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カーザラントの王都は、前世の記憶よりも建物が増え、雰囲気も変わっていた。千年も経てば当たり前であるが服装もかなり変わっていて鈴音は、きょろきょろと落ち着かない。どこからどう見てもお上りさんである。均等に敷かれた石畳の大きな道には活き活きとした人々が行き交う。建物も年代を感じるものもあれば、レンガを積んだばかりだと分かる真新しいものもあった。家壁や屋根の色は様々で、赤茶もあれば白っぽい壁もあり、真っ青や真っ赤な屋根もあった。道や建物に花を植えた鉢が飾られており、賑やかに街を彩っている。クイレンの王都もなかなか凄いと思っていたが、カーザラント王都はそれ以上に栄えていた。
さて、お上りさんな鈴音も注目の的であった。騎士(仮)である男の集団はただでさえ目立つ。しかも、罪人を引き連れているのだ。その中でも異国人にしか見えない女が混ざっているのだから、注目されるのは当然なのかもしれない。しかしながら、当の本人は街の様子を見るのに夢中で気付かない。近くにいたスィオンの方が人々の視線と彼女の様子に恥ずかしくなる。
「おい、スズ。あまり余所見をするな」
「えー、だって珍しいんだもん。これくらい許してよね」
「……なぜ、ルイース様と一緒に馬車に乗らなかったんだ」
ボソリと呟かれた言葉を聞きつけ、鈴音は唇を尖らせる。
「だって、馬車酔いが嫌なんだもん。それに、街の様子を見たいしさ」
「…」
ルイースは、お忍びだったので王都の人に気付かれないように国章が小さくついた簡素な馬車にファイと共に乗っている。王都に入る前、鈴音も一緒にと言われていたが街の景色を楽しみたいと言って断った。ルイースとファイは、二つ返事で了承してくれた。ファイが了承したのは一緒の空間に居たくないからだろう。
(正確には、ルイースと同じ空間にいてほしくないだろうけど)
満面の笑みで頷いたファイの姿を思い出しながらため息を吐く。
「まぁ、確かに賑わっていて見ているだけで楽しいよな。すれ違う人の表情も明るい。普通、栄えるところには貧しいものも集まりスラム街もできやすくなるもんだが、ここにはそんな暗い場所が見当たらない。本当に良い国だということなのだろう」
「やっぱり!?」
ぱっと表情を明るくさせて、鈴音はスィオンに食いつき大袈裟なほど何度も頷く。
(ルイって立派な王様なんだ)
王都に入る前から、人々の明るい表情が印象的だった。『ワタシ』が子供の頃に見ていた人々の暮らしとは全く違った。苦しかった、あの時代。一日を生き抜くことさえ辛く過酷だった。そんな前世があったためか、鈴音は記憶が戻る前から日本の豊かさと家族の愛情を当たり前だとは思わず、特別なんだと知っていた。『ワタシ』を思い出して「ああ、だからか」と納得したものだ。
(きっとこの豊かさを維持するのに、たくさんの苦労をしてきたんだろうな)
国王であった記憶があるから、鈴音にはその大変さを少し理解することができた。大変で、どうすることもできなくなって『彼』と決別することになってしまったのだから余計に。友を討ち、まだ新しい国に残された『彼』のことを想うと罪悪感に胸が締め付けられるのは、『ワタシ』の気持ちに感化されているからかもしれない。
鈴音は、切ない気持ちを抑えて笑みを絶やさず周囲を見渡す。
「やけに機嫌がいいな」
妙な奴だとスィオンが片眉を上げる。
「だって、こんな素敵な街に来たんだよ!あー、早く見て回りたい」
「あんまりよそ見していると迷子になるぞ」
二度目の迷子は嫌なので大人しくスィオンの方に寄る。それでも好奇心を抑えられず、キョロキョロと視線を動かしてしまう。
(本当に素敵だ)
離れたところで母親と手を繋いで歩く子供、寄り添い歩く恋人たち、店の物を摘み食いしようとして奥さんに叱られる男。皆それぞれに生活があって、平凡そうだが幸せに満ちているようだった。『ワタシ』が望み、手に入れられなかったもの。もし鈴音が『ワタシ』のままだったなら、何を思うだろうか。
