許す権力者がいるだろうか?いたなら、それはただの愚か者だ。きっとルイースは、鈴音が何の目的で近付いて来たのか探ろうとしている。だから、こうして周囲にバレても影響のない秘密を垣間見せて反応を確かめているのだろう。それを分かっていて、鈴音はわざと友達云々を持ち出した。彼の警戒は杞憂に過ぎないし、利用されるのも別に構わない。
「友達とは、そういうものなのか?」
「そういうものって?」
目を瞬かせ聞き返す。
「秘密を打ち明け合ったりするものなのか?」
「うーんと、初めの頃にも言ったと思うけど、全てを話さなくても良いんだよ。でも、人って親しくなるほど、自分のことを話したりするものだから」
「そういうものか」
「そういうものかな」
ルイースは考え込むように俯く。鈴音は、静かにそんな彼を見つめたあと祭壇の女神像を見上げる。この像は、幼い頃のルイースを知っているのだ。彼はここに来て何を思っていたのだろう。目を閉ざす。まだ、ルイースとは出会ったばかり。これから知っていけば分かることだ。そして、気付けたことがあったなら、その時にどうすべきか考えればいい。
鈴音はルイースの方を振り返り笑みを浮かべる。
「さて、次のところを案内してよ。ついでに子供の頃の思い出話も教えてね!」
ルイースは、小首を傾げ眉尻を下げて笑う。
「子供の頃の話をするのは気恥しいな」
そう言いながら彼は、次の場所を案内するために礼拝堂の出入り口の方へ足を向けた。




