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彼女は異世界で王様でした  作者: オランジェ
第四章 王城
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3

 どうやら、彼らの言う王様は鈴音の事だったらしい。でも、と鈴音は首を傾げた。この精霊たちは、なぜ鈴音の前世のことを知っているのか。精霊は基本、森や祠など清浄な場所に住み着いている。高位ではない限り、その寿命は儚く長くても二、三年しか生きられなかったはず。彼らが鈴音の前世の時代に生きているわけがないのだ。それなのになぜ、知っているのか疑問だ。

「…ねぇ、王様って私のこと、だよね?」

「え?ーーびきゃっ」

 顔を除き込ませれば四つの光が俊敏な動きで飛び上がる。

「おおお王様だっ!?」

「どうして、王様が?」

「どうして、どうして?僕たちが見えるのかな」

「…しっかり見えているし、声も聞こえているよ」

 曖昧だったモヤがボンッと膨らんで縮こまった。

「ど、どうしよう」

「王様がボクたちに話しかけているよ」

「わぁわぁ、どうしましょう」

 震えるような動作に鈴音はどうしたものかと困る。

「落ち着きて。私は、もう王様ではないのだし」

「王様が王様ではない?」

「どういうことかな」

「王様は王様だよ」

「前世で王様だったけど、生まれ変わった私は違うの」

 ヒソヒソと精霊たちが早口言葉のように話し合いだした。

「変なこと言っているよ」

「王様の魂を持っている王様が、王様じゃないはずがないのにね」

「うんうん。王様は、やっぱり王様だよね」

(だめだこりゃ)

 きちんと説明しようにも彼らの知能は二歳児並。純粋で単純な思考をしている。早々に説明を諦めた鈴音は、別のことを聞くことにした。

「ルイース…ええと、蜂蜜色の王様のことについて知りたいことがあるんだけど」

「代理の王様のこと?なになに」

 動揺から一変。鈴音から質問はされるのが嬉しいのか光が明るく瞬いた。

 鈴音は、躊躇い覚悟を決めて口を開く。

「ルイースは、ラークス王の生まれ変わり?」

 唇を噛み締めながら返答を待つ。しかし、精霊たちの返答は拍子抜けするものであった。

「うーん、ボクたち知らない」

「しーらない!」

「だって、ボクたちは生まれてきていないもの」

 ならばなぜ鈴音のことは知っているのか聞きたくなるが、彼らに聞いてもまともな返答は期待できそうになかった。

「分かった。なら、他に知っている精霊か妖精はいない?」

「翁なら知っているよ」

「翁は、千年翁」

「千年…」

「千年生きているから、物知りなの」

「だからなんでも翁は知っているよ。王様が王様であることも」

「王様が去った後のことも」

 それはライ王がいなくなった後の話を聞けるということだ。

「どこに行けば会えるの?」

「王様も知っているはずだよ」

「うんうん、だって千年翁はね」

「王様の手で植えられたって言ってたもんね」

 もちろん鈴音ではない。

「ライ王が植えた?」

 鈴音は目を瞬かせて記憶を探る。植えるということは植物のことだろう。ライ王は何か植えたのか、目を伏せて考え込む。

「…精霊の森」

 ふとそんな言葉が浮かんだ。

「そうそう!」

「精霊の森の泉の畔」

「幻想の里の千年翁は王様の手によってやって来た」

「長く生きていく国を見守る役目を与えられたんだ」

 歌うように話す精霊たちによって鮮明な記憶が蘇る。




* * *




 軽やかな小鳥の鳴き声が響く。光差す森に精霊が漂い幻想的な光景が広がっていた。夢の中にいるような心地にさせる場所だ。時間の概念が感じられない場所は、ずっとここに居たいと思う反面、恐ろしいという気持ちが僅かに滲み出る。

 ライは柔らかい草を踏みながら、泉の畔へと入った。

『うむ、ここならいいだろう』

 一人納得するとライは自ら持っていた細木を地面に置いた。

『…何をするつもりなんだ?』

 これまで黙って着いてきていた友が困惑気味に聞いてきた。

『分からないか?木を植えるんだ』

『木を?それならば、早く言ってくれないと。掘る道具なんて持ってきていない。君も持ってきてないだろう』

『道具?そんなのこれで充分だろ』

 そう言って腰に下がる剣をぽんぽんと叩く。

『は?』

 ライの言葉に友が呆ける。そんな表情も美しいものだなと感心しながら剣を鞘から抜き取り、真っ直ぐと地面に突き立てた。ぐいぐいと前後左右に動かし土を軟らかくして掘っていく。剣に対する扱いではない。