「…この先もずっと彼らの平穏が続けばいいね」
気付けばそんなことを呟いていた。
「そうだな…そうなるためにもルイース様や国を支えていくのが俺たち臣下の務めなんだろうな」
スィオンが照れくさそうに鼻の下を擦りながら言う。その姿を眩しく感じられいつの間にか目を細めていた。
城に近付くほど人通りが増え、まばらだった建物の色や形は統一感を持つようになった。やがて洗練された建物が目立つようになった頃、スィオンが前方を指差した。
「ーースズ、見えてきたぞ」
城へ続く門があった。大きく存在感のある門は歴史を感じられるが記憶には無いものであった。鈴音は緊張で僅かに顔を強ばらせる。いよいよ因縁の舞台となった場所へと足を踏み入れるのだ。
「いやぁ、近くだと見応えあるな」
嬉しそうに門を見上げるスィオンに首を傾げる。
「もしかして、ここまで来たことがないの?」
「俺たちは、まだ騎士の称号を貰ってないからな。傭兵は城の中には入れん」
「今回は、武功を上げて騎士になることが決まったから許された?」
「そういうことだ。いろいろ大変だったからなぁ、なんか感慨深い」
「「「…」」」
スィオンと一緒にテンションを上げていた周囲の者が無言になった。彼らの反応で鈴音は部下たちの苦労を悟る。きっとスィオンに振り回される部下たちの方が大変な思いをしたに違いない。
門を潜れば、まっすぐとさらに続く大きな橋が掛かっていた。馬上から下を覗き込めば深い堀が設けられており、水が溜められている。攻められた時に侵入を防ぐためのものだ。
(…ああ、これは知ってる。というか、ここまで幅広く深く掘らせたのって『ワタシ』だし)
懐かしい気持ちにまではならないが、『ワタシ』につながるものが残っていることに複雑な気持ちになった。
「そんな乗り出すと落ちるぞ」
「あ、うん」
橋からというより馬から落ちるぞということだろう。この道中で鍛えられたが、まだ乗馬に慣れたわけではないので素直に身を引いた。
「ここは、初代国王ライ王が造らせた堀だそうですよ。敵の侵入を防ぐために深く掘られたこの堀は実際に過去何度も王城を目指す敵を阻んできたそうです。千年もの昔にここまでのものを造れるとは、ライ王の権威の高さを彷彿とさせますよね」
後ろの方から丁寧な説明をしてくれるサニエルことサニー。突然、前世の名前が出てきてドキリとさせられた。
「ライ王って、確か暴君として名高い王だよな」
「…」
やはり悪名高い王様なのかと鈴音はガックリと肩を落とす。しかし、サニーの考えは違うようであった。
「悪評の方ばかりが有名になってますけど、実際、彼の功績は素晴らしいものなんですよ。ライ王は元々貧民街の孤児でしたが、食い扶持のために傭兵になり、それから実力で軍人になったのち国王にまで登り詰めました。新しい国を建国したライ王は各国を統一させ、二百年続いた戦争を終わらせたんです。それだけではなく世界制覇を成し遂げたのは平和を望んだからだとも伝えられており、また、民が虐げられないよう法制度を整えた人物なんですよ。悲しいことに、平和は十年ほどしか保たず、強引な性格から暴君と言われるようになり、側近に殺されてしまいますけど。だからといって、ライ王が成した偉業は無かったことにすべきではありません」
サニーの力説にスィオンが意外そうな表情で頷いていた。
「恐ろしいだけの王様という印象だったけど、案外、慈悲深い人だったんだな」
(それはない)
心の中で即座に否定し苦笑した。
サニーの話は全て事実だ。後世にここまで正確に伝わっていることには驚きだが、法制度の改正を言い出したのはライ王の友、『ワタシ』を裏切る男の提案であった。ライ王は法に興味はなく、友が必要だと言うから面倒だと思いつつ従った。もう一つ理由があるとすれば、貧民街出身であるライ王を蔑む、血筋だけはやたらと良い無能な馬鹿どもに意趣返しできるという下心もあった。よって、スィオンの印象の方がライ王を正しく表しているのだ。
「随分と詳しいみたいだけど、ライ王はクイレン国でも有名なの?」
「世界的に有名ですね。隊長が知っている悪評の方がですけど」
たとえ信じてくれる人がいても、前世の話をするのだけはやめようと心に誓った。袋叩きにされることはないと思うが、今世では関係ないことで責められそうである。
「有名ではあるが、こいつの場合、歴史好きで特に詳しいんだよ」
「そうなの?」
「はい。子供の頃から歴史が好きなんです。恥ずかしながら、歴史に関しては人並みよりも知っていると自負しています!」
無駄にキリッとした表情を浮かべるサニー。
「へぇ。…それなら、ライ王の次の国王についても詳しかったりする?」
何気ない口調を心がけながら、サニーに話題を促す。正直、率先して聞きたい話題ではない。でも、知らないままではいられないと思った。
「ライ王の次といえば、ラークス王ですね!」
ツキンと心が痛む。別に鈴音が裏切られたわけではないのに、なぜ名前一つで動揺してしまうのか。
「この王は、カーザラント王国で最も偉大な賢王としてと遠い国にまでその名を知られています。かつて、ラークス王は正当な貴族の血を引きながら貧民街で子供時代を過ごします。あまり詳しく記録は残っていませんが、かなり貧しい暮らしをしていたようですね。そこで、初代国王となるライ王と出会い、友の契りを結んだそうです。ですが、世界統一後、主君であり友であったライ王が暴君となってしまう。高貴な血を受け継ぎながらも、最上の地位を友に譲った彼は、また国が荒れることを憂い、ライ王を討つことを決意されたようです。ラークス王に賛同する者は多く、彼は多くの臣下を引き連れてライ王のいるこの王城へと攻め込みます。普通だったら難攻不落の城も中から手引きする者がいれば意味がない。こうして、ラークス王はライ王を討ち取ったのです」
「…千年前の事なのに、随分と詳しく残っているんだね」
「そうですよね。まぁ、史実なんて後世の人間が好き勝手変えてしまうこともあるんで、どこまでが真実か今となっては分かりませんけど。ああ、でも、ライ王やラークス王について詳しく残っているのは」
サニーが馬車の方をチラリと見る。
「ラークス王自身が何度も生まれ変わっているからかもしれませんね」
周囲から音が消えた。少なくとも鈴音にはそう感じた。今、サニエルはなんと言っただろうか。
「え?生まれ変わって、る?」
今朝の夢の内容が蘇る。目を見開く鈴音にサニーは訳知り顔で頷く。
「分かります。信じられない話ですよね。でも、これは事実らしく、ラークス王の生まれ変わりと言われた歴代の王は容姿が全く同じで、しかも前世の記憶も残っているそうなんです。不思議な話ですよね」
「歴代って、何度も生まれ変わっているってこと?」
にわかには信じられなかった。いや、信じたくないという思いの方が強いかもしれない。
鈴音の動揺にサニーは気付かず、楽しげに話を続ける。
「そうらしいです。その度に国の危機を救っているらしく、カーザラント王国では英雄王と呼ばれているんですよ。しかも、実は」
「ーールイも?」
サニーの言葉を遮り聞いた。見せ場を取られたサニーは眉尻を下げて項垂れる。
「なんだ、スズさんもご存知なんじゃないですか。まぁ、それこそ有名な話ですもんね」
鈴音は手で口を覆った。そうしなければショックで叫び出しそうであった。
(ルイースは『彼』の生まれ変わりなの…?)
不思議なことでないと、ようやく気付く。鈴音自身が転生者なのだから。いや、むしろなぜその可能性に気付かなかったのか。
(それに、何度も転生しているって…)
今すぐルイースに真実を問い正しに行きたいという衝動に駆られる。でも、聞いてどうなる。もし本当にルイースがラークス王の生まれ変わりだったとして、「久しぶり、私はライ王の生まれ変わりだよ」などと言えるわけもない。お互いに正体を知らない方がきっと平穏に過ごせる。こんな話聞きたくなかったと心の底から悔やんだ。