『……ライ』

 友が呆れた様子こめかみを押さえた。

『知っていると思うけど、剣は穴を掘る道具ではないよ』

『あはは、そうだな』

 笑い同意しながらも掘る作業を止めない。

『剣の鍛冶屋が見たら怒り狂うだろう光景だ』

『この剣の製作者はそんな奴じゃないさ。むしろ、剣で穴を掘るとは平和な時代になったんだなと笑うだろうよ』

『…刃こぼれしても知りませんよ』

『こんなことでしないさーーよし、これくらいでいいだろう』

 深く広く掘り込んだ穴を見て頷くと剣を振り土を払い鞘に戻す。近くに置いていた木の苗を丁寧に持ち膝を地につけると根の方を穴に入れた。素手で土をかけていると、友も直接膝を着いて土をかけはじめた。ライは目を瞬かせると友に言った。

『お前が、そんなことしなくてもいいんだぞ』

 美の女神さえ嫉妬しそうなほどの美しい男が土いじりする姿は違和感でしかなかった。

『何を言っているんだ。国王自ら穴を掘り、丁寧に土をかけているんだ。その友であり、臣下である私が突っ立て見ているわけにはいかない』

『そんなこと気にするな』

『気にする。ーーそれに、これはとても大切なことなのだろう?』

 視線を手元に向けたまま話す友にライは微笑した。

『ーーこの木には、精霊が宿っている』

『精霊が?…やはり、私には何も感じられない』

『それは仕方ないさ。俺は見えて聞こえるって体質なだけだ』

『ええ。恐らく君には巫女や神職の血が流れているのだろうね』

 ライは肩を竦めるだけで、返答はしなかった。彼にとって自分と血の繋がる者のことなどどうでも良かったし、親しみも愛情も感じない。物心ついた時から親はなく一人であった。孤独の中で出会ったのは、この傍らの友であり、家族という言葉で浮かぶ姿はやはり友の姿だけであった。だから、血の繋がりなどライにとっては些細なものでしかなかった。

『この木の精霊は、まだ幼く声も小さい。だが、こいつはきっと立派な大木に育つだろう。それこそ、この一帯にいる精霊たちさえも敬うほどの立派な木にな』

『それは楽しみだ。だけど、その頃には私たちはいないだろうね』

『ああ、だからさ。俺たちの死後も、こいつがこの地を見守り続けてくれる。それこそ千年後もずっとな』

『千年後とは、この木にはなかなか重要な役目があったんだね』

 ライは頷き、最後に土を盛ると目を細めて幼い木を見詰めた。その眼差しは優しい光を宿していた。


『俺は、きっと長くは生きれない。だから、お前はここから俺たちの国を見守ってくれ』


 優しい風が通り過ぎる。友は、しばらく沈黙していたが徐ろにため息を吐いた。

『君が長く生きられないだって?冗談はやめてくれ。君は、しぶとく長生きするに決まっている』

『ーーそうか』

『そうですよ』

 断言する友に柔らかく笑む。その表情に一抹の不安と寂しさが宿っていたが、それは一瞬のことで友に気付かれることはなかった。ライは、ひょいっと眉を上げるも友の全身を見て言った。

『それにしてもお前、土いじりだけは本当に似合わないな』

『……大きなお世話だ』

 顔を顰める友にライは声を上げて笑った。

 思えば、これが彼らにとって最後の安らぎの時だった。




* * *




 鈴音は、閉ざしていた目を開き弱々しく笑った。

「うん、そうだね。思い出したよ」

 『ワタシ』と『彼』の手で植えた思い出の木。『ワタシ』ーーライが言った通りに木は大きく育ったらしい。千年もの時をあの地で過ごしたのなら、きっと鈴音が知りたいことを知っているはずだ。

「会いに行かなきゃ」

 ぽつりと呟けば、精霊たちが大きく反応をした。

「会いに行くの?」

「会いに行くんだ」

「それなら、伝えないと」

「王様が帰ってきたことを」

「会いに行くことを」

「早く早く」

 光が嬉しそうに散らばる。

「え?いや、ちょっと」

「行こう行こう」

「きっと翁は喜ぶね」

「喜ぶよ」

 光はピンポン玉のように弾けると消えていく。

「ちょっと、待って!?」

 大きな声で呼び止めるが、それに返ってくる声はなく鈴音はがくりと肩を落とした。

「これだから、精霊は…会いに行くって言っても簡単に行けないんだって」

 記憶が正しければ、精霊の森は王都から出て北にあったはずだ。徒歩で行くには遠く、険しい道のりだった。それに鈴音は、この城では客人で勝手に外に出れる立場ではない。鈴音は、どうしたものかとため息を吐くのだった。


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